今日は私の誕生日。

ここは私の彼氏の家。


他に誰も居ない。

私たち二人だけ。


部屋の中、ベッドの上でキスを交わした私たちは、

それ以降は動くことが出来ない。











  * 解禁記念 *












ゴールデンウィークのさなか、私は彼氏の家に居る。
家族は皆旅行に出掛けているらしい。
要するに、愛し合う若い男女が一つ屋根の下、だ。


見詰め合う視線が痛い。
距離は20cmってところだ。
焦点を合わせているのも正直辛い。



「前から宣言してたけど…」

「……」

「いざ、その状況に立たされると焦るね」

「な」



その宣言というのは。




『18歳になったら、処女を失おうと思います』




秀は、凄い勢いでお茶を噴き出したのを憶えてる。


『うわっ、秀一郎汚い!!』

『ご、ごめん…』


謝られても私は不機嫌な顔を貫いて、
別にお茶を吹っ掛けられたから怒ってたわけじゃなくって、
って呼んでくれたら許す」って。

私は付き合う前から名前で呼んでたからな。
いつからだったっけ。憶えてないや。
とりあえず、高校になるころにはもうそう呼んでた。
中3の文化祭が切っ掛けだったかな。そうそう。

当時学級委員だった秀は、色々なところで引っ張りだこで。
丁度男子に数人連続で「秀一郎」「秀一郎」「秀一郎」って呼ばれて。
だから私も用もないのに「秀一郎」って呼んで。
こっちをムッと振り返った大石クンに、二ッて笑って。

参ったな、って表情、今でも憶えてる。


『どうした、なんの用だ?』

『呼んでみただけ』


眉を軽くは顰めたけど、怒った感じはしてなくて。
忙しそうな“秀一郎”は呼んできていた男子の方へ向かった。

それ以降、私は呼ぶときは「しゅういっちろーぅ」って呼んでた。
ちょっとふざけてるみたいに、語尾を延ばして。

ふざけ半分でそう呼び始めたんだけど、
本当は、下の名前で呼んだら少し近付けるんじゃないかって、
一生懸命意識してそうしてたんだ。
貴方は、おふざけの延長線上としか捕らえてなかったかもしれないけど。


いつの間にか、それも普通になったね。

いつしか、そんな呼び方も懐かしくなってるね。




「…大石くん」

「え?」

「しゅーいっちろー」

「…どうしたんだ?」

「秀一郎」

「はい…」


突然改まった様子の秀。
私はクスクスって笑ってベッドに仰向けに体を投げた。



「呼んでみただけ」



秀は、眉を軽く顰めた。
だけど、怒ってる感じなんてどこにもなくって。

天井をちょっとだけ見上げて、何かを思い出してる風だった。



「懐かしいこと言うんだな、さん」

「わー、さん付けだ!初々しいっっ」

「さっき“大石クン”とか言ってたのはそっちだろ?」



そう言いながら、秀も私の横にぼすんと体を倒した。


おっと。顔が近い。

…そうだ。

そもそもこんなことを思い返すことになった切っ掛けってのは、
2年前のあの宣言からじゃないですか。そうだよ。




秀がお茶を噴いたあの日は、
私たちが付き合い始めてから一ヶ月ぐらいのデートの日。
高校一年生の時だ。

確かテスト期間で、部活が無かったんだ。そうそう。
一学期の期末だったかな。
秀の家で勉強しようってことになって(というか私が一方的に決めて)、
大石家に始めて訪問したんだったよ。それそれ。

まだキスもしてなかったと思う。
後日、親友のに『一ヶ月経って手を繋いだだけ。
家に遊びに行ったとき二人きりだったけど何も無かった』って言った。
(さすがに、18歳になったら処女を云々発言については言わなかったけど)
そしたら大爆笑されて、直後に真顔で「あんたら小学生?」って聞かれた憶えが。

つい最近に感じるよ。
でもそっか。2年前なんだ。



「2年前かー…」

「ん?」

「宣言から2年って言ってるの」

「ああ…」

「宣言っていうか、付き合いだしてから大体そんなもんか。
 宣言は付き合い始めて1ヶ月ぐらいだから」



秀はちょっとだけ居心地悪そうに体制を変えて、
二人揃って天井を見るように隣同士で寝そべった。

時流れるのが遅い。

2年間なんてあっという間なのに、1秒が無限に感じる。



1秒が無限に感じる体験。
そういうの、他にもあったな。
それこそ、キスした時のことだって。

始めてキスをしたのは、とあんな会話をした当日のこと。
別に「このままじゃあんた達エッチどころかキスもしないままお互い愛想尽きるよ」
って言われたことに焦って…ってわけじゃないって!
だって、私から迫ったんじゃないし…。
態度に出した憶えもないし。とりあえず本人的には。

もしくは秀が立ち聞きしてたとか…。
そんなこと、今更確かめづらいことだけど。


その日の放課後、学校帰りに突然秀が立ち止まって。




『う?』


振り返ったら、秀の後ろに夕日が見えて眩しかった。
この時のこと、一秒一秒の出来事、全部脳裏に収めてある。

一瞬下を俯いた秀は、決心したかのようにこっちを向いて。



『……キス、しようか』

『はぁ!?』



私はマヌケな声を出してしまったな。
その発言が理解できなかったわけじゃないんだけど、
突然だったからさすがに、驚いて…。

目をぱちぱちさせてる私に、秀は歩み寄ってきて。
ガシッと上から肩を押さえられた。


『どうしたの、秀一郎…』



『へ?ぇ、わぁ…っぷ……』


そのまま私は唐突に口を塞がれて。
重なった唇は成す術を無くして、痺れるような熱さを感じて。
舌を入れたりなんてしない、ごく普通の、触れるだけのキスだった。

たったの数秒間だったってことは、口を離した後も
公園の横に立っていた私たちにキスする直前に聞こえ始めた6時を告げる歌が
まだ全然進んでいなくてその後も鳴り続けていたから。



『ど、どどどどどうしてくれる私のファーストキス!?』

『ええっ!!嫌だったか!?』

『イヤ、て、ゆうか…なんていうか心構えってもんがっ!』


ギャースカと騒ぐ私たち。
凄く興奮していて、ほっペもきっと真っ赤で、だけど夕闇に紛れて、
いつもは声を張り上げたりなんかしない秀も大きな声を出してて、
心臓がいつまでもドクンドクンって地面まで響いてた。


幸せで幸せで幸せな瞬間。
一瞬なはずのその時間は、一生に匹敵する感覚で満たされた。


今でも思い出せる。
まるで今起こってる出来事みたいにドキドキする。

こう考えると、近いように思えるのにな。



「…時間ってさ」

「うん」

「長く感じる時と、短い時とがあるよね」

「そうだな」



今は、どっちだろ。
時計の秒針を数える余裕があるから、中間ぐらいかもしれない。
ついでに、水槽もコポコポ音を出してる。


そういえば、お魚さんにも思い出あるなー。
私は、秀のことを秀って呼ぶようになったのは、
お魚の“しゅう”が元なわけで。
いやいや、そのお魚に名前をつけた元は私なわけで。

…私かよ。


「お魚さんたちに名前はあるの?」って私が聞いて。
そしたら秀は「いや、付いてないよ」と言うから、
「じゃあ私が付けてあげよう」っていうことになって
…っていうか一方的に決まって。

めだかみたいのが沢山すばしっこく動いてる。
名前を付けたところでどれがどれか分からなくなるのは目に見えてた。

だから、同じ種類では一匹しかない魚を選んで、
「これ、名前“しゅうちゃん”。決定」って言った。

あの時の秀のマヌケな表情、笑えたな。あーあ。


『しゅう…チャン?』

『ダメ?』

『だめ、ってことはないけど…』

『じゃあ決定ね、秀チャンっ』


そういって、私は秀のほっぺをツンと突付いて。
そうしたら顔を真っ赤にして「チャンはやめろっ!」って。
実に赤かった。本当に赤かった。ゆでだこのようだった。


『なんでよー?』

『魚じゃなくて、俺のことを呼ぶのが、な』

『エー…』

『お前だって、突然「チャン」なんて言われたら困るだろ?!』



チャン…。

ちゃん!!



