* ただ この愛が 終わるまでは *












別れ話を切り出した。



「ごめん、秀一郎……別れて欲しいの」



それは、告白するときと同じくらい勇気の要る行動だった。
そして罪悪感がある分、そのときよりももっと言い出し辛かった。

でも言った。


「……どうして?」


本当は動揺しているだろうに、
表情を変えないまま秀一郎は問い返してきた。

言い辛いけど、言わないわけにはいかない。



「………ごめんなさい。好きな人が、できたの」



ゴメンナサイ。

心から申し訳なくて、腰が直角に曲がるくらい頭を下げた。



秀一郎は、良い人なんだ。
本当に本当に、良い人。

優しくって、それでいて力強くって、
なんでも包み込んでくれる、海のような存在だと思った。
水みたいに透明で、掴めないのに、いつでも必ずそこに居てくれるような。


でも人間って勝手だね。
安心感が生まれると次の刺激を求めてしまう。
良い人だし、大好き。だけど、これはもう恋愛感情じゃない。



「そっ…か。参ったな」

「………」



怒られても、どんだけ罵倒されても文句は言えない状況。
それなのに…秀一郎は、笑った。
どうしようもないから生まれる苦笑だったかもしれないけれど。

頭をかいて、何かを考えている風だった。


「ごめん、ちょっと、突然で、気持ちの整理が付かなくて…」

「うん、ごめんね…突然で…」


ずっと仲良かったから、驚いただろうな。
でも、私の中では、結構前から薄らいでた。
楽だったし安心できる存在にはなったけど、
家族みたいで、一緒にいてもなんとも思わなくなっちゃった。


は、他に好きな人ができて…俺とは別れたいってことだよな」


考えをまとめながら話しているようで、
普段の秀一郎からは考えられないようなしどろもどろとした喋りだった。

私はコクンと頷いた。目がまともに見れない。


「俺は…のことは、それこそ、付き合い始めた頃から…
 っていうか、付き合い始めた頃より、好きなんだけど…」

「うん…」


そうだよね、私の告白で付き合い始めたもんね。
気持ちが通じて、少しずつ向こうがこっちを好きになってくれるのが嬉しくて。
私のピークが超えたのは、いつのことだったのだろう。


「でも……そうか。の気持ちは、もう俺に向いてないってことかな」

「…うん。ごめん……」


声がちょっと掠れた。
持ち上げた頭をまた下げた。


うん、うん、と自分の中で何かを納得させている風に頷いて、
秀一郎は何かを決心したようなさっぱりとした笑顔で言ってきた。



「…わかった、別れよう」



もっと、揉めるかなと思ったのに。
それは拍子抜けするくらいあっさりと決定した。


こんな簡単に終わるんだ、私たちは。


と思っていると「ただ」と秀一郎は付け加えてきた。

そしてこう言う。


「その前にあと一回だけ、の体を抱かせてくれないか」

「え…」

「この前が、まさか最後になるだなんて思ってなかったから」


戸惑いは、あった。
私の気持ちは、次の人に移っていたから。


でも、断れるのか、この状況で。
…断りたいのか、私は?


返事をするより先、秀一郎は私の手を掴むと、引いた。


「いいよな、まだ恋人同士なんだから」


……そうだね。
確かにその通りだ。

納得して、私は引かれるがままに歩き出した。


でも、あっ と声を上げると秀一郎は少し手の力を弱めた。



「それとも…相手ともう付き合ってるとか?」

「ない!それはない!」



実は、告白されては、いる。
けじめ付けるまではって待たせてる状態。

こんなにまっすぐな人だから、私も綺麗にしておきたくって。


そっか、と安心した表情になって、また歩き出した。
今度はさっきほどは強く腕は引かれなかった。


10分くらい歩いて、
何回か足を運んだことのあるホテルに入った。
上着を脱いで荷物を下ろす。


同じく上着を脱いでる秀一郎の背中を見たら変な気持ちが込み上げてきた。


最後…か。
確かに、私も前回そんなこと考えてなかったな。

そう思ったら、なんだか勿体ない気もしてくる。
そうか、この変な気持ちは、勿体なさなのかな。

なんだろう。
なんか違う、ような。


考えていると、肩に手が掛けられて。

顔を持ち上げようとした瞬間、足がふわっと浮いて。



「よっと」

「!」



お姫様だっこ。

突然のことに戸惑いながら横にある顔を見た。




「軽いな、は」




憂いと愛しさをありったけ押し込めたような笑顔で秀一郎は私を見つめる。

ふいに
泣きそうになった。


そのままベッドまで運ばれる。
そっと寝かされると、本当にお姫様になったみたいな気持ちになる。


初めてこれをやられたとき、キザなやつ!って思って、
でもとってもとっても嬉しかったことを思い出す。
一番大切な人に愛される幸せを、全身に感じていた頃。

どうしてあの時間は一生続かないのだろう。



「秀一郎…ごめん。ゴメンネ…」

「謝らないで」



申し訳なさで、涙が滲む。

その向こう側にいる秀一郎は覆い被さってきて、こんなことを言う。



「終わるまでは、俺のでいてよ」



そして、キス。息のつく暇もないくらい。

涙を拭こうにも、指が絡められてる。
どんどん溢れて、耳まで冷たくなる。


言われなくても、終わるまでは、アナタで一杯だよ。



そこからは、誰も入り込む隙間がないくらい、
生まれたままの姿で、
お互いの
体を
愛し
合っ






普段はそんなに名前を呼ばないアナタが、
何回も何回も私を呼んだ。

存在を確かめるみたいに
最後を愛おしむみたいに
今後忘れないためみたいに。

その声が
頭の中をこだまする。


だけど、これで最後。





――――……***





脱力して、荒い息だけが部屋の中に響く。

その息が収まる頃、秀一郎が

「ごめんな」

っていうから、
別れ話の後なのに体を求めてきたことかな、って思ったんだけど。



にずっと好きでいてもらえるような立派な男じゃなくて」



そんなことを言うから。
この大石秀一郎という人間は。


首を横に振る。


「私が悪いの…」



涙がどんどん溢れる。


「秀一郎が謝らないで…」



もう前が見えない。



「ごめん秀一郎。ごめん、ゴメン……」

「泣かないで、



腕の中に抱き締められて、額をキスされて。


この申し訳なさを、アナタを愛する気持ちに変換できればいいのに。

こんなに大切なのに。
絶対に好きじゃなくはなれないのに。


でもごめん。



ただ、この眠りから覚めるまでは、アナタに愛されている私でいさせて。






















書きながら何回か叫んだw大石ィー!!
大石はクサイ台詞言ってなんぼ!

それより普通の喋りが大石らしくない口調と思うかい?
結構長いこと付き合ったカップルっていう設定なんだよ。
そういうのが最近私の中でツボだもんでw

なんかの少女漫画にインスピレーションを受けてる気がするんだよなー、
と思って調べたら、怪盗ジャンヌで稚空がまろんを抱き上げての
「まろんは軽いな 羽根がはえてるみたいだ」だと思われ。
でもこれは初めて抱きかかえたときでしょ、この作品はね、
最後だからっていう切なさと溢れ出る愛しさを隠しきれずに
小ささや儚さを表現する意味で「軽いな」って発言する大石を書きたかったの。


2014/03/15