* ストレートじゃなくても *












俺は確実に、この学年では一番年上だ。
理由はなんてこたーない、
幼稚園入園時に、
4日間誤魔化して下の組に入ったからだ。
(俺の誕生日は3月29日なんだ)


心配性なんだよ、うちの母ちゃん。
小さい頃の一年は大きいからな、
学年の中で誕生日が遅い俺を心配して
学年を落とさせたってことだ。

お陰で周りには「ダブり」とか「留年」とか
言うやつまで出てきやがる。くそ。
義務教育でそれはねぇだろが。


見渡せば、確実に全員年下。
はっきり言って、ガキばっかだ。

体格面でも精神面でも、
俺はこの学年の中で一番成長が早いと思っているし、
事実だと思ってる。

そうやって、9年ほどやってきた。
同じ学年のヤツは見下す、そんな癖を付けながら。

心からのダチってやつも居た。
だけど、それでも、
気に食わないようなガキは多かった。



周りのやつらのバカバカしい会話を聞きながら、
お目当てのテニスコートに向かう。
ここのテニス部は強豪らしい。
別に強豪だから入るってわけでもねぇが。
ここだけの話、俺はテニスが結構好きだ。


「んあー、荒井。お前もテニス部なのか?」


そこにいたのは、クラスメイトだった。

さっき自己紹介されたけど、名前は忘れた。
こんなやつ人間扱いするのも勿体ねぇ。


「うるせぇサル」

「サル!?こう見えても俺はテニス歴2年なんだぞ!!」


ああウゼ。
結局自慢してぇだけだろ。

学年さえ上なら、こんなやつどうにだって出来るのに。
全く。
重要なのは、“生まれた時間”じゃなくて“立場”っつーことか。

やってらんねー…。
早く来年になって後輩イビリ倒してぇ。


そう思っていたときだった。


「君、荒井くんって言うんだ」

「あぁ?!」


気分が悪かった俺は、
自分でも驚くような声を出した。

そこに居たやつは。


少女のような、声。
少女のような、容姿。
でもどうやら男らしい。
つまり、同級生だ。


「ご、ゴメン!」

「なんで謝るんだよ」

「え、だって今怒ってなかった…?」


おどおどとした態度。

もっとしゃきっとしろ、気色悪ぃ!

…とか言ってるはずなのにな。
普段の俺だったら。

変だけど。
いや、相手が変だったから。


「フッ……変なヤツ」


俺は、笑っていた。
我ながら、鼻に掛かった嫌味な笑いではあったけれど。


そういえば、名前知らねぇな。
誰だ、今のアイツ。

まあテニス部志望みたいだし、
そのうちほっといても名前ぐらい憶えるだろ。
名前ぐらい、な。



「カチロー君今の知り合ーい?」

「ううん、堀尾君が知り合いみたいだよ」


おかっぱ頭のそいつは、坊主頭の友達と消えた。

カチロー、か。
微妙…。

って、何やってんだよ俺は!!


さっさとテニスコートに向かうことに決めた。



テニスコートに向かうと、
そこにはさっきすれ違った3人、と、
先輩と思われる部員が2人。

様子を遠くから見てみる。


缶倒しゲーム…?
しかも金を取るだぁ?


バカバカしい。
どう見えても遠回しにカツ上げされてるだけじゃねぇか。
気付けよサルにおかっぱに坊主。


「(…知ーらね)」


俺は遠くからその様子を見ることに決めた。
巻き込まれたら面倒だしな。


ニヤニヤ、と笑った二人の先輩の顔が印象的だった。

しかし、先輩、ねぇ。
どうせ俺とは半年程度しか歳も違わないんだろ。

…俺は、あそこに居た可能性もあるってことか。
嬉しくないんだか、悲しいんだか、悔しいんだか。



「えー聞いてないっスよぉ!?」


お。なにやら動きが。
どうやら余分に金を巻き取られるらしい。
そりゃそうだろ。
絶対ウマイ話を持ちかけられたんだろうけど
そんなに簡単に上手くいくんなら人生苦労しないっつーの。



…ったく。


「その辺にしてやったらどうっスか」

「あ、荒井くん…」


俺はテニスコートに近付いていった。
なんだよ、この先輩たち。俺よりチビじゃねぇか。

転がっている缶を見た。
なになに?
ボール1球ごとに500円…なるほどな。


まーせっかく上級生にもなったわけだし、
入ってきたバカな後輩どもをいびりたいって気持ちも分かるが、
これはインケンすぎるだろ…恥ずかしくないのか。
(オレだったら、もっと、こう…直接的にやる。それだ)


「なんだお前、一年か?」

「だったらどうなんスか」

「じゃあ話は早ぇ。お前もこのゲームやれ。先輩命令だ」

「はぁ?」


タネも仕掛けも分かってるのにやるかよ。バカか!


