* 誰の願いが叶えば君は幸せ? *












好きだよねー石川校長、こういうの。


校舎の玄関口、掲げられた巨大な笹の葉を見て思わずため息。

朝礼の挨拶で言ってた。
「積極的に願い事を吊るしましょう。
 願い事は自分の中に秘めていても実りません。
 表に出すことで初めて思いは願いになるのです」とのこと…。

といっても決して強制されているわけではないのだけれど、
校長が校長なら、そこに通おうと決めた生徒も生徒たち。
そこには、その巨大な笹の葉ですら隙間がなくなるくらい、無数の短冊が掛けられている。
「短冊を校長先生に見てもらえると願いが叶う」とか、
「恋愛関係はピンク、勉強関係は青、スポーツ関係は黄色の札を使うと良い」とか、
誰が考えたのかわからない噂まで流れていて、
この笹の葉周辺は大いに盛り上がっている。


ちょっと気になって、ぴら、と数枚捲ってみる。
「彼氏ができますように」
「期末テストで良い点が取れますように」
…ま、そうだよね。そんな感じだよね。
七夕にするお願いって。


せっかくだし私も便乗して何か願い事しようかな、
でも何をお願いしようかなー…。






…なんて考えて、毎日登下校の度に笹の葉の前で足を止めて考えたのだけれど、
結局何も思い付かないまま、七夕当日の朝になってしまった。


朝、登校して、
今週頭に見たときの混み具合を思い出して、
元々目を見張るほどの量が掛かっていたけれど、
それとも比べものにならないほどの量に
短冊が増えている笹の葉を見て瞬きを繰り返した。

すごい、みんなの煩悩が、これだけ…。

隙間という隙間が埋め尽くされてるし。
なんかちょっと、笹の葉傾いてきてるし。
(紐で色んな場所にくくりつけてなんとか固定されてるけど。)


そして私は、結局まだ何も書けていない。

まあ別に、書かなきゃいけないわけじゃないし、いっか。
と思いつつも、せっかくだし、何が願い事をしたいような気もして。



帰りまでに何か書ければ良いかなー、なんて、
考えたり考えなかったりしながら授業を受けて、
昼休みを過ごして、
掃除して、
午後の授業も終わって、
放課後…。


結局、何も書けなかったや。



下校時、また笹の葉の前で足を止める私。

何かを読むでもなく、全体をぼーっと見渡していると、
何人かがやってきては色々と話しながら短冊を掛けて帰って行った。
私は、ここで何をしているのだろう…。


まあいっか。
これといって叶えたい願い事があるわけじゃないなら、無理に書くものじゃない。

世界平和とか、なんかそういうことでも書くべきかな?
なんてくだらないことも考えながら、
手元に近い位置の短冊をぺらぺらと捲り、
あーこれはこの前もう見たや、と思って
枝葉の先の方じゃなくて幹に近い側、
目立たない位置にある物を何枚か捲った。


すると、そこには見覚えのある丁寧な文字が。

これは…同じクラスの、大石くんかな?


優しくって、爽やかを絵に描いたような人で、
実はちょっぴり気になってる人。
好きな人とか、そういうのとは、ちょっと違うと思うんだけど。

だけどやっぱりちょっとは気になってて、
文字だけでわかったのは、そんな理由もあるかも。



どんなこと書いたんだろ…。

文字のシルエットだけじゃなくて、
その文章を読んでいく。

と。



『彼女の願いが叶いますように』



…なんとなく胸が、苦しくなって。


彼女。



「(大石くん、好きな人、いるんだ)」



わざわざ短冊に書くってことは、
きっと直接言える相手じゃなくて、
でもそれくらい思い入れの強い相手。

そっか。
そういう人が、いるんだ…。


別に好きとかじゃない、とは思ってたけど、
なんだか途端に胸の内がモヤモヤする。


大石くん、好きな人、いるんだ。

あれ、もしかして、私も大石くん、好きなのかな。


モヤモヤ…としていたら。

え。



なんと横を見ると、少し離れた位置からこちらを見ている大石くんがいて、
でもぱっと目を逸らしていなくなろうとするから
「待って!」って、なぜか声を掛けてしまった。
なぜか。


