『タッタッタッタッタッタッタッ…』



「(マズイ……)」



海堂薫が快いリズムで走っているとき。





『ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!』



「うぉぉぉやべぇなやべぇよ!!!」



桃城武は渾身の力をこめて自転車を漕いでいた。







そんな朝のお話。











  * この席指定席 *












「やっべぇ越前に怒られる…いやあいつのことだし
 オレが家に着くまで起きてこないだろな…
 …っかー遅刻決定か!?いやまだ間に合う!!」


今朝はいつもの余裕の鼻歌もない。
必死のひとり言を呟きながら足を急がせる。


そのとき、視界の端を何かが掠める。
青学レギュラージャージを着て走っている者…
それは、

海堂だった。


いくら走っていても、人間の足。
桃城は自転車ですぐに追いついた。


「マムシじゃねぇか」

「! …桃城」

「今日もロードワークか?っと…」


走りながら海堂の全身を見回し、気付いた。
いつもの海堂とは違う。
何故なら、ロードワークのとき、海堂はジャージなど着ない。
そして何より、わざわざラケットケースを背負ったりなどしない。
つまり……。


「もしかしてお前、まだ部室行ってないのか」

「それはお前もだろ」


その通りであったが、しかし、桃城はいつも通りのこと。
対して海堂は、いつもならとっくに部室へ着き、荷物を置き、
そろそろロードワークも終え部室に戻っている頃だ。
しかし今日は、荷物を抱えたまま走っている。

そう、実は海堂は、今朝は寝坊をしてしまったのだ。
目覚まし時計の電池が夜中の間に切れてしまったのだ。
毎日あれほど体力の使うことをしていれば、
自力で目覚められなくとも無理はない。
ましてや母はかの海堂穂摘、
気持ち良さそうに眠っている息子が居るとすれば、
起こすなどということはしないのだ。
そう、例え学校に遅刻しそうな時間であろうとも。
まあそれも普段はきっちり時間通りに目覚める
息子であるからこそなのだが。


細かい理由などは分からなかったが、
桃城にはすぐに分かった。
どうして海堂がこの時間にこの荷物でこんな場所を走っているのか。


「はっはーん…お前さては…」

「うるせぇ。離れろ」


少しスピードを緩めて海堂と並行して走っていた桃城だが、
加速すると海堂の前に回りこみ、キッとブレーキを掛けた。

首だけを後ろに傾ける。



「ほら後ろ、乗れよ」


「!」



一瞬驚いた表情になった海堂。
しかし、「チッ」っと言いながら
嫌そうに視線を逸らすのを桃城は見逃さなかった。
避けられるのに気付いたのだ。

そこで桃城は、自転車から降り素早く止めると、
海堂の手を掴み引っ張った。


「てめ、離せ…っ」

「おら遅刻したくねぇだろ!」


その通りだった。
常に時間前が当たり前だった海堂にとって、
時間に遅れるというのはとんでもなく申し訳ないことで、
極力したくないことであった。

たとえ桃城の助けを借りたとしても…。


そんなことを考えているうちに、
いつの間にか海堂は後ろに座らせられていた。


「っしゃ、いくぜ掴まっとけよ…」

「ちょ、ちょっと待て!俺は降り……」

「うるせぇ遅刻するだろ!」


素早く桃城は前にサドルをまたぎ、ペダルに足をかけた。


「法律違反だ!」

「法律と手塚部長どっちが怖いんだよ」


それは…!

と海堂が答える間も持たせず、桃城は発進していた。
尤も、普段から真面目で常に自ら外周している海堂にとって
手塚はそれほど恐るべき人材ではなかったであろうが。


しかし。



「うわっ!!」

「ぐわぁ!?」



自転車は思い切りよろけ、
電柱に当たりそうになったところギリギリで切り返す。


「ふぅーあっぶねー…オレの天才的なハンドル捌きが
 なかったら確実にぶつかってたぜ」

「………」


海堂は敢えて突っ込まなかったが、
すると桃城は斜め後ろを向くと不機嫌に叫んだ。


「おいマムシ、お前重ぇんだよ!降りろ!」

「なっ!?乗れっつったのはてめえじゃねぇか!」


重い!?
それは海堂にとって予期せぬ言葉であった。
かなり鍛えて絞り込んでいたため、
軟弱な細さではないにしろどちらかといえば痩せ型で、
身長の割には軽いと言われることもあった。

それが、重い
いつもの罵りあいのように、
深い意味を持たない言葉と思えばそれだけだが…

そこで、気付いた。


いつも“ここ”に乗っているのは、アイツなのだ、と。
ここに乗るのは、越前リョーマなのだ。

一瞬、海堂は変な気持ちになった。
その気持ちは、何なのか。

桃城がぽつりと呟いた。



「重ぇなあ」



遠くを見る目で、どこか愛しそうに言った、かに見えた。


気のせいだったか。



「うっし、ほら降りろ」

「言われなくてもそうする!」



越前の家の前に着いた。
罵声を飛ばしながら海堂は自転車を降りる。
桃城は背を向けたまま手だけを上げ「ヘイヘーイ」と言った。

罵声が返ってこないのは、逆に悔しくて、
悔しいながらも、海堂は

「…サンキュ」

と小さく呟いた。


横を走り抜けていく瞬間だったが、
果たして桃城の耳に届いていたかどうか。




「…はようございまーす……ん、海堂先輩?」


玄関の門をくぐり桃城の方を見た越前は、
その先に走っている海堂の姿を捉えた。


「おぉ、今まで後ろに乗ってたんだよ」

「へー…」


慣れた動作で、越前は桃城の自転車の後ろにまたがる。
立ち乗りの体勢になると桃城の肩に手をかけた。

それを合図に桃城は一歩目を漕ぎ出す。


「何話してたんスか?」

「へへっ、そりゃ内緒ってもんだろが」


言いながら、自分で桃城は疑問だった。


内緒?
実際何も話してないだろが。


それがおかしくって、小さく笑った。



「っしゃあ、飛ばすぜ!しっかり掴まってろよ」

「ウィース」



一気に勢いをつけると、

「おっ先〜」

と走っている海堂の横をすり抜け、
自転車は加速を続けた。


軽い足取りで

滑るかのように

自転車は進む。

先ほどまでの会話は嘘であるかのように。

だけど、確かに存在していた。


確かめるように一歩一歩踏みしめる。

景色が流れていく。



そんな、ある晴れた朝のお話。






















自転車二人乗りして「重い!」と文句をいうお話が書きたくて。
いえね、「お前軽いな〜」っていうネタの方が多いだろうので
裏をかいてみました。若干海桃っぽいとか言わないで。

本当は帰り道の方がおいしいんだろうけど、
敢えて朝っていうのが桃海ってか海堂っぽいかなって。
家の配置とかそういうのは気にしないで!

しかし、どう考えても間に合ってないよねこの3人…笑


2007/05/11