「やんねーよ」

「っお前!先輩に向かってその態度はなんだ」

「そっちこそ先輩だからって何してもいーんスか」

「何ぃ!?」


と、その瞬間。


先輩の拳が飛んできた。


当たっ…

いや、これくらい交わせ


 「待ってください!!!」


る……。



なんだぁ?


さっきの…カチローとかいったか。
あのチビな、女みたいなガキが、オレの前に割り込んできた。


「僕たちちゃんとお金払いますから…。あの、暴力は良くないと思います!」

「んだぁ、お前」

「荒井くんは何も悪いことしてないです!!」


話聞いちゃいねー…なんだこいつ。
話が余計に面倒になりそうだぞ…。


おれ知ーらね!
とか言ってサルは逃げやがるし…クズが。
坊主頭は突っ立てるだけ。使えねぇ。

さあて、これからどうしようか…。


と。



ヒュルルルルル……ガコ。


「「ん?」」


缶に、ボール…。


そこに居たのは、テニスウェアを着た男。
小せぇな…一年か?


「何これ、石詰まってんじゃん」


「な、なんだお前!」

「ふざけんな!」


ちっス、と先輩たちの言葉に耳もくれずに答えた。
なんかまた厄介なことになりそうだ…。

と思ったところで。



「青学レギュラー陣だ!!」

「遠征から帰ってきたんだ!」



お!
これが…噂に聞いたレギュラージャージか。
確かに…ちょっとカッコイイな。

こんなクソに構ってる暇はねぇ。
俺もいつか、あそこに行ってやる。


「ちっ…覚えてろよ」


先輩たち二人は走っていなくなった。


もう忘れた、と隣のガキは呟いた。
コイツ……。


お、目が合った。


「ども」

「おぉ…」

「何年?」

「一年…」

「そっか」


…歩いていなくなった。
なんだぁ、ここには変なやつしか居ないのか。


「荒井くん!」


と、この甲高い声は…。


「えっと…カチロー、つったか」

「え、知ってるの!?」

「ああ、さっき聞いた」

「加藤勝郎です、よろしく」


加藤、か。
そっちの方が幾分呼びやすい。


「あの…大丈夫?」

「ああ。あんなヘロヘロパンチ、お前が出てこなくたって
 余裕で交わせたからな」

「あ…ごめん、僕、なんかつい咄嗟に…」

「謝るこたねーよ」


手をひらひらと振って、
レギュラーの人たちが歩いていった方に俺も向かった。


加藤、か。
ひ弱なガキかと思ったら、案外根性あんじゃねーの。
まあ…でもおどおどしてるけどな。


「……フッ」


変なヤツ。





  **





初日の練習は、玉拾いや声出しで終わった。
さっきのクソ先輩二人もラケット持ってコートに入ってやがる。
ち…一年の差ってこんなにデカイもんかよ。

今更親のことを恨むつもりはないが、
なんで俺はこの学年にいるのか、
とたまにマジで考える。
考えたところでどうしようもないけどよ…
今更飛び級できるような学力もねーし。
(ていうか、義務教育中に飛び級ってできんのか?)



「どう思う乾、今年の新入生」


顔を洗ってきたら、先輩たちが噂話をしながら近付いてきた。
咄嗟に木の陰に隠れた。


「そうだな…バラつきがあるが期待はできそうだ」

「バンドをつけたあの子、体格も良いし…楽しみだね」


…どうやらオレのことだ。


「不二より大きいんじゃないか?」

「乾、うるさい」


くすくすと笑っていた。
なんだ、この先輩たち…気味悪ぃな。
しかしレギュラージャージを着ているのを見るところ、
相当デキるんだろうな…要注意だ。


「まあ僕が一番注目してるのは…あのキャップ被った子」

「アイツか…」


話しながら、顔を洗うと先輩たちは遠ざかっていった。
ふぅ……。


もう一度顔を洗いなおして、
その場を去ろうとしたら…。



「ふぁ、ハァ…ハァ…もうだ、め……」

「お、おい!起きろ!おい!!」



水飲み場に辿り付くなり倒れこんだバカが一人。
…加藤だった。



息が荒い。
体温も高い割りに汗を掻いていない…脱水症状だ。

周りを見回したが、人はもうほとんどはけている。


「…ちっ」


とりあえず、自分のタオルを水に浸して額に乗せた。
と、首の後ろの方が良いんだったか…?

