「引っ越すことになりました」


告げたのは、実際の事の前日。











  * to my dearest partner -1- *












部活が終わったあと、オレはみんなの前に立たされている。

いつもは手塚が解散の一言を掛け、それで終わる。

でも、今日はオレがみんなに伝えなきゃいけないことがあるから。


手塚が「かいさ…」まで言い掛けたところで、
竜崎先生が止めに入った。

視線で促され、オレは前に出た。


みんなの視線が集まるのが分かる。

今までこんなことなかったからさ、
どんなこと言うんだろうとか思ってるんだろうね。



でもそれがこんなことなんて、予想ついた人いるかな。






 『引っ越すことになりました』








そう告げた後、辺りを包んだのは完全な静寂。


何秒ぐらいだったかな。

もしかしたら一分経ってたかもな。

その張り詰めた空気の中、桃が声を出した。



「……えっ?」


それで糸が切れたみたいに、みんながざわつき始める。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよエージ先輩!」

「そうだよ、そんなの初耳だよ、英二」


何人かがオレに詰め寄ってきた。

でも、変えられない事実は事実。


「ごめんにゃ。あんまり早く教えて
 特別扱いされるの嫌だったから…最後まで黙ってた」

「最後、って…」

「…うん。もう、オレはここに来ることはない」

「!?」


話していた人以外も含めて、全員の視線が一気に俺に向く。

少し愉快。

いや、全然…面白くなんてないけれど。


「ちょっと待ってよ英二、だって、明日学校は休みだけど
 部活はあるだろ?忙しくて来れないとか?」

「ううん。明日出発なんだ」

「マジっスか!?」



みんな、思い思いにオレに話してくる。

そうすると、本当にいいやつらだったな、とか思う。

でももう、終わりだ。


「あのね、オレ…本当に青学テニス部が大好きだった。
 でも、だからっていつまでも引き摺るわけにはいかない」

「……」

「ここで、すっぱり切りたいと思うんだ。忘れろって意味じゃないよ!
 いい思い出だけにして、関係は、切りたいんだ」

「英二…!」


…なんか、みんなが泣きそうな顔をし始めた。


本当はここってオレが泣く場所かな?

でも、オレは最後まで明るく振舞う。

最初から最後まで、明るいオレ。

そこで、思い出は終わり。

記憶には残るけど、これ以上増えることはない。



「もちろん、手紙とかは送ってもらえたら嬉しいんだけどー。
 ってオレの言ってること矛盾してる?ま、いいや」


一瞬下を向いて、息を大きく吸ってから言った。





「今日で、サヨナラだ」







遠くに見える夕陽が、眼に沁みた。


どうして、あんなに遠くにあるのにこんなに眩しいんだろう?

どうして、昼間は黄色いのに夕方は赤いんだろう?

どうして、あんなに大きく見えるんだろう?

どうして、西の空に沈んでしまうんだろう?

どうして、どうして?



オレは夕日をぽーっと見ていた。

すると、桃が一瞬焦点が合わないぐらい近くまできた。


「エージ先輩、聞いてないっスよ!そんなの…!
 ずっと、一緒にテニス、やっていけるとばかり…」

「ごめんね…」


オレも、出来れば続けたかったけど…。



タカさんが、淋しそうな顔で言ってきた。


「英二…もっと早く言ってくれれば色々出来たのに…」

「んにゃ、だから、オレそういう特別扱いは嫌いなんだって!
 オレはテニス部で、みんなと一緒に楽しく青春過ごした!それで充分」


これは、本当のことだよ?
みんなと楽しくテニスできたっていう思い出だけで、オレは幸せなんだって。



人だかりの後ろから、荒井が人を掻き分けて飛び出してきた。


「菊丸先輩、どこへ越すんですか?
 ここは私立だし、少しぐらい遠くても通えるんじゃ…」

「ん…愛媛にね、行くんだ」

「愛媛……」


訊かれたから、オレは答えた。

荒井は、言葉を失って立ち尽くしていた。

本当は、自分にとっても痛い事実なのだけれど。



「…菊丸せんぱぁい!」


列の一番前にいた一年が、オレに飛びついて服を掴んだ。


「淋しいです…菊丸先輩がいなくなったら…。
 まだまだ一緒に居られると思ったのに…!」

「ごめんにゃ〜…。あ、じゃあさ、オレが抜けた分のレギュラーの枠
 加藤が取っちゃってよ!ナイスアイディア!」

「う〜〜…」

「……」


身長が顔一つ分違う、とても小さな後輩。

オレの胸に顔を埋めて、泣いているみたいだった。

そっと頭に手を乗せて、撫でてやった。

しゃくり上げているみたいで、時々肩が揺れた。



すると、同じく一年だけど随分態度の違うやつが出てきた。

おチビ、こと越前リョーマだ。


「もちろん…テニスは続けるんスよね?」

「あったり前じゃん!向こうでもレギュラー取って見せるからな!」


オレはガッツポーズを見せた。


そのとき、偶然隣に立ってた不二と目が合った。

不二は、赤くなった目を擦っていた。

えへへ、とはにかんだ笑いを見せて。


「すごいね、英二は。最後までそんな明るくいられて…。
 それに対して僕ったらダメだね、しっかりしなきゃ…」

「ううん。素直に感情を表せるって、凄いことだと思う」


ありがと、と不二は言って、オレの肩にコツンとおでこを当てた。




他にもみんなが口々に色々言ってきて、
ああ、オレって幸せ者だったなあ…って思った。

こんないい仲間が沢山いて。

それも、今日で終わりだけど…。

すっぱり切ると決めたから。




結局、最後までオレは明るいキャラを演じ続けた。

誰も、演技だったとは気付いていないと思う。


気が付く奴がいるとしたら、たった一人。アイツだけだ。

そういえば…オレがみんなに囲まれてるとき、
アイツは何も言ってこなかったな…。

まあ、もう切れてしまう関係だから関係ないのだけれど。

























2002/12/07