〜!オイラ初めて本命チョコもらっちったぜ!」


そういってはにかんでいたのは、何年前のことだっけ。




「好きな女が別の男にチョコあげるとこ目撃しちまった…」


そういって肩を落としていたのは、確か一昨年のこと。





「うぉっ?がオレに!?」

「バーカ、義理だよ」


そういって笑い合っていたのは、いつのことだっけ。

今では友チョコとでもいう、義理チョコを、
私は毎年毎年贈っているというから。



いつになってもアンタは、万年義理チョコ男。











  * 万年義理チョコ男 *












「ひぃ〜豊作だぜ!」


教室に入ってくるなり、
どさっと机の上にプレゼントの山を置いたのは、
この男。私の幼馴染である、桃城武。



その様子を見た池田雅也が駆け寄る。


「どうせ9割方義理だろ」

「っていうか全部だろ?」

「あっこの林!…まあその通りなんだけどよ」


林大介の一言によって、今年も確認。

人柄の良いムードメーカーらしい、アイツは、
義理チョコは大量に貰うくせに、本命は、毎年ゼロ。
私の知ってる限りでは、小学校で一回貰ったアレが
今のところの最初で最後だ。


知らないよね、武は。
毎年毎年、私が肩を撫で下ろしてるってこと。



「全部で何個あるんだ?」

「えーちょっと待てよ、一つ二つ…」


数え始めたはいいけど、分からなくなって、
もう一度一から数えなおしたりする。
そんな様子を見ていたら、一瞬目が合った。

……あーあ。


微笑しながら、私は立ち上がる。


「はい、一個追加!」


ボンと山の真ん中に投下。
のわぁっ!?と武は声を上げる。


「おいこら、また数え直しじゃねえか!」

「おーおーモテる男は辛いね〜」

「うるせぇっ!全部義理だって分かってるくせに!」


背中を向けたままヒラヒラと手を振って、
私は残りの義理チョコを配る旅に出る。
大量生産の粗悪品ですが、それでも宜しければ。
あ、林や池田にもあげるべきだったかな。
でもあいつらあんまり好きじゃないし。
切り抜けられてラッキーと思おう。


友達と交換したり、お世話になってるやつにあげたり、
山ほど作ったクッキーはどんどん売れていく。
こういう日は、話したことのないようなやつからも
声を掛けられたりする。(男って単純)

そうして全部なくなった。
ただ、一つを除いては。




  **




公立の学校だと色々大変みたいだけれど、
私立で、元々お弁当を持ってくることがあったり
というか校長の性格上校則が緩やかである我が校では、
ここぞとばかりにお菓子が飛び交うのだ。
今日、バレンタインデーという日には。

私もたくさん配ったし、たくさん貰った。
毎年同じ感じで、流れていく。



そんな中、数人に聞かれた。


「誰かに本命あげたりしないの?」


私は笑って返す。


「あげるような相手なんていないよ」


作っていないとは、言ってないけれど。





  **





そして放課後がやってくる。
一年の中では特別な日である今日も、
去年なんかと比べてしまえば、同じことやってるし、
一生のうちから見れば特別でもなんでもない日。

今も、ほら、去年みたいに、
部活帰りに武と二人で話してる。


「どうだった、今年は」

「おー、合計16個」

「そりゃ凄い」


数としては、結構多いほうなんじゃないかな。

別にだからどうとは思わないけどさ。数に関しては。
でもさ、本当は誰かから欲しかったんじゃないかな、とか、
そういうことは余分に考えてしまう。


「学年で一番多いぐらいじゃない?」

「さあな。上の学年だったら英二先輩とか
 3ケタ近くもらってたけどな」


いや、3ケタはさすがにないか?
と指折り数え始める。
ったく、あんた数学得意なんじゃないの?

