* 大人になる決意をする日 *












、大切な話があるんだ」


高校も最終学年に上がった、ある春の日のこと。
横から声を掛けられてそっちを向いたら、
いつでも真面目なあなたが、更にまっすぐな視線を当ててきていた。

緊張しているのか掠れた声で、その人――大石秀一郎は、言う。



「俺、将来は医者になりたいんだ」



その話はなんとなく耳にしたことがあったし、
テスト前だけじゃなくて常日頃から勉強頑張ってる態度も知ってる。

だからなんとなく予想はできてた。

でもやっぱり耳にしたら、予想してるだけとは違った。




「勉強に集中したいんだ」


「……うん」


「だから、……高校を卒業したら別れてくれ」





衝撃の言葉と一緒に。

頭を深々と下げられた。




………え。

確かに、お医者さんになるのかなってところまでは予想していた。
医大、少なくとも医学部を受けるのだろうとも思っていた。

だけど、この展開は。まさか。




「どういう、こと…?」



「最近本格的に勉強を始めてわかったんだ。
 生半可な気持ちで叶えられる夢でもないし、
 生半可な気持ちで挑んでいいものとも思わないし」




言葉に詰まった。
ぐっと唾を呑み込んでからしゃべり出す姿が目に映る。





のことを負担に感じるようになってしまうのが、嫌なんだ」






負担。
私は負担なのか。



「私、勉強の邪魔とかしないよ…?」

「わかってる…は悪くない。でも、もし気が散ってしまったときに
 に原因を求めてしまいそうで、俺が許せないんだ」



この人は、真面目すぎる。



「そうなってからじゃ遅いの?それにさ、息抜きが必要なときもあるでしょ?」

「……考えた結果なんだ。一方的なのは分かってる。本当に、ごめん」



また頭を下げられた。

目線すら合わせられない。



両手を掴んだ。

目が合った。
うるんだ涙で視界が滲む。




「秀は…それでいいの?後悔しないの?」




それは、後悔するでしょう?という釘刺し。

本当は、納得してない。別れたくなんてない。
それでも、あなたが後悔しないと言い切るのだったら
仕方がないけど私も身を引こう、と思っていたら。



「…後悔、するよ。絶対」



え?




と別れたら、俺、絶対に後悔する……」




胸が、痛い。





「それでも、それくらい真剣なんだ」




……ああ。

これが“大人になる”ってことなのだろうか。
秀は、覚悟をしている。




私たちの3年間は何だったの?って詰め寄りそうだった。
でも、今までの3年間よりもっと大切なものが
ずっと先にあるんだね。



掴んでいる手に視線を落とした。



「この手を放したら、私絶対後悔する」



秀のしかめっ面が見えた。

怒っているんじゃないのは知ってる。
きっと、私の気持ち、痛いくらいにわかってくれてるから。



私も、覚悟をしよう。

一つ、大人になるために。




「でも、私には放す以外の選択肢はないよ」




すっ、と、力を緩めた。


涙がボロボロ、出てきて止まらない。




「きっと、夢を、叶えてね」




嗚咽が出そうになるのを我慢。
言葉が、途切れ途切れになった。


これが今の精一杯。





、ごめん。……本当にごめん」


「秀……!」





抱き締められた胸の中、
止まらない涙が服に吸い込まれていく。



秀。

秀。

大好きだよ。



本当は、イヤだ。
別れたくなんかない。

だけど強い意志で次に向かおうとしているこの人に
しがみ続けるような、重い女にもなりたくない。


損な性分だね。
自分の感情よりも、そんなプライド優先したりして。



でもそれが私なんだと思う。



ようやく涙が収まってきたから、体を離した。



「もしさ、5年とか10年とか……何年先かわからないけど、
 秀の夢がひと段落ついてさ、それでも私のこと覚えてくれてたら、
 私のこと、迎えにきてよ」



秀の顔が綻んだような強張ったような。




「でもさ、その頃には私にずっと素敵な相手が居ちゃってたら、ごめんね」




ペロッと舌を出した。
精一杯の強がり。


ようやく、秀の顔がはっきりと綻んだ。



なんだか少し、気持ちが穏やかになってきた。
すっきりしている。



「高校卒業までとか言わない。もう、今日別れよ」


「え?」


「まさかその程度の覚悟もないのに言い出したわけじゃないよね」



挑戦的な視線。

少しでも揺らいでくれて、
やっぱり気が変わりました、なんて、
…言い出すわけなんてないよね。
わかってるってば。



「…そうだな」


「うん。だよね」



わかってたってば。




「今まで、ありがとう」




さっきよりも更に優しく抱き締められた。

涙が出そうになった。

でも、出なかった。




「こっちこそ、ありがとう」




こうして私たちはまた一つ大人になる。


さようなら、秀。






















本当に書き上げたのは5/18だったりするんだけどw
でも私の中でこどもの日っていうのは
“一つ大人になる決意をする日”なので
(自分の誕生日がこどもの日の翌日だからw)
書き始めた日付けの作品にさせて頂いた。構想と大枠は出来てたしね。

最近別れた友人の「後悔するでしょ?」の言葉に影響を受け。
そういえば、私もそんなこと言った気がしたなぁとかw

ちなみにこの二人同じクラスって設定なんだよね(笑)
それでもやっぱり最後は「さようなら」なんだと思う。


2013/05/05