* 夏服になる頃に *












「大石くん、お願い!テニスの練習付き合って!」


パンと手を合わせてお願いすると、
私の必死さと釣り合わないような優しい表情で

「いいよ、俺で良ければいくらでも」

なんて爽やかな二つ返事をくれて、
私たちの昼休みの特訓が始まることになった。



どうしてこんなことになったかって、
それは来月の球技大会で、私がうっかりテニスの枠に選ばれてしまったから。
部活に所属している人は不可、という縛りはあるものの、
テニスってスクールなんかに通ってる人も結構居て、うまい人が多い。
私は家族で何回かやったことがある、というだけの理由で選ばれてしまった。

優勝を狙うなんて大それたことはできなくても、
せめて恥を掻かない程度には出来るようになりたい…。
そう思ってクラス唯一のテニス部の大石くんにお願いをした、というわけ。


「じゃあ、12:15くらいにテニスコートで!」と時間を決めた。
お昼休みの開始は12時丁度。12:45には掃除の時間が始まる。
少しでも多く練習しようと思うと時間は全然ない。

お昼ご飯を5分で平らげて、トイレで高速早着替えをして、
ダッシュでテニスコートに向かうと、
大石くんはもうボールを準備してそこにいた。


「ごめん、遅くなっちゃった!」

「全然、まだ時間前だろ」


そう言って爽やかに笑う。優しい…。


「というか、着替えもしてるのに早いな」

「へっへーん早着替え特技だもん」

「そうか」


はは、と大石くんは爽やかに笑う。
いつ見ても、眩しいほどの爽やかさ。


「女子は制服のままやるわけにはいかないもんな。
 終わりも少し早めに切り上げようか」


そう言いながら大石くんは、学ランの上を脱ぐとベンチに掛けた。
今月一杯までは、制服が冬服。
そういえば学ランの中ってワイシャツなんだよね、
長袖のワイシャツ姿って、あんまり見ないから新鮮…。


ボールをいくつかポケットに仕込んで、
ラケットを使ってストレッチをしながら
大石くんはテニスコートの反対側に向かう。


「とりあえず、の実力を知りたいから、軽く打ち合おうか。
 失敗しても気にしなくて良いから」

「うん、よろしくお願いします!」


私もその場で屈伸と伸脚だけして、
肩をぶんぶん振り回しながら小走りでコートに入る。
よーし、がんばる!!
最後にやったの、確か、2年くらい前だけど…。


「じゃあいくぞ、それっ!」


ポーンと下打ちでゆるい球が飛んできた。
よし、よく見て……。


「えいっ!!…あれ?!」


思いっきり、空振り…。

あれ………。


「ご、ごめん…」

「ドンマイ!始めは仕方ないよ、もう一球行くぞ」

「はい!」


また、同じような球が飛んできて、こ、今度こそ…!


「えい!」


当たった!
けど、ネット。


「いいぞ、その調子!」

「はい!」


ちゃんと返ってなくても褒めてくれる大石くん。
なんて優しいんだ…。


構え直して、また飛んできた球、打って、
思いっきり横に逸れたり、
勢い余ってアウトしたり、
カツンとフレームに当たって真上に飛んだり。


大石くんが左手に掴んでた2球、
ポケットに仕込んでた3球、合計5球、
なんと一つもコートに返らなかった。


「………」

「………」


もはやなんと謝って良いのかもわからないし、
さすがの大石くんもフォローの言葉を失っている感じ。

こ、これは……。


「あの、ご、ごめ……」

「謝ることはないさ!誰だって最初は難しいし、
 俺もなるべく打ちやすい球出せるようにするな」

「ありがとう〜〜…」


なんて優しいんだ…。
私が球出しする側だったら、間違いなく絶望するし、
少なくともこんなフォローの言葉掛けられない。

確か大石くんってテニス部で「青学の母」って呼ばれてるんだっけ。
なんか、わかるかも。


「まずは球になれるところからやろうか。
 俺はどんどん球出しするから、どこに飛ぶとか気にしないで
 ネットを越えさせることだけ意識しながら打ち返してみてくれるかな」