変に、気持ちは穏やかだった。
そこまでは。


「それより不二先輩がヤバくてさ。
 ほとんどが本命!やべー」

「うわ〜」

「数はほとんど変わらなくて、ん、16個とかだったかな」


本命が10何個とか、やべぇよな、やべぇよ。
とか何とか武は言ってた。
私はただ、その話を聞いているだけ。

去年みたいに。
タイミングを計らないながら。
だけど、何も出来ずに。


そのとき、武はちょっと声色変えて。


「でもオレは、本命は一つもねえよ」


そう言った。
私はハッとする。

いつになく、真剣な声で、
…聞こえた気がしたので。
そっちを見た。
でも、顔は笑ってた。苦笑みたいに。

私の思い違いか、うん。


本命待ってるんじゃないの、っていう。
そんな、思い違い。

違う。本当は私が待ってる。
だから、なんとか藁をも掴む思いで、期待してる。
タイミングができてくれれば、渡せるのにな、って。


と、そのとき。




「あの、桃城先輩!」

「―――」


振り返ると、どうやら一年生らしい女の子が。


「その人、彼女ですか…?」


怖気づいたように問いかけてきたその子は、
顔を引き気味にしていた。
私はなんと返答してやろうかと思ったら、
武は、自分から前のめりになって「違ぇ」と言った。

寂しがる義理は私にはないのに、心がぽっかり空いた気がした。


「ちょっと、いいですか…」


少女は、俯く。
私は居づらくなって、踵を返す。


「じゃあ私先行ってるから」

「あ、


別段引き止めてるわけじゃなさそうな武の声を振り切り、
そのまま走ってその場を後にした。




そうだよ。

何考えてるんだ。


私は幼馴染であり、クラスメイトであり、友達であり、それだけ。
勿論恋人じゃないし、友達以上恋人未満でもない。

私の勝手な片想いだよ。


武は知らない。
そんな想いに気付いた私が、
ここ数年は本命チョコ作ってたこと。
でも一度も渡せずにここまできてしまったこと。


毎年義理チョコ一杯貰ってるアンタだから。
私も毎年あげてたから。
それを変えることはできなくて。

さっきの子みたいに、元々大した関わりがなければ、
本命チョコだって渡せたのかな。
縛られなくていいから。
関係崩れることに恐れなくていいから。

私は、アナタが義理チョコ大王って知ってる。
でも男の子だし本命は貰ってみたいんだろうなって思ってる。

だけど私にはそれが出来ない。
本命を渡すなんて。
勇気が足りない。

本当は、ずっと、伝えたい想いであったのに。




武……。




好きです………。





「追いついた!」

「!」



バッと振り返りたかったけど、出来なかった。
瞬きを繰り返して、ちょっと上を向いて、
さぞ寒いからみたいに鼻の頭が赤いのを無視して、
漸く斜め向きに振り返った。


「…早かったわね」

「ん、まあな」


何もなかったかのように、隣について歩き出す。
さっきと同じように。

聞いていいのか微妙だったけれど、聞いた。


「本命だった?」

「ああ」

「……」

「受け取らなかったけど」

「えっ!?」


それはさすがに予想外だった。

受け取らない?
気持ちに応えられないから?
なんて誠実なんでしょう。

私も渡そうとなんてしなくてて良かった、と思った。
そんな弱虫な自分。




「なあ、もし本命貰いたいやつに義理チョコ貰ったら、
 それは絶望的と思うべきなのか?」

「あー普通はそうでしょうね」


それは本心だった。けど、
言った直後に鞄の中身を思い出した。

義理チョコはもう渡したし配り終わり済みだけど、
鞄の中には、もう一つ大事なものが。


「絶望的なのか。あ〜!!」

「何よ今更。万年義理チョコ男が」


あ、さっき本命貰いそうだったか。
でも断ったけど。

ん?
もしかして毎年告られても断ってたとか、
そんなバカなことはないよね。

それは私の都合の良い妄想。


「ワリ、オレ帰る」

「えっ?」


どんだけ機嫌を損ねたのか、武は、
その一言を前触れとして、突然走り出した。

もう既に帰ってるじゃん、という
私の心のツッコミを他所に、
一気にその姿が遠くなる。


さっきは追いついてもらえたけど、
私は武に追いつけない。

追いつくには、立ち止まってもらうしかない。





ずっとね、チャンスがなかったと思ってた。

「義理チョコくれ〜」オーラでくるから渡しちゃってたとか、
そういう雰囲気じゃなかったとか、
でも、違うよね。

そんなの関係ないよ。
単に、私に勇気足りなかったんだ。


今だって、考えようによっては全然チャンスじゃない。
義理チョコ渡した後だし、
別の子に告白されるところに居合わせちゃったし。

でも。

なんでだろ、


ちょっとだけ勇気出そうって思えたんだ。


君のために。


「…普通じゃないよね」


鞄を、開ける。
包みを取り出す。
手を伸ばす。


「義理チョコ渡してたら、
 その後本命なんか渡さないよね」



私は、微笑。

さあ、届かなくなる前に。




「タケシーーーーー!!!」



思いっきり叫んだ。

武は、振り返った。




「受け取れーーー!!!」




思いっきり放り投げた。




ぽかんとした顔のまま、武はそれを見事ナイスキャッチ。
私は更に叫ぶ。




「本命チョコ渡したいのに、勇気がなくって、
 義理チョコ渡すしかない子だって居るんだよ!」




懇親の力を込めて、シャウト。






「だから諦めんな!!!」






それは、本心だった?

遠回しに、自分は失恋の最中なのに、
相手を励ましたりなんて出来る?


でも、私はやってやった。




武は…走って戻ってきた。

え?




「お前、あっぶねーな折角の本命チョコを」



その右手には、私が投げたチョコが握られている。



あ……。

もしかして、返却される?


さっきのことを思い出した。


だから折角、渡しに行かずに、投げたのに。
そうか。結局、返されちゃうのか……




「やっと貰えた。マジで嬉しい」




………え?



「それは、どういう…」

「だーかーら、オレは今まで本命ずっと断ってきたけどよ」



…あ、そうだったんだ。
万年義理チョコ男に、本命も、来てたんだ。

でも、てことは、え?



「やっと、本命、受け取れたからさ」



つまり。




「……嘘だぁー…」

「嘘じゃねえよ」



武は、私の肩を掴んで。



「オレ、お前のこと、好きだ」



カタコトみたいに、途切れ途切れになって。


抱き締められた。
私も背中に腕を回した。


今まで一緒に笑ったり泣いたり一杯してきたけどさ、
こんなに幸せに一体に、なって笑えたのは、
今まで中で一番だったと思った。


「小学校の時本命貰ってたくせに」

「うるさい、お前のこと意識し出したのはその後のことだよ」


相変わらずの憎まれ口。
だけどこれは照れ隠し。



「いつから?」


「憶えてねえ」


「私もだ」



今まで何個、本命チョコを捨ててきただろう。
自分で食べたこともあったし、
弟にあげちゃったこともあった。

だけどもう、そんなことしないから。



来年からは、アナタに本命チョコを送るよ。

毎年毎年。

それが、今更変えられないような習慣になるくらいに。






















普通に良い話じゃね?笑
ありがちだけどありがちなとこに愛。

幸せだなーいいなー。(ぁ
桃チンは義理チョコだらけだろうけど、
だからこそたまにある本命には、
真剣に向き合うと思う。受け取るでも断るでも。
不二は、その辺麻痺。
全部受け取るか全部ないがしろにするか。ぁ

ハッピーバレンタイン!!


2007/02/13