* See the moon so beautiful. *












国語の授業は一番長く感じられる、
というアンケート結果を見たことがある。
偉大なる作家の夏目漱石には悪いが、
そろそろ授業に退屈してきたところである。

こちとら朝練もあり、育ち盛りの身。
そんな授業が昼休み前にあるというのは酷というもの。
板書を写したり、先生の話をメモしながら
ちらちらと時計を気にして時が流れるのを待った。


「じゃあ、区切りもいいし少し早いけどここまでにするか」


がやがやと騒ぎ出すクラスメイトたち。
さっきまで寝てたやつも途端に体を起こした。

こらこら。
俺はおかしくて少し笑ってしまった。


「起立、気をつけ、礼」


ありがとうございましたー!
ガタガタと、教室に活気が溢れかえった。

そして、俺の席にも。


「秀!お昼ご飯!」

「落ち着け」


犬のようだな、と俺は笑ってしまった。

その人物は、
俺のクラスメイトであり、恋人でもある。
無邪気で素直な良い子だ。
少し幼いところもあるが、
俺にはそこが放っておけないらしい。


「何であんなに国語の授業ってタイクツなんだろね!」

「まあ、確かにな」

「ね、秀ですらそう思うでしょ!?」


夏目漱石がなんだー!
なんては一人で喚いていた。


「あ、でもね」

「どうした?」

「この前素敵な話聞いちゃった」


にこにこと、は得意げに話す。
そんなが可愛くて、俺も自然と笑顔で話を聞く。
その裏で、正式に授業終了を告げるチャイムが鳴り響いていた。


「夏目漱石は、"I love you."をなんと和訳したでしょうか?ってやつ」

「へえ、聞いたことないな。“愛してるよ”じゃないのか?」

「ふふふ、そう単純にいかないのが素敵なとこなんだな。あのね…」


俺もその話に真剣に聞き入ろうとした、その時…。


、行こ!」

「あー忘れてたぁっ!」


廊下から顔を覗かせたのは、の部活友達だった。


「ごめん秀、今日と約束してた」

「大丈夫。俺は英二たちと食べるから」

「ごめんねー!」


申し訳なさそうに手を合わせると、
はぱたぱたとかけていった。

話の途中だったけど…まあいいか、また今度聞こう。





  **





、今日一緒に帰らないか?」


帰りのホームルームも終わって掃除が始まる時間、
荷物を掴んでさっさと教室を出て行ってしまいそうなに声をかけた。

はきょとんとした。


「つっても、部誌に鍵締め終わったらどうせ7時でしょ?」

「そうだけど…昼の埋め合わせ。な?」


家の近くまで送っていくから、と言うと、
ほんの一瞬だけ考えて「いいよ」とにこっと笑った。
今日は見たいテレビもないし、なんてのんきなことを言って。

一緒に帰りたいと思ったのは…昼の話の続きをしたかったのもあるし、
何より、一緒に居たかったから、だ。


たまに不安になる。
もしかして好きなのは俺の方ばかりで、
はそれに合わせてくれているのでは…と。

自分の感情がを押しつぶしてしまうのではと、
できるだけ重くならないようにはしているが。

これは果たして恋なのか?
それ以上の感情を抱くときが、時にあるんだ。

向こうはどうなのだろうか。
あんなに無邪気で、でもその純真さが魅力であるに、
そのような感情があるとは考えにくいが。
ましてや、俺に対してな。
なんて、つい後ろ向きに考えてしまう。


それでも早く会いたくて、夜が待ち遠しかった。





  **





「よし、完了…と」


部室の鍵を締め、一息ついた。
部誌は手塚が先生に届けてくれたし、これで仕事もおしまい。

携帯を取り出してに連絡した。


『お待たせ、終わったよ。校門で待ってる』


我ながら簡素な文面だな、と思う。
絵文字や顔文字は得意じゃなくて。
対してのメールは、本当に賑やかなんだよな。


着信あり。


『今いく〜♪(p>▽<)q』


元気な返事が返ってきた。
俺は思わず綻んでしまった。


7時にもなると、こんなにも暗い。
もう、すっかり秋だなと思った。

空を見上げた。
三日月が、空に輝いていた。




どれくらいそうしていただろう。



「月が綺麗ですね」



降りかかった声に、はっと意識を取り戻した。


いつからそこに居たのだろう、は、
少し大人びた表情で微笑むとぴたりと俺の横についた。



「どうした、突然改まって」

「ふふふ」



途端、面白いことを見つけた子供のように、笑って。

その笑いが何を示すのか俺にはわからなかったけれど、
何か、楽しいことでもあったのかな?


ゆっくりと歩き出す。


「待たせたな」

「大丈夫。宿題終わったよ」


もう一度俺の横顔を見上げると、また幸せそうに、
どこかおかしそうに、いたずらに笑った。

良かった。
機嫌を悪くさせてもいないみたいだし、
一緒に帰ろうといって良かったと思った。


「あ、そういえば

「ん?」

「昼間話してただろ、夏目漱石の話。あれ続き聞きたいな」


俺の問いかけに対し、はきょとんとし、
そしてまた笑った。


「ふふっ、内緒」

「え、それはないだろう」

「いーの、ナイショ!」


嬉しそうに笑いながら、はくるくると回った。

まあ、いいか。
が楽しそうだし。


銀の光に照らされたその笑顔を見ていた。
なんとも言えない愛しさが込み上げた。

その気持ちをなんと伝えたらいいか、分からなくて。


「今夜は、本当に月がキレイだな」


と、思わず口をついて出た。

もしかしても似たような気持ちだったかな、
なんて都合の良い解釈をしようとしたけど、そんなまさかな。

は声を出して笑っていた。
何がそんなにおかしいのか分からなかった。
でもそんな無邪気な笑顔が、愛しいと、心から思った。


眩しすぎない月明かりが、その時の僕らには心地好かった。






















有名な話ですね。
夏目漱石がI love you.を「月が綺麗ですね」と訳せといったという。

逆にタイトルは「月が綺麗ですね」を
英訳しようとしたのですが、これはこれで難しい。
“ね”の意味を持たせるのが。
いじりまわしたら、文法が崩れてました笑
でも口語的にはたぶんありなのでまいっか。(適当)

主人公のはあくまで言葉遊びで、
きっと大石の使い方が正解。
にしても大石は月が似合うなー。


2009/09/27