* 一回り年上の彼女が出来ました。 *












「にゃんか、最近大石付き合い悪くない?」



英二にそう指摘されて、はっとした。
言われてみればそうかもしれない。
数少ない部活が休みの休日、最近の俺は必ず予定が埋まっていた。

理由…そんなの、一つしかなかった。


「実は…最近彼女ができて…」

「えっ!聞いてない!」


何それ何それー!!と英二は途端にハイテンション。


「誰々?同じクラス?」

「違う…っていうか、青学の生徒じゃないから…」

「そっかぁ。どこ中?」


どこ中……ねぇ。
そりゃあ、そうだよな。そう聞くよな。


「…ごめんナイショ」

「えぇ!なんでだよ!大石のケチー!ドケチー!!」


ポカスカと肩を叩かれたけど、口を割るつもりはない。
だって。
だってまさか……

付き合っているのが年上、それも、一回り上の社会人だなんて、言えるはずがない。


「とりあえず…今は言えない」

「じゃあいつになったら教えてくれる?」

「…気が向いたら」

「何それ。大石らしくない。ずるい。犯罪。逮捕」


英二は言いたいだけ文句を並べてきたが、
俺がそれを「ごめんな」と一言でいなすと
聞き出すのは不可能と諦めたのか口先をツンと尖らせて黙り込んだ。

付き合っていること自体伏せた方が良かったか…
何はともあれ、話せる状態ではない。

悪いことをしているわけではないけれど。


何故だろう…
反応が怖いから。それが話せない一番の理由。
だけどそれだけではない気がする。

こんな人と付き合っています、と、言えない理由。
………。

俺自身もまだ、本当に付き合っている自信がないから、かもしれない。




  **




付き合うことになって、2ヶ月。
今日で、3回目のデート、だ。


1回目はお互い探り探りで、自己紹介をしていたら一日が終わった。

どこの学校でどんな部活で、どこの会社でどんな仕事で。
出身地はどこで今はどこに住んでいて。
趣味とか誕生日とか好きな食べ物とか…。
話題はまったく尽きなかった。
よくもこんなにもお互いのことを知らずに付き合うに至ったと思う。


でも何故だろう。

初対面のときから何か感じるものがあったが、
話せば話すほどその想いは大きくなる一方で
俺はどんどん惹き付けられていった。



2回目のデート。
一つの決めごとをした。

「お互い名前で呼ぼうよ」と。

呼び捨てをする勇気はなく、かといって、ちゃん…と言うのも。
結局俺は「さん」と呼ばせてもらっている。
向こうは俺を、秀くんと呼ぶ。


「できれば、ちょっとずつ敬語もなくしてほしいなあ」


さんは、そういって微笑を見せた。





そして今日が3回目。
まず映画を見に行った。
「大人1枚、中学生1枚」……。
販売員さんは、俺たちを見てどう思っただろうか…。

人気の話題作だけあって、映画はとても面白かった。


「あー面白かったー!」


満足げに大きく伸びをして、
「クライマックスんとこすごいハラハラしたね!」と高揚気味に話す。


絶対続編やるよねーまた見に来たいねー、と言うので、
俺は笑って、そうですね、とだけ返した。


そんな会話をしながら歩いていたとき、
俺の顔と足元をきょろきょろと見回したさんは、

「…気遣ってくれてる?」

と聞いてきた。
身に覚えのない俺は「え?」と聞き返してしまったが、
あ、とすぐに意味を理解した。

直前に自分がした行動を振り返ると、
そこはガードレールのない道で、俺は車道側に回っていたのだ。
気を遣ったわけでもなんでもなく、無意識の行動だった。


「俺、妹がいて…その癖かな」

「そうなんだ!妹かー」


余計なことをしたかな、と思ったが、
そんな俺に気付いたのか、さんはこっちを見ると

「嬉しい。ありがと」

と言ってくれた。

そんな些細なことで喜んでしまう俺も俺だけれど。

年齢の差はあるけれど、微力ながら、
頼りになる存在だと少しだけでも思ってくれたらいいな…と思うのだった。


「どう?お腹空いてきた?ちょっと早いけど夕ご飯行く?」

「そうですね」

「前から行きたかったお店があるんだ、そこでもいいかな?」


俺も他に候補があったわけでもなく、
行きたいお店があるんだったら是非そこで、
ということでそこに行くことになった。

そこはおしゃれなレストランで、
周りはカップルや女性同士ばかりで埋められていた。


「(ファミレスやファストフードとわけが違うぞ…)」


そんなことを考えて、場違いではないかと不安になったが、
前を歩くさんは自然な感じで席を通されて、奥の席に腰掛けた。

一人ずつ手渡されたメニューを開くと、
何やらぱっと見では意味のわからないカタカナ語で埋め尽くされていた。

パンチェッタ…ジェノベーゼ…アヒージョ…リングイネ…何だこれは。


「わー、どれもおいしそうだねー!」


メニューがどんな内容か想像すらついていない俺は
簡素に「そうですね」とだけ返した。
なんだか、おしゃれな食べ物であることは想像できる。


「お金気にしないで、私ちょっと多めに出すし」


さんはそう言った。
すみませんって返したら、いーって私が来たいって言い出したんだし!
と言ってくれた。

申し訳ない…いいのだろうか。
よく、デートでは男が奢るのが当たり前みたいな話を聞くけれど…。
かといって、こんなにも年が離れていて俺が出すといっても
それはそれで相手に気を遣わせそうだし…。