と考えていたら加藤は目を開けた。


「あ、僕!?ご、ごめ…うわっ」

「無理すんなって」


突然立ち上がろうとして立ちくらみを起こしたらしい加藤の腕を支え、
水を飲ませてやると、幾分か元気を取り戻したようだった。


「ふぅ……ごめんね、荒井くん」

「どってことねぇ。…お前大丈夫か」

「あはは、情けないね」


加藤はその場に座り込んだ。
なんとなく、俺も隣に座った。


「どうしたら今日の練習でそんなんなれるんだよ」

「えっ!?あ、ごめ!ごめん!」


どうして謝るんだ…。
俺は若干げそっとした。


「僕、他のみんなより体小さいし、だから…人一倍頑張らないと…」


あー…。
そういえば居たな。
練習中、やったら効率悪い玉拾いしてるやつ。
他が余裕で5つ6つ運んでるのに、
3つ拾って4つ目を拾っては他のを取りこぼして
仕方なしに最後の方は1つ拾うたびにかごまで走ってるバカ。

さっきから気合の入ったキンキンとした掛け声が聞こえるから
女子マネでもいるのかそれとも誰かが応援にでもきてるのか、
と思ったら実は男子部員だったとか。

そうか…コイツだったっけか。


あー…あんだけ気合入れてれば確かに今日の練習でもここまでなれるのか。
元々体力なさそうだしな…。


「僕、青学のレギュラーに憧れてテニス部入ったんだ」

「ああ、まあ、カッコいいよな」

「でしょ?荒井くんもそう思うよね!」


目がきらきらと輝いていた。
なんか、こういう、純粋なやつは…癪に障る。
好きとか嫌い以前に、住む世界が違いすぎる。


「…荒井くんってさ、落ち着いてるよね」

「そうか?」

「うん。荒井くんってすごいや…」


まあ、確かに同じ学年のやつらはガキに見えるし、
なんとなく達観した気でいてしまうのは、俺の性格だが。
落ち着いてる?
そうか。そういう見方もあるのか。

途端、笑っていた加藤の表情が、曇った。


「なんで同じ1年生なのに」

「……」


気のせいか。
加藤の肩は震えていた。


「こんなに違うんだろう」


加藤は膝を抱えた。

ふぅ、と。
無意識に俺は溜息をついていた。



「本当は俺、一つ学年上だしな」

「え?」



普段は絶対に自分から言い出さないこと。
わざわざ首を絞めるようなことはしたくないから。
なのに…震えだしそうな小さな肩を見ていたら、
それしか助ける方法がないと思ったら、
言わずには言えなかった。


「(ま、まさかダブりとか…(ドキドキ))」

「いっとくけどダブりじゃねーぞ」

「は、はい!」


加藤の心の中が読めた気がしたから言ったけど。
敬語使うなって…。
俺はまたげっそりした。


「3月29日生まれなんだよ。親が心配して下の学年に入れた」

「そっか、それで…」

「だから正真正銘同じ学年。変な気遣うなよ」

「わ、わかった」


我ながら、珍しい。
普段だったら、
同じ学年に居るけど自分の方が上、
という意識で周りと接しているのに。


「…いいじゃねーか。お前、頑張ってんだろ」

「う、うん!」

「それはお前の武器だよ」


と、俺は思う。
綺麗事は好きじゃねーけど(寧ろ嫌いだ)、
どんな才能よりも、努力の才能を持つヤツを、俺は尊敬する。


「それに…お前、勇気あんじゃねーか。あんなこと、普通できねぇぞ」

「あっ、あの時は僕、無我夢中で…」

「充分だろ」


俺は…特別頑張らなくてもいろいろがそつなくこなせて、
お陰で物事を斜めから見る癖がついて。

もしかしたら…俺はこいつが羨ましいのか?

でも、妬ましくはない。
変な話だ。
自分より確実に下の相手に、こんな感情を抱くなんて。


「小手先の技術なんつーのはな、後からついてくんだよ。
 それより…意志が強くて肝の据わってるか、
 っつーことの方が重要なんじゃねーか…」


熱く語ってる自分が突然恥ずかしくなって、
俺は強引に話を区切った。


「と、俺は思ってる」

「…うん!」


加藤は、それに満足したんだか、
笑顔で頷いた。


そしてもう一度「荒井くんってすごいや」と言った。

俺からすれば、「その素直さがスゲェよ」と言いたかったけど、
わざわざ言うこともないし、黙ってた。


「レギュラー、目指すんだろ」

「う…うん」

「じゃあ、一緒に頑張ろうぜ」

「うん!!」


加藤の目がいっそう輝いた気がした。
面倒くせーやつだけど、多分、
俺はコイツがそんなに嫌いじゃない。


青学テニス部、か。
これから3年間、楽しませてもらうぜ。






















荒カチが同学年だったらどうよ、と。
案外良い親友とかだったら萌えないか。(笑)

1年生の段階で他の悪いやつらとじゃなくて
カチローと出会ってれば荒井様ももっと浄化されてるはず。
だって手塚をあんなに崇拝してるような荒井様が
心の奥底からすれてるはずがない。彼は純粋な子羊だ!(壊)

妄想から生まれたパラレルでしたとさ。
でも荒井先輩あの誕生日であの身長はズルイっスよ…w


2008/07/27