* 一回り年下の彼氏が出来ました。 *












…私ショタコンかも」


ある日の仕事帰り、居酒屋でジョッキ片手にほろ酔いの私は語り出す。

横で、同期であり同僚の
軟骨揚げをつまみながら眉を潜めててる。


「はぁ?どうした大学生でも好きになった?」

「………」

「…え。まさか高校生とか?」


やや引いた顔が見えた。
まさかそんなわけないよね、と言いたいかのような表情で。

だけど私はそれを上回る。
いや、下回るといった方が正しいか…。


「……せい」

「え?」


本当に聞こえなかったのか耳を疑ったのかは聞き返してくる。

こういうときに2回目言うのってしんどいんだよね…と、
罰が悪く、小声で私は真実を告げる。


「中学生、です…」


一瞬の間があった後、えぇー?!との叫び声が店内にこだまする。

数人に振り返られた気がするけど、だからってどうなることはない。
ここは居酒屋。私たちは酔っ払い。こんなの日常茶飯事。


「中学生ってそれ下手したら一回り違うじゃん?!」

「ホントそれ、卯年ですねーって盛り上がっちゃったよ…」

「何それどういう状況どういう出会い?!」

「あのね…」


時は、先週末に遡る。




  **




先日、履き慣れない靴で歩き回ったせいで
踵側が靴擦れを起こしてしまっていた。
電車に乗ったけど席は空いていなくて、吊革に掴まりながら、
靴の中で背伸びをして踵を靴から浮かせたりしていた。
そのうち電車は空くから、そこまでの辛抱だなー…と思いながら。


すると。


「どうぞ」


予想外なことに。

目の前に座っていた青年に、席を譲られた。
松葉杖をついたり包帯を巻いているようなあからさまな怪我ではないし、
妊婦に間違われるような体型でもないし、
もちろん高齢者にも間違われていないであろう。

だけど、その青年は譲ってくれたのだ。


「痛そうですね、遠慮しないでください」


そう言って、中腰だった青年は完全に立ち上がって私の横側に回り込んできた。


ちょっと気が引けて、
私なんかよりもっと必要としてる人が…と回りを見渡したけど、
みんな若人だし、初老に入りかけくらいの上品なご夫婦が
「偉いわね」「感心だな」
とか言ってるくらいで。

ここまでされては…と、ありがたく座らせてもらうことにした。


「ありがとうございます」

「いえ」


なんて、しっかりした子だろう。
大学生には見えない…高校生くらいだろう。

席を譲られることなんてそもそもないもんだから
どうしたらいいのかわからなくて、
だけど携帯をいじるのも目を閉じるのも感じ悪いだろうなって思って、
でもどこを見ていいかわからなくって
ずっと目を泳がせていた気がする。

数分そうしていて、着いた次の駅。
大量に人が下りていく。

そうだ、この駅で人はたくさん降りて、
ここより先はあんまり乗ってこないんだった…。


一気にガラガラに空いた車内。
私が座っている周りも人がいなくなった。


前を見上げると、青年はまだ下りていなかった。
先まで行くみたいだ。


「空いちゃいましたね」と罰が悪そうに笑うと

「隣、いいですか」と言うので、どうぞ、と促した。


だけど特別会話が始まるわけでもない…と思っていたけれど、
ゆうに数十秒ほどの沈黙があったのち、
「すみません、お節介で…」と口を開いた。
だから、とんでもない!本当にありがとうございました!とお礼を述べた。
今も、踵の後ろはじんじんしてる。


