オレじゃ力不足なのかなって、

傷付くわけでもないけど、

落ち込まない程度にへこんでみた。



だけどオレたちって、お互いにとって、

かけがえのない、たった一人のキョーダイだったりするわけだ?



なんて、頭の悪いオレなりに考えてしまった日もある。











  * それは変わらねぇよ。 *












壁を挟んで向こう側、
自室を飛び出して3m先のドアを勢い良く開け放つと
オレは隣りの部屋へ飛び込んだ。


「姉ちゃーん!」

「叫ばなくても聞こえてるっつの!
 それよりノックして入れバカ」

「なあ宿題教えてくれ」


シカトかよ、つって姉ちゃんはオレの頭を小突いた。
痛ぇな、してねぇよ!って言い返すけど、
確かに姉ちゃんの発言を無視して自分の話を進めてたのは事実だし
今までただの一回もドアのノックなんてしたことないのも事実。
もう500回ぐらい言われてんのに。だってメンドクセーし。


「なに、連立方程式?それもわかんないのかよ」

「うるせ、数学は苦手なんだよ!」

「この前は理科が苦手だって泣きつかれたけど」

「あぁーそんなこともあったような…
 …まあいいから助けてくれ!頼むっ」


このトーリ、とオレは顔の前で手を合わせて頼む。
小さく溜息をついて、でも文句言わずに
姉ちゃんは「どの問題」って言った。
だからオレは「全部」って答えたら
やっぱりまた小突かれたけど、
大して痛くないから笑ってた。


男勝りで、口より先に手が出るようなやつだけど、
オレは姉ちゃんが好きだった。
何度も喧嘩して、その度にオレは泣かされたりして、
いつか逆襲してやる、と小さい頃は軽く恨んでたけど、
最近では本気出したら多分オレが勝てるって思ってるから、それもなくなった。

シスコンとかそういうんじゃなくて、
普通に姉弟として、だけど友達みたいに、
そんな感じで姉ちゃんのことが好きだったんだ、オレは。







夕食に呼ばれて食卓に下りてくると
姉ちゃんはぼーっと突っ立ってた。
しかし後からきたオレと目が合うと、歩み寄ってきた。

横に立った姉ちゃんは、オレのことをじっと見てきた。穴が空くほど。


「………」

「な、何?」


怖気づいて、一歩後退りするオレ。
姉ちゃんは視線を逸らさないまま、でもちょっと細めて、
半分睨むような顔をしながら不機嫌そうな口調で問い掛けてくる。


「アキラ……背、伸びた?」

「は?そりゃ伸びてるけど…」

「ちょっと、お母さん」


で、「気を付け」って言われて、
「は?」って振り返ったら姉ちゃんは
「動くな」ってオレの首をぐきっと正面向かせて、
痛っ!と思ったけどオレは何も言わなかった。

姉ちゃんはオレの後ろに立って背中を合わせてきた。
んで、「どっちが大きい?」と聞いた。
そっか。背比べがしたかったのか。


お母さんは手で何やら測って、

「これくらい、アキラの方が大きいよ」

と言った。

親指と人差し指の間は、
たったの5mmぐらいだったけど。


「うっそ、抜かれた!?」

「うわマジでーやりー!」

「……バーカ」

「あっ、ひでぇ!!」


何故か殴られた。
抜かれたのが悔しいらしい。

そうか。
オレついに姉ちゃん抜いたんだ。
生まれてからこの方14年、
ずっと見上げながら生きてきたのにな。
姉ちゃんには悪いけど、逆じゃなくて良かったって思った。


「最悪ムカツクー」

「仕方ないじゃん。そういう運命なんだって」


姉ちゃんは、あからさまに嫌そうな顔をした。


「運命って、どういう意味」

「男女で体の構造が違うんだから当たり前だろ」


オレは保健体育で習った誰でも知ってるような知識を
必要以上に偉ぶって言ってせた。

「そんなん知ってるよ」。
姉ちゃんはそう言うと思ってた。
だけど眉間にしわ寄せて嫌そうな顔してた姉ちゃんは、
ふと、悲しそうな目をして、
そうしたら後ろを向けてその場から去ろうとした。


「どこいくんだよ」

「トイレ」


姉ちゃんはそう答えたけど、
それがその場から離れる言い訳だったことは
さすがのオレでも分かっていた。


……弟に身長抜かれたのがそんなに悔しいか?
早いか遅いかの問題だろ。

オレの嬉しかった気持ちもどっか吹っ飛んじまった。



「夕ご飯できたよー。あれ?
 はどこ言っちゃったの」

「トイレだって」

「ご飯で呼んだのに。困った子だねー」


口で言いながら、お母さんは実は笑ってた。
いつでもケラケラ笑ってるこんな母親から生まれて、
なんであんなに捻くれたやつが生まれてくるんだ、
って思ってたぐらい、姉ちゃんはずっと反抗的だった。
年中反抗期みたいな。オレビビりっぱなし。
最近では治まってきてるけど、
たまにこうやって変な意固地張ったりする。

よくわかんねえ。
噂の女心ってやつか?

