「かわいそうだったから」。


付き合い始めた理由を一つ決めるとしたら、それだったのだろう。










  * pathetic sympathy *












「秀一郎、おはよう」

「おはよう


部活の朝練を終えて教室に入ると、
人懐っこい笑顔で向かってくる人物がいた。

、俺の恋人…だ。

非常に明るくて天真爛漫、
小柄な体をしているけれどそれを感じさせない存在感を持ち、
常にくるくると動き回っているような女の子。
俺の反対をいく性格をしてるといえるだろうか。


そんなと付き合い始めたのは、3ヶ月前のこと。

向こうからの告白だったんだ。



『ずっと前から好きだったの。私と付き合ってください』


びっくりした。
まさか俺のことをそんな目で見ている子がいるなんて、思ってもいなかったから。

そんな俺には当時好きな子もいなかったし、
誰とも付き合う気はなかった。というか、
考えたことすらなかった。
だからこの告白には驚いたけれど、承諾する気はなかった。


『――』

『ダメ…だよね?』


口を開きかけたとき、そう言われた。
怯えたような、泣きそうな、目で。


『いいの。突然、ごめんね。無理だったら、本当にいいから…』


はそう言った。でも、
自分の性格柄、困ってる人は放って置けないんだ。
しかもその瞬間に零れた涙を見てしまったら、なおさら。

前から話しやすいクラスメイトではあったし、
その自分の性格も合間って…。


『…俺なんかで、いいのかい?』

『! もちろん!』


これが、俺達の始まりだった。



そんな流れで付き合い始めた俺達。
基本的に積極的なのはの方で、俺はそれに応えてるような状況かな。
名前で呼び合うようになったのもが先で、俺は
って呼んでよ」
という言葉に従っているような感じだ。

そんな関係だけれど、それなりに楽しくやっている。
は、前から思っていた通り、良い子だしな。

今日もいつも通りの明るい笑顔で話しかけてくる。


「ね、今日部活ないでしょ?一緒に帰ろ」

「んー…でも今日は委員会の仕事を終わらせたいんだ」


別に、今日やらなくてはいけないわけではないけれど。
後のことを考えて、できれば今日やりたいなと思っただけで。
との時間を作るのも、どうしても部活がない日になってしまうので
こういうたまの休みは大切にしたいのだけれど。

彼女のことを最優先、というのはできずにいた。
これも性分かな、ある種の。

一瞬残念そうな顔をしただったが、すぐに笑顔になって
「じゃあ終わるの待ってるから一緒に帰ろ」
と言った。
俺はそれを快く了承した。


そして放課後。
授業終了から2時間ほど経って、ようやく仕事が終わった。


「ごめんな、待たせて」

「大丈夫だよ〜秀一郎こそお疲れだね!」


自分の感情をストレートに表現する割に、はわがままではない。
その点に、善くも悪くも甲斐性の俺は救われていた。


喋りながらの帰り道。
は楽しそうに最近見たテレビの内容や
今日起きた面白い出来事などを報告してくる。
感受性豊かなの話は俺を楽しませた。

そんな帰り道も、いよいよ分かれ道へ。


「それじゃあ、また明日ね」

「ああ、また明日な」


は、一瞬眉を吊り上げてから。


「秀一郎」

「ん?」


満面の笑みで。



「大好き!」



無邪気な、感情。
曇りの感じられない、無償の愛。

それに対して、俺は。


「俺も…だよ」


同意の言葉を示すしか、できずにいた。
それでもは、笑ってくれた。


考えてみたら、俺からに「好きだ」と伝えたことはあっただろうか。
……思い返してみたけど、ない気がする。

というか、俺は、本当にのことを“好き”なのか…?





  **





なんとなく寝不足のまま翌日を迎えた。
朝練を終えて教室に入るときにあくびが出た。


「おはよう秀一郎、あくびなんて珍しいね」

「おはよう。ちょっと寝不足かな」

「ふーん…無理しないでね」

「ありがとう」


必要以上に深入りはせず、その気遣いが嬉しかった。


は、良い子だ。
明るく元気なのは勿論のことで、
意外と些細な気配りも利く。
誰とでも仲が良いし、色々なことに一生懸命だし。
俺なんかには勿体ないのではと思うほど。

だけど…何故なのだろう。
“良い子”なのはわかるのだけれど、
“好き”なのかと聞かれると、
どこか引っかかってしまうのは…。


「…なるほど、考え事ってことね」

「えっ」


そこでようやく、が俺のことを見つめ続けていることに気付いた。
しまった。
目の前でこんなことを考えるなんて、俺は……。


「ま、いいけどさ。何かあったら、相談してよね」


指をずいと目の前に差し出してくると、は席に向かった。
そのタイミングで丁度チャイムが鳴った。

ふぅ、と一つ溜め息をついて席に座った。





  **





「ね、今日も部活終わるまで待ってていい?」


珍しいことだった。
何かあったのだろうか。
それとももしかして…何かあったと思って心配してくれているのかもしれない。


「だいぶ遅くなるぞ」

「知ってる。大丈夫!」


秀一郎いつも家の前まで送ってくれるもんね!

