* There ain't no Red Rose without a Thorn -15- *












 ***



「おかあさん、なしてボクはなつでもてぶくろしねといけねえの?」

「大ぎぐなるまで我慢すなさい」


どうして?



  **



「観月ぐんのどなりはあぶねっがらヤだよー!」


席替えで席が隣になった女子に泣かれる。


「コイツはおめのチームな!」

「こっちもいらねよ!」


スポーツのチーム分けで押し付け合いになる。


上等だ。こっちだってお前らなんかと関わりたくない。


「ボクがらは近づかねがら君らも近づぐな!」



 **



休み時間は読書をしていることが多かった。

知識を蓄えるのは楽しいことだ。


もしくは歌を歌っていた。

歌は良い。

歌は人を傷つけない。



  **



体育の授業は見学ばかり。

人との接触は避けなければいけない。

サッカー、バスケはもっての外。

陸上や水泳だって危険じゃないとは言えなかった。


他人と同じ空間に居てはダメだ。

ボクにはボクの場所が必要なんだ。


……テニス?


「お母さん、ボク、テニスやってみてえ」



  **



がむしゃらに練習に取り組んだ。

指南書をたくさん読んだ。

プロたちの名試合を何回だって見返した。

戦術を考えるのは楽しかった。


「凄いでねはじめ!」

「はじめ、スポーツ得意だったんだな」


「うん、テニスは向いているみだいだよ」


気をつけるべきは、勝利の後の握手だけ。

大丈夫、悲しい気持ちを作るのは得意だ。



  **



大会では負けなしだった。

山形の片田舎の狭い世界ではあったけれど。

別のコートで試合をしているのはどれも見知った顔。


「ナイショー!」

「ドンマイ、取り返そうぜ」


ハイタッチ。

肩に手を乗せての励まし。


遠い世界のことだ。


ボクは、チームにはなれない。



  **



「やあ。君の試合、見ていたよ」


何者だ?


「聖ルドルフ学院に来ないか?東京の私立校だよ。
 全国に埋もれる有望な選手を集めているんだ」


東京……。


いいのかもしれない。

この地を離れるのも。

新しい土地でゼロからやり直すのも。


道行く人は顔見知りばかり。

自分の噂話は聞き飽きた。


この場所はボクには狭すぎる。



  **



「初めまして、観月はじめです」

「ボクから皆さんへ触れることのないよう極力気をつけますが、
 皆さんもボクには近づかないことをお勧めします」


ここでは誰も傷つけない。

そうすればボクも傷つかない。


適度な距離を保ち続ければ良い。



  **



「おー観月、調子良さそうじゃねぇか」

「本当にお前は頼りになるな」

「上等だ。別に棘くらい俺は怖かねぇよ」


「お前のことが好きだ、観月」


「俺と離れるの、お前は寂しくないのか?」

「俺は耐えられねぇよ」


「行くなよ観月」

「行くな」

「行くな」


「俺はお前と軽口叩いてるときが一番楽しいよ」

「痛くっても、触れ合ってるときが一番幸せだよ」

「そのままのお前で良い。一緒に居られることの方が嬉しいよ」

「お前が嬉しい楽しいって感じてくれてるってことが何より幸せだ」

「これからも一緒に居てくれ、観月」


「愛してる」



――――……**



「…赤澤」

「ん?」

「もっと早くに君と出会えていたら、
 ボクはこんな性格にはならなかったのかもしれないな」

「よくわかんねぇけど、俺は今のお前が好きだからいいんじゃねぇの」

「……本当にお前は変わり者だな」

「お前には言われたくないな」

「一言多いですよまったく…」

「ハハッ」


「お前はそのままで良いんだよ、観月」



 ***



「づき……観月」
 体を揺さぶられて意識を手に入れる。ゆっくりと瞼を持ち上げるとそこには赤澤が居た。何故このような状況なのかと思考を巡らせ昨晩の行為を思い起こし、羞恥心から布団を引き上げて顔の半分を隠した。
「おはようございます…」
「はよ。知ってる奴に会うと面倒だから時間早ぇけど俺は帰るぞ」
「ああ、それがいいですね」
 視線を動かして時計を確認すると時刻は6時を回ったところ。部活の集合は9時だった。普段の観月ならばもうそのまま活動を開始してしまうところであるが、いかんせん体がだるかった。それだけ昨日の跡部との試合が激戦だったということを物語っている……だけではないことは誰より本人がわかっていた。
「体は大丈夫か?」
「…今日はテニスをしなくていいことが救いですね」
「違ぇねぇ」
 引退試合の翌日である。今日3年は部活に顔は出すが練習には参加しない。もっとも、観月は練習方法について後輩に指導するつもりではあったが、それも考え直す必要があるかもしれない。体がだるいだけでなく、まるで熱があるときのように頭がぼーっとしている。
 眠りから完全に覚めていないのか。まだ、ここが現実ではないみたいだ。
「なんだか……長い夢を見ていた気がします」
 ぽつりと呟いた観月に反応して赤澤は持ち上げかけていたテニスバッグを下ろしベッドに腰掛けた。
「ああ。なんかいい夢だったみたいだぞ」
「どうしてわかるんですか」
 質問に対し、トントン、と赤澤は腕を指先で叩いてみせる。
「出てた」
「…なるほど」
 なら間違いないのだろう。どのような内容であったか憶えていないことは残念ではあるが、たった今感じているこの穏やかな幸せが反映された夢だったのだろう、と納得することにした。
「それじゃあ、また後でな」
 返事をする間もなく、赤澤はキスを落としてきた。そして手を振ると鞄を持ち上げ部屋を出て行った。
 目覚ましが鳴るまであと30分。残り香を取り込むように大きな深呼吸をすると、再び心地好い微睡みに吸い込まれていった。


  

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