…余計わかんねえよ。




オレと母さんが先に食べ始めようとした時、
姉ちゃんは暗い顔してトイレから出てきた。
「あ、丁度良かった。いただきまーす」
とお母さんが言って、
姉ちゃんは未だ不機嫌そうに自分の席に座って無言で食べ始めた。


姉ちゃんのこと、嫌いじゃねえけど。
好きだけど。

…こういうところは、困る。


姉ちゃんの無言のプレッシャーを
感じていないんだか気付いていないフリをしているんだか、
お母さんはテレビに向かってひとり言を炸裂していて、
そこにオレがたまにコメントを入れる。
それだけがその日の夕食の唯一の会話だった。





 **





「アキラは、弟か妹か欲しいって思ったことある?」



ある日、突然お母さんにそう聞かれた。
あまりに唐突なもんだから、オレは答えにつまった。


「え、どうして突然…」

「なんかね、はお兄ちゃんが欲しかったみたいよ〜」


……ふーん。



「やっぱり長女だと上の兄弟を持ちたがるのかね〜。
 で、アキラは?」

「オレ?」



固まって、考えてみる。
………。


「オレは別にいいよ」

「今の形でよかったってこと」

「まあそういうことかな」


だって、考えたことねえし。

兄とか妹とか弟とか、もしくは一人っ子とか。
まあ確かに一人っ子にはちょっと憧れたりしなくもないけど、
(だって一人っ子のヤツは大抵小遣いが多いんだ)
それでもオレの兄弟は姉ちゃん一人だし
これからもそれが変わることはないし。
今の状態が楽しいし満足してるから、
別に考えたことなかった。


姉ちゃんは、不満なのかな。
オレじゃ役不足ってか?

ちぇっ。







  **






「アキラ、自分の名前好き?」


今度は姉ちゃんからの質問。
なんか、変な質問ばかりされている気がした。


「別に、普通に好きだけど…なんで?」

「いや…アキラって名前、いいよなーって思って」


……。
ふーん。


「ほら、アキラって男にも女にも使える名前って感じがするじゃん」

「それがいいのか?」

「ん、まあ」

「へー…」


ってことは。


「じゃあ姉ちゃんは?」

「え?」

「姉ちゃんは…自分の名前好きじゃねえのか」


質問にしておきながら。

まさか、そんな言葉が出るとは思わなかった。
自分の名前に対して。
付けてくれた人が居るのも、分かっていながら。



「嫌い」



ただ一言だけ残して、その場を後にしたんだ。



…意っ味わかんねー。






  **






「ただいまー」


学校から帰ってきたオレ。
手には、一枚の上質な紙。


「何それ」

「これ?ああ実は学校の体育祭で歴代トップの記録出したんだって。
 なんか貰った」


そうなんだよ。
大げさなことだよな。
ま、どうせ来年更新されるんだろうケド。
来年のオレに。なんてな。

姉ちゃんは、賞状をじっと見、オレを見、固まってる。


「…なんか文句あんのか?」


………。

沈黙。


「え、嫉妬?」


オレは、ふざけてたのに。


にらまれた。



「あ、え…?」

「なんかもー…ホントムカつく」



呟いた姉ちゃんは。

怒りっていうか、
寧ろ殺意こもってるように聞こえて、怖かった。

だけど決して、怒りでもなく
増してや殺意なんてこもってるはずもなく、
ぶつけようのない苛つきを当てているだけのように聞こえた。



「ただ男に生まれたってだけで、背はどんどん伸びるし…力は尽くし。
 走るの早いし球感はいいし…」


オイ、男だから全員がそうってわけじゃないぞ、
と突っ込んでやりたかったけど、
そういう空気じゃないことはさすがにオレでも分かった。


「いつの間にか…肩幅広くなって…骨ばってて…
 声変わりもしてさ……」



……な、
なんだこれこの発言。

ちょっと今オレ怖くなってきたぜ。



どうしちゃってんだ、今日の姉ちゃん。




「アキラは、ズルイ」




……。

これがただの嫉妬ではないと、
さすがのオレも察してはいた。

細かいことは分からない。
でも、
もがいてる?



「…姉ちゃんがどう思ってんのか知んねえけどさ」



オレは、どうすればいい?
はっきり言って、わかんねぇ。
全然わかんねぇよ。

でも、何かはしたいんだよ。


「オレは姉ちゃんのこと好きだし…ていうか、なんてーの?
 姉ちゃんは姉ちゃんなわけでそれは変わらねぇわけだし…」


上手く言えない。
オレ、国語の成績2なんだって。

ただ、オレが持っているのは、バカ正直さ。それだけだ。


「つーか今更こんなこと言うの照れるよな」


がしがし、と頭を掻いていると、
あのぶっきらぼうな姉ちゃんが…笑った。


そして、「ありがとう」というには遠回しな、
いかにもの照れ隠しで


「どーも」


って言った。


オレには、多分、その意味が分かってたから

「な、素敵な弟が持てて幸せだろ?」

って言ってやった。


「バカじゃねぇ?」って言ってくれたから、
オレも安心して笑うことが出来た。



だって、同じ親の腹から生まれてきた以上、

いくらお互いのこと嫌いになったって、
離れて暮らすことになったって、

オレたちがキョーダイであることは変えらんねえわけだし。



だったら、現状を好きにならなきゃソンだろ?




確かに、変なやつだけどさ。


いつまでもよろしくな、姉ちゃん。






















メッセージ性強すぎてまとまりませんでした。悲劇。
ていうか書き始めたの2年ぐらい前である疑惑。
多分、その頃と言いたい事変わってる。汗

テーマがアレなので表に置くのどうかと思ったので。
でもわざわざ裏に置くことこそ意味深?

いちおうお誕生日おめ。あんまり祝えてぬぇー…。


2006/12/03