とても長い時間を共に過ごした気がした。




大人になってからの時間は、あっという間に過ぎる。
カレンダーをめくるたびに、
ああまたいつの間にかひと月が過ぎてしまったなって実感するくらいで。

だけど思い返せば子供の頃は
毎月発売される漫画だとか
年に一度のクリスマスとか
誕生日とか、
とんでもなく先のことに思えてたし、実際、
それはとんでもない長い期間だった。


時間の感じ方が変わってきている。
それは過ごしてきた時間の分母が変わるから仕方がないんだって。
年を重ねるってそういうことだ。


なのに。

この一年間は、とんでもなく、長い時間に感じられていた。

たったの一年…一年のことをたっただなんて思うようになった私が
「まだ一年しか経ってなかったの!?」って驚いて信じられないくらい。



アナタと一緒に居たからでしょうか。

まだまだ大人になりきれていない、アナタと。










  * 一回り年下の彼氏にサヨナラをする *












一ヶ月ぶりの晩ご飯デート、終えて午後8時20分。

秀の門限への終電まで、あと8分。


私たちは駅前の大通りから一本入った路地で、
別れを惜しみながら次の約束をする。
正面向き合って、手をぱんぱんぶつけ合ってるうちに、
自然と両手を取り合ってた。


「次に会えるの再来月かぁ。遠いなー…」

「ごめんな?」

「仕方ないよ、テニス頑張ってね。お勉強も」

「うん。ありがとう」


離れがたくって、両手取っていたのを離して
片手だけにして、恋人繋ぎにして、
このまま横を向いたら一緒に歩き出せそう。
だけどもう帰らなきゃいけない時間…。


こうして居られるだけで、幸せだな。


手をぶらぶらと揺すりながら、離れるまでの時間を惜しんでいた、そのとき。




?」




え。

この声……。



「お父、さん…」



まさかの、大通りからこちらの路地を覗いてきているのは、
正真正銘、私の実の父親だった。

繋いでいた手を背中で隠すようにしながら、さりげなく離す。
といって、もう目撃されてしまっただろうし今更かもしれないけど…。


「何してるんだ、こんなところで」

「いや、その…」

「………」


お父さんはこちらに近付いてきて、
私と至近距離に立っているその人物の全身を見回す。

マズイ。
非常に、マズイ。



「……君、高校生か」

「………ハイ」

「そうか」



年齢の割に大人びた顔だちをしている秀でも、
さすがに制服ではごまかせまい。
一瞬ためらいの間は合ったけど、
正直に答えてたしそれで正解だと思う。


お父さんは、私を見て、秀を見て、
ふぅ。とため息をつくと、
無表情で秀を見ると、
怒っていなさそうな声色で声を掛けた。


「君、今日は帰りなさい」

「…」

「いいな」

「はい…」


秀は静かに返事をすると、
一歩後ずさりをした。


「ごめん…またね」


私の声掛けに対して声を出さずに頷くと
秀は背を向けて去って行った。



そして、私はお父さんと二人きりになる。







低い声が響いて、体が強張った。

ヤバイ。


悪いことをしているわけじゃない怒られる筋合いはない
私にだって自由はあるし
文句言われたって言い返してやる
だけど正論を出されたらねじ伏せられちゃいそう
何言われるの怖いこわいこわこわこわ…。


「久しぶりに、二人で飲むか」


ため息交じりに、お父さんはそう言った。
…怒ってない。
し、怖くない。

拍子抜け。


「いやか?」

「ううん。いいよ、行こ」


私たちは、肩を並べて歩き出す。

今日は、秀くんに会えると思って、
普段仕事に行くだけのときよりちょっとだけオシャレしてた。
髪だって仕事終わったあとにやり直したし、
メイクだってちょっと気合入ってる。
それがまさかお父さんと二人で飲みに行くことになるなんて…。

これこそ、援助交際に見えちゃったりしてるんじゃない…?
いやさすがに私がそんな年じゃないか…
じゃあ不倫とか…。

と、自分たちを客観的に見るけれど、
そういう私と秀は普段どんな風に見えてるんだか。
最近は考えないようにしてたけど、
付き合い始めは視線とかすごい気になったなぁ…。


考えているうちに、薄暗くてシックな雰囲気のバーについた。
お父さんは「ウイスキーロックで」と言いながらカウンターに着いて、
私は隣に座って、ジントニックを頼んだ。