『ごめん、随分トキメいた…!』

『……』



私は両手をホッペにあてて、それはそれはドキドキしちゃったものよ。

いやぁ、あの時トキメいた。素で。
後にも先にも、秀にちゃん付けされたのなんて一回だけだった。
私が秀をちゃん付けしたのは、からかう時に何回かあったけど。


『じゃあ秀でいいや』

『俺がか、魚がか?』

『両方』

『そうか』


あ、だけど魚はひらがなね、
って言ったら秀は笑ってたな。「そんなこと気にするのか」って。
なによーぅ。随分重要でしょう、ひらがなカタカナ漢字は!!
日本の心を失ってたまるかー!
3種類の文字を使いわけてる種族なんてそういないぞよ。

なにはともあれ、それ以来、秀って呼んでるな。
何回かクセで秀一郎って呼んだけど、
いつの間にかすっかり秀が定着して、
意識しなくてもそういうようになって。

キスだって、普通のことになっちゃったな。
初めての時はあんなにドキドキしたのに。
今だって、するときは心臓が少しだけ大きく打つけど、
あの時の目眩がしそうになるほどの感覚はない。


始めは大変だったことも、
少しずつ、普通になっていく。

宣言の内容も、今でこそこんなに意気込んでるけど、
いつか日常的なことになっていくのかな。
それは幸せかな。だけどちょっと寂しいかな。

思えば、二人でこうして居ることだって、
始めはあんなに特別なことしてる気分だったのに、
基準が変わったのかな。今ではこんなに、自然。






名前を呼ばれて、上を見ていた顔を逸らしてそっちを向くと、
秀は、そっと私の前髪をめくって、おでこに軽くキスをした。
目を閉じたその上で、ちゅっ…って小さく可愛い音がして、
凄くくすぐったくって私は身を捩った。
そんな私を、秀はぎゅっと抱き締めた。
凄く温かくって、広い胸板に酔い痴れた。


「お誕生日おめでとう」

「…ありがとう」


そういえば、まだ言われていないことにそのとき気付いた。

私が家に着いてインターホンを鳴らすと、
秀はいつものように出てきて「いらっしゃい」って言って、
私は笑顔を見せて「お邪魔しまーす!」って。
部屋に上がったら、飲み物いるか、って聞かれて、
特にいらないって言ったら、静かになって、
まずったかなと思いつつベッドの上に勝手に座って、
秀も横に座ってきた瞬間に「どうしよう。18歳だよ」って一言。

秀が何か言う前に、ぐりんって横を向いて「どないしょ」って言ったら、
顔が近くて、そのまま、キスをした。
んで、顔を離して、寄り目状態で固まって、そんで、坦々と今に至る。


そうか。
今日はおめでたい日なんだ。
記念日ってやつじゃんね。


はっ。
そういえば突然思い出した。
私が秀を好きになったのは、おめでたの日だった。
おめでたい日じゃなくて、おめでたの日、ね。
それこそ、3年前の今頃だよ。
そっか一年ぐらい片想いしてたんだ私。今更だけど、へー!

私はどうも発育が遅い類の人間だったらしく、
身長もそれほど低くないし(164cmよ)、
誕生日だって早い方だった。
だけど同じクラスのみんなっていうともう来てるわけで。
何がって、その、オメデタ、がね。

いやオメデタって、赤ちゃんじゃないですよ?!
一般的にはそっちのことを言うか。まあいい。おめでたいんだ。
赤ちゃんを生む用意が出来る、アレのことです。
その日の夜はお赤飯だったってばさ。

なかなか来ないから、問題あるのでは…と思って少し悩んでたよ。
もしかして一生来なかったらどうしよう!?とか
周りに置いていかれる不安の中で考えてて、
だから突然やってきたその事態を即座には受け止められなくて。

血尿かと思った私はどんな病気だよと思ってそれはそれは驚いて、
一瞬自殺したくなるぐらい不安になって、
数秒後に冷静になって、もしかしてこれがセーリってやつなのでわ、
と思って友人に聞きに行こうと思ったけど恥ずかしくて、
そこで何故か保健室に行かないで、家に電話したな、私。

お母さんは電話の向こうで高いトーンで喜んで、
どどどどうすればいいの!?と戸惑う私に、
保健の先生に言えば大丈夫よ、と言われたからそれに従って。

先生は、「あらまあまあ初めてなの、おめでとう!」って。
ちょっとの恥ずかしさ、焦りであたふたしている私に、
「大丈夫。それはすごくおめでたいことなのよ」って言った。
ナプキンを持たすとトイレまで付き添ってくれて、
職員用のトイレを始めて使った私は居心地の悪さにドキドキした。
途中でチャイムが鳴っちゃって焦ったけど、
保健室に行ってたと言えばいいや、と決定した。真実だし。

「困ったことがあったらいつでも寄ってね」って言って
先生は保健室の中に戻っていった。
私は折角だからゆっくり歩いていこうと思ったけど、
そういえば次は国語の授業だったことを思い出し、
背後にある職員室から先生はこれから出てくるような気配もして、
追い付かれると嫌だから少し早歩きになった。
(教室に来るのが遅かったのよ、国語の先生)


教室に入ると、みんなは休み時間が終わっても喋ってて、
ほとんどの人は座ってるけど数人席を立ってる人も居て、
何気なくそそくさと教室に戻ってく自分にドアのすぐ隣りに席のある
学級委員――要するにそれが秀――が「どうして遅かったんだ」って。
ちょっと怒ってるように感じられる口調だった。
普段は優しいけど決まりに厳しい大石くんだからな…
と思いつつ、私は「保健室に行ってたんですぅ」って
口を尖らせてぶすっと返した。語尾にアクセントを置いて。

そうしたら、眉を顰めていたその人、突然はっとした表情になって、
「どこか体調でも悪いのか、大丈夫かい!?」って。

そのときに急に表情が変わった様子に、ビックリした。
心臓が飛び出すかと思った。ドキドキした。

心から心配してるって表情で、逆に申し訳なった私は
「だいじょうぶ!大したことじゃないから」って手を振って否定して。
「でも…」と口を開いた秀だったけれど、
そのとき前のドアから先生が入ってきて(秀の席は後ろの端だった)、
私はそそくさと自分の席へ戻った。左に二つ前に三つ。
みんなが立ち上がってるうちに自分の定位置へ滑りこんで、
「気を付け、礼」って秀の号令で挨拶をして座った。
座る時にちょっとだけ嫌な感じを感じながら、
斜め後ろを振り返ると、こっちを見てたから、愛想笑いを返した。
“だいじょうぶ”って口パクで示しながら。

