* Happy Start! *












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4月30日。
今日は俺の誕生日だ。


「おはよう秀一郎、お誕生日おめでとう」

「ああ、ありがとう」


そんな挨拶が交わされて、
でもいつも通りの朝だった。
朝食を食べて、学校へ向かって、
誰もいないコートの前で大きく伸びをして、部室の鍵を開ける。
とても天気の良い、それだけの、いつも通りの一日の始まりだ。



「おっはよー大石!」

「おはよう英二、早いな」

「そして…お誕生日おめでとーう!」


はいプレゼント、と新品のグリップと、熊のキーホルダー…?を渡された。


「ありがとう、助かるよ」

「こっちも使えよ」


そのキーホルダーを指差された。
そうだな、部室の鍵のやつを差し替えるか。


そうこうしているうちに人は集まり始め、
何人かに声をかけてもらったりしながら、朝練を終えた。


さあ、授業だ。



ノートを取るたび、今日の日付が目につく。
なんだか、一人で特別な気持ちになっているような感じもしたが、
実際俺の誕生日なのだから、それでもいいだろう。

いつもは、こんなに気にならないのにな。
何か良いことでもないかと、期待しているのかな。
だからといって具体的に何かあるわけではないけれど。



休み時間。
次の授業の準備をしていると、英二が廊下からぴょこっと顔を出した。


「大石〜!」

「英二」

「あっ、英二だ!」


ドキッ。


聞こえた声に心臓が鳴り、振り向く。
さんだ。
始業式の日以来、なんだか近くて、クラスの女子では一番よく接する子だ。
少しおっちょこちょいな面はあるが、何事にも一生懸命で、
笑顔が可愛くて……


「(って何考えてるんだ俺は!!)」

「なあ〜大石聞いてよ!オレ今日の授業今んとこ全部当てられてる!」

「英二がよそ見してるからじゃないか?」

「そーそー英二すぐ窓の外に気を取られたりラクガキに夢中になったりするから!」

「あーもう二人ともひっでー!!」


わいわい、と3人で盛り上がる。
このように3人で話すことはとても多くて、俺はそれに感謝している。
さんとは共通点が少なくて、でも英二を介することでこうして会話も弾む。
なんだか英二を利用しているようで申し訳ないが。


……好き、なんだ。

こんな感情を抱いたのは初めてだった。
今までも好きな子がいなかったわけではないけれど、
なんだろう…好きなことは幸せなはずなのに、
切ない、とでもいうのだろうか。
どこか不安になるような、胸が締め付けられるような、
そんな気持ちになることがあるんだ。
温かい感情もあるけれど、ただそれだけだった今までとは、違う。
それは感じている。


「あーあ、次はあてられないといいな!んじゃ、オレ第二理科室だからもう行くね」

「うん、またねー」

「またな」


ぴょんぴょんと赤い髪をはねさせながら英二はその場を去って。

さんと俺だけが残された。


……えーと。

話題…。


「英二ってさ、去年もしょっちゅうあてられてたんだよ」

「そうなのか」


ほっ、とした。
俺は話題を作るのは苦手なようで、
それに対してさんは話すのが好きなのか話題が次々と出てくるから感心する。


「前なんかけっさくでさー、一回あてられて油断してたらまたあてられたりして」

「ハハッ」


まったく、英二らしいな。
自然と顔が綻んだ。

と、さんが俺の顔を見たまま固まっている。


「…どうかしたか?」

「あ、いやなんでもない!」


顔に何かついてるか?
と手で顔を探ってみたが
「ごめんホントなんもないから!」
だそうだ。


そうこうしているうちにチャイムが鳴った。


「あ、それじゃあね」


さんはぱたぱたと自分の席に帰った。
なんだったんだろう…気のせいか?

彼女、少し天然っぽいところもあるからな…。
そう思って顔がニヤけそうになるのをなんとか噛み殺す。
先生が教室に入ってきて、いつも通り号令をかけた。


そのときふと、疑問が浮かんだ。


さんは、俺のことどう思ってるのだろう…?




 **




「大石くん!」


休み時間になると同時、さんが駆け寄ってきた。
授業中あんなことを考えていただけに、尚更ドキッとした。

すると。


「さっきの話の続きもあるしさ、今日一緒に帰らない?
 確か家の方向同じだったよね」

とのことだった。
確かに、前に帰り道ですれ違ったことがあった。
(お互い部活仲間と一緒だったから挨拶だけだったが)

しかし…一緒に帰る、とか。
意識してしまうのは俺の方だけなのだろうか…。
そうなんだろうな、と目の前の屈託のない笑顔を見て思った。


「部活で遅くなるけど、大丈夫かい?」

「大丈夫、どうせ私も見学してるから!」

「そうか」


さんは、最近テニス部の見学に来てくれていた。
自分ではやらないけど、テニスが好きらしい。
今日も見に来るのか…。

実はお陰で最近、部活中もなんだか落ち着かない。
嬉しいのだけれど、無駄にカッコつけたくなったり…
ミスをすると、見られてなかったかそればかりが気になってしまったり…。
意識しているのは、俺ばかりなんだろうけどな。


