* 一行時間泥棒 *












 今週末、空いてる?


打ちかけた指を止め、削除ボタンを長押しする。



うー…と首を項垂れ、持ち上げる。真っ白な画面と、虚無感だけが残った。


空いてるかだけ聞いてどうするの。「『明日ヒマ?』とかだけ聞いてくる人なんなの、目的を言ってくれなきゃ返事のしようがなくない?!」なんて、日常から感じている愚痴を最近友達相手に吐きまくったところだというのに。今まさに、自分がそんな人間になりそうだった。しかも、好きな人相手に。
……彼氏相手に。


彼氏、だから…逆に良いのだろうか。目的がどうとかじゃなくて、聞くだけ聞いてそこからやり取りが進んで、会うにこぎ着けたりそうでなかったりすれば。実際、何か目的があるから会いたいのではなくて、単に会いたいだけなのだから。言ってしまえば、会うことが目的というか。

でもまだお互いのこと知らなさすぎて、例えば「今週末、空いてる?」なんて聞いたとき、「空いてるよ」とだけ返してくるか、「空いてるけど、どうして?」と聞いてくるか、「空いてるから会おうと」と一歩進めてくれるか。メールで返してこずに翌日直接話し掛けてくるかもしれないし、すぐさま電話が来るかもしれないし、それとも私が愚痴ってたみたいに「目的を言ってもらわないと、どうとも答えられないな」なんて理論的に言ってくるかもしれない。私が送った言葉に対してどのような対応をしてくる人なのか、どう感じてどう考える人なのか、わかりきっていない今だからこそ、尚更慎重になってしまう。


本当のところ、付き合っているのかそうでないのかもわかってない。たぶん、そういうことになったと思うんだけど、この前大石くんに告白されて、私も大石くんのことが好きだったから嬉しくて、「好きです」って言われて「はい」って答えて、「私も好きです」って言って。そうなんだ、良かった、って笑った大石くんは顔が真っ赤のまま、それじゃあ俺部活に行かないといけないから、また連絡するな、って先に走って居なくなってしまって、きっと緊張してたし恥ずかしかっただろうし(私も恥ずかしかった)、それでそんな態度になってしまったんだろうけど、これって付き合うってことになったのかな?って、口約束もないし実感も沸いてないからわからない。

会えたらそれも確認したいんだけどな。「私たちって付き合うことになったってことでいいんだよね?」って。だけどメールで聞くのは、なんかなぁ…って気がして、だから会えたら直接聞きたいんだけど、さあどうやって二人で会うにこぎ着けよう…というところ。ふりだしに戻る。


さっき思い返して思ったけど、また連絡するな、って言ってたし、変に私から連絡するより待った方が良いのかな…。だけどあの「また連絡するな」には深い意味があるようにも思えなかったし、何より、連絡が待てないくらい、私が会いたい。だってせっかく好きな人と両想いってことがわかったんだもの…。



ふぅー…と深呼吸をして、もう一度画面に向き直る。



 今週末、空いてたら会いたいな。

シンプルにこれで良いかな…。会いたいなって直接的過ぎるかな、でも行きたい場所もやりたいことも案があるわけじゃない。


消して消して書き直して…。


 今週末、空いてたら|行かない?

その言葉と言葉の間に何を入れようか、カーソルが点滅してるのを見ながら考えたけど、どうにも思い付かない。具体的な場所とか必要ないように書き直して…。


 今週末、会わない?

あれ、なんか上から目線みたいになっちゃった…。もうちょっと、向こうの都合を考慮したようなニュアンスにできないかな…。


 今週末、空いてる?

あれ、戻っちゃった。



全消しー……。


うーん。


……。



考えて考えて、

カコカコカコ…。



 今週末、あいてる?|


カコカコ…


 今週末、あい|


カコカコ…


 今週末、あいたい|


………。

カコココ、カコ…カコ……。



 あいたい



…………。




…ダメだ。

願望だけが残ってしまった画面を見てため息が出て、一旦メール画面を閉じることにした。仕切り直そう。


と。


あ、

ボタン押し間違えた。



あ!!!




「送っちゃった!!」




思わず声が出るほど驚いて、心拍数が一気に跳ね上がる。キャンセルボタンを押そうと思ったけど時既に遅くて、たった4文字しか書かれていないあまりに容量の軽いメールは一瞬で相手に届いてしまった。いや、まだ読まれているかはわからないけど、少なくとも相手のケータイには届いているであろう。


ヤバイヤバイヤバイヤバイ!