思い起こしてみれば、あれが切っ掛けだ。
好きになったことの、切っ掛け。
あれが全ての始まりだったんだな。

堅物だと思ってた学級委員さんと話すようになった切っ掛け。
興味を持つようになった切っ掛け。
その姿を目で追うようになった切っ掛け。
好きになった切っ掛け。

あー、そういえば、面白いのはその後だったな。


「秀ってさー…」

「ん?」

「…天然?」

「はぁ!?」


秀の胸の中に潜ったまま、私はくっくと笑う。
向こうの表情はこっちからは見えないけど、
多分、なんだそりゃ、って顔をしてると思う。

大好きだなぁ。もう。ホント。




その後何があったかって言うと、
私、お腹が痛くなってきちゃってさ。
人生初の生理痛ってやつですよ。

これが噂のオンナノコ特有の痛みってやつか…!
と思いながら、それでも我慢できないような痛みじゃなかった。
わざわざ保健室に行くことはないかなって、
私は休み時間になっても自分の席でお腹抱えてじっとしてた。

そうしたら、斜め後ろから誰かが来て、それが秀で、
険しい顔してるから何事か、と思ったら
突然優しい顔になって話し掛けてきたんだ。


『心配事があるなら相談してくれよ?』

『いや、大丈夫だって!全然そんなんじゃないから…』

『そうか…ならいいんだけど』


そうはいいつつも、秀はまだそわそわしてて。
そうしたら胸ポケットからなにやらを取り出して。
なんだこりゃ、と手にとって見れば。

胃腸薬。


『あ、あの…大石?』

『胃って神経が集まってて過敏なんだ。
 俺…何か思い詰めてるとすぐに胃が痛くなるから、
 もしかしたら、にも効かないかな、って思ったんだけど…』


………プッ。


『え?』

『ははっ…アハハッ』

『なっ!?笑うことはないだろう、こっちは心配してるのに!!』

『あははははははっ!!』


笑った。
あれは笑った。

素で笑ってお腹が捩れそうになった。
そのせいで余計痛くなったりしたけど、
また更に笑ってると面白くって忘れてた。

散々笑ったけど私は「ありがとう。本格的に辛くなったら飲むよ」
って言ってそのままその胃薬を頂いた。
でも結局、その日もその後も、その薬を飲む機会はなくて、
それはというと、そのまま生徒手帳に入れてお守り代わりにしてた。


あーおっかし。



「天然だよ」

「そ、そうか?」

「うん」

「例えば、どんなところが…」



例えば。ふむ。

さすがに今の話の真実を明かすのは、酷だと思ったので、
別の事例を考えてみることにした。
手身近な例があるかな、と思ったけど出てくる出てくる。
数秒が経つ頃には、私の頭の中は秀の天然ボケ事例で一杯になっていた。

うっかり踏んじゃって、「靴の裏に画鋲が…」って呟いたら、
物陰に連れて行かれて「イジメか!?」凄い形相で聞かれたこととか。
(あんたの行動こそイジメですよ/=物陰に連れ込まれて脅される)
(裏側に画鋲を差すバカがどこに居る)(普通は中に入れるだろ)

真夏の体育の授業の後、あまりに暑いから
「死ぬーマジで死ぬー」とか言いながら窓を開けたら、
「そんなことしちゃダメだ!生きていればきっと希望が…」
とかなんとか言っちゃってがっしと腕を掴まれたこととか。
(あれは驚いた)(そんな反応をされたことと掴まれたことが)

他にも色々あるのよ。
バレンタインデーに机の中にチョコを見つけて
「俺の誕生日、今日じゃないんだけど…間違えたのかな」
とか言ってたこととか。(タコ殴りにしたろかと思った)
授業中に目が合ったから「バーカ」って口パクで言ってやったら、
何を思ったか筆箱の中からマーカーを出して首を傾げたこととか。
(確かに口の動きは似てないなんてことはないよ)(でも…)


だけど極めつけは、これしかない。


「ねぇ秀」

「ん?」

「私、秀に2回も告白したことあるの知ってた?」



間。


「………っええ!?」

「待ってました、その反応」


私がガバッと秀の胸の中からはじき出されるようにされた。
実際は、秀が数十センチ後退りしたのだ。

秀は目を白黒させてパチパチと瞬きしてる。



「だって、告白は俺から…ええっ…?!」



そう。

私たちが付き合うことになったのは、高1の時。
クラス替えをして、別のクラスになってしまった私たち。
このままじゃ係わり合いがなくなってしまう、
と思って焦って私がアプローチを仕掛けた。
まだ、中3の余韻で話す機会があるうちに。

そうしたら、そのうちに秀から呼び出し喰らって。

「突然こんなこと言われたら困るかもしれないけど…俺、のこと好きだ」

って言われた。わけ。


分かる?
“突然こんなこと言われたら”だよ!?
私は何回、あんたにそういうアピールをして、
今度こそ、ついに返事がきたかと思ったら、
そっちから告白してるつもりかよ!!っていう。ね。

あーあ…。



「字で分かると思ったのに…」

「え、字?ぇー……え?」

「思い出しました?」

「ごめん、全然…」


ふぅ。
溜息も出るわよね…。



中3の終わり頃。
私と大石の席は、なんと都合の良いことに隣りになった。
あの時の私の喜びようといったら尋常じゃなかった。
休み時間になった途端にに思いっきり抱き着いたぐらいだ。
私じゃなくて本人に抱きついちゃえば、って返されたけど。
(「それが出来たら苦労はないわー!!」と更に返した)

授業中、私はメモ帳をどんどん使って秀に手紙を書いた。
たまーにしか返事はこない。秀は内職なんてしない人だから。

初めては『つまんない』って書いて紙を小さくたたんで机に投げたとき。
秀はこっちの方向を見て、不思議そうな顔で眉を顰めた。
だから私は手のひらで指し示して、貴方宛てですよ、って促した。
眉を顰めたまま開いた秀は、私の顔と紙を見比べて。
にひひ、って笑った私だけど秀は顔を顰めたままで。
すぐに机に向き直ったかと思うと、私の大きくて丸い字の下に
小さいけどしっかりと角や撥ねのある文字で、
『授業に集中しろ』って足されて返ってきた。
私はあかんベーをした。

そうしたら先生に宛てられたりして、
なんとかその場は切り抜けたけど、秀は
「それみろ」って顔をしてて、悔しかったけど、ちょっと楽しかった。

懲りずに何回も手紙を送り込む私。
返事のペースは10回中1回ってところですか。
私が10回書いて送り込むころには向こうも返事をくれる、っていう。
といっても、内容はどうでもいいことなんだ。
『今日の先生の髪型イケス』
『昨日より毛が増えてるのは気のせい?』
『2323アート○ーチャー』(←実際に伏字だった/笑)
『粘って粘ってバーコードと
 あっさりスキンヘッドとどっちがいいと思う?』
『返事チョーダイよ』
『ねぇ』
『しゅういちろーくーん』
とかそんな感じ。一例として。
本当に、どうでもいいことばっかり。
メモ帳を使うのをやめて、ノートの端をたくさん破いたものだ。
特に、数学のノートの端はボロボロで本当に端がない。

休み時間になると、迷惑そうな顔をして
「授業に集中しろって何度も言ってるだろ!?」って。
「でも読みながらちょっと笑ってたくせに」って言うと、
何も言えなくなっちゃうんだ。楽しー。

