ダメだと思うのに。

君のことを思い出すだけで。


その手。

髪。

仕種。

肌。


それらを思い出すだけで。


熱が止められない。



「……ッ!」



手を速めた瞬間、
頭が真っ白になって、
ドクドクと脈打つソコの痙攣が止むと、
スッと頭が晴れて、
自己嫌悪。


君のことを汚したいわけじゃないのに。



熱が。

衝動が。

収まらない。


……明日どんな顔で君に挨拶しよう。










  * 若人よ熱を冷ますなかれ *












とは、中2のときに初めて同じ委員会になって知り合った。

は成長期が早いタイプだったみたいで、
身長は当時で160cmを超えていて俺とほとんど変わらなかったし、
同世代と比べたら…胸も大きく膨らんでいて。
大人っぽい人だな、という印象を持った。
なんだか、近付くといい香りがして、ドキドキした思い出がある。

でも同じ委員会といえど話す機会はそう多くなかった。
そして俺は一年間学級委員を務めたけれど、は一学期だけだったみたいで
クラスも離れていた俺たちは、残り半年間顔を合わせることすらほとんどなかった。

この気持ちは恋なのか?はっきりしないまま一学期が終わった。

ただ、クラス替えが発表された始業式、
自分の名前の次に、の名前を探してしまったあたり、
気になる存在であったことは間違いない。

クラスは別だったが、隣だった。


そしてまさかの、学級委員会。



「あ、大石。また一緒だーよろしくね!」



相変わらずのなつっこい笑顔で、
そう言って手を振る彼女がそこにいた。





久しぶりに話したは、
まるで違う人のように思えた。
いや。実際は、は変わっていなかった。
その笑顔も、声も、体も。

だけどとんでもなく小さく感じた。
細くって、柔らかそうで、弱そうに見えた。


そのとき、気付いた。
自分の方が成長していたことに。


生まれて初めて、女の子を「守ってあげたい」という風に感じた。

そのとき、この恋を自覚した。





 **





私が大石と知り合ったのは、去年同じ学級委員だったから。

学級委員って言っても、全員が立候補じゃない。
半分…もしかしたらそれ以上が、他人からの推薦によるもの。
私もどちらかというとその類。
やる気がないわけではないけど、面倒くさい気持ちがないといったら嘘になる。

そんな中で大石は、委員会では必ず発言していたのが印象的だった。
しっかり者だなーでも真面目過ぎ?
とか思った覚えがある。

そんな中で大石は
他がふざけてたり適当だったりめんどうくさがってることを
自ら率先している姿が印象的で。
見習いたいなー、が気になり始めたきっかけ。

でもなんもないまま一年を終えて
2,3学期は見かけることもほとんどなくて。


半年ぶりに話した大石は、
いつの間にか大人になっていた。

前は並んでいたはずの肩が、10cmくらい上にあって。
肩幅も広くなっていて。
手も筋張って大きくて。

ドキンドキン。

なんだか、「男子」っていうより、
「男の人」って見えたんだ。
異性をそんなふうに意識するのは、初めてだった。





 **





朝。
クラスで友達と昨日のテレビの話題なんかで盛り上がってる。

ちらっと時計を見る。
チャイムが鳴るまで、あと少し。

あの人が来るまで、あと少し。


「ちょっとトイレ」

、あと2分しかないよ」


席を立ちながらそういう私に、
時計を見上げたは心配そうに言う。


「マジ?マッハで行ってくる!」


言いながら廊下に飛び出す私。


…なんてね。
本当は、タイミングを見計らってる。


だって、部活を終えたあの人はきっとそろそろ……ほら!


「大石、おはよう!」


案の定、丁度大石は現れた。大きな鞄を持って。

頭の中でシミュレーションした通り、
元気に明るく声を掛けた、はずなのに。


「お、おはよう」


目線を合わさないまま小さな声でよそよそしく挨拶をすると、
大石はそそくさと自分の教室へ入っていった。
あれー…?