「…どうしたんだい」


いつも通り爽やかな声、だけど、
どこか焦った風に大石くんは振り返る。

私も、どうして声を掛けたのかわからず、
いかにも用事ありましたみたいな感じで、
必要以上に元気よく質問を投げかけてしまう。


「これって大石くんのだよね?」


乗りかかった船だ、と思って青色の短冊に手を掛けて引っ張ると、
大石くんの顔はみるみる赤くなって。


「な、なんで、わかったんだい」

「え?いや、同じクラスだし…大石くん字キレイだなって、いつも感心してたから」


そう伝えると。
「そ、そうなんだ。ありがとう!なんかごめんな!」とか、
お礼に加えて何故か謝られてしまったりして。

なぜだろう…謝られることなんて何もないのに。
まあ、大石くんらしいかも。


「私こそ、なんかごめん。勝手に人の短冊見たりして」

「いや、掛けたのは俺だし。よく俺ってわかったな、はは…」


すごく動揺した風に、そう言ってきた。


……誰、かな。
好きな人…。

これ以上聞くのは、さすがに失礼だよね……。


でもやっぱり、気になってしまって。


「なんで、こんなお願い、したの?」


差し障りのないように、聞くと、
大石くんは顔を真っ赤にして。


「その、俺の…気になってる人が、どうしても叶えたい願い事があるみたいで」

「へぇ」

「その願い事が何なのかは、俺は知らないんだけど…叶うといいなーと思って」


そうなんだー…。

誰だろうな。
大石くんの気になる相手。
叶えたいことがあるのかー。

やっぱり、それくらいはっきり“夢”がある人がいいのかな。
とか。さっきのモヤモヤの続きがぶり返してくる。


「優しいね、大石くんは。自分のお願い事が、人の願いが叶うことだなんて」


それは、本心から生まれた言葉ではあったけど、
きっと…距離を遠ざけたいという深層心理からきたものでもあって。

私とアナタは、違うんだなぁ。


「そっちこそ…どんなお願い事をしたんだい」

「私?私はねー」


しみじみと考えていると、大石くんからも質問。

なんか言った方がいいかな、でも、
今更取り繕っても、なんの意味もないね。


「結局何も思い付かなかったんだ。みんなの見てただけ」


てへっと笑って、
でも表では笑いながら、
ここで素直に「好きな人と付き合えますように」くらい
書けちゃう子の方が
本当は魅力的だったりするのかな…なんて考える。
自分を持っていないようで、私は私が恥ずかしい。


そんな考えの私に対して、大石くんはきょとんとした顔をして。


「え…そうなのかい」

「うん」

「じゃあ、毎日笹の葉を眺めてたのは?」

「え、知ってたんだ。何書こうっかなーって思って
 通り過ぎるたびに考えちゃって。思い付かなかったけど」


そう答えると、
大石くんの冷めかけてた顔の色はまたみるみる赤くなった。


「じゃあ、俺の勘違い…」

「え?」

「いやそのてっきり、毎日笹の葉見に来てるから、何かあるのかなって…」


やたら早口だし、目が合わない。
なんか大石くんが、変。


「大石くん、どうしたの?」

「え?あ、あの、その………もしかして、まだ伝わってないのか」


大石くんはこっちに歩み寄ってきて、
私の肩の近くにある、その青い短冊を手に掴む。




 ―――なんで七夕って願いが叶う日なんだろうね。

 一年で唯一織姫と彦星が会えるだなんて、

 バレンタインデーよりよっぽど愛の告白に向いた日なのにね。





「わからないかな?ここに書いた“彼女”が誰かってこと」

今度ははっきりとした目線が向けられて。


『彼女の願いが叶いますように』。
丁寧な文字で表されたその願い事が、手のひらで揺れていた。






















意外と七夕ネタの夢を書いたことがないことに気付いたので。
無限に思いつけるのでまだまだ書けるけど時間と体力が有限w

乗りかかった船だ、と思ってどさくさに紛れたのは大石の方って話w
人の幸せを願ってるようで煩悩丸出しの中学生大石くんバンザーイ!(笑)

初アップが日記になること考慮して名前変換抜きでいきました。まあまあいけた。
本家には日記版からやや修正してアップ。


2017/07/07(2017/07/23)