この頃は、毎日どんどん仲良くなったな。周りにも噂されたし。


そうそう。噂されたのよ!
それこそ、第一回の告白の切っ掛けなのだけれど。

休み時間に、相手をバシバシ叩いたりと(…てこれは私だけか)
スキンシップを図りつつ会話を延々と続ける私たちを見て、
クラスの男子の一人が「と大石はデキてるぞー!」と騒ぎ始め、
周りも便乗して「うっそ、マジ〜」「いつの間にー!?」などなど。
騒ぎの真ん中に立たされていた私たち二人は
「付き合ってなんかない!」とあたふた否定した。
それでも「ムキになるところが怪しい」と騒ぐもんなんだ、周りは。

秀は「本当に俺とはなんでもないんだ!」って。
そしたらさ、私、なんか悲しくなっちゃって。
周りが騒ぐのは困るけど、本人にそこまで否定されるのも、さ。
だから私は袖を引っ張って、「もういいよ、秀一郎」って止めに入った。
「でも…」とかなんとか秀は言ってたけど、私は「いいよ」って。

それで、本人にしか聞こえないように小声で、
「本当だって思われても、いいと思ってる、し…」って。

どれだけ勇気使ったか分からない。
袖を掴む手がちょっと震えてたから、
焦ってパッて手を離したのを今でも憶えてる。

それは私なりの告白だったんだ。人生の初告白。
なのに秀ったら気付かず、「そうだな、言わせておけばいいな」って。

うん、これは伝わってないな。っていうのはその場で分かったよ。
ちょっと虚しかったけど。
私は心臓バクバクいわせてるのに。


だからもう一度アプローチをかけることにしたんだ。
手紙をたくさん交換していることを、利用した告白の方法。

何が言いたいかっていうとね、
そのように、秀は私の文字を何回も見ているはずなの!




「机に、好きです、って書いたの…」



数秒沈黙。


「……あ、ああっ!」

「思い出した?」

「あれ、だったのか…気付かなかった」

「やっぱりねー…」


がくぅ、と首をうな垂れたくなるそんな気持ち。
元々ベッドに寝っ転がってたからうな垂れるも何もないけど。


私の字、クセのある字だね、ってよく言われた。
典型的な丸字ってやつ?
周りのみんなが書く字とはちょっと雰囲気が違うなって自分でも思う。
かわいいー、いいなー、って言うけど、
私はみんなみたいな字が書けるようになりたいって何度か練習した。
結局、自分の字のまま定着したんだけど。

それでも、特徴のある字だからこそ、
毎日見せていることだし、気付いてもらえるかな、って。
それで机に書いたんだ。

音楽の授業の時に、忘れ物をして取りにきたの。
誰も居なかった。
隣りの教室からは先生が授業をしている様子が聞こえるのに、
教室の中はシーンとしてて。
私は自分の本来の席の隣りに座ると、
自分より一回り大きい机と椅子にビックリして、
地面に足の爪先しか付かなくて、ぶらぶらさせて。

こんなことしてる場合じゃないやー早く音楽室に戻らなきゃ、
と思ったけど、ちょっと、閃いて。


机の、一番見やすい位置に。書いた。

好きです って。

名前は書かなかった。
きっと分かると思ったから。
教室に帰ってきたときの反応がすごく楽しみだった。


だけど秀はというと、教室に帰ってきて席につくと、
文字を見て、首を傾げて、周りをキョロキョロして…終わった。
私のことなんて全く気にしちゃいない。

その文字は消されなかったみたいだけど、
時間が経つとともに、どんどん薄れていってしまった。

好きって気持ちは、薄まるどころか毎日強まっていたのに。



「その机に書いたのが一回でしょ、それから、
 クラスのみんなに囃し立てられたときにも一回」

「…え?」

「うちらがデキてるとか騒がれた時に、
 『それが本当でもいい』みたいなこと言ったんだよ私」

「…嘘だ」

「ホントですー!」



ああ…。
これも気付かれていなかった…。

確かにさ、分かり難かったかもしれないよ。
告白っていっても直接的なの一回もなかったよ。
だけど、だけど…。

気付いておくれ。涙。



「ほら2回。しかも秀より先に。…分かった?」

「ああ、よく分かったよ…」

「宜しい」



一瞬静かになる。

だけど沈黙が3秒以上になる前に、秀が口を開く。


「でも…最終的な決定打は俺だったろ」

「うん。誰かさんが鈍感だから」


反論の反論。
秀は無言になる。
私は心の中で大爆笑。

そうしたら、そのまた反論。


だって鈍感だろう」

「えー、私が?」

「ああ。俺が一体どれだけ…」

「ほへ?」


そこまで言って、秀は顔を逸らす。
「なんでもない」とか言いながら。
勿論、なんでもなくないことは表情からバレバレだ。


「そこまで言ったら気になるじゃん!吐け!!」

「…じゃあ言うけどな」


私は少し甘えて、秀の首の周りに腕を回しながら、
「なーに?」って寄り添う。
秀は、その行動からか、これから話す内容のためか、
心なしか頬を染めながら目を閉じて語り始めた。



「俺は、のこと、中学1年の時から好きだったんだぞ」



……は?


はぁ?


ハァ!?!?!



「なんだそれっっ?!」

「やっぱり気付いてないじゃないか」

「だって中1って、私、秀の存在すらしらないよ多分!」



そしたら「が知らなくても俺は知ってた」、だそうで。

…なんだそれ。
うわぁドキドキする。
きっと、秀の顔も赤いけど、私の方が赤い。


「そ、それはいかような理由で…?」

「体育祭だよ」

「……はっ」


中1の体育祭。
それわ…。

封印された禁断の記憶でしょうがっ!!


「クラス対抗リレーでさ…」

「やめてっ!古傷を掘り起こさないでっっ」

「…人の恥は散々掘り返しておきながらか?」

「〜〜〜〜!!」


確かにそうですね。
言い返せません。とほほ。


「確かは、最後から3人目だったんだよ」


そうそう。そうだったわよね。

何が起こったかっていうと。


中1の体育祭、クラス対抗リレー。
秀の言うとおり、私は最後から3人目、アンカーから2人目だった。

作戦として最後の方に速い人を固めてるクラスが多くて、
周りはいかつい男子ばっかりだった。
私も女子の中では相当速い方だけど(クラスでは一番だった)、
さすがに男子には勝てないだろう…って思ってた。
でもなんとか、大きな差をつけられないまま
次の人(桑原直哉だった)にバトンを繋ぐ、それだけを考えて。

っていうか、リレーで何十人もが走っていれば、
終盤に近付けば差がついちゃってるでしょう…
なんて、私は軽い気持ちで順番を待ってた。

の、に。


『赤、青、白ー…緑、黄色、橙、
 はい、どんどん内側に詰めていって!』

仕切っている先生が声を張り上げた。
なんと、こともあろうに団子状態になって走ってきた!!

『うわー接戦だよこれ』

『次のやつプレッシャー掛かるよなー』

『〜〜〜』

もう走り終わった奴がそんなことを言ってるのを傍目に、
私はインターバルの内側に入った。

バトンの練習は沢山したから自信があった。
前の人との連携もばっちり。
一遍に5,6人が詰め寄ってきてちょっと焦ったけど、
私は手を振って名前を呼んだ。目が合った。
そして、いつも通りのタイミングで走り始めた。

ばっちり。
手にはバトンが握られて、
私は滑らかなスタートダッシュを切った。
バトン渡しっていうのはリレーにおいて大きな要素で、
ここが上手だと随分有利だ。
私はその集団の中を一番に駆け出した。

正直抜かれる覚悟は出来ていた。
それでも、出来る限りのことはしようって力一杯地面を蹴った。

そうしたら、カーブに差し掛かる瞬間。


『キャッ!』


ドン、と体に衝撃が走って。
私は地面に体を打ち付けられた。

頭の中は真っ白だった。

それまではトップを走っていたはずの私が、
気付けば後続者にどんどん抜かれていく。
人が蹴った砂が腕に掛かる。

瞬間、遠くに聞こえていたはずの歓声が
突然大きく聞こえた気がしてはっとした。

何やってるんだ。走らなきゃ!