とりあえず、一旦そのことは忘れて食事を楽しんだ。
さんはいつも楽しそうで、話していても笑顔が絶えない。
俺も自然と笑顔になる。

なんでこんなに素敵な人が、こんなに年の離れた俺と…
という思いに何度も至った。

幾度か、その理由を聞いてみようか、とも思った。
だけどその勇気は沸かず。
ただ、さんと話をしているのは、終始楽しかった。


2時間弱ほど、食事を楽しんだ。
店員さんが持ってきた伝票をさんが受け取ると、
財布を取り出そうとした俺に向けて手のひらでストップサインと出すと

「ここ、私が出すから」

と言った。

しかし、そんなわけには…。


「でも…」

「いやいやわかるから!私も学生の頃超ーー貧乏だったから!
 こういうとこくらい年上ぶらせてよ」


思ったほど高くなかったし、気にしないで。
そういって、スマートにカードで会計して見せた。

すみません、ありがとうございます。と言うと、
いいってー!それより、また来ようねーなんて言って笑う。

胸の奥が、チクチクする。


「おいしかったー!」


お店の外に出ると、さんは満足げに大きく伸びをした。

そして腕時計を確認する。
俺も見る。8時前。


「どうする、ちょっとお茶でもしてく?」


8時から、お茶。
大人の感覚からすると、そういうものなのかもしれない。でも…


「すみません、うち、門限あって…」


特別な用事でない限り、9時までには家に帰ることになっている。
かといって今日の用事を親に話せるわけもなく…門限を守るしかない。


「そっか、門限!ごめん気付きもしなくて!」


さんはぽんっと手を叩いた。

そりゃそうだよな、社会人にもなって門限がある人なんて、普通はいないだろう。
もしかしたら大学生でも少ないかもしれない。
となると…門限なんてものと10年くらい無縁ということになる。
10年…。


「じゃ、駅行こっか」

「…すみません」

「いやいや何謝ってるのさ!むしろ私こそごめん」


そう言ってさんは笑った。
だけど…俺は情けなかった。

誘いにすら乗れなかったし、もしかしたら、
お茶というのも気を遣っていて、
大人同士だったらお酒を飲みに行ったりするものかもしれない。
俺の知らない、まだ踏み入れられない世界が、まだまだあることに気付かされる。

