みんなはさ、シュウのこと、

「気配りが出来ていい彼氏だよね」とか言うけど。



本当は、シュウは何も気付いてくれない。


面倒見がいいからそう思われているだけで、

実は、案外表面的なとこしか見えてなかったりする。











  * Long time, no sea! *












蝉の声が聞こえる。

暑い。

空が狭い。

湿度が高い。

アスファルトの色。


見慣れた玄関。



チャイムを鳴らして、約10秒後。


…ガチャ。



抱きつく。




「いらっしゃい」


「違う」



第一声を、即行で否定。




小さな間は、
にこりと笑った、その間かな。




「おかえり」


「ただいま」




漸く笑顔で、私は顔を上げた。


重なった目線にびっくりするぐらい、
映る視界は、変わっていた。



約二年ぶりの再会。




「どうぞ」と促されて、私は家に上がる。
ぱたぱたとスリッパで足音立てながら
居間のソファへ向かった。


久しぶりの、シュウの家。


部屋をぐるりと見回す。
前に来たときと全然違うや。模様替えしたのかな。

ううん、私が居ない間に、
何回も変えてその中の一つなだけかもしれない。


「何か飲むか?」

「ん、いい」

「じゃあ…食べるか」

「いらない」


そっか。

小さく言うと、シュウは私の横に座った。



なんだ。
この中途半端な緊張。


あ、シュウ、なんだかいい香りがする。
なんの香水だろう。コロンかな。


…ヤバイ。

ドキドキする。



服の趣味も変わったよね。
あと着こなし方も。

今の髪型…好きだな。
いや、前のが嫌いだったってわけでもないですけれど。

身長は、前に会ってからはあんまり変わってないかな?
もう、ちょっとの違いじゃ分からないよ。


なんか、シュウが、

……遠い。



ちらりと私の顔を見たシュウは、

「で、最近どうだ?」

と聞いてきた。


ちょっとドキっとして、私は、

「まあまあかな」って答えた。


まともに顔が見 れ な い 。


どうしよう。
どうなのよ、これ。ねぇ。



………。



気付かれない程度に、溜息。


やっぱ私オカシイよ。
前とは全然違うもん。

前は、好き、とか言いながら、
そりゃちょっとはドキドキしたけど、
普通に話せたし、思ってたこと言えた。

だけど今の私は、
シュウのことが大好きで、大好きなんだけど、
ドキドキしてるのは緊張というより、圧迫で、
思いを口にすることさえできない。


思いを口にできないのは、しないのは、
自分の力が足りないから?それとも、
相手に何かを期待してる?



「温度、大丈夫」

「あ、うん」



クーラーのリモコンに手をかけていたシュウが、
その手を下ろした。
本当はちょっと寒かったけど、まあいいや。


私は膝を抱える。




沈黙。




変だよね。
前だったら言いたいことどんどん思いついて、
時間が足りないくらいだったのに。
いざ有り余るぐらい与えられると、
有効に使えないってこういうことなのかな。


息苦しい。


シュウの方を見た。

平気な顔して、
テレビ欄なんか見てる。
かといって別にテレビを見るわけでもないだろうに。



…変なの。
そんな些細な動きの一つに、
こんなに着目しちゃうなんて。
シュウは、あんなに平然としてるのにさ。
私ばっか。


……ねぇ?

私、おかしいよね??



「で、どうだ日本に帰ってきて」


意外なほど自然に会話は始まった。



「どうも何も、まだ始まったばっかだしな」

「はは、そうだよな」


一瞬、途切れ…かけただけで話は続く。


「でも予備校には通い始めたんだろう。
 友達は出来たのか?」

「うん。みんなイイ子ばっかだよ〜」

「そうか。それは良かったな」

「うん」



……あれ。

また止まっちゃう。

変だな、私、こんなに話すの下手だったっけ。



やっぱ変だ。



「みんな帰国子女なんだっけ?」

「うん。…ドイツからはほとんど居ないけど」

「そうなのか。じゃあどこが多いんだ」

「やっぱ、アメリカ」

「アメリカか。なるほどな〜」


シュウは腕を組んだ。

話しながら腕を組むとか。
おっさんじゃん。
前はシュウそんなことしなかったよ。


「アメリカといえば、去年の夏に家族旅行でロスに行ったよ」


あ。

ここにも、私の知らないシュウ。


「…へ〜。どうだった?」

「ああ。とてもいいところだったよ。
 英語が通じなかった時にはひやっとしたけどな」


これでも英語は得意なつもりだったんだけどな、
とシュウは照れ笑いをした。
そして髪をかき上げた。

これも、あんまり見たことない動作だなー。


膝をもっと深く抱えた。



…なんかなー。



ちょっと、違う。
何かがずれてる。

私が進み損ねた?
アナタに置いていかれた?

