* 先送り症候群の憂鬱 *












新学期を迎えて、俺は学級委員をやることになった。
有難いことに、周りに推薦してもらった。

女子の学級委員は、さん。
しっかり者で、人望も厚くて、
彼女が推薦されたのもとてもよくわかる。
俺は、自然と彼女に惹かれるようになった。

学級委員になって良かった、なんて不謹慎なことを考えながら
その日も二人で放課後に残って委員会の仕事をしていた。


「ねーこれ、どう思う?学級委員の負担多すぎると思わない?」


一枚の紙をぴらぴらと振った。
それは、初回の委員会で課せられた仕事だった。

5月に学年の企画で、オリエンテーリングを行う。
植物観察をしながら学校周辺を散歩するというものだが、
範囲は決められているが、ルートは各クラスの学級委員が決めろ、とのこと。


「あと1ヶ月ある…って思うけど、
 そうこう言ってるうちに前日とかになっちゃうんだよね」


そう言って、は笑った。


「期限ギリギリまで追い詰められないと
 始められない悪いクセなんとかしたいんだよね」


にも、そんな弱点があったのか。
勉強もスポーツも得意で、外見も可愛くて、友達も多くて…
なんだか、完璧な人のように見えてしまっていたから。

意外な一面が見えて、親近感が沸いてしまった。


「大石はさ、宿題って出された日とかにやっちゃうタイプでしょ」

「ああ…確かにそうかもな」


あまりに時間がないようなときは除いて、
基本的にその日に始めて、
分からない部分や気になった部分をもう少し勉強して
提出日に備える…って感じだな。


「見習いたいなあ」


そう言ってくれた。

俺は、の、そういう風に
何でも物事のいい部分に目を向けようとする部分を見習いたい、
と思ったけれど、なんだか気恥ずかしいので口には出さなかった。

………。
ふと、思いついた。


「それ…さ」

「うん」

「もし今度の週末とか空いてたら、下見に行かないかい?」


今週の部活は、午前のみだったはず。
午後だったら空いている。

は、ぱっと目を見開いた。


「さっすがだね!動き出しが早い!」

「いや、そんなに褒めないでくれよ」

「てか下見とか思いつく時点ですごい!
 私、地図見て適当に決めそうだったー偉すぎる!」

「俺、ちょっと心配性だから…」


褒められたことを、焦って否定した。

だって、実際そんなんじゃないんだ。
俺はそんなに偉い人間ではない。

まさか、週末に会いたいって思ったから誘った、だなんて。


でも確かに、下見に行くなんて、やり過ぎか?
休みの日にそんなことに時間使うなんて、イヤかな…。

と思ったけど、は笑顔で。


「日曜日の午後とか、どうかな」


と言ってくれた。
ほっとした。


「ああ、じゃあ、2時に校門に集合とかでいいかな?」

「わかった」


こうして、成り行きで…というか、
些細な機転によって、と初めて休みの日に会えることが、決まった。




日曜日。

前日まで天気予報では一日雨と言っていて少し不安だった。
実際、午前中はどしゃ降りで部活が中止になったけれど
少し早まったのか、午後は驚くほどの快晴になった。


春。
人を待つにも時間が穏やかに過ぎる、いい季節だ。

待ち合わせ時間の15分前、は手を振りながら現れた。
私服、可愛いな……。


「大石早いね!私もちょっと早めに来たのに」

「ああ、天気が良かったから、外が気持ち良いなと思って」

「ね!昨日まで大雨って言ってたからどうしようかと思ってた」


じゃ、早速行こっか、と
地図を片手に学校の前を出発した。

学級委員の仕事は、中には面倒くさいようなものもあるけれど…
この時ばかりは感謝せざるを得なかった。



そして俺は、決心した。


今日、に想いを伝えよう、と。


こんな機会そうそうあるとは思えない。
それに最近、話せば話すほど想いが大きくなっていくのを感じるんだ。



ここには公園がある、
ここにはあんな花が咲いてる、
ここは車の通りが多い、
ここには猫の親子がいた。

色んなメモをしながら、
おおよその範囲内を歩き終わった。

下見もいよいよ後半。


「こっち行くと川沿いだねー」


その方向に向かうと、
そこはまさかの桜色。


「わ、桜まだ咲いてるんだー!」

「そうか、八重桜はソメイヨシノよりも時期が遅いから」

「そっかー八重桜かぁー」


さすが博識、なんてまた褒められてしまって、
と居ると、色々な意味で心臓が持たないな…と思った。


今はキレイだけど来月はさすがになさそうだね、
なんて言いながら桜並木の下を歩き出す。

はらはらと花びらが舞う。

その下、楽しそうに喋るの横顔を、
思わず凝視してしまう。


ぱっと咲いたみたいな、ピンク色の笑顔。



「……大石、聞いてる?」

「えっ?あ、ごめん!」

「いいけどー。大石ってしっかり者なのに
 たまに抜けてるよねー。超親近感」


そう言って、また笑った。

そんな、俺の悪い部分まで、ポジティブに捉えてくれるなんて。
本当に、なんて良い子なのだろう…。



今。

言おうか。

この桜の下で。


、あの…」

「ん?」

「……ごめん言いたいこと忘れた」

「何それ!さっきから気抜けすぎでしょ」


ケラケラと笑った。
あまりに楽しそうに。

…うん、言うとしたら、
下見が終わったあとにしよう。
うまくいかなかったらその後が気まずくなってしまう…。




