* There ain't no Red Rose without a Thorn -7- *












 補強組は週に2回スクールで練習を行う。観月のスカウトにより新しく加わった木更津も仲間に迎え入れ以前よりも賑わいを増していた。
 しかし、まだ足りない。聖ルドルフ学院男子テニス部が次の大会を勝ち上がって行くためには更なる新入部員の勧誘が必要であると観月は考えていた。特にダブルスはペアでの練習も積み重ねなければならない。
 柳沢と木更津は相性が良い。固定のペアを一つくらい作っても良いか。野村と金田のペアは悪くなかったがパワー勝負に持ち込まれると分が悪い。しかし赤澤にダブルスをやらせるのも…。
 詰めるべきことはいくらだってある。余計なことを考える暇はない。休憩時間中も観月の頭が休まることはなかった。そこに柳沢がひょうきんな顔を覗かせる。
「観月ってどんなタイプの女が好きだーね?」
 邪念の塊のような質問が飛んできた。テニスに関係のないことなら話し掛けないでほしい。そんな思いで視線を逸らした。
「興味がありませんね」
「前から観月って結構趣味が女っぽいと思ってたけど、もしかしてこっち系だったりするだーね?」
 柳沢はそう言うと右手首を反らせて左手の頬側に運び“こっち系”を示すポーズを取った。突然そのような質問をされた上に不躾な態度を取られ、観月は軽蔑する眼差しで柳沢を睨みつけた。
「興味がないと答えた言葉通りの意味ですよ。そもそもそんなことを聞いてどうするんですか」
「ひっ、そんなに怒ることないだーね」
 視線に当てられ柳沢は後ずさりをした。全く下世話な質問があったものだと観月はため息を吐く。コイツはたまに緊張感が足りない。
「くすくす。でもどうしてそんなこと聞いたの」
「あいつのお姉さんらしき人がたまに車で送り迎えにくるんだけど、その人がめちゃくちゃ綺麗なんだーね」
 柳沢はそう木更津に耳打ちした。耳打ちと言っても、手を口元に添えているだけで声の音量は周囲誰にでも聞こえるものであったが。
 特にその女性に興味があったわけではなかったが、観月は“あいつ”と柳沢に親指で差されたその少年自体に興味が沸いて視線を向けた。先ほどからレベルの高い練習をしていることは視界の端で捉えて気になっていた。顔つきを見るに同い年か一つ下程度、成長期途中とおぼしき体格。ラケットは、左手に掴まれていた。
「青春学園の生徒だーね」
「青春学園?あそこのテニス部は月曜日に活動があるでしょう」
「オレの視力を舐めるなだーね!間違いなく制服の校章に青春学園って書かれてただーね」
 本当に青学の生徒であるとしたら、何故レベルの高いテニス部の練習を選ばずに敢えてスクールへ。青学は最近こそ成績は振るわないものの現在副部長である手塚国光は中学テニス界で名高いプレイヤーだ。間もなく新体制の部長となり本格的に全国を目指して上がってくるに違いない。同地区の中で最も注意すべき学校の一つだ。
「不二って呼ばれてただーね」
「目だけじゃなくて耳も良いんだ。野生だね」
「それ褒めてるだーね?」
 柳沢と木更津がワイワイと盛り上がるその陰で観月は一人考えていた。
 不二?青学で不二といえば天才不二周助がいる。しかし記憶している容姿とは異なる。いや、どこか面影があるか。しかし幼い。
(もしかして…………弟?)
 不二、弟、スクール通い、テニス部、青学、天才不二周助……。
 糸が、繋がった。
「決まりました」
「何が?」
「彼に声を掛けます」
「おっ観月、年上のお姉さんに興味あるだーね?」
「馬鹿なことを言うんじゃありませんよ。彼を聖ルドルフにスカウトするんですよ」
「「……えっ?」」
 二人の声がハモったとき、丁度向こうも休憩に入るのが見え観月は早足でその少年に迫った。何やら会話をしているその様子を見て「今日の観月はよく喋るだーね」「いつも避けるみたいに離れていくのにね。くすくす」と残された二人は噂話をした。短く会話を切り上げた観月は再び二人の下に戻ってきた。
「どうだっただーね?」
「試合をさせて頂くことになりました」
「試合?スカウトしたんじゃなくて?」
「いえ。そのことは話していません。こういうのは駆け引きが大事なんです」
 そしてぐるりと二人の方を向いた。
「君たちにも協力してもらいますよ」
「え?」
「いいですか。“来てもらう”のではなく“来たくなるようにする”のです。向こうにこちらを選ばせるんだ……さあ行きますよ!」
 観月の無茶な要求に二人も応え、いかにも強豪校らしい態度で振る舞うことになる。実際の聖ルドルフの現段階での評価から考えれば、青学さんの胸を借りたい…というレベルではあったが。
「オレ達この秋から聖ルドルフ学院テニス部員で地方から集められたんだ。全国を目指すためにね」
 何一つ嘘ではない。しかし聖ルドルフの実績は例年都大会予選落ちである。普段とは言葉遣いまで変えて堂々と喋る観月に、「聖ルドルフ!?」と少年は見事に食いついた。柳沢は小声で「やっぱり観月は怖いだーね」と囁き、木更津は「ホント観月っておもしろいや」と笑った。