立ち上がって、私は駆け出した。
まだ数メートル先に人が走ってる。
それほど長く転んでいたわけでもないらしい。

インターバルにはうちのクラスの人が一番内側に並んでいて、
だから後ろにも何人か人が居るってことも分かったけど、
それより先にバトンを掴みなおして走っていく人たちを見て、
悔しくて、出来るだけ速く足を動かしたけどそれ以上変わらなくて。

バトンを渡した瞬間「任せろ」って小さく聞こえて、
レーンから内側に切れ込んだ私は、
そのまま呆然と人が走りゆくのを見てて。

これがまた、桑原直哉が走るのが速くてさ。
私が4人抜かれたうちの、2人を抜き返してさ。
そしてアンカーがこれまた更に速くて、
だけど他のクラスもアンカーは速くてギリギリ抜けなくて、
ゴールした時、うちのクラスは3位だったよ。

1位になれたレースだったのに…。
そう思って呆然とする私。
そのとき耳に届いたのは、どっかのクラスが失格だって話。
聞いてみたら、私を突き飛ばしたその人のこと。
当たり前よ。カーブで隙間がないのに内側から抜くなんてどうかしてる。

繰り上がって、うちのクラスは2位になった。
1位になれたレースだったけど。


ちゃん、やったよ!2位だよ!』

『2位…』


幸運で順位が繰り上がったことを喜ぶクラスメイト。
だけど冷静になって。
あれがなかったら、1位にだってなれたかもしれないのに。

その瞬間、私は泣き始めてしまった。
悔しくて悔しくて仕方がなかったんだ。
クラスメイトは「ちゃんの所為じゃない」とか
「大変膝から血が出てる!洗いに行かなきゃ」とか
色々気に掛けてくれたんだ。だけど涙が止まらなくて。
頑張ったみんなに申し訳ないって分かってるんだけど、止まらなくて。

水呑場に行って膝を洗おうとして水をかけると、ビクッと体が撥ねて。
それに驚いて、涙まで一緒に引っ込んじゃった。

保健室に行った私は、膝と肘に一枚ずつ絆創膏を貼って、
先輩たちのレースを見るために自分の席に戻った。
「大丈夫か?」とか聞く人は居たけど、
私を責めたりとか、そんな人は一人も居なかった。
私を転ばした男子は、暫くの間うちのクラスの女子に
目の敵にされていたが、さておき。(大好きだよみんな…)

あの時、本当に悔しかった。ちょっとだけ苦い思い出。



「…で、その古傷な事件がどう関係してるんですか」

「うん」


秀は少し体制を変える。
天井を見ていたのに、こっちに体ごと顔を向ける。


がな、すごく……キレイだったんだよ」


キレイ。
秀はまた、恥ずかしいセリフを平気で吐いてくれる。
視線が真っ直ぐすぎて、逆に私が秀の背中の向こうへ視線を逸らした。


「…なにそれ」

「本当だって」


俺はの前の前の番に走った人だったから、
走り終わった直後に見たんだけどな、と秀は語りだす。


、一番に飛び出しただろ」

「うん」

「それに一瞬目を惹かれてな」

「うん」

「だけど…転んじゃっただろう」

「……うん」


坦々と流れる会話。
秀は、私の手を掴んだ。私も握り返す。


「弾かれてあんなに飛ばされたのに、すぐ立ち上がってな」

「そんなに弾かれてた?」

「2,3メートルは突き飛ばされてたぞ」

「うそ、気付かなかった…」


思い起こしてみる。
体に衝撃が走って、咄嗟に目をぎゅっと瞑って、
気付いたら地面に叩き付けられてて、
そこはなんだかスローモーションに流れてた。
今でも思い出せる。歓声の音量が変わった瞬間。


「私、ちゃんとすぐに立ち上がれてた?」

「ああ。大丈夫なのかって心配になったよ」

「そうだったんだ…」


秀は、私の知らないことまで知っている。
私は、その頃の秀のことなんて知らないのに。


「そのときから、名前も知らなかったその子のことが
 気になりだしちゃってな…参ったよ」

「惚れた?」

「惚れた、ってな…」

「否定しないんだ」


私はくすくすと笑う。
だけど、秀は本当に否定しないんだな。
なんだこの幸せ。

私は秀の手を掴んだまま上下に揺する。


「しかし、それのどこがキレイなのよ」


どちらかというと、たくましいの類じゃない?
そう疑問に思う私。
そしたら、どうも話に続きがあるっぽいよ。


、あの後泣いちゃっただろ?」

「げ、そこまで見てたわけ!?」

「…ずっと見てたよ」

「本気ですか…」


ちょっと待ってまって、
私は秀のことは3年前から見てると思ったけど、
秀は…5年前!?うわぁ…。


「確か、レースが終わるまではしゃきっとしてたんだ」

「しゃきっとしてたぁ?呆然としててほとんど記憶にないんだけど」

「でも、泣き崩れたりなんてしなかっただろ」

「うん、まあ、確か」


確かそうだったはず。
別に、レースが終わるまでは凛としてようとか思ったわけじゃなく、
ただ単に呆然としてて、気が抜けたら涙が出ちゃったって感じなんだけど。

だけど、その頃から秀は、私のことを見てくれてたんだ。


「しっかりした子なんだなーって思ってたんだけど、
 結果が発表された瞬間に泣き出しちゃうから、
 やっぱり女の子なんだなー、って…」

「女の涙には弱いんだ?」

「……うん」

「うわぁい、肯定してくれやがった…」


なんだ、コイツ。
好きだよ。ホント、大好きだよ。

私が秀を好きになったのはお赤飯を食べたあの日。
秀はおいなりさんとからあげの日だな、きっと。


たった一つの切っ掛けが、
どれだけ未来に携わるか、分からないね。

もしかして、あの事件がなかったら、
私たちは今ここに居たかも分からないんだから。

てことは…ん?
私が秀を好きになったあの日、
あの時既に、秀は私のことを好きだったわけで。

私は、秀が優しくて面白い人で、
思っていたほど堅物じゃなくて、それどころか天然で、
それで好きになったんだけど。

そのときから既に、秀は私にアプローチをかけてたとか、そんな?
普通の人だったら教室に遅れて入ってきても気に掛けないのに…
ってことはないか。秀は決まり事はぴっちりの学級委員だった。
それに心配性なところは誰に対しても同じだよきっと。
私じゃなかったとしても胃薬はくれたよきっと。あー面白い。

それでもお互い、ちょっとずつ惹き合っていったんだろうね。


もしかして天然って私の方?
天然ボケかは分からないけど、鈍感?
だって、秀は私たちが正式に巡り合う前も
2年間近く私のことが好きだったんでしょ。
その空白はどこへ消えた。



「ん?じゃあさ」

「ああ」

「始めて好きになってからの2年間、何してたの」



……。
無言。


「どうなのよ」

「そ、それは…」

「教えてよ!絶対怒らないから」


秀は、渋々と。


「他に好きな人が、できたんだよ」


私は、淡々と。


「へー…。そうなんだぁー…」


我ながら、声が怖い気がした。


、怒ってないよな…?」

「怒らないって言ったじゃない」

「いや、声が…正直怖いぞ…」


そうかしらー?うふふーv
怒ってないよ怒ってないよー。
だって誰を好きになるなんて自由じゃない。
一回好きになってから変わったってのが
ちょっと浮気みたいに聞こえてちょっと嫌だったけどーぉ。
ていうか秀、さっき、「俺は中1の時から好きだったんだぞ」
とかなんとか言っちゃったくせにね!参ったもんよね。ふんっ!!

