* There ain't no Red Rose without a Thorn -11- *












 聖ルドルフ学院男子テニス部は順調に試合を勝ち上がり都大会に歩を進めていた。例年であると都大会に進めるか否かというチーム力であり、その後勝ちを拾うことは困難であった。しかし今年は違った。ここまでの試合は危なげなく勝利を収めていた。それも観月が事前に予測したシナリオ通りに。
「ここまで順調とはな。正直怖いくらいだぜ」
「怖いことなど何もありませんよ。抜かりなく相手について調べた上で自分たちも必要な練習を積んできたんですから。当然の進捗ですよ」
「怖いって言ったのは、お前のことがな」
「どういう意味ですか」
 観月に睨まれ赤澤は笑った。「まったく」とため息交じりに吐き出しながら腕を組む観月も本気で怒っているわけではないとわかっていた。
「お前は恐ろしいやつだよ。キレるやつだなとは感じたけど、ここまでとは思っていなかった」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
「普通に褒めてるって」
 観月は技術にしても、戦術眼にしても、テニスをするに関して長けている選手であった。赤澤はそのことを誰よりも認めていた。観月が聖ルドルフに転入してきたことに感謝していたし、高校でもチームメイトであり続けたいと思っていた。
「観月、高等部でもテニス続けるんだろ?」
 勿論そうだと思いつつも、確認のために軽く問い掛けた。「当然です」という声が聞こえると思っていたのに、待てども返事が来ない。
「…観月?」
「これはいつ話そうかと思っていたのですが」
 観月は一旦言葉を止め、赤澤の正面に回り込んで再び喋り始めた。
「ドイツに薔薇肌について研究している医者が居るんです」
 急に話題が変わったようにも感じた。高校でテニスを続けるか聞いたのに、何故薔薇肌の話に。しかし観月が脈絡なく話題を変えるとは思えなかった。流れと表情から察するに、もしかしたら手術のために暫くドイツへ行くということなのだろうか。
「薔薇肌、治るのか」
「違いますよ。ボクは研究対象に選ばれたということです」
「研究対象…」
 つまり、現段階ではまだ治る見込みがあるというわけではないということ。そして研究対象となる以上、短期間で終わるとは想像しづらかった。
「……引っ越すのか」
「まだ検討中ですけどね」
「だとしたらどれくらいの期間なんだ」
「行くとしたらこの秋からです。とりあえずの契約は一年ですがこちらから破棄しない限りは自動延長ということになってます。基本的にはボクが被検体として不適切と判断されるか治療方法が見つかるか研究が取りやめとなるか……それくらいしか終了する理由がありませんので」
 そこまで一気にまくし立てた観月は、一旦息を吐いてからもう一言述べた。
「一生かもしれませんね」
 もし、そうだとしたら。観月は一生戻ってこないのか。遠くの地へ行ったまま。この夏は一緒にテニスに励んで、それが当たり前に続くと思っていたのに。
「お前はそれでいいのか」
「普通の生活をしながら必要に応じて調査に応じるだけで多額の報酬が手に入るんです。それで治癒の可能性も見込めるのであれば、ボクとしては悪い話ではありません」
 観月は淡々とそう言った。観月が感情を表さずに喋ることは今までもよくあることだった。しかしその裏に潜む感情を読むことは今の赤澤には出来なかった。自分の動揺を隠すこともできなかった。
 観月が遠くへ行ってしまうのか。もう一緒に居られなくなるのか。しかも期限もわからない。
 眉間に深く皺を寄せて思い詰めた表情をする赤澤を見、観月は短く息を吐いた。
「まだ決定したわけではないんです。薔薇肌として過ごすことに不便は多いですが、今の生活もそれなりに気に入っているので」
「そうか…」
 その言葉は赤澤を少しは落ち着かせたが、安心材料と言えるには弱かった。そんな赤澤の横顔を見つめ、目が合う前にと観月は目を逸らした。


  

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