* こんな前から悪人だったなんて *












――それは私が彼氏にフラれた日。



「うー…うっく!ひぐっ!!」



放課後の誰もいない教室。
私は自分の机に突っ伏して泣いていた。



彼氏とは、1年半付き合った。

誰かと付き合ってるって子は周りにもちょこちょこいたけど、
1年以上続いてるとこってそうそうなかった。

まさか結婚とまでは考えてなかったけど、
それでも、この幸せはまだまだずっと続いていくと思ってたのに。

思ってたのに。
思っていたのは、私だけだったなんて。



「うわーーーん!!!!」


「わっ!」



思わず声を張り上げた瞬間、
人の声とガタッと音がしたので教室の入り口の方を焦って振り返った。

まさか、人がいるとは。
それは向こうも同じ思いだったかもしれない。


クラスメイトの大石くんだった。



「あ…ごめん。その、荷物を取りに…」



号泣している私と目が合うや否や
大石くんは申し訳なさそうに後ずさりし始めた。


「見るつもりじゃなかったんだ…ごめんな!」


そう残して去ろうとする背中を見て、
私は思わず「待って!」と声を掛けていた。

面食らっていた大石くんに、私は恐る恐る問う。



「少しだけ、時間ある?」






その後。

30分近く、大石くんは私を慰め続けてくれた。
といっても、ひたすら悲しいだのムカつくだの
愚痴や泣き言を吐きまくってる私の横で、
大石くんは、ただずっと「うん…うん」と相槌を打ち続けてくれたのだ。

それだけ、だけど、どれだけ励みになっただろう。


泣くことはストレス解消になるって本当だ。
何で泣いてたかも忘れてきちゃった、なんてね。


「なんか…すっきりしてきたかも」

「ちょっとは元気出たか」


八の字眉の笑顔を向けられた。
私は声を出さずに(とんでもない鼻声だ)、うん、と頷いた。

「そろそろ帰るか、外も暗くなってきたし」と言いながら、
大石くんは教室の後ろに置いてあった大きな鞄を持ち上げた。

テニスバッグ……そっか。大石くんはテニス部だ。
もしかして今日も本当は練習に行きたかったのでは…。


「ごめん、部活…」

「ん?いやいいんだ!今日は委員会で行けないかもしれないって伝えてあったし」


この30分間、特別な言葉を掛けてくれたわけでもない。
だけど大石くんの優しさには違いはなかった。



「ありがとう。大石くん、優しいね」



太陽はもう沈みかけてて夕焼けというには薄暗すぎたけど、
それでもごまかせないくらい大石くんの頬が赤く染まったのが見えた。

照れてるのかな。なんか、可愛いな。
なんて、男の子に可愛いなんて言ったら失礼だよね。

そう思って心の中だけで留めておいて「帰ろっか」と言った。

たくさんの涙を置き去りにして、教室を出た。


数歩前を歩く頭を見上げた。

頼りがいのある広い背中。
きっと表情も凛としているのだろう。
だけど、顔を覗き込んだら「どうした?」なんて言って、笑うのかな……?

心の中が ふわっと した。



あれ、なんか、大石くんいいかも…?



って!
さっきまでフラれて泣いてた人が何言ってるの!
今日までは付き合ってたっていうのに!