どっち?両方?



いつも通りのはずの会話が、
いつも通りにできない。

いつも通りにならない会話は、
ちょっとずつ、
さみしい。



シュウは?


あれ。
っていうか、
シュウって呼び方も、
なんか不思議だよね。
前からこうだったっけ。
前はこうだったよね。

あれ?



でもシュウはシュウだし。

…よくわかんない。混乱してるや。



そんな私もおかまいなしに、
シュウは笑いながら自分の失敗談を話してる。
私は、上手く笑顔が作れてるかな。



…会話が途切れた。
私、相槌苦手だからな。
あんまり聞き手じゃないんだよね。といっても、
話すのもそんなに上手いわけじゃないんだけどさ。元々。


もしかして、
変わったのは私じゃない?シュウの方?

だから私、さっきから、
シュウのこと見るたび変な気持ちになって。


………。


シュウってどんな人だったっけ。
私はどんなシュウが好きだったっけ。

優しくて。
あったかくて。
気配りで。
でも鈍感で。

どんなだったっけ?
思い出せない。どこにいっちゃったんだろう。



それより私は、どうしたのかな。
こんなに元気のないの、珍しいよね。
シュウが変だから、私、上手く前の自分を思いだせないよ。


話すのが下手になった私が、
漸く自分から口を開く。



「ね、シュウさぁ」

「ん?」


口を開いてしまえば、案外楽だ。


「何か…おかしいなー、とか思わない?」

「なんのことだ」


む。

これは、つまり、答えはノー。



ほらね。
こうなんだよ、シュウは。

明らかにおかしいことは、さすがに気付く。
気付くと、心配性だから、すぐに聞いてくる。
だからいかにも、すぐに細かいことに気付く人のように思われてる。

だけど実際は、鈍感で、
あからさまな態度を見せないと気付いてくれなかったりする。



「やっぱねー…」

「何だ、それは」


おちゃらけた笑いで私は視線を逸らす。


「なーんでもないってば」

!」

「………」


語調が、強くなる。

私は口を突き出して、体も背ける。



「なんでもないってば」

「なんでもないんだったらなんでそんなこと聞くんだ」

「試しただけです」

「試すって何を!」


シュウは、私の前に回り込んできた。
テーブル越しに、ソファに座る私に視線を宛てる。


ほら、私は逃げれば、アナタは追ってくる。


もっと、近付いて。
もっと、気にして。

私の行動や態度の一つ一つに注目してよ。


「………」

「……どうしたんだ、



視線を合わせたまま、時は動かない。

目に、光が見えない。



もう、限界だよ。



「ねぇ、なんなのシュウは」

「…え?」

「見えてるところだけ取り繕って…」



こんなこと言って、何になるの、って、
本当は分かってるんだけど。


止められない。




…ごくん。




「偽善者じゃん」




バン!





酷く大きい音がして、
テーブルを叩いたシュウは立ち上がって私の肩を掴んだ。

そのまま、ソファに押し倒された。




このままチュー?もしくはヤっちゃう?

乙女憧れの体制に咄嗟にそんなことを思った。


だけど、実際は。




深く溜息を吐いたシュウは、
手も離して私の上から降りた。

背を向けられた。



涙が、出そうだ。



「…なんか今日のシュウ、変だよぉ」



は?
という顔が、見えた。



「おかしいのはの方だろう」

「私はいつも通りだよ」

「俺だってそうだ」

「違うよ!」



お互い声を張り上げて、
視界が揺れてる。

こんなのオカシイ。


だけど止まらない。



「だって、私の知ってるシュウは!」

「っ!お前は俺の何を!……っ」



言いかけて、シュウは止めた。



だけど、どんな言葉が続くかは分かっていた。

「お前は俺の何を知ってるんだ」。


私は、シュウの何を、知ってるんだ。


…何を知ってるんだ?





そうしてみると、ほとんど何も持っていないことに気付く。
一緒に過ごした日数なんて、実は半年にも満たない。
付き合い始めて4年の月日が経っているのに、
本当は中身はスカスカだ。

長期の遠距離恋愛で、私は何を得た?

