授業が終わって、午後の部活。
でもその前に、オレにはやることがある。

違うな、“やられること”がある。


「英二……いいか?」


そこには、思いつめた表情の大石。
オレは、深呼吸をする。


「うん、どうぞ」

「ごめん……っ」


大石は眉間に皺を寄せて目を閉じる。

そして次に目を開けたとき、
オレは金色の瞳に睨まれていた。


大きく開かれた口。
鷹の爪みたいな歯が光る。

ボタンを外したポロシャツ、
首元に噛みつかれたオレは、
何もできずに倉庫の天井を呆然と眺めて過ごした。










  * Vampire Night *












オレには、人に言えない秘密が二つある。


一つ目、オレには付き合ってる人がいる。
相手は男。
ダブルスのパートナーでもある大石だ。


二つ目。そのオレの恋人である人物は、
吸血鬼だ。



オレと大石が付き合い始めたのは、中2の頃。
元々仲良かったオレたちだけど、
オレはいつの間にか大石のこと好きになっちゃって、
でも男同士だしこんな気持ちあっちゃいけない、知られちゃいけない、
って思って隠してたのに、ある日なんと大石に告られて。

オレは本当に嬉しくって、その日からオレたちの付き合いが始まった。

だけどまさか、相手が吸血鬼だとは思わないじゃん。


今までは、週に一回くらい生肉食べてれば平気だったんだって。
でも、第二次性徴を迎えて…性欲が強くなるようになると、
それだけでは満足できなくなる。
人の血を吸わなきゃ生きられなくなる、んだって。

大石曰く、好きな人物の生き血が一番おいしいんだって。
食欲と性欲が一緒に満たされる感じらしい。
普段は人間と同じ食事をしているけれど、
最低でも数日に一回は血を吸わないといけないって。

だから大石は、オレに告って来たのかなーと思う。
どうしてもオレの血が欲しくって、それで。

……。


さあ、気持ちを切り替えて午後の練習だ!
どこかラリーに混ぜてもらおうか、そう思って見回したとき。


「英二」


声を掛けられて振り返った。
そこにいたのは、クラスメイトでもある不二だった。


「遅かったね、どこいたの?」

「えー…っと、トイレかな」


掃除に時間かかったって嘘つこうと思ったけど、
オレは今週掃除当番ないし不二はそれを知ってるって
咄嗟に判断して言い換えたらあいまいな言い方になった。

不二はあんまり気にしてなさそうに、
一緒にラリーしようか、と言ってくれた。


遠くに大石の姿が見える。
手塚と練習メニューの打ち合わせかな。
あんまり顔色良くなさそうだけど、大丈夫かな。

そういうオレも、あんまり体調万全とは言えないけど…。


「あっ…」


思ってるうちに、横を打ち抜かれた。
ヤッベー…ウォームアップの軽い打ち合いなのに。
なんか今、ボールに、目がついていかなかった…。

体が、重い。

息が苦しい。

暑い。


くらくらする……。


「英二、キツそうだけど大丈夫?」

「うん。大…丈夫」


不二は溜息をついてオレを見る。


「ウォームアップの段階で汗だくで息切らしてる人に
 そう言われても全く説得力が感じられないんだけど」


そりゃあ、そうだよな。

だけどオレ、本当に平気だって。
確かにさっきは少し…いつもより多く“吸われた”気がしたけど。


今は俗にいう、成長期ってやつだし
きっと大石だって血がたくさん必要なんだ。

オレはいっぱい食べればいいだけだ。
でも大石の栄養供給源はオレしかいない。

オレ…オレ、が――……。



「あ……」

「英二!」



――――――……。





  * *





「んっ…」

「あ、気が付いた。英二!英ー二っ!」

「………え?」



どこだ…ココ。


白い。
臭い。
オレはベッドの中。

目の前にいるのは…不二。


ここは…保健室だ。


「オレ…どうしたんだっけ」

「気を失って倒れたんだ」

「マジか…」


手塚が歩み寄ってきた。
あ、手塚もいたんだ。
二人して来るなんて、大袈裟だなぁ。


でもそれだけのことってことなのかな。
やっちゃったなー…。

心配かけるわけにはいかないのに。
だって、そんなことしたら、
大石がオレ以外にも目を向けることに繋がってしまうかもしれない。
それは、許されることじゃないのに―…。


「まったく、大石といいお前といい、どうなってるんだ」

「えっ?大石も?」

「大石は日射病、お前は貧血だ」


手塚が眉間に皺を寄せて言った。


「まったく、体調管理がなってない!」

「頼んだよ、黄金コンビ」


また後で来るから休んでな、と残して
手塚と不二は去って行った。

………。


保健室内に先生はいない様子。


………。


「…大石?」


隣のベッドに声を掛けた。
でも返事は、ない。

他のベッドは空いてるから、ここに居ることは確かなんだけど。
気を失ってるのかなー…。



「大石、開けるぞー……、っ!?」



驚いた。



カーテンをめくった、瞬間、

首元に顔があった。


ゾクッとした。

直前に見えた、眼と、肌の白さに。


チクリとする慣れた痛みと、脱力感は、
その後から襲ってきた。


「お…大石…っ!」


力が、入らない。

一日二回、しかもこんなに長く…多く吸われるのは初めてだ。


マジ、オレ、死ぬ。


意識を失いかけたその時、痛みから解放された。
肩の手も同時に離されて、自分で立つ力のないオレは
ドサリとベッドに倒れ込んだ。

オレ…もともと血の気は濃い方だから、
こんなに貧血でフラフラになることなんてなかったのに…。

一体、オレ、大石にどんだけ血液吸われてるんだ?