お父さん、普段こういうところにくるんだ…。
よく考えてみたら、家以外のお父さんのこと、あんまり知らない。
それは向こうも同じか。


バーテンダーさんは大きな氷の入ったグラスにウイスキーを半分程度注ぐと
くるりとスターリングして、お父さんの前に差し出してきた。
私の前には、レモンを添えた透明の炭酸が出てきた。

お父さんがグラスを差し出してきたので、
「乾杯」と言いながらチンと軽くグラスを当てた。

…うん、おいしい。
材料がいいのかな、グラスのせいかな、雰囲気かな、
いつも飲んでいるものより上等に思えた。


……無言。
これは、どうしたものか…。
私から話し出した方がいいのか、でも、
なんと言えばいいか…。

悩んでいると、からん、と
ウイスキーの中のロックアイスを揺らしてお父さんは口を開いた。


「彼は、どういった相手だ」


………来た。


「付き合っているのか」

「………ハイ」


隠そうか、とも思ったけど、
手を繋いでいるのを目撃されている手前うまい嘘が思い付かない。
(付き合ってもないのに年下男子と手を繋いでる方がドツボな気がする。)

素直に答えることにする。


「…高校生と言っていたな、受験生か」

「いや、その……一年生なんだよね」

「一年?!」


制服姿で高校生であることは察したようだったけど
でもまさか一年生だなんて思っていなかったのだろう、
お父さんは面食らった顔で目をまん丸にした。


「…一回り違うぞ」

「そう、一回り違うの」


私は笑ってそういったけど、
お父さんが全く笑う気配がなかったのでしゅんと抑えた。


「お前ももう28だ、わかってるのか」

「…わかってる」


ああ、展開は見えてる。
もっと年の近い相手を捜せと、
一回りも違うような相手なんか別れろと、
そう言うのだろう。


「28は、もう若くない」

「……」

「…だが見方を変えれば“まだ若い”。今だったら、貰い手もあるだろう」


………。
予想していた展開ではある、けど、
私の考えが及んでいた範囲からは、違う意見が出てきた。


「彼が法律上結婚できる年齢ですら2年後だ。
 そうしたらお前は三十路だぞ」


わかってる。
わかっていた、けど、
考えないようにしていた真実が、どんどん降ってくる。


「それに彼にだってやりたいことがあるんじゃないのか?
 大学に行って勉強したり、友達と遊んだり」


気付いていたけど、
目を背けていた。
そんな真実に、目を向けざるを得なくさせてくる。


やめて、お父さん。

お父さんが私のためを思って言ってくれてるのはわかる。


でも


「お前だけじゃない」



これ以上聞いてしまったら



「彼の人生も犠牲にしていることがわからないのか」



私は秀のためを思えていない人になってしまう―――…。



「………」

「……これは、伝えるべきか迷ったんだが」


ふぅ、とため息を吐くと、
目を閉じたまま言った。


「母さん、また薬増えたぞ」

「えっ、この前は…」

「あれは回復して元気だったわけじゃない。副作用の強い薬に変えただけだ」


あと、5年持つかと言われているお母さん。
私が会いに行くと、嬉しそうな笑顔で迎えてくれるお母さん。

「母さんに孫の顔を見せるのが夢だって、お前言ってただろう」と。
お父さんはそう言った。

お母さん……!



