* There ain't no Red Rose without a Thorn -2- *












「それじゃあ練習始めるぞ。10分ラリー」
 大きく手を鳴らし、散っていく部員たちの背中を目で追いながら、ふぅ、とため息が出た。その無意識の行動を心配そうに見つめてくる視線に気づき、誤魔化すように言葉を発した。
「名前は聞いたことあったけど、本当に居るんだな」
「はい。初めて会いました」
 視線の主、後輩の金田とそう話しながら赤澤はコーチと話をしている観月の姿を目で追った。
(薔薇肌…か)
 薔薇、そして薔薇の棘が似合う。不謹慎ながらそんなことを思った。それが赤澤の観月に対する第一印象であった。
(まあなんにせよ、まずは部に慣れてもらわねぇとな)
 途中入部の形になる補強組が、1年時からずっと部に所属しているメンバーと馴染むには時間を要する。テニスは個人のスポーツではあるが、団体戦ではチームに対する帰属意識が大事であることはこれまで幾度と感じてきた。エリート意識が強い補強組が部活に馴染めるか、生え抜き組が補強組のことを部外者ではなく同じ部員として受け入れることができるか…それが、今年聖ルドルフがどこまで勝ち上がれるかを左右すると考えているのだ。
(柳沢は早速馴染んでやがるな。喋り方こそ妙だが良いムードメーカーになりそうだ。あっちは野村って言ったっけか。キョドってるけどあれは地なのか?)
 それぞれの動向を見渡し、最後に目に入ったのは。
(………観月)
 集団からわざと離れるように一人で佇んでいた。輪に入りたそうな素振りも見せずに。
(こういう奴が一人居るだけで、全体のバランスが崩れたりするんだよな…)
 あとで声を掛けよう、と決めた。テニス以外でも部員のフォローをするのもまた部長の務めだ。全体の様子を見ながら「交代!」と声を掛け、自らもコートに入った。観月もコートに入るのが見えた。
 今日は体の調子が良い。そう感じた。しかしムラがあるようではダメだ。調子が良いこのときの感覚を体に覚えさせ、いつでも再現できるようでなければならない。まだアップの段階ではあるが、一球一球確認するようにストロークを放った。
「交代!次のメンバー、コート入れ!」
 支持出しをして自身はコートを抜け、全体を見渡した。やはり全体から離れた隅の方で一人、タオルを肌に押し当てるように丁寧に汗を拭く観月が目に入った。体の線が細いとは元々感じていたが、発言や所作に至るまでどことなく女性らしさを感じる存在だと赤澤は思った。
 しかしそう思いながらその後も観察していたところ、印象に反して思いの外力強いテニスをする。さすが地方から選出されてきただけのことはある。休憩に入りスクイズボトルに口を付ける観月に声を掛けた。
「おー観月」
「部長の赤澤くん、でしたか」
「調子良さそうじゃねぇか」
「普通ですよこのくらい」
 素っ気なく返事をしながらスクイズボトルを元の位置に戻し、ラケットを掴むとその場を後にした。釣れないやつだな、とは感じたもののそれで引く赤澤ではない。早歩きで観月の後を追いそのままピタリと横に付けた。目線こそ合わないものの、避けられることはなかった。
「どうだ、うちの部は」
「環境に関しては申し分ありません。テニスコート、屋内のトレーニング設備、ミーティングルームに関しても実に素晴らしい。部員の実力に関してはまだ全員とお手合わせ出来ていないのでなんとも言えませんが…第一印象としては『発展途上』といったところですかね」
「ほう」
 そう言ってコート全体を見渡す観月の目つきは鋭かった。全員と手合わせ出来ていないという状況とは裏腹に、すっかりチームの状態を把握している。参謀としても期待できそうだ。赤澤の脳内には粛々と今後のチーム情勢の理想図が描かれつつあった。
 聖ルドルフ学院に入学してテニス部に入り、暫くしてから補強組という制度を知ったときは正直納得がいかない思いであった。学校の部活を休んでスクールに通うことが、許されるどころか正式な制度として保証されていることが。スポーツ特待生の枠組みで地方から呼び集められ、ようは学校の看板を持ち上げるために彼らは利用されており、更に自分たちはそのダシにされている。そうとしか思えなかった。それでもテニスが好きだからと必死に練習に取り組み、早い段階からレギュラーを勝ち取った。しかし“補強組”と“生え抜き組”の溝を感じなくなる瞬間は一度も訪れなかった。大会に出て、勝っても負けても、同じ気持ちを分かち合えた気にはなれなかった。
 自分が最上級生になって部長になったら、その垣根をなくす努力をする。ずっとそう考えてきた。まだ3年生の一部メンバーは部に顔を出しているが、実質の運営代は自分たちに移っており赤澤はその新部長であった。自分たちの代では万年都大会予選落ちから抜け出し、関東大会へコマを進める。その思いは強くなっていた。
 コイツはきっと、その中核となる人物だ。観月の存在に対して未来への手応えを感じている赤澤であった。性格的には妙なやつだが、テニスの腕は申し分ない。何より頭が良い。
「お前、データがどうこうとか自己紹介のときに言ってたよな」
「ええ。テニスに限らずですが、相手の得意不得意を事前に調べておくのは戦いの基本です」
「期待してるぜ」
 その言葉と共に向けられた笑顔を観月はさらりと交わした。
「ボクは充実した環境でテニスさえ出来ればいいんです」
 そう一言残してくるりと方向転換をした。馴れ合いは無用とでも言いたいかのように。あからさまに避けるような動きを取られ、さすがに赤澤は追いかけることをしなかった。


  

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