忙しかった、のかな。
とか、自分を納得させようとするけど。

それとは裏腹に。
心臓が。
ズキズキ。


わかってる。
過敏になりすぎてるって。
でも、好きなんだもん。
敏感になるし、すぐにへこんじゃったりもする。

大石は、私が大石の行動や仕種、一つ一つに着目して、
浮かれたり沈んだりしてるなんてこと、知らないんだろうな。


でも、嫌われるようなことをした覚えもないし。
機嫌が悪かったとか、タイミングが悪かったとか、そういうことだよね。

あとでまた、話しかけてみよう。勇気を出して。





 **





「大石、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


休み時間、隣のクラスからが紙を一枚持ってやってきた。

教室の入り口で戸惑っているようだったが、
「どうしたんだい」と声を掛けると
しっつれいしまーす!と笑いながら足を踏み入れてきた。

今日も……笑顔が可愛いな、と思った。
わざわざ向こうから会いに来てくれるなんて、今日は良い日だ。

でも、どこか罪悪感。
昨晩の行為が脳裏をよぎる。


そんなことを気付く由もないは、
ぱたぱたと俺の机に駆け寄ってくる。


「この書類のことなんだけどさー」


俺の横に回り込んで、
座っている俺の顔の高さに合わせて、
少し前かがみ。

……あ、
制服の胸元の隙間から、
下着が…見えそう……で、見えない。


見えな……あっ、見え――



「大石?」


「!」




し、まった!と思った。
目の前には、ややしかめっ面の

気付かれた、か?
とドギマギしたけれど、
そうでなくて「どうしたの、聞いてる?」と首を傾げた。


「ご、ごめん!」

「どうしたの、今日元気ない?」


申し訳なさそうに聞いてきて、
しょげた風に目線を逸らして。

しまった。そんな態度を取るつもりではなかった。


「あ、ごめん……そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」


こっちを向き直して、
相変わらず前かがみで、
上目遣いで。

……ダメだ、そっちを見たら、
また胸元に気が行ってしまう気がする。


ピンク色の、レースの………


……っダメだ!



「やっぱり体調が悪いみたいだ、後でにしてもらっていいかな」



相手の返事も聞く暇もなく、
俺は小走りで教室を飛び出す。

そのまま階段を駆け下りて、
保健室の近くのトイレに駆け込んで頭を冷やした。


危ない…勃つところだった…。


、変に思ってないかな。
きっと思っただろうな…。
だけど、謝るのも変か。

どうしよう……。





 **





逃げられた……?

教室にぽつんと残された私は、
そんなネガティブな考えを呑み込まないように
首を横に振って一生懸命にかき消した。

とぼとぼと教室に戻って、自分の席に着いて、
遠くでチャイムが鳴るのを聞きながら
別に本当は何も疑問なんてなかった一枚の書類を見つめた。
話しかけるために考えた、なけなしの接点だった。


体調が悪いって、言ってた。
それが本当だって…信じよう。大石のことを。
決して、避けられたわけなんかじゃないって……――。


じわっ。

と。


必死に打ち消していた思いが表に出てきてしまって、涙が滲む。
避けられた。
わけじゃないよね。



大石のことを信じたいけど、
どうしても不安になる。

だって、信じるも何も、
そもそも彼は私の何でもないんだもの。






集中できないまま、授業が終わった。
帰りの会も終わった。
掃除当番は、今日はない。


隣りの教室を覗きに行った。
丁度、大石がテニスバッグを持って教室を出るところだった。



「大石!」


「!」



大石は、明らかに私の声にどきっとしたように肩を震わせた。
そして一瞬止めかけた足を…加速させた。


「あの、これから部活だから…」


足早、どころか小走りになって、
大石は階段をスタスタと降りる。
それを数メートル離れて、私も追いかける。


一度も目も合わない。
ああ、これは、嫌われてるのかな。
といっても、嫌われてる覚えはない。

きっと……好きなのがバレたんだ。
でも、向こうは私のことを好きじゃないから、
きっと、それで――……。



そう気付いてしまって、追いかけるのをやめようかとも、思った。

でも。

足を止めたら終わってしまう。


どうせ終わるなら、当たって砕けたい!


それだけを原動力に、
なるべく余分なことは考えないように、私は走った。



涙で視界がかすむけどそれどころじゃない、全速力で大石を追いかけた。





  **





結構本気で逃げてしまった。
追いつかれる前提ではなく、
本気で逃げ切ろうと思って全力で走った。

でも追いつかれてしまった。


しかも、本気で逃げようと思ったことが仇になって
テニスコートの方へ向かうでもなく、
人気の少ない、よりによって視聴覚室に着いてしまった。

他の生徒は誰もいない。



「大石……」



切れた息で、後ろからの声がする。
まずい。
逃げてしまった…俺は。
なんて言い訳しよう。
普通にしていればなんてことはなかったのに…。


さぞ怒っているだろう、そう思って振り返った後ろ、目の前で、
は――…目を真っ赤にして瞼を大きく張らせてそこに立っていた。

え……?



「な、んで……なんで避けるの」



強い視線をぶつけてくる。
やっぱり、怒ってる…?
でも、瞳は濡れていて。



「え、あ、いや、その…それは……」



こんな誰も用もないような場所へ逃げ込んで、
言い訳のしようがない。
逃げてしまった言い訳をするより、
どうして逃げようという心理に至ったかの理由を説明した方がいいのか。
でも、そんなこと…到底できない。


だって。

俺は。



「わかるよ……大石は、私のこと、好きじゃないってことでしょ」



……え?