…っと、怒ってませんよ。ふふふーv(本当だって!)

怒る権利もないしね。
付き合ってたわけでもなんでもないし。
そもそもその頃私は秀のことなんて知らなかったし。
それに私だって他に好きな人が居たし……おあ?


「あ」

「ん、どうした」

「思い出した」


そうだそうだ。
さっきの話から導き出されなかったのが不思議だ。

秀が私に始めて惚れたっていうその時だよ。
その時まさに、私は別の人に恋してたわけ。


「例の古傷事件の時だけどさー」

「うん」

「…秀が私のこと好きになったっていうまさにその時にだよ」

「…うん」


受け渡す瞬間に聞こえた小さな声。
猛スピードで走り去っていく背中。
力強く地面を蹴り進んでいく勇姿。

それに加えて、観覧席に戻ってから
「速かったな」って言ってくれたよ。
否定的になって、そっちこそって言う私に、
「もっと離されてたら抜けなかった」って。
「擦り剥いたところは大丈夫か」って
眉を顰めて心配してくれたよ。
この表情、誰かがする表情にそっくりね。今思ったけど。

何はともあれ、そう。
あの時、私は確実に恋をしていた。



「私、桑原直哉のこと好きになってた。あはは」



そうそう。そんなこともあったわね。
私は呑気に話す。わざとらしく笑いながら。

正面に顔を見る。
と、秀の頬の筋肉が強張った。


「へぇ。そうなんだ…」

「わは、怒ってる?怒ってるー?」

「怒ってない!」

「キャー怒られちったー!」


そんなやり取りをして遊ぶ私たち。
分かってる。お互い分かってるのにね。


「中1の間ずっと好きだったなー」

「そうか」

「うん。でも中2の間は忘れてた。なのにね、
 クラス替えの時は、また同じクラスになれないかなって思ってた」


中2の時はクラスに良い人居なくてねー。
好きな人は多分居なかった。男友達はたくさんいたけど。

それだから、中3に変わる時、願った。
同じクラスになれますようにって、
あのドキドキした感じを取り戻したくて。


「なのに、一緒のクラスになったのがこんなかぁー…」

「オイオイ、何が言いたいんだ」

「あはは、なんだろねー」


私は秀の手から逃れて、代わりに頬をぺちぺち叩いた。
秀はその手を掴んで止めると、ぐいと引いた。
胸の中に収められる。落ち着く場所。


「…俺はな」

「お、なんだなんだ?」


ふざけた態度の私に対し、秀はどこか真面目で。
私の手をそのまま引くと、軽く唇に当てられて。


と同じクラスになれて良かった」

「……私だってそう思ってるよぉ」


自分の顔が、ちょっとだけ火照るのを感じた。
今でも、些細なことでトキめいちゃったりするんだって。

同じクラスになれて良かった。
なってなかったら、本当にどうなってたんだろうね、今の私たち。

偶然と偶然が重なって、今の私たちが居る。
それとも、偶然なんかじゃなくて、必然だったのかな?

何はともあれ、今、こうしてここに居ることに感謝する。



「クラス表を見たときは、まだ知らなかったんだけどな」

「なんで?」

「…名前を知らなかったんだよ」

「ああ、なるほど」


ふと疑問が浮かぶ。
何度か握り直して手の感触を確かめている秀に、私は問う。


「ちょっと待って、秀は初めて好きになった時、
 どれくらいの期間私のこと好きだったの」

「…一学期が終わるまで、かな」

「うわなんだそりゃ短いな」


体育祭が6月だから、せいぜい一ヶ月ってところか。
なんだよそれ。それだけかい。


「それって本当に好きだったんですか?」

「ああ」

「うわぁい自信満々だ」


私は思わず笑う。

だけどまた、引きつけ合って、ここに居るのか。
そう思うことにする。それで満足。


「まあいいや。で、初恋の君が同じクラスと気付いた時の心境は」

「別に初恋じゃないんだけど…」

「あら違うのか。だよね。私なんて初恋、幼稚園だよ」


あの頃の恋は、本当に恋じゃなかったと思うけどね。
愛なんて言葉の意味も知らなくて、
真剣な恋愛感情なんて、きっと持っていなくて、
初めての恋は、今の恋とは全然違う。

だけど、楽しかったり嬉しかったり、ドキドキした気持ちはあったと思う。



「気付いた時はな…驚いたよ」

「で?また好きになっちった?」

「……うん」

「軽いなそれ!」



私は笑う。
秀は焦って「前例があったからだよ!」っていう。
ちょっと顔が赤い。
今日の私たちは紅潮したり収まったりを繰り返しすぎだと思う。


「俺たちが初めて喋った時の会話、憶えてるか?」

「会話?私が保健室から遅れて入ってきたときのこと?」

「違う、それじゃない。もっと前のことだ」

「……?」


はて。
…憶えが全くない。

そりゃそうだよね。
好きともなんとも思ってないクラスメイトと
初めて会話した時のことなんて、憶えてないよね。

ていうか、保健室事件の時、
あの時初めて喋ったと思ってた…アイタタ。



「…なんだっけ」

「じゃあ、先に聞くけど…俺たちの初対面は、
 3年2組になったとき、とか思ってないだろうな?」

「え、違うの?」



はぁー…と、
秀は深くて長い溜息を吐いた。

え、じゃあ何、私たち、どこかで会ったことが??


ハテナハテナハテナ。
疑問符が頭の周りでふよふよ浮いている。
秀は鼻にかけて少し笑うと、
「俺は何してたんだろうな…」って。
オイオイ、青春キャラが居るぞ。


「ごめん、思い出せないんだけど…いつどこで会ったっけ?」

「会うも何も…同じ委員会だっただろう」

「…えぇっ!?」

「中1の後期も中2の前期も」

「嘘だ嘘だ嘘だっっ!?」

「嘘を吐くわけないだろう!?」


だって、私、そんな。
え、えぇー?!?!


「秀が体育委員なんてやってたの?え、なんか似合わない!」

「やったさ。まあ、それは他に希望者が居なくてなったんだけどな」

「さすが秀。しかし珍しいね、体育委員が余りなんて。人気なのに」

「それだけじゃないぞ。“前期は体育祭があって面倒だから”美化委員もやったさ」

「…げっ、なんでその事実を!?」


そう、それこそまさに私が委員会を選んだ理由。
まさか、秀の口から面倒なんて言葉が出るとは思えない。
つまり…私の心境を秀は知ってるわけだ。


「中2の始めだけど、廊下でそう話してただろ」

「いや、憶えてないよそんなの!」

「そうだったんだよ。で、俺も同じの選んだんだ」

「うわーストーカー的…」

「ウルサイ」


うーわー…。
マジですか。

本当に、秀は、私よりたくさん知ってる。
私はどれだけのものを見逃してきたんだろう。


「で、初めて交わした言葉っていうのがな」

「うんうん」

「俺、に『カッコイイですね握手してください!』って言われたんだぞ」



間。



「……うっそだー!」

「憶えてないのか?」

「いやいやいや!メッチャ憶えてる!だけどまさか秀だったとは…」


そうだね、確かあれは委員会の始まる前だ。
始まるまで暇だった私を含む体育委員の女子数名。
「王様ゲームをやろう!」ということになって。
適当に千切った紙に数字を書いて、実行。
まんまと引っ掛かった私に出された指令は、
“次に入ってきた男子に、カッコイイですって言って握手求めてくる”!
それで、言いつけどおりちゃんとやったのよ!!