「はい!お願いしますコーチ!」


コーチか、って柔らかく笑いながら、
大石くんは小走りでボールのかごを取りに行って、また同じ場所に戻ってきた。


「それじゃあ、どんどん行くぞ!」

「お願いします!!!」


テンポよくボールが飛んできて、それを打ち返す。

やり始めて気付いたけど、大石くんってほんとすごい。
さっきからほとんどぶれずに、
全部私の打ちやすい位置、高さにボールが来ている。
それなのに、私のこの実力…。


「いいぞ、最後の方は半分以上コートに入ってたぞ!」

「大石くんの球出しのお陰だよ〜」

「この調子!じゃあ、一旦ボールを拾おうか」


コート中に散らばったボールを全部かごに戻して、
(本来なら無いはずの私側にも相当数あるのが申し訳ない…)
また定位置に着こうと思ったら…。


「あ、ちょっと待って」

「え?」

「フォームなんだけど、次はラケットを真後ろに引く感じを意識できるかな?」

「真後ろ……こう?」

「えーっと…」


こうじゃなくて、こう。

そう言いながら大石くんは自分が実演して見せてくれた。
ふむふむなるほど、

こうじゃなくて…こうね?

ってやってみたけど、大石くんは苦笑いをしていて。


「ちょっとごめんな」というと、私の後ろ側に回り込んできた。
おっとドッキリ、とか思ってる場合じゃない!

一緒にラケットを掴む形になって、
一緒に動かしながらフォームを覚えさせてくれた。


「こうやって、こう」

「あ、こうね!」


大石くんの手が離れてからもう一回、自分で振ってみる。


「あ、そうそう!いい感じじゃないか」

「よし!じゃあ次はそれ意識してやってみる」

「よろしく」


定位置に着くと、大石くんはちらりと腕時計を確認して
「じゃあ今日はこのかごが空になるまでだな」と言うので
「オッケー!」と返事をして、気合いを入れ直した。
よし、集中!!



大石くんの指導のお陰か、さっきよりもボールがうまく返るようになってきた。
たまにネットに引っかけたり横に逸れたりはするけど、
7割?8割?くらいはちゃんとコート内に返すことができた。


かごが空になって、昼休みが終わるまであと10分。
着替えも考えると、結構忙しい。
小走りでボールを引き上げる。


「ごめんね、なんかボールに慣れるだけで終わっちゃった感じ」

「大丈夫だよ!後半はかなりいい感じだったじゃないか」


いい感じ?
フォアの、打ちやすいところに来た球が
なんとか打ち返せるようになったくらいで?

…いい人すぎる。


「大会まであと3週間あるし。それまではなるべく毎日やろうか」

「ううう…ごめんね」

「謝ることはないさ。あ、でも毎日ってキツいかな?」

「全っ然!そっちこそ大丈夫?委員会のこととかもあるよね」

「俺のことは気にしなくても大丈夫だよ」


そうは言うけど、気になるよ〜…。

なんて優しいんだ大石くん。
こんなの、好きにならない方がおかしいでしょ。


「じゃあ、また明日よろしく」

「うん、よろしくお願いします!」

「じゃあボールは俺が片付けておくから。
 着替えあるから、は急いだ方が良いな」

「うー本当にありがとう!大会無事終わったらお礼させて!」


そう伝えて、私はテニスコートをダッシュで立ち去る。

パァン!という音が聞こえて振り返ると、
大石くんは何本か本気サーブしている様子だった。
カッコいいなー…。

よし、あと3週間!
私もばっちり練習して上手になるぞ!!!





  **





それから3週間。
どうしても委員会で都合がつかなかった日と雨が降った日を除いて、
ほとんど毎日大石くんとテニスをした。

始めは丁度良い位置に飛んできたフォアを返すのも必死だった私が、
走り込んで打ったりバックだったりも返せるようになって、
下手くそだけどボレーの練習もしたし、
サーブもなんとか10本中7本くらいはコートに入るようになって、
これならなんとか試合に出られるかなーという感じ。
我ながら、よく昼休みだけの3週間でこんなに出来るようになったなぁ…。
これも、全部大石くんの指導のお陰だね。