だからこれは恋じゃない。
そう自分に言い聞かせて。





  **





その日を境に、大石くんとよく喋るようになった。


別れたその日は色々話してすっきりしたけど、
やっぱりそれでもその後暫く辛かった。
突然泣きたくなるときだってあった。

それでも…少しずつ元気になってきているのは、大石くんのお陰な気がした。


授業の合間にちょっとお喋りをしたり。
一回、放課後に呼び出して話した。

ひたすら黙って話を聞いてくれたあの日とは違って、
今度は色々とアドバイスをしてくれた。



「もう別れちゃったことは仕方がないんだから、
 今回得た経験を次に活かしたらいいんじゃないか?」とか。


「次の人を見つけて、相手を見返してやるってどうだ?」とか。


「うじうじ悩んでるよりも、前向きに笑っているの方が魅力的だよ」とか。




言葉の一つ一つが、私を励ましてくれた。

そして、フラれた瞬間は「もう当分恋はいい!」と思った私だったけど、
また新しい恋に踏み出してもいいのかなぁ…って気持ちになった。


大石くん…。


爽やかな声で語りかけてくれる、その顔を見つめた。
胸の奥が じゅわっ として。


やっぱりこれは恋なのかな?って
幾度と自分に問いかけた疑問をまた問いかける。

だけど、
一緒にいて楽しくて安らぐ気持ちも。
胸の奥があったかくなる感じも。


それは、初めて放課後に話をしたあの日と同じだった。
私が彼氏にフラれて散々落ち込んでいたあの日と。

あの日から変わらない、良い人。
優しいクラスメイト。
私にとっての大石くんは、あの日からずっと同じ。






そんなある日の休み時間。



『ブーブー ブーブー』



携帯のバイブが鳴ったので画面を見ると、見覚えのあるメアド。
なのに送信者名が登録されてない。

これは……?



「……あっ」



画面を見てすぐ、私は大石くんの元へ向かった。
ちょっと話をさせてって廊下に呼び出して。


そう、そのメールは、

元カレからのものだった。





  **





「どうしたんだ、突然」


3年1組より更にもっと奥に行って、
人が少ない廊下の端の方にやってきた。
いつも通りの笑顔で、大石くんは着いてきてくれた。
あのね…と私は話を切り出す。


「実は元カレから連絡があって、放課後会うことになった」

「えっ?」


もう、別れてから数か月経ってた。
今更連絡来るなんて想像してなかった。

それよりも、また大石くんと話すネタが出来たぞ…みたいな感覚で持ち出した。

それなのに、予想外の反応。
大石くんは…眉を顰めている。

アレ?

強張った表情のまま、聞いてくる。


「復縁、するのかい?」

「えーそんなのわかんないよ。ただ会うだけ」

「でも、向こうからわざわざ連絡してきたんだろう?
 理由がないと連絡なんてしないと思うけど」

「んー…もしかして新しい彼女が出来た報告だったりして、まさかなぁ」


さすがにそんなことしないか?と苦笑。
でもどうだろ…ホントに復縁とかあり得るの?
そんなこと持ちかけてくるだなんて到底想像つかない。


「…さんの気持ちは、どうなんだい」

「え?」


私、は―――……。


「えー、どうだろなあ…」

「理由があって別れたんだろう。俺はオススメしない」

「そうなの?」

「そうだよ!同じ過ちを繰り返すことになるに決まってる」


珍しく、声を荒げる。
こんな大石くん、見たことない。



「やっとさん、次に向かって歩み始めたところなのに、
 会ったら元通りになってしまうぞ!?」



元通り……。

別れてから暫く、毎日のように一人で泣いてた。
耐えきれなくなって大石くんに話を聞いてもらったこともあった。
あんな日々は、確かに嫌だ。


いつの間に、その日々が遠い昔のことになってた。

なんでだろう。いつの間にか。



「んー…でも行くって返事しちゃったし、私は予定通り行くよ」



考えたけど、そう結論付けた。

何故かわからないけど、
私は、行った方が良いような気がしている。


「……そうだよな、最後はさんの意思で決めれば良いと思う」


廊下にチャイムが鳴り響く。

「行こう」と大石くんが小さく言い放って、
なんとなく横に並べずに、
私は少し後ろを着いて歩いて教室に戻った。



何が正しいのか、わからない。

だけど、私は行こうと思う。


なんでだろう。

なんでだろう。


復縁を期待しているから?
単にまだ好きだから会えたら嬉しい?
それとも友達として会うのが楽しみ?