「じゃあ、どうすればいいかな」

「ん〜と…終わったら門の前、でいい?」

「ああ、わかった」


こうして、初めて、さんと二人で学校から帰ることが決定した。

こんなドキドキしているのは、俺だけなのだろうか。
向こうは普通にしていたし、俺も冷静にならなくては…。




 **




なんだか落ち着かない気持ちになることもあったが、
いつも通り放課後を迎え、部活も終わった。

いよいよ、か、と思うと心臓が高鳴るのを感じた。
そんなとき、後ろから声がかかる。


「大石、一緒帰ろうぜ!なんか食って帰ろうよ〜オレ奢るしー」


英二はそういってくれた。
誕生日を祝ってくれるつもりなのだろう。けど…


「ごめん英二、今日は」


先約が…とまで言いかけて。
絶対に英二のこと、誰々!?と聞いてくるにちがいない、
と思って、咄嗟に言葉を変えた。


「…家で豪華な夕食が待ってるから」

「そっかー!ちぇーつまんねーの!」


じゃあ桃ー!なんて言って英二は遠ざかっていった。
罪悪感はあった…が、それ以上に、
本当のことを知られるのが、恥ずかしかった…
といっても特別なことと思ってるのは俺だけで、
さんは昼間の話の続きをしたいだけなのだろうに…。


とにかく、早く部誌と鍵締めを終わらせて帰ろう!
ちら、とフェンスの外を見たけれど、さんは既にそこにはいないようだった。




 **




「よし、じゃあお疲れ」

「ああ、また明日な」


部誌を書き終え、手塚がそれを竜崎先生まで届けてくれる。
俺は部室の鍵を締め(…英二にもらった熊のキーホルダーつきだ)、
その場をさっさと退散しようとすると。


「大石」

「ん?」

「今日はどこか落ち着かない様子だったが…何かあったのか」


…さすが。
手塚は、よく見ているな。


「今日は…俺の誕生日だからかな」

「そうだったのか…おめでとう」


手塚は真面目な顔をして祝ってくれた。
そして一言。



「もう…残り数時間しかないが、いいことがあるといいな」



きっと、手塚はなんの深い意味もなく言ったのだろう。
だけどそのときの俺には、とても心強い励ましだった。


「ありがとう。また明日な」


そうしてその場を後にした。





なるべく早く行こうとして走り出したが、
心の準備が間に合っていない気がして、結局歩いた。
なるほど、今日の俺は落ち着かない。


歩きながら、考える。
もしかして…ひょっとしたら、
さんが俺の誕生日を知ってて呼び出してくれたなんてこと…

いやいや。
それは予想ではなくて、期待だ。俺の都合のいい。
だってほら、さんは今日、いつも通りだったじゃないか。
一緒に帰るっていうのも、話の続きがしたいだけで…。


門の前…いた。

大きく、深呼吸。


…よし。



「お待たせ!」



出来得る限りの、平静を装って声をかけた。
そうすれば、いつも通りの笑顔が見える、と思っていたのに。

目すら合わない。

……あれ。
もしや、待たせ過ぎて不機嫌にさせてしまったか!?


「……」

「…行こうか」



声をかけたら素直に歩き出したから、
怒っているわけじゃないのかな…?と思うけれど。
なんだか元気がないような…。


…えーと。


「なんの話の続きだったっけ?」


確か、昼間の話の続きがしたかったわけで。
でも俺がそっちを見ても、さんは目を合わせてこない。


「えーと…なんだっけ。大したことじゃなかった気がする」

「そっか」


…終わってしまった。
どうしよう、何かあったのかな…。
いつもさんは元気で、俺は笑顔ばかりを見せられていたから、
こんな一面もあるんだ…とドキッとして、
やっぱりざわざわして、落ち着かない。


そんなことを考えていると、あのさ!とさんが声を張り上げる。


「実は一緒に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「ああ、わかった」


一緒に行きたいところ…?
なんだろう。
本当は、話すことではなくてそこへ連れていくのが目的…?

そっちばかりが気になってしまって、
なんとなく元気のないさんに話題を振ろうと思えど、
今日のテニス部の練習がどうだとか、
今日の授業がどうとか宿題がどうだとか、
新しいクラスをどう思うだの、当たり障りのない会話しかできなかった気がする。