横顔を見た。
すっとした鼻筋、眉、瞳…。

とても綺麗な顔立ちをした人だ、と思った。
いわゆる“イケメン”というより、“美男子”みたいな。
ニュアンスの違いだけれど。


「高校生ですか?」って聞いたら

「いや…中学生です」だって。


思わず「えっ!」と声を上げてしまった。


「あ、ごめんなさい…」

「いえ、気にしないでください」


そう言ってまた笑う。
なんて、爽やかに笑う人なんだろう…。


「3年生?」

「はい」

「じゃあもしかして…卯年?」

「はい」

「うわーやだ、一回り違う!」


思わず額に手をやる。

「私も卯年、君よりずっとおばさんだけど」。
そんなやりとりをして笑った。


そうこうしているうちに、あら…なんだかときめきが。

一回りも年下と思えないくらいしっかりしてて、
背は高いし、顔も大人びてるし(老けてるとかでなく!)、
なんだかすごく、落ち着いた雰囲気の人だなぁ…って。
(同じ学年なんかにいたら逆に怖じ気づいちゃったかも、とか思ったり。)


これは…もしかして、恋なのではないだろうか。

駅から家までよたよたと歩きながら、そんなことを考えて、何回か足を止めた。




  **




「えーーでもどうすんの?」

「どうもこうもないよね、年がどうこうって以前に偶然一回電車で会っただけとか」


まったくの事実だった。
次会える保証すらないんだから。


「連絡先とかは?」

「知らない。名前は聞いたけど」

「そっかー。まあ電車で会ったってことは
 このへんに住んでるのかもわからないけど」


その通りだった。


まあ何か進捗あったら話すわ、ないと思うけど、
なんて話して一旦その話題から離れた。
そのまま、その話題に戻ることはなかった。


だけど帰り道一人になって、また考えてしまった。

この前の出来事のこと。

彼のこと。



ま、こんなの一時の迷いだよねって自分に言い聞かせた。

席を譲られるとか、中学生と話すとか、
普段あんまりないような体験があったからドキドキしちゃっただけであって。
別に、彼が特別だったわけじゃない、って。


それにきっと、

彼には彼の世界がある。


中学生っていったら、同じクラスに好きな人がいたりして。
男の子だし年下が好きかもしれない。
それこそ彼は後輩にモテたりしそうだな、とか。


こんなに上に年の離れた私のことを気にかけるわけがない。




  **




そんなことを考えながら時は過ぎ、
もう、彼のことなんて薄らぎつつあった。
電車でたった一度会ったきりの彼のことなんて…。

向こうだって、私のことなんてとっくに忘れているだろう。
もし偶然にも再会したとしても、気付きもしないだろう。


だけどなんか忘れられなくて、
同じ路線に同じ時間に乗るたびに思い出す。
意識的にその車両を選んでしまっていたりして。


そんなある日、仕事帰りに時間が一緒になった同僚と電車に乗った。
帰宅ラッシュの時間だから少しは混んでいたけれど、
毎度のごとく大勢下りていくその駅で一気に車内はガラガラになった。
彼も下りていくうちの一人。


「じゃ、お疲れー」

「うん。バイバイ〜」


手をかざしながら人波に飲まれていく彼を見送り、
私は座れる席を探す。
といっても、ガラガラだから割と座り放題なのだけれど。


と。

なんとそこには。


「あ、この前の…」

「……大石クン」


思わず名前を呼んでしまった。

しまった、覚えてたなんてちょっと気持ち悪いか、と思ったけれど
覚えててくれたんですね、なんて言って微笑んだ。

学ラン…本当に中学生なんだよなぁ。

その実年齢にそぐわず、相変わらず落ち着いてて優しそう。
だけどどこか笑顔が晴れないような。


「…座りましょーか」

「…はい」


共に座ることを選択してしまった。けど、
どうしよう。

ちょっと気まずい気もするし、
返事も切れが悪くて、
大石くんちょっとご機嫌斜め…?


まずったかな…。
この前、隣に座って話したときのときめきは
明るくて爽やかな感じがしたけれど、
今日はなんだか、どぎまぎして、居心地悪いような。
私のせいなのか、彼のせいなのか…。
それとも私が意識しすぎているだけであって、彼は普通なのか。


考えていると、大石くんはぽつりと口を開く。


「さっきの…彼氏さんですか?」

「…え?」

「同い年くらいの男性と一緒にいましたよね」


隣を向くと、向こうもこっちを見てきてた。
やや眉を潜めた表情で。

ん、同僚くんが彼氏に見えたのか??