「いよいよ、来週の月曜日は本番だな」

「うん!あっという間だったなー…」


ついこの前までは、本っ当にへたくそだったのに。
よくぞ試合が出来るレベルまで上達したものだ。


「今日は、なるべく試合形式でやろうか。
 怪我するといけないから、熱くなりすぎないようにな」

「了解」


そう言って笑って、コートに入る。
大石くんは学ランを脱いで、プラス、ワイシャツを袖まくりした。


「今日は暑いな」

「そうだね」


週を明けてみれば6月。
初夏から、いよいよ夏本番に向かっていく。
そうしたら制服だって夏服になる。


「それじゃあ、行くぞ」

「お願いします!」


大石くんのサービスで試合が始まる。
決めるような球を打ってこないからなんだけど、
ラリーは結構長いこと続くようになった。
30くらい続いたかな、私がネットに引っ掛けて一旦ラリーが途切れた。


「だいぶ続くようになったな」

「うん!お陰で暑いね」

「だな」


私は既に汗だく。
ポケットにしまったタオルハンカチで汗を拭く。

大石くんも、額に滲ませた汗を、まくった袖で拭うようにした。
その仕草に、ドキッとした。


「(あれ、なんか今…)」

「フィフティーンラブな」

「うん!」


慌ててラケットを握り直して構える。

バックに飛んできたサーブを打ち返す、
けどうまくいかなくてネットに引っ掛かった。


「ドンマイ!バックはもっと押し出すイメージで」

「はい!」


サイドチェンジしながら、
ドキン、ドキン。

この心臓の鼓動は、
さっきのラリーが長く続いたせい?


「サーティラブ!」とコールをすると、
ぶれないフォームで綺麗なサーブが飛んでくる。
なんとか打ち返して、ラリーが始まる。

ポジションの取り方。
打ち返すときのフォーム。
前に出るタイミング。
打点の高さとラケットの角度。

今の私のテニスは、全部、大石くんに教わったもので出来上がっている。

そう思った途端に、全身に、
なんだか不思議なパワーがみなぎってくる感じがして…。


「あ」


見事にホームラン。

なんだろ、今の、変な感覚。


「思い切り打ってていいぞ、もう少し面抑えてな」

「う、うん」


いつの間にか、息が切れてる。
そして今の、自分の体が自分のものじゃないみたいな、不思議な感じ。
なんだろう、この感じ。


「暑いな」


大石くんは制服の襟元をぐいと引っ張って、
顎からしたたる汗を拭った。

太陽が、ジリジリ熱い。



「フォーティーラブ」



そう告げて


ボールを弾ませて


トスして


振りかぶって


打つ。



大石くん、



好き―――――。




タンッ


……タン…タンタン…。




ボールが、
私の横を通り過ぎて、弾んで、弾んで、
カシャンと後ろのフェンスに当たる音がした。


微動だにしなかった私に驚いたようで、
大石くんが数歩駆け寄ってきた。


「ごめん、強すぎたかい?」

「あ、ううん!ごめん!なんか…」


ぼーっと、しちゃって…。


その言葉は、呟きみたいに小声になって、
私の視線は、大石くんに張り付いてしまったみたいに剥がせない。


好き、だ。

私、大石くんが、好きだ。



「大丈夫?少し休憩しようか」

「ごめん、大丈夫だから続けよう」



ぱっと首ごと視線を背けて、私は次のラリーの準備をする。
大石くんが怪訝な表情をしながら飛ばしてきたボールを受け取って、
大きく深呼吸。

…集中!


「ラブゲームトゥワン」


コールをして、出来る限りの球を放った。
打ち合いながら、考える。


どうして今まで気付かなかったんだろう。

大石くんは最初からずっと優しくて、
何があっても励ましてくれて、
練習初日だって「こんなの好きにならない方がおかしい!」とまで思って。

手取り足取り指導されたり、
本気で打つフォームをカッコイイと思ったり、
思い返せば、度々ドキッとさせられてた。

だけどきっと私はテニスに集中してた。
一生懸命指導してくれるのに応えたかったから。

やっと打ち合えるようになって、気付いた。

私、大石くんのこと、いつの間にか好きになってた。



ラブフィフティーン。


ラブサーティ。


どんどんポイントが取られていく。
そのたびにコールをして、新しいサーブを打ち直していく。


一つ、決心をする。

なんとか、決めてみせる。
あなたが教えてくれたテニスで、
少しでも成長した私を見てもらう。


ラブゲームなんかで終わらせない。


「ラブフォーティ」


コールをしながらボールを弾ませる。
時計は、昼休みが終わるまであと15分を示してる。
もうワンゲームやる時間はなさそう。
私は、このポイントを落とすわけにはいかない。

大石くんのリターン、打ち返して、
思い切って前に出る。

打ち返されて、横、抜けそうになった球へ、思い切り腕を伸ばす。


…届け!


