* 夏休み前の自転車通学 *












「あれ〜大石って自転車通学だっけ?」



見慣れないその姿に、思わず声を上げた。
鍵を回収すると、微笑みながら大石は言う。


「丁度定期が切れたから。夏休みまで、あと少しだしな」

「なるほど」


始業式に合わせて定期を買ったとしたら、
今は7月半ば、3ヶ月の定期だと丁度切れてる頃だ。


「テニス部って夏休みも練習ばっかじゃないの?」

「そうだけど、練習試合や合宿もあるからな」

「そっかぁ」


話しながら靴を履き替えて、教室へ。
私と大石は同じ3年2組だ。


「それに、夏休みに入ればすぐに夏大会が始まるしな」

「そっか!最後の大会だ!」


そうだよね、運動部はそういうのがあるんだ。
美術部の私は、夏休みも学校に来るけど
絵でも描きながらゆるーく文化祭に向けて作品でも作ろうといったところ。

あとは、趣味の美術館巡りでもしようかなぁ。


「てか、今日朝練ないんだ?」

「テスト前だからな」

「あ。」


そういえばそんなものが差し迫っていたな…。
最近成績下がってきたしなぁ。
夏休み、お勉強もしなきゃかな。(トホ)

大石は、よく部活も委員会もやってなお成績保てるな。
秘訣でも聞いてみようかな?


というところで教室に着いた。
大石の机は廊下側、私は窓際一番前。


「はよっ」

「おーおはよう」


教室の後ろの方、廊下際を見ながら、
「大石と登校なんて珍しいじゃん」と言う。


「校門で会った。テスト前だから朝練ないんだと」

「あー、だから」


いつも朝練がある連中は、始業ベルが鳴る直前に駆け込んでくる。
なんでも大石はテニス部の副部長とかで、
始業ベルがとっくに鳴り終わった後に担任と一緒に教室へ来るなんてこともザラだ。
教師たちもそれを許しているみたいから、優等生の大石らしいなぁ。


「どんなこと話してたの」

「夏休みの予定とか。別にフツー」

「ふーん…大石と女子が話してるとか滅多に見ないからさ」


……言われて見れば、確かに。


「私を女の子にカウントしてくれるならね」

「確かに。なら男友達とそうそう変わらんかもね」

「コラ」


自分で切り出しておきながら、ツッコミ。
当人はケラケラ笑ってた。
まったく、気持ちの良い性格したやつだなぁ、は。



そうして爽やかに始まった一日。
英語は意味不明、体育は楽しくて、国語は眠気との戦い。
唯一理科の授業を聞いたところでお昼ご飯。


「わいわーい!今日どこで食べる?」

「天気良いしさ、屋上で食べない?」

「さんせい!」


アルカリ性、なんて呟きながらお弁当箱持って小躍り。
はでコンビニ買ったらしいビニール袋を掴むと
「行こ」と先を歩き出した。
あとをついて出た屋上、日差しが眩しい。


「あー外は暑いね!」

「まさに夏って感じだね」


日陰を見つけて腰を下ろし、昼ご飯を食べ始めた。


「大石に聞いたんだけどさ、テニス部はこの暑い中毎日練習だってさ。
 今はテスト期間で朝練ないみたいだけど」

「へぇ」

「あと夏休みは練習試合ばっかなんだって。最後の大会も近いしって大石が言ってた」

「うん」

「私一回試合見に行ってみようかな〜大石ってダブルスだったよね、
 組んでるのって確か大石の親友で6組の…」




一言呼ばれて制されて見れば、は箸でぴっと私のお弁当箱を差す。
(お行儀悪いんだ〜!)


「減ってない」

「…こりゃども」


蓋を開けたっきりのお弁当に戻って、ぱくぱくとご飯を口に運ぶ。
そういえば、お腹空いてたんだった。

食べ始めた私の代わりにが喋り出す。


「てかさ、何、あんた。大石のこと好きにでもなった」

「ンム!?」


たこさんウィンナーを頬張ったまま声を上げる。
だって、私が、大石を!?


「ないないないない!」

「ホントに?さっきから大石ばっかだけど」


ごくんと飲み込んでから動作付きで全否定。
ホントに、とか聞かれると、考えちゃうけど…。


「まあ今朝は貴重な体験したっていうか、話しにくいと思ってた大石と
 結構喋れたことで新しい発見があったっていうか。
 そういう意味では多少興奮状態かも!」

「ふーん」


は少し腑に落ちない感じながらも納得してくれた。
そんなことをしているうちにもはお昼を食べ終わりそうで、
私は急いでお弁当をかっ込んだ。


「思ってた以上に暑いね、戻ろっか」

「うん」


私が食べ終わるなり立ち上がる
私もお弁当箱を片してその場を後にした。



教室に戻ると、人は疎らだった。
まだ昼休み半分も終わってないし、みんなどこかへ行っているのだろう。

そんな中、目についたのは…。


「(大石と、6組のなんとか君じゃん)」


見てみると、赤茶っこい髪をした彼は大石の周りをぴょんぴょん跳ねてる。


「まだー、まだぁ!?」

「あと少しだから、待ってろって」


何やら書類を書いてる様子の大石。
一緒にお昼に行く約束でもしてるのかな。


はた。
目が合った。


「…ども」

「やっほ」


向こうは動作付きで気前のいい挨拶をしてきて、
その癖大石に「何さんだっけ」とか聞いてる。


さんだよ」

なに?」




大石に下の名前呼ばれたのなんて初めてで
(名字も、学校の用事除いたら今日初めてだったかも)
一瞬どきっとしたところで赤髪くんがやってきた。


ちゃん!オレ、菊丸」

「ああ、あの有名な!」


菊丸英二、名前だけは聞いたことがある。
性格はお調子者で人気者、運動神経がとにかく良くて、
テニスでは大石とのゴールデンペアは向かうところ敵なし…と。


「え!オレ有名なの!?」

「ほら英二、できたぞ」

「ドコイク!?食堂?購買?」

「まず職員室」

「えぇー!」


騒がしく、二人は教室から出ていった。
会話も途中だったのに。


「面白いね」

「やかましい、でしょ」


横ではため息ついてる。


「でもさ、大石やっぱり、思ったより話しやすいくない!?」

「はいはい」


はもはや聞く耳持ってくれない。
ぶー。せっかく私は楽しい気分なのに。

なんで?
大石と話せたこと?
いつもと違う、自転車登校の大石を見れたこと?