遠くに居ても崩れない結束?それとも、
遠くに居る時の愛し方?


今、4年ぶりに近くに来て、

私はこれからどうすればいい?



こうしてみると、何も知らない。
だからシュウも、何も言わなかったんだ。
言えなかったんだ。



シュウはまた一つ、大きな溜息を吐いた。



「ごめん。今日は帰ってくれ」


「シュウ!」


「お互い頭を冷やした方がいいだろう」




何よ……それ。




違うよ。
違うんだよ。
私はこんな展開は求めていなかったはず。


ただ、一言、
「何かあったのか?」
って。

たとえ、
たった一つの視線でもいい。


私を。

ちょっとでいいから。


でも……こっちから言えるわけないじゃん。
気付いて、よ。







ぽろり、と。



涙が零れた。






さすがにシュウはぎょっとした顔を見せた。





っ!?ごめん、ちょっとキツく言い過ぎたよ」

「……ばかぁ」

「ごめん…」

「バカァー!!!」




泣きながら大声で叫ぶ私の言葉は、
本当は、シュウだけに向けられた言葉ではなかった。

それを分かっているのか居ないのか、シュウは、
自分だけ謝って、一人で罪を背負って。


何やってるんだろう。私。



だけど、抑えられないんだもん。




「心配掛けたくないって…私も思ってる。だけどっ…」




息が詰まる。





「もっと心配してよぉ……」




涙が、


涙が止まらない。




この矛盾だらけな心を、どうすればいい?





「バカぁ……」





こんなこと言いたくないのに。

思っているわけでもないのに。


どんどん口から飛び出してしまうよ。


心の中だけでは抑えきれなくなった言葉が
零れ落ちて

このままじゃあ君の耳に届いちゃうよ。




どうしようどうしよう。

焦る気持ちとは裏腹に、君は近付いてきて。


君が、近付いて。




「――――……しゅ、う…」



息が出来ないくらい、強く抱き締められて。





いっそこのまま窒息死できたら
自分はどれだけ幸せだろうと思った。


でも

「ごめん」

この一言で、一気に現実に引き戻されて。




「ごめん。ごめん…」

「もう、大丈夫だから…離して」

「ゴメン」


私の言葉を無視したシュウは、
腕に更に力を篭めた。


ちょっと……本当に



死ぬ。







長い間があって、
くぐもった声が体越しに聞こえる。





「気付いてた」





――――――。








「本当は気付いてたんだ」








………え?





一つ一つ紡がれていく言葉は、
私の予想とは違って。
期待とも、ちょっと違って。


私は、何が欲しかったんだっけ?





「気付いてた、の…?」


「……うん」





低い声が。


響く。




「気付いてた。が元気ないな…様子がおかしいな、って。
 だけど、今日は久しぶりだし…今は環境が変わって戸惑うことも多くて、
 だから一時的なものだろうなって、勝手に解釈してた」



…その通りだよ。

住む場所も生活の様式も人も時間も何もかも変わって、
戸惑うことばかりだったよ。

久しぶりすぎて、ちょっと混乱してて、
いつも通りが分からなくなってたよ。

でもこれはきっと一時的なものだよ。


その通りだよ。
シュウの言うとおりだよ。


なら大丈夫だろう、みたいに思ってたところ、あった」


これは、放置じゃなくて、信用?



全てがシュウのいうとおりだ。
一体、私は何を期待していたのだろう。


環境が変わって、戸惑うことが多くって、


 ――離れている間に人も街も何もかもが変わって
  置いていかれたような気持ちになって――


だから心配してくれるのも当然だと思ってた。




何、甘えてたんだろう。




そんな私の考えを知らないシュウは、
申し訳なさで一杯の声を掛けてきて。




「俺が思ってた以上に…辛かったんだよな」




首を、うな垂れた。




「本当に、ゴメン」


「………」





腕が。


放してくれない。



寧ろ、力はどんどん強まって。






もう、限界。




そんな時、ふっと、力が緩められた。





「………」


「………」



無言のまま見つめ合って、

シュウが動いた。



「ごめん、俺…取り乱して」

「ううん」



私は首を振った。



「怒鳴ったりしてごめんな」

「ううん、こっちこそ…」



少し照れた風に、でも申し訳無さそうに、
シュウは苦い表情で話を続ける。


「バカみたいだな…俺。
 一人だけ足踏みした気になってた」


え。

それはどういう…。



「離れている間にばっかりどんどん変わってしまって…」


ちょっと。

ちょっと待ってよ。



「どうやって声を掛けたらいいのか、分からなかった」


それは、私の言葉じゃないの?