同い年と付き合っていたら、こんなこと感じなかったのだろうか。
同じような感覚で過ごしていたら。


胸が、苦しい。


わかる。
それは、きっと俺がこの人のことを好きだからだ。
好きでもなかったら、どうとも思わないのだろう。

だけど、好きだから。
嫌な思いはしてほしくないと思うし、
頼りにならない自分が嫌になる。



「次の約束、いつにする?」



もうすぐ駅に着く、というタイミングでさんは切り出してきた。

次に部活が休みなのは、来月に入ってからの予定…と頭を巡らすが。

だけど、そんなの関係ないんじゃないか。
もう、いいんじゃないか。



足を止める。


さん…もうやめにしませんか」


数歩先で足を止めたさんは、
きょとんとした顔で振り返ってきた。

俺は、その顔を直視できない。


「もう、3回会ってわかったと思います…」


声が掠れる。
拳に力が篭もっていた。


「あなたに、俺は釣り合わない」


言い終えてから、そっと顔を上げた。


目の前のその瞳は、
潤みだしたかと思うと、瞬きと同時に一気に溢れ出した。

えっ。


「あ……ごめん、ごめんねっ…!」


さんは鞄からハンカチを取り出して目元を拭う。
だけど涙は次から次へと溢れ出していた。

しまった…泣かせてしまうなんて。
ど、どうしたら…。


「やっぱり、むり、なのかなぁ…」


ひっく、とさんはしゃくり上げ始めた。
まさか、こんなに泣いてしまうなんて。
しかしどう慰めていいのかもわからない。

オロオロとしていると、さんは真っ赤に腫らした目で見上げてきながら。


「もう…イヤに、なっちゃ、た…?」


嗚咽で途切れ途切れになりながら、問いかけてきた。

嫌になったか。
俺は脳内で自問自答する。


嫌になんて、なるもんか。
寧ろ、どんどん膨らんでいる。
好きな気持ちが。
だけどだからこそ、申し訳なさも大きくなって。

俺はてっきり、そっちこそ嫌になっているんじゃないかと…。


だけど、目の前でぽろぽろと泣いて肩を震わすその姿を見て、
そんなことはなかったのだ、
不安なのは俺だけではなかったのだ、と気付いた。

俺が、頼りない自分に自己嫌悪を感じている間、
向こうも、社会人と学生の違いに引け目を感じていたかもしれない。


だけど年齢の違いなんて、始めからわかっていたことじゃないか。


大事なのは、そんな事実じゃない。

今、目の前にいるこの人を見ればわかること。


小さな手。
細い肩。
自分よりずっと低い位置にある頭。


年齢がどうとか差し置いて
この人は、一人の、女の人だ。

年齢ばっかり気にして、俺はそんなことも忘れていたみたいだった。


伝えよう。
自分の想いを。


「嫌になんて、なってないです。なるわけないです」


少し、声が震えている気がした。
こんなこと、慣れない。
だけど、伝えなければいけない。


「俺ばっかり、必死で、釣り合ってない気がして…
 そっちこそ、嫌になってるんじゃないかってそればっかり気にしてしまって…」


こんなことになるなんて、
こんな想いが芽生えるなんて。
数ヶ月前までの自分には、想像すらできなかった。



「だけど…好きです。好きなんです……あなたのことが、どうしようもなく」



俺まで、泣きそうになった。
喉の奥がツンとして、唾を飲み込んでごまかした。


そうだ。
俺たちは付き合っていて、
この人は俺の彼女なんだ。



さんを見ると、さっき以上に、涙が溢れ出していた。
だけど、さっきみたいな辛そうな表情ではなかった。それはわかる。


「ホン、トに…?」

「ああ」

「また、会ってくれる?」

「もちろん」


そう言って、ぎゅっと抱き締めた。

こんなに、小さな体をしていたのだ。
力を込めたら、折れてしまいそうな。


勢いで抱き締めたはいいが、どうしたらいいのかわからない。
とりあえず…と思って、頭をポンポンと叩いた。
妹をあやしているときの気持ちになったが、
そうしていたらしゃくり上げている声が落ち着いていって効果てきめんだった。

そうか。これで良かったのか。
肩肘張らないで。

年上だから気を遣うとか、
年下だから遠慮するとか、
そんなことそもそも要らなかったのかもしれない。


「…ありがと、もう大丈夫」

「ん、落ち着いた?」

「うん、ありがとね」


繰り返し礼の言葉を重ねて、
さんは体をそっと離した。
目は赤かったけれど、笑顔だった。


「ごめん、遅くなっちゃったね。行こ」と言うと、
俺の指を引いて歩き出した。


手…

ちょっと迷った、が、
捕まれている指を解いて、握り直した。

さんがこっちを見上げてきた気がした。
自分の顔が赤い気がしたのが恥ずかしくて見返すことができなかった。

手を繋いだくらいで、こんな真っ赤になってしまうだなんて…とも思ったが。

やめよう。
こんな考え方は。

だって…ほら。
ちらっと横にある顔を一瞥すると、
横の人もほんのりと赤い頬をしていたように見えた。


「さっきの話の続きだけど…次は来月頭の日曜日が部活休みだよ」

「わかった、じゃ空けといてね」

「うん」


さっきからずっと、心臓がドキドキしていて。
だけど、嫌な感じがしない。
こんなに幸せな緊張があるのだろうか。


駅に着くまであと1分。

だけどまだこの手を離したくないって言ったら、君は笑うかな。


そんなことを考えていたら、さんは横でふふっと笑う。


「秀くん、敬語直ったね」

「え?」


あー…。
言われてみれば、さっきからタメ語でしか話していない。

本心を話したら、気が楽になったのだろう。お互いの本心を、さらけ出して。


「ごめん、なんか…妹に似て見えてきた」

「え、何それヒドイ!12歳年上の妹とかいる?!」


そんなことを話して笑い合った。
この笑顔を、大切にしたいと思った。

まだまだ自分に自信は持ちきれないけれど、
そんなつまらないことで、この笑顔を壊したくない。

不安はなくならないけれど、胸を張っていよう。そう思った。






















これ、大石とんでもない経験値つまされてるよね!許せない!!(笑)
いいなあこんな年上と付き合って育て上げられた大石と私は付き合いたい(←)
ほらさ、こうして成長しきった大石が次に年が近い子と付き合って
とんでもないエスコート能力を発揮するのだよ。
そんで新しい彼女ちゃんが、「私じゃ物足りないでしょ」って
年上の元カノに嫉妬するっていうループ。
いやーホント羨ましいわ嫌になるわ(笑)

エロいシーンまで突入するつもりだったのにそこまで行かなかった。(←)
お互いの本音が言える良い関係性が築かれ始めたけれども
下なことでまた心が折れる秀一郎を書きたいのでまた続編書くしかない。(笑)

2015/09/26