「恋愛に口出しする権利はないとも思うが…
 幸せになって欲しいと思う親心もわかってくれ」



そう言って、グラスに残っていたウイスキーをクッと飲みきって、
鞄から財布を取り出し始めた。
私も出そうとすると「いい」と言って会計してくれた。

私は残っていたお酒を飲もうとした、けど、
炭酸がチクチクして、うまく喉を通っていかない。

視界が揺れる。


「ゆっくりでいいぞ」って言ってくれたけど、私は首を振って、
「ごちそうさまです」と残して、そのお店を後にした。


無言のまま駅のホームに着いた。
実家は逆方面だ、お父さんとはここでさよなら。


最後、じゃあねとだけ言ってわかれるつもりだったけど、お父さんは
!」と、混んだホームの中、少しだけ声を張って話し掛けてきて。


「最後は…お前自身が判断するんだぞ」


…それは。

自分自身が幸せになれることを考えろよ、という意味なのか、
何を選んでも自分の責任だからな、という釘差しなのか。

上手に返事が出来ずに、私は手だけを振って、反対向きの電車に乗った。



電車に乗り込んで吊革に掴まって、
反対の手でケータイを開くと留守電が入っていた。

……秀。


耳に当てて、再生ボタンを押す。


『秀一郎です。少し話したいので、電話ください。起きて待ってます。』


敬語なのは、
電話だから。だってわかるんだけど。

……楽しい会話にはならなそうだなってくらいは予想できた。


帰宅して、ジャケットもそのままにすぐに電話を掛ける。

起きて待ってるって言ってた。
もう22時半。
普段の秀なら下手したら寝てる時間。


「もしもし」


ツーコール目で、落ち着いた声が聞こえてきた。
ほっと安心して、でも、どこかざわざわする。


「ごめんね、遅くなって」

「ううん。思ったより早かったくらいだよ」


そっか…。
ああもう、なんか、ごめん。
ごめん秀。
まだ何も話してないのに泣きそうだよ。


「……」

「……あのさ」


喉の奥がツンとして、声を出せずにいると
秀の方から話題を切り出してきた。


「明日って、空いてる?」

「空いてるけど…秀こそ予定あるんじゃ」

「そうなんだけど、遊びの用事だしキャンセルさせてもらうよ」


確か、英二くんと久しぶりに遊ぶんだと言っていた。
英二くんは秀の中学校からの親友だけど、
私と付き合い始めてからというもの貴重な休みは私に宛がわれてしまい
英二くんは大層不満なのだと。
(ちなみに、私の存在は「年上の彼女が居る」とだけ知られているらしい…
 まさか一回りも年上とは思われていないだろうけれど。)

久しぶりに2日連続で休みだから、
明日は一日英二くんと過ごすのだと、前に聞いた。
英二くんの話をするときの秀はいつも楽しそうで、
だから私はその時間も大切にしてほしいのだけれど…。


「ありがとね、でも、いいよ英二くんの方に行って」

「でも…!」

「友情は大切にした方がいいよ」


秀にも悪いし、英二くんにも悪いしね。
そう思ってそう伝えた。
けど、秀くんは晴れない声をしていて。


「だけど、明日逃すと、本当に2ヶ月会えないんだ。それに…」


いつも、困ったり申し訳ないときにする、
眉がハの字になった表情が目に浮かぶ。



「今は、こっちの方が大事だから…」



……そう言われてしまうと私は拒否できない。
なるたけの明るい声で言った。


「それで考えたんだけどさ、夜だけとか、会えないかな」

「それは大丈夫だけど…でもだったら、やっぱり…」


なるべく私と居たい。
その気持ちは嬉しい。
けど、だけど…。

お父さんの顔が浮かびかけたのをぐっと飲み込んだ。


「私も、自分の気持ち整理したいから」

「…そっか。わかった」


やっと納得したようで、夜に会う時間と場所を決めた。


「おやすみなさい」

「おやすみなさい」


そう言って電話を切った後は、シンとして、
いつもの自分の部屋がやたら寂しくて冷たい場所みたいに感じた。


……秀。





猶予が、一日になった。



お風呂に入りながら考えて

髪を乾かしながら考えて

布団の中で考えて

寝付けなくて

夢の中でも悩んでて

起きて


さあ


新しい一日の始まりだ。





答えは決まった。

どうするか。

私はどうしたいのか。


昼間、
いつも通りに過ごして、
秀の顔、お父さんお母さんの顔が頭に浮かんで、
これでいいのかなって?って自問自答して、
でも答えは決まったんだから、って自分に言い聞かせて。

いつもよりちょっとおめかしをして、
家を出た。



電車の外は暗くなり始めてて、
遠くに夕焼け空が見える。
窓に反射する自分がどんどん見えやすくなっていって、
駅に着く頃には完全に夜になっていた。




今日、サヨナラをする。


一年間付き合った彼氏に。


一回り年下の彼に。




夜。
秀と待ち合わせて夕ご飯を食べる。
前はファミレス以外に入るだけで動じてた秀も、
今ではさっと私を奥の席に通す仕草も自然になった。

二人でパスタとピザを分けながら、
私は今日の感想を訪ねた。



「どう、英二くんと久しぶりに遊んで。楽しかった?」

「ああ、楽しかったよ。けど…」

「ん?」


珍しく歯切れの悪い秀。


「上の空だって怒られちゃったよ」


ハハ、と力無げに秀は笑った。
ああ、こんな淋しそうな笑い方、
本当ならぎゅっと抱きしめて思い切り甘やかしてやりたい。


「……考え事してたんだ」

「そりゃあ…」


まあ、そうだよね。


昨日、私のお父さんに会って。
年がこんなに離れているのに付き合っていることがバレてしまって。
頭の良い秀のこと、私がお父さんとどんなことを話したか、
おおかた想像はついているだろう。
その上で、私がどういう心境でいるかまでは、わかっているかわからないけど…。