ラケットに当たった球はネットの向こう側に落ちると、
ネットに沿うような角度で二度弾んだ。

やった!


「フィフティーンフォーティ!」


思わずコールをすると、大石くんは笑った。


「やられたよ。完璧なポーチじゃないか」


そう言いながらボールを拾って、
渡しにネット際までやってきた。

はい、と手にボールを乗せられた瞬間、
全身の毛穴がぶわっと開いた。



「大石くん、好き」



私、さっき決心した。
一球でも決めたら、この想いをアナタに伝えるって。

でもまさか試合中に言うつもりなかったのに。
ボールが手に乗った瞬間、もう、口から飛び出してた。


大石くん、好き。

アナタが好き!



「えっ?あっ!こりゃ大変!」


突然のことに驚いて、大石くんはきょろきょろと目線を泳がせる。


「えっ…俺?」

「他に居ないでしょ」


思いがけない反応に、つい笑ってしまう。

心があったかい。
気温と日差しと、動いたせいで、本当は暑すぎるくらいなのに、
ここだけ空気が柔らかいみたい。

…って何やってるんだ!
ちゃんとテニスに集中しなきゃいけないのに!


「ごめん、突然!とりあえずゲーム終わるまでやろっか」

「…こんな心境で続けられるわけないだろ」


サーブの位置に着こうと思ったのに、
そう言われて振り返ると、
大石くんはラケットを掴んだその腕で顔を隠すようにしていて、
でも見えてる部分は、全部真っ赤で。

おや。


「球技大会が終わったら接点なくなっちゃうからどうしよう、って、
 大会が無事終わったら伝えようと思ってたんだけど…」


腕を下ろして、真正面から見てきた。
顔は全部真っ赤なのに、臆することなく視線はまっすぐで、
突き刺さるくらいの正直さで。


「誰より頑張りやさんなところにいつの間にか惹かれてた。
 俺も、が好きだよ」


テニスコートの中、
ネットを挟んだその距離で、
この空間だけ、私たちの世界みたい。


「えっ、ウソ!」

「ウソじゃないさ…
 女の子が汗だくになりながらこんな一生懸命にテニスしてて、
 好きにならないわけないだろ!
 こそ、どうして俺なんか…」

「いやいやいや、私は下手くそなだけだから!
 大石くんこそもっと自分の優しさ自覚した方がいいよ!」

「何言ってるんだ」



そんなこと言い合ってるうちに、
休み時間が終わるまであと5分の予鈴が鳴った。


「げ!まずい!!」

「あっ、ボールは俺が片付けるから、は急いで…」

「え、あ、うん。そうだよね」


あせあせとポケットに入れてたボール渡して、
コートを駆け出そうとして、
振り返って。



「今日までありがと!
 また、球技大会終わったらゆっくり話そ!」



そう叫んだら、左手で顔を覆ったまま、
ラケットごと右腕を振る姿が見えて、
私はダッシュで校舎に戻る。



まさか

こんなことに

なるなんて。


……。



「これは、球技大会頑張らないわけにはいかないなぁ」



どんだけ失敗しても褒めてくれるアナタが、
もしも勝利を収める私を見たら、なんて言ってくれるでしょう?

そんなことを考えながら、
予想外に舞い降りてしまった恋を一旦胸にしまって、
教わったもの一つ一つに感謝しながら、
とにかく試合に集中することに決めた。



勝負は来週。


もうすぐ、夏。






















あららまるで簡単に40-0www

テニラビでちびキャラに制服が実装されたお陰で
制服でテニスをする大石という新しい世界を知ってしまったら閃いたw

テニスやる人ならわかってもらえると思うんですけどね、
初回練習時、多少は打ち合えるだろうと思ってかごは用意しないあたりと、
でも片手で対応できるだろうと思って
左手にボール掴んだままやり始めるあたりが萌えポイントなのですよ(細かい)

初夏設定だけど恋風チックになった(笑)
クソ、青春ラブしてぇ!!!(笑)


2018/04/29