* 本気の義理チョコクッキー *












バレンタインデー。
教室中がいつもより浮かれているのが感じられる。
女子は友達同士で交換している姿が目立つ。
中には、今日告白をしよう、なんて考えている子もいるのだろうか。

まあ、自分にはあまり関係のない行事だ…と思っていたら、
どうやら、クラス全員に配っている子の姿が。


「大石くんも、はい」

「いいのかい?」

「うん、いつもお世話になってるから」


そういって、さんは小さな小包を渡してきた。
一つ一つ丁寧にラッピングされている。
どうやら手作りのクッキーのようだった。

部活の前にでも食べようかな、としまおうと思ったら
さんは遠慮がちに俺の顔を覗き込んできた。


「良かったら、食べてみて?感想聞きたいんだ」


なるほどそういうことなら…とその場で開封した。
これを一個一個作って包むのは大変だったろうな、と思いながら。


ココア生地に、ビターとホワイトの2種類のチョコチップが入ったクッキーだった。

一口かじると、香ばしい香りが口中に広がった。
サクッとしていて歯ごたえは軽くて、
チョコチップの存在を引き立たせている。
甘いのにほろ苦い、絶妙なバランスだった。

手作りだからと思うからだろうか、
市販で売っているものより数段おいしく感じられた。


「すごいな、さん!めちゃくちゃおいしいよ!」

「ホント?」


味を言葉で伝えるのは難しかったが、
どのようにおいしかったか、自分に表現し得る限りの言葉を使って述べた。

さんは嬉しそうに笑った。


「さすが大石くんだね、他の男子「うめぇ!」しか言わなかったよ」

「いや、おいしいのは間違いないよ」


しまった、もしかしたらこんな言葉を並べるより
おいしいとか見た目が綺麗とかそういう感想を述べるべきだったか…?

と思ったが、俺の危惧に反してさんは感謝の意を伝えてきた。


「すごく有難い。…あのね、私将来はさ、パティシエになりたいんだ」

「へぇ、今から決めてるなんて偉いな」

「うん…それでね」


ちょっと話しづらそうに、
視線を天井に向けながらさんは話す。


「今はさ、私からタダであげてるから、みんな喜んでくれるでしょ」


まあ、贈り物は、誰だってされたら嬉しい。



「それをさ、相手に選んでもらって、お金を払って買ってもらうってことはさ、
 値段以上の価値があるって思ってもらわなきゃいけないんだよ」



つまりさんは、
「これ、売ってたら買ってくれる?」
「いくらくらいの価値があるように思える?」
そう聞きたいように聞こえた。

お菓子作りの女の子、に留まらない。
“プロの意識”なんてよくわからないけど、
そのようなものを感じたような気がした。


バレンタインといったら、恋する女の子のためのイベント、
というような風潮があるような気がする。

でもそんな中、こんな風に、夢に向かって努力している子もいるなんて。



「まだまだだ、私。頑張らなきゃ!」


そう言って、さんは大きく伸びをする。





「でも、絶対叶えて見せる。夢だから!」


「―――」



そういったさんの目は、輝いていて。


――カッコイイな、と。
純粋にそう思った。



えへへ、とこっちを見直すとさんは照れたように笑う。



「実はね、みんなにあげたのは義理のチョコクッキーなんだけどさ、
 一個だけ、本気のチョコレートケーキも作ったんだ」


「そ、そうなのか…」



それはつまり、本命がいるってことで……。

なんだろう。
胸が詰まるような。
さっき食べたクッキーが、水分を奪って、
喉の真ん中でつっかえているような。
そんな感覚に陥った。


何故?



「それは、誰に、あげるんだい」



言葉が。

変に無機質で、途切れ途切れになった。



なんだろう。
さんに、どこかに、本命の相手がいると知ったら。
たまらなくなって。

これは、この感情は、もしかして――…。



「ははっ!」

「え?」



さんは、笑っていた。



「家にあるよ。ケーキじゃ学校に持って来づらいでしょ?
 だから別でクッキーも作ったの。ケーキは家族のみんなで食べるよ」

「そうだったのか…」

「だって、絶対崩れてぐっちゃぐちゃになるー」



でも結構上手にできたんだー、と話すさんは、嬉しそうで。

綺麗で。



なんだか……胸が。

俺も、嬉しくって。



お見せできないのが残念だわーと笑うさんに対して、つい。




「いつか、さんの本命をもらってみたいな」

「  」




口に出した言葉の意味を自覚したのは、目の前のさんのぽかんとした顔を見て。


俺、なんてことを…!



「ごめんさん、今のは…」



深い意味ではなく…と、言おうとしたら。





「じゃあまた来年、覚えてたらね」





そういって舌をペロッと出した。
憎らしいほど、その姿が可愛くって。



バレンタインといったら、恋する女の子のためのイベント、
というような風潮があるような気がする。

でも、本当は、それだけではない。



今から、一年後に期待するだなんて。
何かをもらうことを、心待ちにするだなんて。

こんなに待ち遠しいバレンタインデーは初めてかもしれない。






















恋する女の子のためのイベントっていうけど、
恋してない女の子だって頑張ってるし、
恋する男の子だってドキドキしてるんですっていう話w

呼び捨てとさん付けでめっちゃ迷って何回も書き換えた。
元々そんなに近くないからさん付けだったのが、
この日を境に二人の距離は縮むんだけど、
リスペクトの意を込めて、もやもやとした感情を抱えて、
今後もさん付けを続ける大石であればいい。
だけど大石は呼び捨てにされるようになってもいいよ(笑)

大雪のため今年のバレンタインは延期になりました(←)


2014/02/15