「…俺さ」

「うん」

「今までと過ごしてきて、ずっとすごく楽しいんだけど…
 一方で心の奥底には常に迷いがあった」


今もある、と付け加えた。



「だから、昨日がきっかけになっただけであって、
 そうでなくてもいつかこのときは来たかも知れない」


この言い方はー…。

秀もわかってる、かな。


なんと返したら良いか、わからない。
沈黙が続く。

時計をちらりと見ると、秀の終電が少しずつ近づいている。
お会計をして、お店を出ることにした。


建物を出ると、思ったほど寒くはなかった。
もう、春なんだなぁ。
秀と出会ったのも、こんな陽気の頃だったなー…。


考えながら歩いて、
いつもは横を歩く秀が後ろを歩いてて、
これは、わかってるな、って
私もわかった。


「昨日、話したよ。お父さんと」

「……うん」

「なんかさ、私も自分のこと一生懸命考えてたけど、
 やっぱり親はすごいなーとか思っちゃったよね」

「………」


足を止める。

振り返る。



「秀くん」



まっすぐ目線が合う。

散々シミュレーションしたからかな、
意外と、涙は出そうにない。



「別れてください」



頭を思い切り下げる。

それは、申し訳なさから来た行動か、
それ以上に、
相手の顔を見るのが怖い自分の無意識の行動な気がした。


…全然、向こうからは返事が来ない。
その時間が、私に罪悪感を募らせる。

でも、申し訳なさを感じ始めてしまったら押しつぶされてしまう気がした。
だから、ごめんねごめんねって繰り返しながらも、
でも仕方ないよねってどこかで開きなおってる。


だいぶ経って、ようやく声が降ってきた。



さん」



久しぶりの、さん付け。

両手を取られた。


顔を上げると、笑顔の秀。


すごく大事なことを言われるって容易に想像つく。

私は、泣かない準備をする。



「好きです。一生好きです」



秀は、逸らしたくなるくらいにまっすぐな目線を当ててくる。


「だけど……だから、俺はあなたを、手放さないといけないのか」


俯いて、目が合わない。
手の力だけが強い。


ヤバイ。


泣く。



手を離すと、ぎゅっと抱き締めてきながらこんなことを言う。



「本当は、アナタだけが居れば良かった。
 一生アナタだけを愛して生きていきたい」


なんて、嬉しい言葉。
でも、だからこそ苦しい。


涙が滲むけど、
目を大きく広げて拡散させてごまかす。

私が泣くわけにはいかない。



「言わないで、そんなこと」



背中に手を回して抱き返す。
どうか、伝わってほしい。
私の想い。

アナタにはまだまだ先があるんだよ、って。
これからきっと、
新しい出会いがあって、
恋も芽生えて、
また愛する人が出てくるんだよ。

そんな日のこと、今は想像したくないけれど。


体をそっと離して、もう一度手を握る。
目は合わせられない。



「君は、まだ、若いんだから」



自分が発した言葉が

胸に刺さる。


だけどきっと君は、私なんかの比じゃない。



「…もっと早く産まれなかったことを、こんなに恨んだことはない」



秀は手元に目線を落としたまま口を開く。


「あと10年…いや、せめてあと5年でも早く産まれていたら、違ったのだろうか」


宇宙から見たらそんなたった5年。
だけど今を生きている私たちには大きな5年。


あと5年ズレていたら、うまくいったのかな。

でも、反対に5年ズレていたら?
出会うことすらできなかったんじゃない?



「巡り会えて良かったよ。一緒の時代に生まれられて幸せだったよ」



これは、私の本心。

神様、こんなに素敵な人と、出会わせてくれてありがとう。って。



「慣れない靴履いて出かけて良かった…なんちゃってね。
 あの日のこと、今でもたまに思い出して感謝してるんだ。ありがとね」



秀は首を軽く傾けると目線を泳がせた…けど、
はっとして定まったかと思うと、一気に眉がハの字になった。


思い出したのだろう。


懐かしい、一年前の記憶。

まだ中学生だった頃のアナタ。


ああ、ダメだ。
私、にも、涙が。



「初めて、こんなに真剣に人を好きになったんだ」



俯いて話す秀の声が、震えてる。

もしかして…泣いてる?


