* 来年また会いましょう *












――大切な記憶を少し遡ってみる。



「うぇっ!ってば後輩に好きな人いんの!?」


シーッ!シーッ!
ってば声がデカイよ!


あわあわする私に気付いたのか、
は小声で あ……ごめんね? と謝ってきた。



「2年生?」

「そう…」

「えーどうしてさ?どういう繋がり?」


聞かれて、ふむ、と、
その人が気になりだしたきっかけを振り返る。



「その人、テニス部でさ」

「ウン」

「んでもって、保険委員なんだ」

「ほう、と同じく」



そゆこと。



説明すると、こういうことだ。


何ヵ月か前のこと、クラスメイトに誘われてテニス部の練習を見に行った。
もう3年生は引退したとのことで顔見知りはいなくて、
どうやら2年生が全体を取り仕切っているようだった。

私を引っ張ってきたその子は部長になった手塚くんがカッコイイと言ってたけれど、
誰だろうな…と見回していると、
全体に指示をしながらボール出しをしている人物に目がいった。


あの子…かな。
年下には思えない、大人っぽい風貌。
背筋が伸びて凛としていて、とても通ったいい声。
なるほどなー…なんて思っていると。


「来たよっっ手塚くん!」


アレ。

勘違いだったようで。がくっときた。
となると…あそこのあの子は、なんという子なのだろう。


「ねえ、あそこでボール出ししてるのは?私、彼が部長かと思ってた」

「あーえっとね、確か副部長だよ。名前忘れた」

「そっか、副部長ね…」


何故だろう。

何故だか、目を引く。
理由はわからない。


結局もやもやとしたものを抱えたまま、
その後テニス部の見学に誘われることはなく、自分から行こうとはしなかった。


そのまま数週間が過ぎた月一の委員会の日。



あ。

居た。


そっか、同じ委員会だったのね。
だからなんとなく見覚えがあって、親近感が沸いていたのだろう。
そう思って流そうと思っていたのに。


気付いたらその姿をずっと

ずっと

目で追っていて。



ああ、恋をしたのだ、と、自覚した。
そう認識すると、納得したのか胸がすっとして、
直後から、波打ち始めた脈動が、未だ落ち着かない。




「え〜〜乙女じゃん!かわい〜!」

「ちょっとー、茶化さないでよ」

「いやいや普通に!いいじゃんいいじゃん!」



本当に応援してるんだか。
こういうとき、人ってただ他人の恋路を面白半分楽しんでるとこある。

実際も楽しそうにしてて、と思ったら、急に真面目な顔になった。



「でもさ、どうすんの?もうあと1ヶ月で卒業じゃん」

「………」



そう。
もう2月も後半で、来月には、っていうか、あと2週間もしたら卒業。
残り少ない時間に焦ったのか、に相談しようと踏み出したのだと思う。


「まあ卒業っていってもキャンパスは隣だけどさ。
 どうせなら今のうちの方がいいんじゃない?」

「そうなんだよねー。それにうまくいかなくても顔合わさずに済むメリットもある」

「何それネガティブ!」



そんなことを笑い合ってて、
そのときはまだ、あと2週間以内に何か出来ればいいなー、と考えてるくらいで、
でもそういうのって、意識して動き出さないと意外とすぐ過ぎちゃうんだよね。


気付いたら私は体育館で蛍の光を歌ってた。

それも、すぐに過ぎた。



「わー卒業だー!」


卒業証書が入った筒でが斬りかかってきた。
私はなされるがまま頭をポスポス叩かれてる。


「ま、来年も同じ顔ぶれで隣のキャンパスで会うんだけどね」

「それ禁句だよぉ!」


そんなこと言って笑い合って、写真撮ったりして、
でも頭の端で、ずっと気にしてて…。



「そいえばさ、あれどうしたの?」



ドキン。

まさに考えてたことを当てられた気分で、心臓が鳴った。


「んー…何もできないまま今日になっちゃった」

「えーそれでいいのぉ?」


良くは…ない。よね。
だけれど、どうすればいいのかわからない。

もしかしたら元々そんなに好きじゃなかったんじゃないの?
って逃げ道作ることにばっか一生懸命になって。
その気持ちを、少しでも、推進力に換えられたらいいのに――…。


考えてたら、は椅子に座った。


「行ってきなよぉ、

「え?」

「私ここで待ってるからさ」


泣いて戻ってきても大丈夫だよぉ、なんて可愛い顔して平気でいう。



「確か、在学生は体育館の片付けやらされるよね?
 まだ学校のどこかにいるんじゃないかな」

「…ありがと」



荷物を残したまま、その場を駆け出した。


後から考えたら、そのときの私はとても不思議で、
普段はそんなに感情に揺さぶられて行動に移ることってないのに
このときばかりは、自分の、気持ちを、大切にしてあげたかった。