あれ。
そういえば、なんで大石が普段自転車登校じゃないって知ってたんだ私。


「おや…?」

「それより、この前言ってた雑誌持ってきたよ!」

「はいはい!」


に声を掛けられ、私は思考を遮断された。
だからこの続きは、また後で。




いつも通りぼーっとしてたら授業は終了、帰る時間だ。


「じゃ、また明日ねー」

「うん、バイバイ」


挨拶を交わして、は正門から駅へ、私は西門から徒歩で帰宅。

自転車置き場突破するのが近道なんだよねー…っと。


「あや。大石!」

「あ、さん」


なんと、朝と似たような状況でまた大石とはちあわせた。
これはなんて偶然?


「部活ないんだ」

「だから、テスト前なんだ」

「あー」


そっか、テスト前だから朝練がないと、理解してたけど
部活動自体がないんだ。勘違い。
じゃあこれから一週間、大石は私たちと一緒の時間に登校して、下校するの?

鍵を開けると自転車をカラカラ押しながら
大石は横を歩き出した。


さんは、徒歩通学なのかい?」

「うん」

「方向は?」

「こっち」


門から出て左の方向を指差すと、大石はにこりと笑った。


「じゃあ途中まで一緒に行こうか」


おやまぁ。


「うん、いいよ」

「決まりだな」


大石は鞄をかごに入れると、
「持とうか?」と聞いてきたけど断った。


からから。

私は、自転車のこの音が好きだ。


さん、勉強してる?」


首を横に2回振った。

余裕だな、と笑われたけど、
クラストップの大石に言われると嫌味でしかないよ。
なんて、向こうはそんなつもりないんだろうけど。


「大石は?」

「俺は、んー…テスト勉強って意識があんまりないから」

「日々の積み重ねってこと?」

「まあ、そうだな」


わお。
そんなこと一回言って見たいわ。


「私、英語苦手でさー」

「俺は英語得意だけど、わからないことあったら教えようか?」

「ホントに!?」


っと、社交辞令かもしれないのに食いついて迷惑だったかしら、
と思って大石の顔を見たら笑顔だったから、安心した。


視線を大石から逸らすと、自転車が目に入った。
空いた荷台に視点が行く。

……。


さん、まっすぐ?」

「うん、そうだけど」

「俺はこっちだから」


と、大石は十字路の右を指差す。
そうですか、そうですか。

あれー…なんだこの気持ち。


「大石、私なんか、お腹痛い」

「えっ!?」


一瞬キョドった大石は、私の荷物を奪うように受けとると
「とりあえず、持つよ」と言ってかごに入れた。


「えっと、お医者に行った方がいいのかな。それとも保健室に引き返した方が…」

「誘導するから、家まで連れてって」


そう言って荷台に腰掛けると、大石は戸惑いながらサドルに跨がった。


「大丈夫かい、しっかり捕まっててくれよ」

「うん」


ほんの少しふらついて、
少しずつ加速した自転車は軌道に乗る。


かたたたた……。

こんな、自転車の音が好きだ。


「次は?」

「まっすぐ」


大きな曲がり角に来ると、尋ねてくる大石。
曲がった方が近道なのに、嘘をつく私。

滑稽すぎて笑っちゃうけど、君は真剣に正面向いてて気付かない。


「次、曲がって」


初めての誘導。


「そのまま、ずっと川沿い」


視界が、開けた。

住宅地の間を抜けて来た私たちは、
今は右手に家並みを、左手に川と公園を目に進む。


少し遠回りをしたのは、ここを通りたくなったからなんだよ?

一生懸命漕いでる君は、景色なんて見る余裕ないかもしれないけど。



腰によりぎゅっとしがみつき、
背中にそっと耳を当てる。


「どうした?」


私の変化に気付いた大石は後ろを振り返りながら問う。


君に恋したんだよ、なんて言えるはずもなく。
心臓の音が聞こえないかななんて耳をすまして目を閉じた。


「大丈夫。心配しないで」

「辛かったら言ってくれよ」


どこまでも君はお人好し。


自転車を降りたら、言ってみようか。
嘘ついてごめんねって。

君はお人好しだけど、ちょっとお節介だから、
どうしてそんなことしたんだいって聞くでしょう?

なんて想像してたら、ドキドキしてきた。


家に近付くまで、あと少し。
この音にそっと耳を傾けていよう。






















テーマ『青春ラブ』。(笑)
同じクラスフー!屋上フー!一緒に下校フー!二人乗りフー!!
とまぁ、私の願望を詰め込んでみた。(笑)

展開急すぎじゃねって思っちゃうけど
実際恋のきっかけってこんなもんだよね。
てか種明かしすると、友人のいうとおり
結構前から無意識に大石に着目してたと思われ。

朝と夕方で大石の態度ってか口調も変わってるんだよ。
多分、名前呼んだ瞬間がスイッチ。


2010/08/16