* There ain't no Red Rose without a Thorn -1- *












 それは聖ルドルフ学院男子テニス部のある活動日のこと。20名に満たないほどの部員が集合したその前方に3名の男が立たされていた。
 聖ルドルフ学院男子テニス部は特殊な活動体系を取っており、日頃から学校のテニスコートで練習する部活組――いわゆる“生え抜き組”と、週2日はスクールで特別レッスンを受けているスクール組――通称“補強組”が存在する。今日はその補強組の部活への初参加日であった。
 まず自己紹介をしたのは、多動気味に小柄な体を揺らしながら話す眼鏡を掛けた男であった。次の人物は、一度会ったら忘れられないような特徴的な顔、髪型をしており、何より独特な語尾で喋った。
「以上だーね。よろしくお願いするだーね」
 テニスコートにパラパラとまばらな拍手が鳴り響いた。そこからは部員たちが呆気に取られた様子がありありと感じられた。
 最後の奴は、まともであってくれ……新体制での新部長になる予定である赤澤吉朗は、願うような気持ちで最後の一人に目線を移した。端に立つその男は、拍手が鳴り止む頃に一歩前へ踏み出し、不敵に微笑んだ。
「初めまして、観月はじめです」
 くせっ毛の髪をくるりと人差し指に巻き付け、弾くように払った。気取った態度だな、と感じた者は数名に留まらなかった。しかし観月は、人によっては隠そうとする――少なくとももう少し控えめに報告するであろう自身の身体的特徴について、毅然とした態度を貫いたまま発表した。
「予め皆さんにお伝えしなければならないことがあります。ボクは、薔薇肌の体質を持っています」
 薔薇肌。それは世界でも例の少ない極稀な特異体質のことである。正式には「愉悦感情起因突発性皮膚硬性突起症」。通称で薔薇肌と呼ばれる。何千万人に一人の割合で発症し、遺伝との関連性も見つかっておらず現在は原因も特定されていない。愉悦や快楽によって感情が昂ぶった際に薔薇様の棘が皮膚に浮かぶことが唯一の症状である。鳥肌のようなものと考えれば想像しやすいかもしれないが、より硬くて鋭利な棘が全身の肌という肌を覆うのである。感情の強さに伴い、棘の大きさや数も変わってくる。
「喜びを伴う興奮によって、ボクの体の表面には鋭利な棘が生えます。ボクから皆さんへ触れることのないよう極力気を付けますが、皆さんもボクには近付かないことをお勧めします」
 観月は淡々と説明したが、部員の中では小さなどよめきが起きた。新メンバーも集い、これから一致団結して全国を目指そうというタイミングである。「なるべく近付かないように」と言われたことに赤澤も違和感を覚えていた。これから部をまとめ上げていく部長という自分の立場もあり、赤澤は一歩前に踏み出して観月に声を掛けた。
「別に、普段から棘が出っぱなしってわけじゃないんだろ?だったら…」
「感情がどのように動くか予測できない事態も時にはあるでしょう。不用意に触れない方が、危険が少ないんですよ」
 観月は赤澤のフォローをたやすく突っぱねた。そして笑っているとは思えない目元のままで口の端だけを持ち上げた。
「テニスに関しては、ボクが求めるのは“完璧”です。敗北は許されません。勝つために必要なデータを集め、相手の弱点を探り、そこを突くために必要な技術を取得するのが信条です。敗北は許されないと言いましたが、これさえこなせればそもそも敗北などありえません。補強組という立場でこの場に呼ばれている以上、目指すのは完全なる勝利ただ一つです」
 そこまで一息に述べると、顔の横の髪をくるりと人差し指に巻き取り満足げに笑った。笑ったといえど、やはりその目元に温かさはなかったが。
「以上です」
 性格にも棘がある奴だな。赤澤の頭にはそんな言葉が浮かんだが、流石に口には出せなかった。
 せめて一人くらいまともであれと願った補強組の新メンバーは最後の一人まで個性派揃い…どころか最後の一人が最も変わり者であった。今後、部を引っ張っていく存在として楽しみ以上に不安が押し寄せたような気がする赤澤であった。


  

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