そう言っては歯を見せて笑った。

確かにその通り…なんだけど。
今日は気分が乗らない…と言うべきか否か。
……って、どうして避けようとしてるんだ、俺は。


「分かった。じゃあ、6時半頃な」

「おっけー」


その日俺は、あくびと溜め息を繰り返すことになる。





  **





「お待たせ」

「お疲れ」


鍵締めも終えてテニスコートを後にしようとすると、
はそこまで迎えに来てくれていた。
いつもは教室で待っているのに。

どうやら本格的に気を遣われているようだ…。


「じゃ、帰ろっか」

「ああ」


そうして、二人で歩き始めた。
さて、どんな話題を振ったもんか…と思ったとき。



「秀一郎、私のこと、好き?」



突然の質問が。



「え……それは、まあ」

「本当に!?」



ちょっとの声が、荒く。
いつもと違う様子に戸惑った。



「本当、って…それは……」




――俺は、本当にのことを“好き”なのか…?――

さっき考えていたことが頭をよぎる。


それが引っかかって、俺ははっきりとした返事をできないでいた。
きっと、今がはっきりさせる時なんだ、と。
返事がどっちであっても。


ふと、我に返って前を見ると、

目の前に立っている

溢れる寸前までに目一杯の涙を溜めていて。



…」

「もういいよ!」



それは、叫びに近い悲痛の声だった。



「いつになったら、私のこと好きになってくれるの…!?」

、俺は…」

「うるさい!」



肩に掛けようとした俺の手を振り払って、
は涙をボロボロに零しながら声を張り上げる。


「気付いてたよ…秀一郎が、私と向き合ってないこと。
 どうせ私と付き合うことにしたのも、同情だったんでしょ…?」


同情…。

否定は、できない。

あのとき…告白のときも、は、泣いていて。
その姿があまりにかわいそうで。崩れそうで。
支えてあげたい一心で告白を受けた。

恋人として、というよりも、
一人の人間として助けてあげたいという気持ちで。


俺は、一度でものことを好きになったことがあるのか?



「始めはそれでもいいと思った、けど…っ」



の目に、じわっと涙が浮かぶのが見えた。
でもそれをぐっと堪えるようにして、は張り上げていた声を抑えた。


「ごめんね、今まで無理やり付き合わせた感じになっちゃって」

…?」


ぐいと制服の袖で涙を拭うと、
申し訳なさそうに、潤んだ、目で。




「ごめん」




はその場を駆け出した。
追いかけて追いつくことは、そう難しくないはずだった。
でも、俺の足は思うように動かなかった。
どうして―――…。


……追いついたところで、
どうやって声を掛けていいかわからないから、かもしれない。
俺の気持ちがに向いていないならば、
中途半端な気遣いは余計に傷つける。

かといって、走って、振り返ったときに俺がいなかったら、
きっとは悲しむはずだ。

それだけの思いで走り出した。
だけど思う通りの速さで足が動かない。進んではいるのに。
視界が歪んで、涙が浮かび上がってきていることに気付いた。
でも俺は、泣いていい立場じゃない。
それをかみ殺した。


胸が、痛い。


……。
大切に思っていたことに、違いはないのに、
どうして傷つけることしかできないのか。



は、どのような思いで、
さっきのような言葉を伝えてきたのか。

きっと、俺なんかよりも、ずっと一杯悩んで……。


「ごめん」。
それは3ヶ月前、俺が勇気を出せなかった一言だった。

どうして、あのときは言えなかったのだろう。
あのたった一言が。
まさか、こんな傷つけることになるなんて。

こんなに、傷つくことになるなんて。



アレ…?



どこかで俺には、余裕があった。向こうが先に好意を示してくれたから。
だけど、考えてみれば。

は、俺にはないようなものをたくさん持っていて。
のことを好きな人は、実は多くて。

は、俺にとって、

大切で、


大切で――…。



「―――…」



足が止まる。



何か、とんでもない思い違いをしていたことに気付いた。

確かに俺は告白された側だった。
でも、向こうは俺の何を、どこを好きになってくれたのか、わからない。
愛されて当然みたいな態度をとっていたけれど、
俺はそれに見合うだけのものを持っているのか?
どうして、向こうがこっちをずっと好きでいてくれるなんて確信が持てていたんだ?


思い上がっていた。


再び足に力を込めた。


動け。


走るんだ!




!!」


「!」




どれくらい走っただろう、ついにその姿を視界に捉えた。
もう涙は止まっていた。
全速力で走ったもんだから、代わりに汗が流れた。

俺の声には一瞬足を止めかけ、それでもいっそう速度を上げた。
俺は、全速力で追いかけて、肩を掴んだ。


「なに!?もうこれ以上同情なんかされたって…」

「違う!」


手を振りほどこうとするを、がっしりと掴み。
動きが弱まらないのを無視して、
ぎゅっと、抱きしめた。


「しゅういちろ…」

「好きになってくれて、ありがとう」


やっと、気づけた。



「俺はのこと…好きだよ」



それは、幾度と、勇気の出せなかった言葉。
こんなに、簡単なことだったなんて。


「もっと早く言ってよぉ〜…」


そのままは、泣き崩れた。
子供のように、わんわんと声を張り上げて。
よしよしと頭を撫でていると、泣くのを止めて、こっちを見上げてきた。


そのときのは、
泣き腫らした、でも、幸せそうな、目で。

笑っていた。


傷つけて、失いかけてようやく気付くなんて
俺もまだまだだなと思った。
だけど、そういうことを繰り返しながらも成長していきたいと思ったんだ。
二人一緒に。


確かに同情から始まったかもしれない。
だけど、いつの間にか何よりも大切なものに変わっていたんだ。

失ってしまう前に、気付けて良かった。






















6年越しで完成(笑)

そこそこ鬱になれる話ですがよくあることだと思います。
告白された側の方がどこか心に余裕があるもんです。
告白した側(特に元が片想いでスタートしてる場合)は
逆にその分だけ不安をずっと抱えてるってことですよ。


2014/04/30