違う。どの理由もしっくりこない。



だけど、会ったら何かがわかる気がしたんだ。





  **





そんな会話から、3時間後。



「久しぶり」

「…ああ、久しぶり」



私は、“元彼氏”に会う。





  **





「それじゃあね」

「ああ。またな」



手を振って別れて、岐路に着く。
2時間くらい、話をしたかな。

色々、色々わかった、2時間だった。



さて家に帰ったら夕ご飯食べて漫画読んでお風呂入って〜
なんて考えていたら。

なんと家の前に大石くんが居た。



「大石くん?どうして…」

「どうだった」



私の質問に答えずに、
笑顔だけれどあまり笑っていない声色で大石くんが聞いてきた。


「近況報告とかしただけだよ」

「そうか」

「それにね…」


そう。

私は、気付いたんだ。


色々、わかったんだ。



話すのは楽しかった。
気楽に話せる関係ではあった。

だけど、前とはもう違う。
“一緒に居たら楽しい人”ではあっても
“一緒に居たい人”ではなくなってた。


私の気持ちは、もう―――…。



「私、もう元カレのこと、好きじゃないみたい」



すると、しかめっ面をしていた大石くんは、まさかの、
顔をくしゃくしゃにするとその場でしゃがみ込んでしまう。


「良かった…」


えっ、え?大丈夫?
っていうか、良かった、って言った、今??


なんと声を掛けようか迷っていると、
大石くんはすっくと立ち上がった。
見下ろしていたのに、突然見下ろされる側に変わる。
といっても、いつも通りだけれど。

両肩に手が乗せられた。
言葉がどんどん降ってくる。




さん」




「何も言わないで聞いてほしい」




「俺は……さんのことが、ずっと好きだ」




え?



…本当に?

最近一緒に居ることが多かったから?
それとも、こんなにいっぱい励ましてくれたのは
私のことを好きだったから?


疑問がいっぱい。

いつから?

どうして??



頭に大量のハテナマークを並べていると、
大石くんはすっと手を離して、視線を足元に下ろした。

懺悔のように、また、どんどん言葉が紡がれていく。




「でも、俺には君と付き合う資格はないかもしれない」




「俺は、悪人なんだよ」




「慰めるように見せて…実はずっと振り向いて欲しかった」




「前の恋人と会うと聞いたとき…うまく行かなければ良いと心から思ってしまった」




「今日だけは君の幸せを願えなかった」




そう、だったんだ……。


完全に、首を垂直にうなだれて。
目を合わせてくれない。
…合わせられないのかな。
申し訳なさがあるから。


だけど私は、首を横に振る。



「それを言ったら…私も悪人だ」


「……えっ?」



大石くんは顔を上げたから、微笑して見せた。


ああそうだ。

私はさっき、気付いたんだ。
元彼氏と話してて。

自分の、本当の気持ちに。



「引きずってるような素振り見せて、大石くんと二人で話をできるのが嬉しかった」



本当は、心の奥底では気付いてた。
その日に生まれた気持ちと、
その気持ちがどんどん膨らんでいくことに。

だけど認めたくなくて。
温かいその感情に気付きながらも、
「別れたその日からある感情が恋なわけない」って
今日までずっと目を背けてきた。

でも。




「大石くんのこと…本当は、前の彼氏と別れた日から、好きなんだ」




だってまさかその日に乗り換えた自分なんて。

でも、本当はその日からずっとずっと、好きだっだ。




「ね、悪い人でしょ?」




大石くんは首を横に振って、
何も言わずに、力強く抱き締めてきた。


そこで今更、ここは自分ちの前だったことを思い出して焦りながら、
だけど、その腕を振りほどきたくなかった。



「泣きそう…」

「え、ウソやめてよ」

「好きだ……さん、好きだ…」

「…私も、だよ。大石くん、好き」



言いながら、もしかしてまた同じこと繰り返すの?
って頭の端をよぎらないことはなかった。


だけど、それでもいいじゃない。


そう思えたのが、きっと以前の私との違い。



先のことなんて知らないよ。
この人とずっと一緒にいられるかなんてわからない。


だけどさ。

少なくとも今は一緒にいて、一緒に幸せになろうよ。


それでいいよね?






















まさかそんな頃から好きだったとか認めたくないし
向こうがそんなこと思ってくれてるなんて期待しすぎだし
会っちゃったら気持ちも流れもどう動くかわからないし、
と思っていたら今このタイミングしか書けないと思って書きました笑

現実込みと言って良いのかわからないけど
私の都合の良い変換でございます。
うーん大石好きだー(結局それ)

↑以上、1月13日の私。その日に大枠完成させてました。
なので18日以降に知ってしまったことはなるべく含めないように仕上げますた。
事件はいつだって豆室で起きている(←)


2015/04/30