「違うよー、ただの会社の同僚です」


手を振って笑いながら否定した。

そうですか、と前をむき直して同意しながらも、
だけどなんとなく表情は曇ってて。


大石くんは前のめりになると、
膝に両肘をつくような体勢で喋り始める。


「というか…さんってご結婚されてたりするんですか」


ほあ。
ケッコン…。

最近周りに身近だけれど、私個人としては遠い遠い話。


「全っ然独身!てか彼氏すら居ないし!」


もう27歳にもなるっていうのにこんな状況なの気にしてるんだから〜!
と付け加えてやった。
中学生なんかじゃそんなこと気にしたことすらないんだろうけど!


そこまで言うと、
大石くんは体を起こすと、
安堵したみたいに笑っちゃって。

…え?


まさか。

まさか。

もしかして、君も。


この前偶然乗り合わせてから3週間。
私は君のことばかり考えていたけれど、
もしかして君も同じだったりするの?

私には彼氏がいるんだろうか、とか。
もしかして結婚してるのか、とか。
きっと同い年か年上の男性が好みだったりするんだろうな…とか。


考えてたら、顔を凝視してしまっていた。
向こうもこっちを見てきて目が合って、
顔を真っ赤にして、逸らされた。

そして、どうせバレたと観念したのだろうか、
「気持ち悪いですよね…こんな年下の男が」だなんて言う。
それとも、それだけ言えば察してくれると思ったのだろうか。


そりゃそうよ。

君より人生経験も恋愛経験もずっとずっと豊富なんだから。


放課後体育館裏に呼び出されたりしなくても。
頬を染めながらバレンタインデー渡されたりしなくても。
日付が変わった瞬間にハートマーク一杯つけたBDメールもらったりしなくても。

目線一つで相手の気持ちを読むような恋愛、どれだけしてきたと思ってるの。


だから、わかるよ。

その発言は…それはつまり。


そういうことって、思っていいのかな?



「じゃあ逆に大石くんってさ、何歳上くらいまでイケるの」

「……え?」

「ちなみに私は、そうだなー、一回りくらいかなー…」



そう言って、横を見た。


ああ。

恋愛は一杯してきたけれど。

目線一つでの駆け引きや触れる触れないの鬩ぎ合い、
たくさんしてきたしもうたくさんだと思ったけど。


今でも、こんなことで、頬を染められたりするんだ。


だけど目の前のこの人の方が、ずっとずっと顔が赤い。
それがわかったから私も視線を逸らさずに居られた。



さん…好きです」


「私も。大石くん、好きになっちゃったみたいです」



以前付き合ってた人と別れたとき、思ってたんだ。
年も年だし、次に付き合う人はきっと結婚する人だ、って。


だけど好きになっちゃった。

恋しちゃった。

一回りも年下の、この人に。


婚期逃す?
遊んでやるっていうより遊ばれる?

だけどどうにも胸が止まらない。


「どうする、付き合っちゃう?」

「いいんですか…こんな、俺、年下で…」

「そっちこそいいの?私、おばさんだけど」


おばさんなんかじゃないですよ、と大石くんは笑って、
真っ直ぐな目線をぶつけてくると、
頭を下げながら「付き合ってください」と言った。
だから私も「宜しくお願いします」とおじぎした。


顔を上げて、お互い赤いの確認して、笑った。






















一回り年下ウェーイ!!!(叫)
予想外にお気に入り設定になってしまったぜw楽しーいw

まさかの12歳差ですよw
年上主人公設定そもそも少ないし
あってもせいぜい2歳違いくらいまでだったっしょ?
『また来年会いましょう』『gingerbread honey』『新体制移行期間』、
ぱっと思いつくのでそれしかない。大石作品500超えてるんやで笑

きっと主人公ばっか余裕あって、俺は…みたいに
コンプレックス爆発させる大石が居るんだろな、
だけど実は主人公も大石の意外と大人な一面とか
はたまた中学生らしい一面にいちいちドキドキしている、
みたいなそんな続編が私は書きたい(笑)


2015/09/23