 こうして練習時間の後半を使って観月と少年――不二裕太は試合をすることになった。結果は6−0と観月の圧勝。しかし、観月は手応えを感じていた。
(中学1年生でこの技術とパワー…負けん気もある。そして……)
 左手にラケットを掴んだまま、少年の右手がすっと前に伸びてきた。
「ありがとうございました」
(握手…)
 大きく息を吐ききって鼓動を落ち着ける。心拍が高まっているときは少しの感情の揺れでも体に大きな影響を与えやすい。ウェアの裾で手の汗を拭い、手のひらに何も異変もないことを再度確認し、ニコリと笑顔を作って手を伸ばし、握り返した。
「ここまで完敗したのは兄貴以来…あ、いえ…」
「…んふ。いや、君のそのライジングショットが完璧なら危なかった。君はもっとのびるよ!」
「え」
 驚いた反応が目の前に見えた。反応も完璧に予想通り。
「観月さん、聖ルドルフの事聞かせて下さい!」
 目の前の真剣な表情を見て、観月はニヤリと笑った。
(全てシナリオ通り、だよ)
 気付かれないように深呼吸をして、表情を正すと裕太に向き直った。

 連絡先を交換したところでその日の練習時間は終了となった。三人は帰路に就く。いつも通り柳沢と木更津が前を歩き観月はその後ろに付く。普段の観月であれば「考え事をしているから余計なことは話し掛けるな」と言うばかりであったが、今日は機嫌良く自ら「いい収穫がありましたね」と二人に声を掛けた。柳沢は首を後ろに反らせてそれに応える。
「アイツ、うちに来るだーね?」
「転校に関してはご家族の都合などもあるでしょうし即決ということにはいきませんが、ほぼ決まりですね」
「すごすぎるだーね…」
「ほら前を見て歩きなさい転びますよ」
 そう言われて前を柳沢は前を向き直り「これはレギュラー争いが熾烈になるね」と言う木更津と会話を始めた。その背後で観月が「しかしまさか青学不二周助の弟が勧誘できるとはね。兄のことを強く意識すればするほど好都合だ」と大きな独り言を漏らすのであった。
「あいつに言ってたことと真逆だーね。なんならさっきキャラまで違ってただーね」
「つくづく敵に回したくないや、観月は」
 柳沢は青ざめ木更津はくすくすと笑っていた。聞こえてはいるが反応するつもりもない。これくらいの距離感が丁度良い。
 これでひとまずのコマが揃った。まずはそのことに満足する観月であった。


  

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16