あれだけ、なんて言葉を送ろうか、どんな言葉を選べば相手の出方を伺いつつも自分の心境を伝えられて、誤解が少なくて、万が一実は私たちはまだ付き合ってなくて大石くんは私の彼氏なんかではなくて『明日ヒマ?』なんて言っても許されるような関係であるか否かが確認できるまでの状態に持っていけるか、なんて考えてたのに、今までの思考は全て無に帰した。

ごめんさっきのメール無し!なんてすぐさま電話できるような関係であればそもそもこんな問答は必要なくて、だけど悩んだ結果一番突拍子もないような内容を送ってしまった。


なんて言い訳しよう、でも言い訳しようも何もあれこそ私の本心の全てなんじゃないか…でもとりあえず突然脈絡もなくあんなことを送ってしまったことを謝って…。


新規メール画面を開いた瞬間、ケータイが手のひらの中で ブルルッ と震えて私はまた「わぁ!」と一人で大きな声を上げて、取り落としそうになったケータイを急いで両手で掴みなおして、画面を見る。


新規メッセージ一通。


息を整える暇すらなくカーソルを急いで合わせてエンターを押すと。



『もし良かったら、来週末の日曜日、空いてるかい?

俺も会いたいよ。』



そこには大石くんらしい言葉が並んでいて。だけど、後半は大石くんらしくない気もして。

まさか操作ミスだなんて気付かずに、私の言葉に応えてくれたんだって思うと嬉しくってニヤけてしまった。俺も会いたいよ、だなんて。


文章を読み返して、きっと今週末は空いてないんだろうなって見て取れて、私のさっきまで無駄なまでに推敲が繰り返された文章は必要ないことが判明した。来週末の日曜日…うん、空いてる。さあ、今度こそ落ち着いて返事を打とう。


返信ボタンを押して、画面を見ると、

件名「Re: お誘い」


…アレ?



戻るボタンを押す。

大石くんから届いたメッセージ。


件名「お誘い」。


振り返るけど、私は件名になんて何も書いていない。
つまり、大石くんは改めて新規メールを作成したことになる。もしくは返信ボタンを押したけどRe:をわざわざ消して文字を打ち直したか。そんなことする?


……もしかしたら。
私がどんなメールを送ろうか一人で悶絶している間、大石くんも同じタイミングで別のメールを打ってくれていた、とか?

そう思って読み返すと。

『もし良かったら、来週末の日曜日、空いてるかい?』

…この文章、変じゃないかい。



件名には「お誘い」って書いてあるけど、会わないかとかどこか行かないかとか何かしないか、と書かれているわけでもなく。
一番不自然なのが『もし良かったら』って言ってる割に私に対する注文が何一つ入っていない。

……。

都合の良い解釈かもしれないけど、もしかして。私が「空いてる?」とか「会いたい。」とかの文章を形を変えたりしながら打っては消してを繰り返している間、大石くんも同じようなことをやっていたって可能性も。それで、私からメールが先に来てしまったから、焦って送ることにして、そのときに、私からのメールの返信も含めてくれた、と。
……まさかとは思うけど、でもそれが一番納得が行く気もする。


そうだとすると、「会いたい」の気持ちは本当に共通なんだ、って気付いてしまって、もう今すぐ電話で声が聞きたいし本音を言えば今すぐにでも会いたいなって思ってしまって、明日学校で会うのに毎日会えるのに、来週末が待ち遠しくて仕方がない。

でも今はちゃんと付き合ってるかも確認できてないから(わかってしまった気もするけど)、なんて返事をしようか、またまた慎重に考え始める。何分も何時間も考えているこの時間があれば電話どころか直接会うことができそうな気もするけど、今だからこそ、このもどかしいやり取りも楽しんじゃおうかな、なんてね。























2年付き合ってる彼氏相手に、やっとほとんど躊躇わずにLINE送れるようになった記念(←)
たった一行を送るために何時間無駄にしてきたろう…という思いでw

一見大石っぽくないと思える文章こそ、
ひらがな4文字に対して漢字で返してくるあたり
大石が考えて出してきた大石の言葉なんですよってゆーw

改行なしの書き方に初挑戦。
基本的に小説はメモ帳で編集する人なのだで、表示設定を
「折り返す」にしてないとスクロールバーが無限になるw


2017/05/30