卒業式という、特別な日だからだろうか。
今日なら何かが出来るような、
今日は、何かをしておかなきゃいけないような。
そんな衝動にかられて、私は走った。


体育館…生徒は大勢いるけれど、いそうにない。
教室の方を覗きにいこうか、と思ったけれど、
仲の良いテニス部のこと、部員で集まって何かをしているかもしれない…
とテニスコートに向けて走り出しかけて、ふと、
そのとき何故保健室の扉を開けようと思ったのか。

彼との唯一の共通点であったし、
自分自身としても、割と思い入れのある場所だったからかもしれない。


ガラガラ、と引き戸を開けると。


………居た。




「大石くん…」

先輩!このたびはご卒業おめでとうございます」


丁寧に頭を下げられた。

名前、覚えててくれたんだ。
私なんて、気になり出してからようやく名前を知ったのに。


「何か用事ですか?」

「いや、えっと…なんとなく思い出の場所だし、見ておこっかなって」


とってつけた理由だったけれど、本心も含まれてたと思う。
大石くんは笑って、「保健委員って何かと保健室来る用事多いですもんね」と言った。


「来年はもっと来る機会増えるかもしれないですし」

「どうして?」

「あっ僕来年保健委員長なんですよ」

「あ、そうだっけ!」


そっか、そう言われて見たらそうだったかも。
夏に行われた選挙で演説してるのを見た気がする。
本当に、テニス部の見学に行くあの日までは何も意識してなかったんだ。



あの日、凛とした姿に恋をして。

でも今はそれだけじゃなくて。


柔らかい物腰とか、

笑顔とか――…。



「大石、くん」

「はい」

「あのさ………好きな人とか、付き合ってる人とか、いる?」



聞くと、大石くんはあからさまに驚いた顔をした。
そして頬が染まっていくのが見える、なんて観察してるけど、
実のところ私の方が真っ赤な顔をしているんじゃないかな。


それにしても、こんな聞き方。
ここで、ハイって言われたら、私はそれ以上何も言わないつもりなのだろうか。
こんな質問してる時点で、私の気持ちは丸わかりだろうのに。
その証拠として、彼の顔色が物語っているわけだし。

しかしそんな考察に反して、
大石くんは「いえ…」と否定した。


さあ。

逃げ道が一つずつなくなっていく。




「私ね、大石くん好きみたい」




………………
言ってしまった。

保健室の独特の香りの中で、沈黙が痛い。


大石くんは俯いていて、その時点で返事はわかった気になったし、
大方、彼は今どうすればなるべく傷つかない返事ができるか
脳みそをフル回転させているところだろうと悟った。



「…すみません。俺、先輩のこと、よく知らなくて…」

「あー、ごめん!悩ますようなこと言って、ホントごめん…」



付き合いたいか、とかそんなことは実はあまり考えてなくて、
どちらかというと“伝えたい”って気持ちが先行していた気がする。
だから実は、それほどは傷ついてない。と思う。



なのに。

涙、が。

泣くのはズルイって思ってたけど。




「わっ!ご、ごめんなさい…」

「大丈夫、謝らないで」



手を振って否定して、袖で目元を拭った。
反射みたいに涙が出てしまったけど、いうほど辛い心情ではない。

寧ろ、どこかで、嬉しい。



「もう暫く会えなくなるのかなって思ったら、ちょっと寂しかっただけ」



別に元々そんなに会ってたわけではないのに、
会いたいと願わなくても会えてたことがどれだけ幸せだったかと身に染みる。



でもこれで、すっきりだ。

新しい気持ちで高校生活を始められる。

素敵な中学校の思い出をありがとう。
と、伝えようとしたら。



「また来年会いましょう」



大石くんはそんなことを言う。

ああそうか。
来年になったら、また会えるんだ。


また涙が出そうになって、

声を出して笑ってごまかした。



「そうだね。その頃にはカッコイイ彼氏作っちゃってたらごめんね」

なんて皮肉みたいに自虐ギャグ飛ばしたつもりが


「先輩ならきっと出来ますよ」

なんてお世辞なんだろうけどマジレスされちゃって


でもその言葉って、来年まで希望を持ち続けちゃダメって釘差しなのかな?
なんて深読みしたけれど、きっとそこまで考えてないし大石くんはそんな人じゃないと思う。




「突然ごめんね、ありがとう。また来年、会おうね」




手を振って部屋を後にした。

もう一度、「卒業おめでとうございます」を背に受けて、
軽く会釈をして、扉を閉めた。






ありがとう。

ありがとう。


中学生活の、最後に大切な思い出を、ありがとう。



こんな一時があったこと、来年になっても、ずっとずっと、感謝できる私でありますように。






















年下大石ひゅー!(何)
先輩相手に一人称が僕になる大石萌www
でも途中一箇所「俺」なのね、誤植じゃないよ、
テンパっちゃって素に戻ってる大石萌wてことwwww

だけど大石他校受験してしまうん?(…)

予定が変わったから冒頭に一文入れる必要なくなったんだけど、
せっかくなので、ちょちょっと書き直して残しました。
最初と最後でサンドすると考えるとしっくりくる。


2012/07/12