ここから家まで、15分。 久しぶりの友達と会って、楽しさのあまりに少しお酒が進み過ぎてしまった。 途中から座れた電車の席から立ち上がると、自分の足もとの頼りなさに思わず苦笑が漏れる。千鳥足とまではいかないものの、いつもはサクサク下る階段を歩く気になれず、ゆたりとエスカレーターに立って改札階まで連れて行ってくれるのを待った。 電車が発車した段階で日付が変わっていたから、もうかなり遅い時間なはず。明日からまた平日の日々が始まるというのに、スタート前から咬ましてくれたもんだ、と自分で自分の選択した行動に苦笑する。でも、まったく後悔はしていない。それほどに充実した飲み会だった。 ただ、これだけ飲んでしまうと、歩いているだけで結構しんどいものだ。早く家に辿り着きたい、けど速く歩くこともままならない。本当なら15分の帰り道、もっと時間が掛かってしまうかもなー…。 そう思いながらピッとICカードをタッチして改札を抜けると、目の前には想像もしない光景が。 「え……何してんの秀」 「何してんのじゃなくて、心配で迎えに来たんだろうが」 「ええ〜?!」 あんまり心配はさせたくなくて、でも嘘をつくわけにはいかなくて、だから 「家に着く頃には日付変わってると思う」って伝えてた。それが、まさか迎えに来てくれてるだなんて。 しかも、待ち合わせには平均30分前には着く秀のこと、今日はどれだけ長い時間ここで待っていたのだろう? それとも、そういう風に伝えてたのに0時半になっても帰ってこないから来てくれたのだろうか? 過去の経験と秀の性格から洞察するに、後者である可能性は低くて、恐らく1時間以上この元々何もない駅で中でも特に何もないこの時間帯に一人でずっと待っていてくれたに違いない。せめて、今が寒くて体が冷えてしまうような季節でないことだけが救いだ。 「メールの文面で、結構飲んでるっぽかったから」 「あれー、やっぱりわかっちゃう?」 「わかるよ」 そう言うと、「ほら」と私の手を掴んで秀は歩き出す。引っ張られるように足を前に出して私も横に着く。 「そしたら、迎えにいくよって言ってくれればちゃんとした時間教えたのに!ごめんねたくさん待たせて」 「いいんだよ、俺が好きでやってるんだから」 前を向いたまま秀はそう言った。その横顔を見て、うーん好き!と思ってしまう私。感謝感謝。どうして私の旦那様はこんなにも素敵な人なのか。 少し暗がりな一本道。 川沿い。 公園の横。 上り坂。 一人だったら長くて辛い道のりになるはずだったのに、横に人が居て、その人が自分の大好きな人で、それだけでこんなにも幸せで大切な時間になってしまうだなんて。 幾度かあくびをかみ殺す仕草が見えて、そうだよね眠いよね、って、わかってはいるけどそれ以上に感謝と嬉しさが上回ってしまっている。 「疲れた?大丈夫?」 「だいじょうぶ〜」 そう言った私の返事は無視するかのように、「ごめん。ほら、」と繋いでいる反対の手を差し出してきて、私が右手に掴んでいた鞄を引き受けてくれた。途端に手持ちぶさたになったその右手をぶらんぶらんと大袈裟に振りながら歩いて、家路を一歩また一歩と進んでいく。 『玄関に着いたらこの手は解かれてしまうんだ』。 そう思ったら今の時間が勿体なくて、わざと、おぼつかない足もとでゆっくり目に歩いてみたりして。いつも早寝早起きな君がこんな時間まで起きてくれているだけでありがたくて、早く寝かせてあげなきゃとも思うし、私だって明日の朝ゆっくり出来るわけじゃないし。だけどどうしてもこの触れ合う手のひらと重なる指の付け根とたまに擦られる親指の爪の感触が嬉しくて、もうちょっと、もうちょっとだけ、こうして歩いていたいな、なんて。 よたりとわざと蛇行しようものなら手に加わる力が強くなって「大丈夫か?」なんて優しく声を掛けてもらって。声に出さずにコクリと頷いて、お酒のせいで瞳が潤んで頬が赤いのも知っててじっと上目遣いで見つめてやる。 我ながらあざといけど、まだ酔いが醒めずに良い気分、これくらい甘えさせてくれても、いいよね? 駅から家まで、15分。 さっさと終わらせたかったその時間、それだけの距離が、焦らして焦らして、遠回りなんてしないのにまるで寄り道しながら旅をしているみたいだ。 まだまだ終わらせたくない、なんて思っていることを君に知ったら怒られてしまうかな、って思いながら気付かれない程度にだけペースを落として、歩いた。 |