* There ain't no Red Rose without a Thorn -3- *












 赤澤から離れたあと、観月は部室へ向かった。汗を拭き取ると制服に着替えて日焼け止めを塗り直し再びテニスコートへ戻った。腕を組み顎に手を当てた状態でコート内を見据える。皆自分の練習に必死であり、またテニス部外の生徒がテニスコート脇を通過することはそう物珍しくなかったため誰も違和感を抱かなかった様子であったが、結果的にいち早く気づくことになった赤澤が声を掛けてきた。
「観月、なんでもう着替えてるんだ」
「ええ。以降はデータ収集に専念させて頂きます」
「部活に出てる日は全体に合わせろよ」
「どうしてですか?データ収集だってテニスの大切な要素です。アナタもそのうちわかりますよ」
 極当たり前という風に笑顔で観月は答えた。しかし赤澤の表情は晴れない。そうでなくても部活組から見たスクール組には不信感を抱きがちであるところ、この自由っぷりである。観月は悪気がなかったためまた悪びれずに対応したが、赤澤はため息混じりに答えた。 
「……わかったよ。その代わり使い物になんねぇデータだったらぶっ飛ばすからな」
「どうぞご自由に。そのような事態になることはあり得ませんけどね」
 ぶっ飛ばすとはまた野蛮だこと。そう思いながらも赤澤の発言を軽くいなして観月はコート内の観察に戻るのであった。赤澤もまた練習に戻っていった。

(柳沢慎也。パワーB、技術A、メンタルA……ボクと同時に入部した補強組の一人だが即戦力になりそうだ。主力として活躍できる)
(金田一郎。パワーB、技術B、ゲームメイクB。生え抜き組にしては頑張っているといったところか。周りに気を遣い過ぎる傾向あり、メンタル要確認…と)
(野村拓也……技術はあるがフィジカルが弱すぎる。中2の秋で150cm台…まだ伸びるか?両親の身長データも聞き取りが必要だな。小心者なのか図々しいのか掴めない…試合に出せないレベルではないがひとまず及第点だな)
(部員が20名弱いて左利きが一人もいないのは確率を割れている…他チームの左利き対策も必要だ)
(あと数名…チームの“核”となるような存在が必要だな)
 一人一人の総合的なテニスの実力、ダブルスの特性、またその組み合わせ…まだまだ調査するべきことが多すぎる。そして見たところコマが足りない。自分がスカウトされてきた身であるものの更なるスカウトの必要性を感じながらコート内の動きを見守っていると、メンバー交代が行われた。
 次にコートに入っていったのは、先ほどまで話していた――そして入部して以降何かと話すことの多い、赤澤であった。
 新部長を任されているという事実からも技術や精神面に一定の物は期待できると思っていたが、観察をしていると期待以上であるとさえ思えた。
(パワーA、技術A、体力A、何よりゲームメイクのセンスS……大したものだな)
(バックハンドに妙な癖があるのが気になるが……使い方によっては武器になるか?)
 無意識に人差し指で髪をクネクネと弄りながら、プレイをする赤澤の様子を見守った。コートの反対側、同じミスを連発した金田に声を掛けるとネット際に歩み寄り何やら話している。声は聞こえないし表情は見えないが、ペコペコと何度も頭を下げている金田を見るに強めに叱責していることが想像できた。
(メンタル…少し熱くなりやすすぎるか?)
 しかし観察を続けると、頭を下げっぱなしであった金田の顔が持ち上がり、真剣に赤澤の目を覗き込んだ様子で固まり……パッと明るく笑った。「ありがとうございます!」と言う声が観月のところまで聞こえてきた。元気よく持ち場に戻り、再びラリーを開始した金田の足取りは先ほどよりも軽く見え、ミスは見事に改善されていた。
(やや熱血漢ではあるがコントロールはうまい。自身についても周りに対しても……か。熱くなれることも才能の一つ考えれば、メンタルにも高評価を付けざるを得ないか)
 結果的に、メンタルはSとノートに記録された。全ての要素で平均点以上を叩き出しており、総合力でも申し分ない。部活動のみでよく育った名選手だ。
(赤澤、ね……)
 交代となりコートを離れた赤澤はベンチの背もたれに掛けられたタオルでガシガシと顔を拭き、前髪を掻き上げた。屋外の練習で見事なまでにこんがりと焼けた肌が傾きかけた太陽に照らされて眩しく光った。
 ふと、目が合って反射的に観月は視線を逸らした。今、無意識に目で追っていたか、赤澤のことを。まさか、視線を奪われていただなんて――。
(これはデータが必要なだけであって!決して見とれていただなんてことは…!)
 向こうも一瞬こっちを見ていた。今もまだこちらを見ていたらどうしようと思うと顔を上げることもできなくなり、観月は意味もなくノートのページを捲った。


  

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