結局、時間がなくなって私だけだったよ罰ゲームやったの…羽目だ。
あれは恥ずかしかった。随分恥ずかしかった。
何が恥ずかしいって、相手の反応が!
だって真っ赤になって口ぽかんと空けて固まってるんだもん!
そうか、あのマヌケ面は秀だったのか!

ああ恥ずかしい。
あんな些細な遊びが4年も経って我が身に降りかかってくるとわ。。


「私その後、ちゃんと罰ゲームだって説明してたよね…?」

「してたよ…だけど、どれだけ驚いたことか…」

「秀、真っ赤だったよ。最高だね」


ケラケラと笑う。

その人の顔は憶えてないけど、
マヌケ面してるなーってのと真っ赤だなーってことだけ憶えてる。
あー面白い。恥ずかしいけど面白い。あーあ。


「好きな子にやられたんだぞ」

「うん。たまげるね」

「たまげたさ…」


そうか…そんなに面白いことがあったのか。
なんで憶えてなかったんだろう…。
そこら辺の男子、としか認識がなかったんだね。
好きな人相手だったら、細かな仕種だって憶えられたのに。

だって、中3になって好きになってから、
私ってば、本当に秀のことばっか見てたよ?
朝の表情を見て今日の部活はハードだったのかなーって思ったり、
新しい上履きに替えた日は即行で気付いたし、
赤ペンのインクが切れる瞬間だって目撃したし、
(仕方がなく青いペンを使うところだって見た)
学食では定食を頼むことが多いのだって知ってるし、
足を組む時は左が上とか、
数学の問題で突っ掛かると頭をペンで叩く癖とか、
漢字テストは毎回必ず3回以上勉強してることとか、
たくさん、たくさん知ってるつもりなのに。

なんだ。私もストーカー的だ。
恋ってのはそういうものなんだよね。仕方ないよね。


「その人が、同じクラスになった一日目の始業式」

「うん」


私は念入りに秀の話を聞く。
秀は、私の知らない話をたくさん知ってるから。

こっちの様子を伺いながら、秀は言う。


「目が合った瞬間に『よろしくね』って言って微笑んだんだぞ」

「……はぁ!?」

「なっ!また憶えてないのか!?」

「仕方ないじゃない!憶えてないんだもん…」


憶えてない。これは本格的に憶えてない。

…待てよ。思い出してきた。
新学期で浮かれていた自分は、
同じクラスだと思われる人全員に
「よろしく」を振り撒いていた気がする。

そうしたら、私の顔を見るなり固まる輩が居たから、
ヤバイこれはこっちも固まったら負けだ、と思って
思いっきり微笑んでご挨拶を…ああそうか、なるほど。

…あれ秀だったのか!!


「ごめん。思い出したくさい…」

「だろ。あれはなんだったんだ?」

「交友を図りつつ堅物対策…」

「は?」

「まあ、気にしないでくれや」


私は秀にぎゅっと抱き着いた。
秀の表情は見えないけど、多分、眉間に皺。
そんなやつなんだって、秀は。


しかし、そっかー…。
あの時秀が固まったのは、
前に好きだった子が同じクラスだと分かったからなのね。
なんだーなんだー。可愛いじゃーん。
でも、そのときは、他に好きになった子ってのはどうなってたんだろ。

…と。
あれ、待てよ。
なんかおかしい。



「ねぇ、秀」

「ん?」

「秀さ、中2の時、私が話してるのを聞いて美化委員になったっていうじゃん」

「…ああ」

「でもさ、好きだったのは一学期の間だけじゃなかったの?」


秀は固まる。
オイオイなんだ、秀に限って嘘ってことはないよね?
それじゃあ勘違い?他に何?

秀は私の髪を撫でながら。


「俺は、一学期が終わるまでって言ったんだ」

「うん。言ったね」

「…でも、中学1年の、じゃないんだ」

「……はっ」


それは、なんだ、つまり。



「丸一年以上好きだったのか第一波!!」

「第一波、てな…」



顔を無理矢理そっちに向けて秀の顔を見る。
顔が赤い。赤い。大変だ。
今日の私たちは大変だってば。


「それじゃあさ、中2の2学期と3学期は誰が好きだったの」

「え、あ…ああ。まあな」

「何ソレ。曖昧反対ー」


私は秀の腕をぐいぐいと引っ張った。
秀は成されるがままにされている。

だけど、表情は硬い。


「ごめん…これだけは言えない…絶対……」

「えーなんでなんでなんでー」

「どうしてもだ!」

「ぶー…」


私は口を尖らす。ご不満。

ま、秘密の一つや二つはあるわよね。
よし、ここは勝手に想像してみよう。

教師に禁断の恋!
AV女優!
人妻!
母!
妹!
近所のチビっ子!(ロリコン疑惑!?)

…わかんない。どれか当たってるかな。困るけど。笑。

っていうかアブノーマル路線で決定かよ…。
他に例えば、私の大親友とか。おおありえる。
でもそこまで必死にならなくてもなぁ。うーん。

まあいいや。どうしても言いたくないみたいだし。
(少し突付けばすぐに白状する秀があんなに頑張るなんて…)

秘密の一つや二つ、あるよね。



でも幸せだ。
私、そんなにたくさん秀に好きでいて貰えてんだ。





「ん?ンっ――…」


不意に唇を塞がれる。
舌まで絡ませる、大人のキス。
相手を貪って吸い付く動作も、いつの間にかなれた。

息を継ぐために一瞬離された口も、
即座にまた合わさって深く交わって。

俳優さんたちみたいに上手くできてるかは分からないけど、
少なくとも、私たちの間には愛が篭っているから
テレビドラマよりはずっとずっと幸せで上等なキスだって信じてる。


大好き。

大好き。


ちょっと苦しくて、切なくて、そんなキス。
幸せすぎて不安になるから、溺れるしかなくなる。

相手のことしか考えられない。
求めて、求めて、そればっか。


物を欲しがったりしない秀は、こんな時だけだ。
私を切望してくれて、放してさえもらえない。
いつも気を遣ってばかりで、私のいうことは全部聞いてくれちゃうのに、
このときは、顔を離そうとしても、呻き声を上げても、
何をしたって私はずぶずぶと沈んでいくばかり。

こんなに欲しがってくれてるんだって、胸が痛い。


さすがに息が続かなくなって、私は体を無理矢理に離した。


「ちょっと、秀…クルシッ」


肩でぜいぜいと息をする。
スポーツをやってる秀とは違うんだ!
私は肺活量が多い方じゃないんだから…。


「ごめん…」

「ううん、平気だけど」


肺活量といえば。

秀はテニスもそうだけど水泳も凄いんだよね。
私なんて潜水がヘタクソで、けのびで10mも行けないのに、
秀ってばそのまま25mいっちゃうんだよ?信じらんない!!