初めて、だ。

考えてみれば、私は何回も秀の前でポロポロ泣いたことあるけど
秀が泣くのは、初めて見た。



「本当に、本当に、愛してる」



痛いくらい、心に刺さる。
「愛してる」って言葉、重すぎて逆に陳腐で
本当はあんまり好きじゃない。

だけど、この「愛してる」、は、本当の「愛してる」、だ。
そう思ってしまった。


「こんなに辛いのに、別れていいと思えない」

「…ごめんね」


きっと心を折ることになったであろう、謝罪の一言。
こっちが言い訳をすれば、向こうも言い返せるのに。
それすら許さない。


だって、お願い。
これ以上、後ろ髪引かないで。

私の方こそ、
別れたくない気持ちと、
別れなきゃいけない気持ちの板挟みになって、苦しいんだよ。



「こんな、に…辛いなら……」



しゃくり上げるように喋る秀の言葉を、
途中まで聞き入れて私は遮る。


「いっこだけお願いがあるの」


秀は、はっと視線を上げて私を見る。
目が真っ赤。

私も、赤いだろうけど。
声もちょっと震えてる。

でも言う。



「出会わなきゃ良かったとだけは、思わないで?」



図星を突かれた、というように
秀は眉をひそめる。

もう一個、追い討ち。


「それから、これをトラウマにしないで。
 また、これからもいっぱい、素敵な恋をして」


こんなに辛いなら、好きにならなきゃ良かった。
こんなに辛いなら、もう恋なんてしない。

そんなこと、言わないで。



アナタの気持ちが読めるからこその、釘差し。



「ムリだ……ムリだよ。
 こんなに好きになれる人、一生現れない」

「それは、君が他に人を好きになってないからだよ」



鳩が豆鉄砲を喰ったようなような顔で、秀はこっちを見る。


「いつかわかるよ。2人目に好きな人が出来たら、
 3人目も4人目もきっと好きになれるから」



わざと、そんなことを言う。

私はアナタより恋愛経験豊富だし、こんな別れくらい慣れてます、みたいな。
私にとってはアナタも何人目の一人にすぎないんだよ、みたいな。




本当は、私こそ、気付いてる。


28年間生きて何人も好きになって何回も付き合ったけど
この年になってこんなに人を好きになれるだなんて。
今まで一番好きになれた人とこんな別れ方をしなきゃいけないなんて。



お願い許して。


許して……秀。





も…そうだったの?」

「うん、そうかな」


ちょっと曖昧な返しになった。
だけど秀は気にせず次の問いに進む。



「もう……これが、答えなのか?」



まっすぐな目線が、痛い。
痛い痛い。
声を出せないまま、こくんと頷いた。


秀は首をうな垂れた。



「………わかった」



こんなに覇気のない秀の声、初めて聞いた。


「最後にお願い」


そしてそんなことを言う。
最後、か。


「いっぱい、抱き締めさせて。の体」


なんて、優しい、最後のお願い。

最後でなくても、それくらい良いのに。
…最後でなくて、良いのに。

なんて。


「覚えておきたいから」


何言ってるの、忘れなよ、過去の女なんて。

って、私は言えなかった。



「分かったよ」



私は両手を広げる。

秀は一歩歩み寄ってきて、ぎゅっと抱き締めてきた。





  **





―――……。


どれくらい、抱き締められていただろう。

わからなくなるくらい、相手の体温がお互いに移り合うくらいしてから、
体をそっと離すと時計を一瞥して、
帰り道の方向を仰ぐ。


「…俺、そろそろいかないと」

「そっか…そうだよね」


またすぐ私に向き直って、手を握る。
抱え込むように頭に腕を回す。


「信じ、られない…これで…っ、ホントに、お別れだなんて…」


秀がこんなに泣くなんて、考えられなかった。
でもこれは、それくらい大きなことなんだ。


「昨日の夜まで、あんなに、幸せで…」


一緒にいられれば、
触れ合ってさえいられれば、
幸せだった私たち。

そんな私たちはもう居ない。



「ごめんね……、秀一郎くん」



初めて、嗚咽する姿を見た。


私も、泣いて泣いて、
ちっちゃい子みたいに、泣いていれば許してくれればいいけど
もうコドモじゃない。


何が正解だったかわからない。
この判断が正しかったかなんて、何年も経たないとわからないかもしれない。
一生わからないかもしれない。


それでも、


「一年間幸せだったよ」


それだけは、間違えのない事実。




一回り年下の彼には

別の人生があるから

今日、サヨナラをする。























ヤバイ泣けるんじゃねこれ?(笑)リアルwww

ラスト ** から後は、
そのままこの作品の続き(=路上)でも良いし、
『一回り年下の彼は別の人生があるから』の事後(=ピロト)でも
どちらでも解釈できるようにしています。
もちろん後者が本命ですがw

2015年の一回り設定ブームの当時に書いてたけど、
完成までに2年以上かかってしまったー!


2017/12/08