その後ももう少し地図の範囲内を回った上で、
学校の前まで戻ってきた。


「これで大体決められそうだねー」

「そうだな」

「じゃ、これで下見はおしまいかな」


ドキン。

心臓が動いた。


言おう。

今、言わなきゃ。


口を開きかけた瞬間。


「いっぱい歩いたらさ、足疲れちゃった。
 カフェかなんかで休憩しない?」


はそう言った。

……カフェ。


「そうだな、歩きっぱなしで疲れたよな。ごめん気が付かなくて」

「いやいや!私こそわがまま言ってごめんね」


そんな、わがままどころか大歓迎だ…と思いつつ、
駅の近くにあるカフェに向かうことにした。

そして、告白は未遂に終わってしまった。



よし、カフェに着くまでに言おう。

……言えず。


いや、カフェを出るまでに言おう。

……言えず。


今度こそ、駅に着くまでに言わないと。

……言えず。


こうしてどんどん先延ばしにしているうちに、
改札前まで来てしまった。


「なるほど…今なら、の気持ちがわかるな」

「え?」

「期限ギリギリにならないと始められないって言ってただろ」

「…え、なんで今?」


といってケラケラと笑った。
まさか、俺の真意になんて気付かないだろうな。


スタスタと改札に向かう
俺は足を止める。


「あれ、どうしたの?チャージ?」

「あ、俺はバスだから…」

「そうなんだ!ありがとう改札まで送ってくれて」


言おう。

言おう。

言わないと。


それとも、何も言わないで今日を終えてしまってもいいのか。
いいじゃないか今日は十分に距離が近付けたから。
また次のチャンスがあるさ。


本当に?


今日も何回もチャンスはあった。
言い訳がしたいだけで、別に下見の最中だって。
カフェに行こうと決めたときだって。
向かってる最中だって。
中で話してるときだって。
出てから駅に向かう間だって。
どこででも言えたじゃないか。

どうして、こんなに先延ばしに…。


『見習いたいなあ』
『さっすがだね!動き出しが早い!』

はそう言ってくれたけど、
違うんだ。
俺はただ、心配性なだけなんだ。

もし間に合わなかったら…
っていうのが、何事も早く始めてしまう理由。

そして今は
もしうまくいかなかったら…
と思ってしまって、動き出せないでいる。


それじゃあこのまま終わってしまうのか?



昼から会って。

予報外れの快晴で。

散歩をして。

遅咲きの桜を見て。

その中の君が。

キレイで。


あまりに、キレイで―――…。



「それじゃあね」

とひるがえして改札を通って行きそうになって初めて

「待って!」

と、大きな声が出た。



は目を合わせてこず、下を見ていた。

気付いた。
咄嗟に腕を掴んでいた。


でもそこからまた「何?」と、笑顔で。


「あ…その、あーとえーと…」


とりあえず、手を離した。


「ごめん、急いでるかな。門限とか…」

「全然ー!家の門限10時だから」


ま、でも夕ご飯までには帰りたいよねー、
なんて言って笑ってる。


ああもう、いいじゃないか。

どう思われたっていい。


俺は。




さん、君のことが好きだ」




伝えた、ら。
目の前のは目を丸々と開けたまま固まっていた。



「ごめん、びっくりしたかな!」

「あ、いや!ちょっと予想できてた」

「え、いつから…」

「いや、その、引き留められたとき…」

「あ、そうか」

「………」

「………」



無言になってしまった…。
いつもはどんなときでも笑顔のが、
あまり笑っていなくて。

これは……。


「あの、私、こんな…告白とかされたの初めてで…」


はやたらと自分の髪の毛を引っ張りながらそう言った。
向こうも、真剣な気持ちで向き合ってくれてるのがわかった。


「ごめんな、困らすようなこと言って…」

「いや、謝らないで!こっちこそ、ごめん!なんか」


しどろもどろ、考えながら喋ってくれているのがわかった。


「あの…ね?すごく、気持ちも嬉しくて…でも、
 私は、好きとか、そういうのよくわからなくて…」


ああ、これは…
上手な断り方を探っているのかな。

と思って覚悟を決めていたら。


「ただ、今日は大石と一緒に過ごせて…とても楽しかった」


まっすぐとこっちに視線を向けてきて。



「また、会ってくれるかな?学校がない日も」



え。

の頬は、さっき見た桜よりも
もっと鮮やかなピンク色をしていた。


「も、もちろん!」

「良かった」


そう言って、笑ってくれた。
寧ろお願いしたいのは、俺の方なのに。


「とりあえず、今日は帰るね」

「ああ…また明日、学校で」

「うん、また明日」


手を振って、今度こそ改札を通って行った。
階段を下りて姿が見えなくなるまで
その場で呆然と立ち尽くしていた。

そして、笑ってしまった。



うまくいったとは言い切れない。

だけど、少しは期待しても、いいのかな?



一歩だけ踏み出すことができた、そんな春の日。






















かーわいーいなー!!(叫)

追い詰められないと動き出せない癖なんとかせねばな、
その点大石はすごいよな、と思うので、
大石も追い詰められないと動き出せない状況を作って励まされてみた(笑)

あれ、これじゃあ私の追い詰められないと
動き出せない癖解決してない。
まあいいや大石可愛いから。(本末転倒)


2015/04/30