そうこうしているうちに、連れてこられたのは…公園。
促されるがままにブランコに座ると、正面に見えたのは――真っ赤な夕陽。


「綺麗でしょ」


ああ、と返事を返すと、
さんはゆらゆらとブランコを漕ぎながら笑っていた。


「ここね、私が一番好きな場所なんだ」

「へぇ…いい所だな」


自然と、俺も釣られて笑顔になっていることに気付いた。
なんだろう…温かくて、柔らかい。

……誕生日プレゼントかな、なんて。
些細なことかもしれない。
でも俺にとっては、特別なこと。


いつも通りの一日だった。
朝起きて、学校へ来て、授業があって、部活を終えて。


ただ

天気がとても良くて、祝ってくれる人がいて、

君がいて―――。



さん!」



……大きな声が出た。
さんは目の前で面喰らったような顔をしていたけど、
それ以上に自分も驚いていた。


「…なに?」


なんだろう。
まさに衝動的だった。
なんの計画もない。

でも、今、君がここにいてくれるのが、
たとえ偶然であったとしても…それはとても特別な“必然”に思えた。



「突然で驚くかもしれないけど…」


ゴクッと喉が鳴った。

でも、今しかない。そう思った。




「俺…さんのことが、好きだ」




言い終えたあとの、間が。

心臓の音が体中に響いてる。


ドクン。ドクン。ドクン。



それを崩したのは、君の笑い声。

えっ……?



「な!?」

「あははははは!」



口を大きく開けて、爆笑に近い笑い。

いつもなら、らしいなあ、なんて微笑ましい場面でもあるかもしれないが、
今日の俺にはそんな余裕はない。

これは、ダメ……ということなのか。


「笑うことはないだろう…俺は本気なのに」

「違う、違くって!!」


顔が、熱い。
だけどそれは夕闇に紛れてしまっているだろう。

落ち込む俺とは裏腹に、
さんはお腹を抱えて笑っていて
手を振りかざして否定をすると、こんなことを言う。


「私もね…大石くんのこと好きなんだ」


えっ……?



「今日は、それを伝えたくて呼んだの」



つまり、さんが俺のことを、好きで…
それを伝えようとして、ここに連れてきていて…?

「そうだったのか…」なんて口が自然と動いていたが、
頭の中は混乱状態だった。


だってまさか。

さんが、

本当に俺のことを…?


「両想いだったなんてねー!」

「気付かなかった…」


さんは、楽しそうにブランコを立ち乗りしだした。
俺は座ったままうな垂れて、今までの言動を振り返る。

いつから?
どうして?
どっちが先に?

疑問ばかりが募る。


「っていうか呼び出しの段階で気付かなかった?」

「ごめん、全然…」


だっててっきり、俺の方だけ意識しているとばかり…。
でも確かに、そう言われてみると、
さんから話しかけてくれることが多かったような…
いやでもさんは明るい性格だし、
俺に限ったことではないと思ってて、
でもそうか、俺には、特別だったのか…。


……ははっ。

緊張が解けて、一気に笑えてきてしまった。
横を見ると、さんも笑ってた。

くすぐったいけれど、それがとても、嬉しかった。


ふと気付くと、あたりはもう暗くなっていた。


「もうこんな時間か」

「ありゃ、いつの間に」

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか、さん」


なんだか、一緒に帰る、ということが、
さっきまでとは違う意味を成している気がして…戸惑った。
考えてみれば両想い、というのも初めてで、
これは俺たちは、付き合う…ということになるんだよな?
でも付き合うって、どういうことだ?


そんなことを考えていると。
俺の数歩前にいたさんは、くるっと振り返って。

途端に抱きついてきた。



「わっと、さん!」



女の子に抱き付かれるなんて、
しかもそれが、自分の好きな子で、
というか……か、彼女で…。(で、いいんだよな?)

こうしてみると、小さいんだな…。
俺の胸にすっぽり収まってしまう。



「ねーそのってやめてさ、名前で呼んでよ」



胸の中から、くぐもった声でそう聞こえた。
さんは、腕を緩めて顔を離すと、上目遣いで言ってきた。


「秀一郎って長いね。私、シュウって呼ぶから。ね?」

「……わかった、


シュウ。



慣れない…けれど、途端に実感が増してきた気がした。


俺は、、が…とても好きだ。
両想いとか、付き合うとか、まだまだ分からないことばかりだ。

だけど、大切にしたい。
ずっと。


そう考えたとき、無意識にその体を抱き寄せていた。
小さくて、温かくて、柔らかくて、優しい。
この存在を、何よりも大切にしていきたいと、思った。




こうして、いつも通りだけでは終わらせられない、

自分の誕生日は、とても幸せな物語の始まりとなった。






















大石が主人公を好きになったきっかけをより意識して書いたのが
『はっぴぃ・すたぁと -2012 edition-』ですが、
それならば実際に大石の心境を書いてしまえ!というのが本作。

主人公は、自分ばっかりが大石を好きなつもりで、逆も同じで、
でも実はお互いがお互いの想像付かないぐらい相手を好きだったって話w
青春ラブってかゲロ甘じゃねか〜なんだこれ。リア充爆発しろ(笑)

大稲の大石は、ちょっぴり天然で、
それでいて主人公のことをちょっと天然と思ってる。(笑)
そしてどうも、愛しさと不安な気持ちを重ねる兆候があるねぇ。
でも実際、人を好きになるってそのへん表裏一体と思うのよね。


2012/04/27