新幹線で数時間揺られて
在来線で、最寄り駅へ向かう。

これからここが、私の第二の故郷。


新しい生活がどんなものになるのか、
窓の外を見ながら思いを馳せる。


ガタンゴトン…
無機質な音が耳に響く。


トンネルの暗闇の中では、窓に反射して不安そうな自分の顔が映っていた。

そのトンネルを通り抜けて、あたりが開けた、瞬間。



「…どピンクだ」



思わず声を漏らしてしまうほどの衝撃。


毎年楽しみにしていた桜の開花は、
満開のピンクによってうち伏せられた。










  * SAKURAシャワー *












引っ越し当日、東京駅からの車窓にあまりのショックを受けた私は涙を流したけれど。


あれから一週間。

今日から、青春学園の生徒。

親の仕事の都合で、初めて東京にきた。
人生この方14年、ずっと青森にいたのに。


初日は始業式と、ホームルームのみ。

ホームルームでは、委員会決めをした。
女子の学級委員は立候補があった。えらいなあ。
男子の方は立候補は出なくて、先生から「よし、大石おまえがやれ!」と指名があった。
先生に直接任命されるなんて、信頼のある人なんだな…。

他の委員会も決め始める。
まあ私は知り合いもいないし推薦されることとかないだろうな、
と思いながら窓の外を見る。

この前、流れる景色で見たときよりも、もっと、
木の下の方のピンクが減ってきてる。
その分がひらひらと地面に降りていく。

まさか、こんな風景を、こんな季節に…。


結局私は何も委員会になることもなく、平和に初日も終了。

ふぅ。
ちょっと疲れた、けど、まあ問題なく、かな。
先生が話があるから職員室に来いって言ってたけど、たいしたことじゃないといいな。


来る前は馴染めるかなぁって不安に思っていたけど、
これだけクラス数が多いとみんな顔見知りってわけじゃないみたい。さすが東京…。

人の多さにはまだ慣れないけど、不安に反して友達はすぐにできた。
始業式後の移動中に声をかけてくれたちゃん。
帰りの挨拶が終わると、荷物を持って私の席まで来てくれた。


「帰ろー。ちゃん、電車?」

「あ、そうだけど、私先生に呼ばれてるから」

「そうなんだ。またねー」


早速仲良くなったちゃんと手を振ってバイバイして職員室に行くと、
さっき学級委員に決められた大石クンが先生と喋ってた。


「先生、です」

「おー、君が転入生か!困ったことがあったら、
 大石に聞けばなんでも助けてくれるからな!」


そう言って背中をバシバシと叩いていた。
横で、大石クンはハハハ…と乾いた笑いを浮かべた。


「どうだ、初日は?」

「んー、学校が広くて迷いそうですけど、特に今のところは」

「そうか。よしよし。じゃあ明日からも頑張れよ!」

「はあ…」


…以上の様子。
それだけ?

ぺこりと頭を下げて、その場を去った。
失礼しましたーと部屋から出て振り返ると、
先生はまだ大石クンと何かを喋り続けているようだった。


なーんだ、こんなで用事が済んじゃうんだったら
ちゃんと一緒に帰れば良かった、
って思いながら校舎を後にする。

時間を持て余したような気になって、校庭に出てみた。


桜。
満開、がちょっと超えたくらい。


風が吹くたびに花びらが舞う。

はらはら。


もう春も終わり…みたいな気持ちになるけど、
まだ4月も頭だ。


さん」


かけられた声に振り返ると、そこには大石クンがいた。


「こんなところで一人で、どうかしたのかい?」

「あ、いや、桜咲いてるなー…と思って」

「そうだな」


…何この会話。
何だろう、転入生に気を遣ってくれてるのかな。


大石クンは舞ってくる花びらの中で両手を上に向けて広げて
ふっと柔らかく笑った。


「キレイだな」

「うん」


キレイ。
確かにキレイ…でも。


「私…青森からきたんだけど」

「へー、青森」

「向こうじゃまだ蕾も膨らんでないくらいだったのに、
 こっちにきたら桜がもうとっくに満開で驚いちゃった」

「そうか、そんなに違うのか。2、3週間くらい違うのかな」


言われて、私はこくんと頷く。

そして舞い降りてきた花びらをキャッチしようとする。
花びらは手を避けるようにふわりと舞って地面に向かって降りていった。


「新入生は昨日入学式だったんでしょ?こんな散ってる桜でさみしくなかったのかな」

「さみしいも何も、桜はそういうものってイメージだからな。
 むしろ花びらが舞ってる中で良かったくらいじゃないか?」

「そっかー。東京モンはそう思うんだね」


そもそも、桜というものに対するイメージが違うんだろうな。
南半球ではサンタクロースがサーフィンしてやってくるとか聞いたことあるけど、
日本の中でも、些細ながら季節に対する感覚が違うのかもしれない。


「…青森の桜はどんなだい」

「キレイだよ。特に弘前の桜は日本一なんだから!
 一生に一度は見に来た方がいいよ!」

聞かれて答えると、「そうなんだ」と言って大石クンは笑った。
優しい顔で、笑う人だな。


「でさ、さっき言ったように、少し時期が遅いんだ。
 だから毎年大体、新学期が始まる頃に花が咲き始めて、
 『あーまた新しい一年が始まるんだな』って思う」


ぱらぱら。

一枚ずつ花弁が舞い降りる。


「だからなんだか、散りながら始まる新学期はさみしい気がしちゃって」


笑ったけど、眉が少し下がった気がした。
つられて、目の前のその人も悲しげな顔になった気がした。

そのとき。


「わっ!」


風が。

風巻(しま)いて。


桜吹雪が。

舞う。



風が強くて、髪とスカートを押さえて、目を閉じる。
少し弱まってきて。そろりと目を開けた。


一斉に巻き上がった花びらが降りてくる様は、シャワーのようで。


花びらがひらひら ひらひら。

淡紅色が地面に落ちていく。


目の前の人は

呆然 としていて。


表情変えないまま

「キレイだ…」と言った。



「え?うん、キレイだね、桜」

「そ、そう!桜がな!ハハハ!!」


突然、氷がとけたみたいに笑い出して。

…変な人。
でも、すごく良い人だな。


「桜が散っちゃってるのはさみしいけど、あたたかいのは、いいね」


そう言ったら、大石クンも笑った。
やわらかく。あたたかく。






















発案は一年前、独逸出張から帰ってきた帰り道。
少しずつ開花していくのを見守るのが定例すぎて
突然満開の桜を見させられたときの衝撃がすごかった。
桜すげー!が半分、ちょっとさみしさが半分。
だんだん開いていく桜を見るのが楽しみだったことに気づかされる。

青森弁がわかるなら些細に差し込みたかったけど無理だった…。
弘前の桜、いつか見に行きたいなぁ。

『初めての恋の風』に似てますね。
それの主人公視点みたいな話です。


2016/04/24