なに、を。







「…………スキ」







―――――え?




は顔を持ち上げた。


もう一度口が動いた。




「……スキなの」




紅潮した頬と、潤んだ瞳で。


上目遣いで。





あ。




マズイ。





  **





口に出してしまった。
どうせ失恋するなら、自分の思いを伝えた上でがいい、と思ったから。
それでフラれるんだった後悔もない。

だから伝えたのに。



その直後。



え、と反応する暇さえなく。


大石の唇が私の唇に触れて。


反応しようとしたときには、大石の顔は元通りの場所に戻っていた。


もしかして気のせいだった?
と誤解したくなるほどに。


でも今、確実に触れてた。




目の前の大石は、青ざめた表情で。



「ご、めん」



一歩後ずさり。





「我慢…できなかった」





ごめん。



もう一回呟くような謝罪の言葉を残して、その場から走り去っていって。





う、そ……。


信じられなくなって自分の唇に触れた。
ただ、それはさっきそこに何かが触れたのは間違いなかったと
確信を深めるだけの行動だった。





  **





何、やってんだ俺……!



信じられなかった。
始めてだった。
考える暇もなく体が動くなんて。


テニスで試合をしているとき、似ている感覚を味わったことがある。
練習を積み重ねた結果、試合のときに
頭で考えていないのに練習の通りに体が動く、といった現象だ。

でも今のは違った。


考えていないし、
練習なんてしたこともない。

過去にやったことがないからこそ

体が

本能だけに

操られるように

欲に流されるように―――。




「何、やってんだ……」




思わず言葉が零れた。
そして、唇に触れた。

――触れてしまったんだ、これで。
に。
の唇に。
何度も何度も、空想の中で触れてきた、それに。


もう、言い訳のしようがない。





  **





「大石!」



今度は、思っていたより大石は遠くに逃げていなかった。
廊下を曲がって、階段を一か八か下ったら、
その次の階の踊り場にそのまま立っていた。

廊下には人通りはある。
でも丁度階段には誰もいなかった。

今更場所なんて移さない。



「どうして逃げるの」



その場で問い詰めた。
大石は目を合わせてこない。
黙っている。


だけど、さっきの私とは心情が違う。



一度、深呼吸して。


その名を呼ぶ。



「ねぇ、大石…」



ようやく、顔を背けたままだけれど、
大石はこっちに視線を向けてきた。




「私…期待してもいいのかな?」




好きな人に、キスされた。
大石は誰彼かまわずキスするような人じゃない。

いいよね?

思っても。


大石も私のことが好きだって。


私はこの想いを終わらせなくていいって。





「諦めなくて、いいのかな?」





涙がぽろりと頬を流れた。

でもきっと、笑顔は作れていたと思う。





  **





の瞳は、さっきのように濡れていた。
でも、笑っていて。


――なんて、愛らしいのだろう。
愛しいのだろう。



気付いたら抱き締めていた。

その細さに驚いて、
思わず力を緩めた。

でも、直後に向こうが
こっち以上に強い力で
腕を回してきたので、安心して、
もう一度強く抱き締め直した。



「…好きだ、



その体を、大切に包み込んだ。
どこからも足音が近付いてこないことを願いながら。



「大切にする」



この言葉が、自分にとっても嘘にならないように。
自分が自分を信用できなくならないように。




十秒くらいして、そっと体を離した。
は涙を浮かべながら、笑っていた。



「良かった、嫌われてなくて。……好きだよ」



可愛くって、仕方がない。

だから。


……でも。



ダメだと思っても、今夜俺は君のことを抱くだろう。
空想の中で。


いつか、あのときに逃げてしまった理由を話す時が来るだろう。
君が受け止めてくれると感じたときに。
その日がいつになるのかわからないけれど。


膨らむばかりの熱は、まだまだ止められない。






















青春ラブぶふぉーwwwwww

中学生だもの、これくらいのことがあってもいいよね!
これくらいの方が良いよね!?!?

主人公は自分がどれほど大石を想ってるか伝わってないと思ってるし
大石は自分の好きは相手の好きと違うんだろうなってのを感じてるし
お互いがお互いですれ違ってると思ってるんだけど、
でも実はちゃんと繋がってましたー!っていう、続編を書いてあげたい。
この二人は愛すべきキャラに仕上がったなぁ…割とお気に入り作。

なんといっても青春ラブ最高(笑)

タイトルは、少年よ大志を抱け、をちょっと意識している。
仮で付けたタイトルだったけどゴロが気に入ってしまったのでw


2014/05/31