実はそのうち殺されるんじゃねぇの、オレ。


「ごめん…英二」


口元を拭った大石は、
申し訳なさそうな表情で喋る。


「いや、大丈夫…では、ないかもだけど…」


視界がいつもより暗くて揺れてる気がする。
いや、揺れてるのはオレか。
てか、何も揺れてないのか。うぁ〜…。


大石は、頭に手を当てると、申し訳なさそうに言う。


「ホントごめん…今までこんなことなかったんだけど…」

「うん、最近暑いからな。日差し強いし。大石も大変だよな」


まったく、面白いや。
大石ってば普通の人間のときと吸血鬼化してるときで全然態度が違うんだもん。


「元々日光に弱いんだから、気を付けろよー」


体を起こして、大石の額を小突いた。
大石はその部分に手を当てて、でも何も言わなかった。

何だろ。微妙な表情。


「つーかさ、吸血鬼って夜行性なんだろ?昼間歩き回ってること自体危険じゃん」


そう言って大石の方を見た、ら、
やっぱり大石は曇った表情だった。


「夜行性だから…夜が危険なんだ」


そう、ボソッと。

………ん?


「え、そうなの?」

「ん?え、あ、ゴメン!忘れてくれ」


顔を逸らされた。

なんだろ?
また何か考え事かなー…。



結局その日、オレたちは部活に復帰しないまま帰宅した。
「食事と睡眠はちゃんとしろ」と手塚に釘を刺されつつ。
ちゃんと食べてるし寝てるんだけどなー…
なんて言い訳したら余計面倒なことになるから黙ってた。



家について、夕ご飯もいっぱい食べた。
家族に驚かれるくらいいっぱい。
成長期ねぇなんてお母さんは笑ってたけど、それだけじゃない。
オレは、オレの分と、大石の分も食べなきゃいけないんだから。


苦しいくらい食べて、お風呂入って、
手塚もうるさいしいつもより早寝するかー、
と思って布団に入ったんだけど。
携帯いじってたら大石のこと思い出して、
大石はそのあと元気になったかなって、電話してみた。


「あっ、もしもし大石?」

「英、二…!」


聞こえてきたのは、苦しそうな声。


「ごめん、後で掛け…直、す」

「どうしたの、大石、苦しそうだよ!どこにいるの!?」

「ダメだ、来るな、大丈夫、だから…!」


そんなこと言われても!

だって受話器の向こうの大石は、本当に苦しそうで。
今日はいつもよりいっぱい血が欲しそうだった。
きっと、また発作みたいになって、苦しんでるんじゃないの…?

他の人の血を吸わせるようなことがあってはいけない。
オレが、大石を助けないと!


「大石、待ってて!」

「ダメ、だ…英、二……っ!」


大石の言葉は、無視。
だって、そんな苦しそうな声で言われて、ほっとけるわけない!


受話器の向こうでは、踏切の音が大きく聞こえてた。
でも周りに人がいそうな感じはしなかった。

あの公園か、あそこの駐車場。
大石の家の近くではその二つしか候補が浮かばなかった。


居間にいる家族に「ちょっとコンビニ!」と声を掛けたけど
相変わらず興味なさそうに「はーい」と返事が返ってきて
テレビに対しての笑い声の方が大きく聞こえてきた。

自転車にまたがって、オレは大石の家の方向に向けて全力で漕いだ。





  **





オレの家からだと、公園の方が近い。
そこを探していなかったら、駐車場を覗いてみよう。
さっきの大石の様子だと、そう遠くへは行けないはず。


……いた!