「その、緊張…っていったら変だけど、前みたいに気軽に…言えなくて。
 本当は、すごく心配だったんだけど、なんていうか
 俺が心配してたらは余計気にするかな、とか…思って…
 でもそれは余分な心配だったかな…そうだよな」



本当に、ごめんな。


焦った風に捲し立てた後、
もう一度、シュウはそう呟いた。






私…は。


私は、どれだけ気付いてあげられてた?




シュウが、シュウが私のことで、悩んでくれてたこと。

シュウだって、たくさんたくさん、悩んで、
それでも私に心配かけないように振る舞って。


何も気付いてあげられなかった。


私は。





「……ごめん」


、泣くな」


「ごめんなさぁい…!」




いくら泣いても、たとえ泣かなくても、
この罪悪感が消えることはないって分かってた。


泣き続けていたら、シュウがそっと抱き締めてくれて、
漸くこれが自分の甘えなんだって気付いた。



だけど、今は精一杯泣かせてください。








――気付いていないのは、シュウじゃない。私の方だった。


私は、心配かけまいと隠していて、
だけど本当は心配してほしくて。

シュウは、本当は気付いているのに、
心配かけまいと気付いていないふりをして。


気付いていないのは私の方だった。

全部全部、私の甘えだったよ。



やっぱり、シュウばっかりがどんどん
遠くに行っちゃったように感じられちゃう。

何も変わってないよ、私。
甘えん坊なところだって。
相手が動いてくれるのを待つ癖だって。

何も変わったつもりないのに。



「私…全然変わったつもりないのに」



ん?
とシュウはこっちを見やる。



「そんなに変わったかなぁ?」


必然の上目遣いで見上げると、
シュウはにこりと微笑んだ。



「すごく、変わったよ」



ちょっと、間があって。

ためらったシュウは、少し顔を伏せて、
普通だったら気付かないぐらい仄かに、頬を染めて。







「…キレイになった」



「!」







やっだもーぅ!!

なんて言いながらシュウの背中をばしんと叩く私は、
前から何も変わってないように思えるのに。


だけど、変わったのかな?

シュウが変わったみたいに、
私も、変わったのかな。


私が変わったことに気付いてないみたいに、
シュウも、気付いてなかったりするのかな。



だけど、私は言ってあげない!



カッコよくなったとか、
大人になったとか、
そんなのなーんにも、言ってあげない。


でも、シュウは、
私がそう思っていながら言わないってことに、
気付いたりするのかなぁ?


……。



「だけどシュウ、鈍感だからなぁ…」

「ん、何か言ったか?」

「い〜や、ひとり言っ!」



そんなこと言ってケラケラ笑ってるうちに、
さっきまでの悩みなんてどっかにぽーんって飛んじゃった。

そして思い出した。




「シュウ〜」


「ん?」




私は一つ、自分の得意な、満面の笑み。




「大好き!」




そしたら、シュウも、
お得意の、ふっとした柔らかい笑みで、
同じように返してくれるはずだ。




久しぶりに、大好きイッパイです!!!




そんなことを思いながら、私はシュウに抱きつく。
クーラーの冷気も忘れてお互いを確かめ合う。
そんな私たちが、そこに居た。


これで明日からも頑張れそう。そんな気がした。






















久しぶりすぎて「大稲ってどんなだ?」
って忘れちゃったのは私だよ。(笑)
題名はミススペルじゃないって。同じ陸地ってこと。

こういう喧嘩って少なかったよね大稲。
もっとあるべきだと思うの。
そして私をもっとドキドキさせてくれるべきだと思うの!!
……て、書くの自分ですが。ぁ

書きながら笑ったり泣いたり悶えたり。
もう大石が好きすぎる。大石大石。

許してやってよ。設定としてちゃんは典型的B型なの。
一生懸命自分が一番考えてるつもりになってるの。
本当は、それが周りの気遣いだったりしてもね。
↑つーか自分だ。(orz)

初めと趣旨変わってたり(日記にでも詳しく書くさ)、
間がかなり開いてしまったことから、
話の展開が一部無理がありますが、ご愛嬌。

大稲、そして私を応援してくださっている方、いつもありがとう。
感謝の意味も込めて久しぶりの大稲作品とさせていただきます。


2006/10/06