「大石!」

「エイ、ジ……?」



公園のトイレの影。
一見死角になっているから、通行人には気付かれないような場所。
草木が生い茂ったそこに、大石はうずくまっていた。


「英二…どうして……ダメ、だって…!」

「大石こそ苦しそうじゃん!そういうときは呼んでよ!!」


もう、覚悟は出来ている。
服の襟元を引っ張った。

さあ、噛みついてくれよ。
思う存分吸ってくれよ。
オレの血も、生命力も、お前に分けてやるよ。



「違う、んだ。英二……!」



顔を伏せていた大石は、オレを見上げる。

真っ白な顔。
鋭い牙。
金色の瞳。


でも、違う。
いつもの吸血鬼化したときの目と、違う。


それは、背中の満月の反射だった。



「えっ……」



次の瞬間、大石はオレの首元に掴みかかると、
噛みつ…かずに、そのまま地面に押し倒してきた。

月明かりの影になって見えた大石の瞳は、
鮮血みたいに真っ赤な色をしていた。




「エイジ…!」

「おお、いし……苦しっ…!」



息が、吸えない!
絞り出したような声しか出せない。
剥がそうとしても首を押さえる手を剥がせない。

これが、吸血鬼の力。



今は、夜。

満月の夜。



『夜行性だから…夜が危険なんだ』



昼間に大石が言っていた言葉が頭をリピートする。
もしかして、大石は、このことを言ってたのか…。


吸血鬼は満月の夜に真の力を発揮する。
漫画なんかじゃあ、常識じゃないか。
でも現実に結び付けられてなかった。


オレ、このまま大石に殺されるの?


意識が朦朧としてきたとき、手が離された。
ゲホゲホとむせ込んで、息がゼーハーした。

そのとき、予想もしていないことが起きた。



後ろ向きにさせられて。
ズボン途中まで脱がされた。
え、と思って抵抗しようとする暇もなく、
大きな異物が体内に侵入してくるのを感じた。



「いっ!?」

「ハァー…ハァー…」

「おお、い、し…やめろ…!」


抵抗しようとしても、聞こえるのは大石の荒い息ばかり。
荒いのに、ゆっくりで。
まるで獣みたいだと思った。


殺される。



「痛い痛いイタイ!大石、痛いよ!!!」

「エイジ…エイジ…エイジ…エイジ…」

「おおいしぃ…!」



涙がボロボロ出る。
真後ろにいて大石の顔が見えない。

痛い。
苦しい。
ツライ。


「大石…もう、ヤメテ……」


意識が朦朧としてきたとき、
背中側の首元に、痛み。

あ、噛まれた…。

吸われてる……。


その間にも、腰が動いてる。
体の中を異物が動き回る。

死、ぬ。



「エイ、ジ………ッ!」



その瞬間。

体の中に、何かが放たれた。

そして、抜けていった。


よくわからないまま、脱力したオレは地面に突っ伏する。




――…どれくらいそうしていただろう。


すっかり元通りになっていた大石が
オレを呼ぶ声で目が覚めた。

あれ、今何時だ。
オレ、何してたっけ?


すると目の前で大石は、勢いよく頭を下げた。


「エイジ…ごめん、ごめん!本っ当にごめん!!」


地べたに正座したまま、頭が地面に着くまで下げられた。
こんなに真剣に土下座されたのは初めてだ。


「最近、その……性欲、が、抑えられなくて…」


戸惑いながらも、大石は真相を語ってくれた。
ぽつりぽつりと、一つずつ。


「特に満月の夜は酷いんだ。衝動が抑えられなくなる。
 人の血を欲して、意識もないまま歩き回る」


ゾクッ。

とした。背筋が。


大石は、本当に吸血鬼なんだ。
わかりきってたことだったけど、改めて考えると、怖い。


「ふと気付いたら外を歩き回ってて、人型を保てなくなってきたから
 公園に駆け込んだんだけど……こんなことに………」


手を額に当てる。
さっきから、目線は一切合わない。


「本当に、ごめん…」


大石は、泣きそうな顔をしていた。
おい、オレどうすりゃいいんだよ?


オレ、は。

どうしたいんだ?



今日、オレはどう思った?
軽蔑した?
苦しくてイヤになった?
大石のこと、嫌いになった?

……答えはノー。


「いいよ」


驚くほどすんなり、その言葉はオレの口から出た。

確かに、戸惑った。
身の危険も感じる。
でもそれ以上に…オレは大石が好きだ。
それは変えられない。


怖い。
本当はめちゃくちゃ怖い。
実はさっきから体が震えてる。

吸血鬼化した大石も、
オレそのうち殺されるんじゃね?ってことも。


でも―――それでも。



「その代わり、絶対、オレ以外にはナシだからな」



他の人には迷惑かけられないし。
吸血鬼だってことが知れたら大問題になるだろうし。

だけどそれ以上に…オレが、大石が他の人にとられるのがイヤなんだ。

オレってばやきもち焼きだな。
怖くても苦しくても、好きなんだからしょうがない。

でもそれって、他の恋でも同じじゃない?



「でもせめて、血吸うのは一日一回までにして…」

「わー英二、ごめん〜!!」



くらっと目眩がして。
大石はオレを支えてくれて。

腕の中、
「また手塚に怒られないように気を付けないとな」
って言って、二人で笑った。



何も解決していない。
でも、一緒にいるためだから仕方ない。

オレたちの秘密は、これからも続く。






















パロディもの。
高校の頃に連絡ノート(←)に書き溜めてたのを起こして追記。
8年前かーwww

少し設定練ったからもっと書ける気もするけど
書きたいとこ書いちゃったから満足w

久々に厨二っぽいタイトル付けたったぜ(←)


2013/06/29