「どうすれば」

「うん…」

「肺活量鍛えられる?」


何故か間。


「は、肺活量…?」

「うん」


秀はたまげたって顔をした。
何さ。そんなにおかしなこと言ったかな…。

秀は額に手を当てると、「スポーツをするのがいいんじゃないか?」って。


「それは分かるんだけどー。うーん。やっぱ水泳とかがいいのかな?」

「ああ。泳ぐのはいいと思うぞ」

「そっかぁ。あ、秀、じゃあ今度一緒にプール行こうよ!
 私、秀が泳ぐところ見るの好きー」

「はは、それは嬉しいな…」

「よっしゃ、張り切って新しいビキニ買ってくからっ」


今年の夏のお楽しみは決定。
おっと、ビキニで張り切るのはいいけど、それまでにダイエットしなきゃ。
このたるんだお肉をなんとか…。
痩せるにはどうすればいいって、例えば、水泳とか…ぐぁっ。
なんだこれ、無限ループ!?

秀はいいよなー痩せてるから。
っていうか引き締まってる?


「ビキニとか、そんなことはいいとして」

「あ、ああ…」

「どうしたら痩せられる?秘訣とか?」


秀は溜息をついた。
なんだよ。ダイエットは体に悪いとか言いたいわけ?


「充分痩せてるだろ?」

「ヤダ。秀と体重がほとんど変わらないなんて屈辱過ぎる」

「男と女では体の構造が…」

「だって筋肉の方が重いはずじゃん!」


ご不満ご不満。
もうやーだーどうして秀はこんなに痩せてるの!!
身長が10cm以上違って体重は4kgしか変わらないとか悲劇。

もしかして、私が痩せるんじゃなくて秀を太らせるべきなのか?
と、思ったとき。

「それ以上痩せたら…なくなるぞ」

とのお言葉。


「何が?」

「…分かるだろ」


痩せてなくなるもの。
……。

胸かっっ!!


「やだ、秀スケベ!ヘンタイ!!」

「なっ…!ヘンタイ?!」

「そうよ。バカぁー!!」


なんだかんだいってそういうところばっか気にしてわけ!?
まあ、年頃の男の子っていうのも分かるけどさ。
だけどあからさまにそういうこと言うのってこれどうなのよ!?


「どうせ私は貧乳ですよ!」

「そ、そんなこと言ってないだろ!?」

「ウルサイ!いいのこれから大きくなるから!」

「!?!?」


こうなったらヤケだヤケ。
牛乳を一日1リットル飲んでやる。
あ、だけどそうすると体重が…うわーまた無限ループっ!!

くぁー!!なんてこったい。
よし、ここは、私は牛乳を飲んで腕立て、そして秀を太らせる。
よし。これでオッケーだ。万事解決。


「あの、…」

「何も言ってくれるな!私はやる!見ててよ」

「あの、そうじゃなくて…」

「じゃあなんだっていうのよ」

「いや、えっと…」

「はっきりしないわねー」


ごろん、と寝返りを打った。秀の顔が見えない方向に。

よっしゃ。やったるからね。見ててよ秀!
何度もダイエットに失敗してきた私だけど、増やすのは初だ!
いや、体重を増やすわけではないけど、体重はキープしつつ
バストアップを図るという…うーん、上手くいくかしら…。






「なに!?……っ」




振り返る前に。

後ろから抱き締められて、前に手を回された。


ぎゅっと。体が密着する。



「あ、あの、秀…」

「まだ待たせる気なのか?」

「えっ…」


秀の、手が。
私の服の裾をまくって、内側に、手が。


落ち着け、オチツケ。

心臓のドキドキが伝わっちゃう。



は、人のこと散々天然だとか言って…」

「しゅ、う……」

「やっぱり、一番鈍感だろ」



秀の大きくて温かい手が、私の体を撫ぜていく。
横から入り込んできたそれは、少しずつ上へ、上がってきて。


「あっ、やん!」

「そうやって人のこと誘っておいて…生殺しか?」

「どういうことよっ!」


手が。
手が。

熱い。



「それともわざとやってる…なんてことないよな?」

「だから何が!?」

「俺がそういう雰囲気に持っていっても、別の話題持ってきたり…」

「……え?」



心当たり…。

ある。アリアリ。
思い起こしてみれば心当たりしかない。



だって思えば、秀が一つ動きを見せるたびに
話題転換をして時を止めていたのは私なのだから。


私が呆けてる間に、秀はごろんと私の体を反転させる。
正面と正面で向かい合う。

顔が赤い。今日のいつよりもずっと。



「お誕生日おめでとう」

「…ありがとうございます」

「プレゼント、な」



普段ならそんなことしなさそうな秀が、そんなことを言って、
私の首筋に唇を当てて強く吸い付いた。

なんだこれ。死ぬかも。


「しゅう……あ、ふぁ…」

「どうした」


いつもだったら「大丈夫か」って言いそうな秀が、
心配そうに見せてちょっと意地悪な表情をして、
どんだけ私ズルイ子だったんだろって思った。




「もう、ダメ………メチャクチャにして」



それは、メチャクチャになり始めている人の虚勢。




だけど相手はそれを察してか否か、
その後は恥ずかしいとか痛いとか嬉しいとか、
もう本当に滅茶苦茶にされる一方だった。
何も気にする余裕はなかった。



しゅう…



しゅう…



しゅう…




………。





意識が遠ざかっていく中で

ついに失われるこどもの自分に

小さく「さよなら」をした。


18歳になって、何かを失って、

その代わりに私は何を手に入れたんだろうって。



二つが一つになって

一つが無限になって


気がつく前に朝になってた。




薄らと目を開けると、横には秀が居て、
頭の後ろに手を組んで天井を見つめてる風だった。
私はその横顔をじーっと見つめてたけど
なかなか気付かないみたいで、声を出した。


「…おはよう」

「あ、おはよう」


目を擦ってみたら時計は12時回ってて、
何がおはようだよ、とか思いながら体を起こした。

自分が裸だってことを思い出してビックリしながらも、
今更恥ずかしがることないのかな、って思って、
だけどやっぱり布団で体を隠して座りなおした。


気恥ずかしいような、不思議な空間。
今、いつも通りに振る舞ったら、逆に不自然な気がする。
だからといって意識しちゃったら、自然に接することができない気もする。

そんな半端で曖昧な状況の中、
私は前夜の内容を思い起こして、一言呟く。


「秀のウソツキ」

「え、俺が?」


戸惑った顔をする秀。
私はクスっと笑ってけしかける。


「私、鈍感じゃないじゃん」

「……え?」

「超敏感だったでしょ?」


そう言ったら、
秀は顔を手のひらで覆って隠した。
骨ばってるけど優しそうな指の隙間から
微かに頬の赤い色が見えて、
私はとっても幸せな気分になったんだ。


「お前な〜…」って言うから

「ハイ私です!」って答えた。


そうしたら目が合って、

体制変わって上からキスが降ってきて、

目を合わせて、二人で声を出して笑った。



一歩目を歩き出した日の話。







  **






「…なんてこともあったなー、初エッチ」

「え?」


白昼夢の世界から帰ってきた私に、
秀はまだ首を傾げてる。

だから、私は笑って絡みつく。



「なんでもない」



交わる体は熱い。
決して綺麗なものではないと思った。
だけど、これほど甘美なものもないと思った。


舌と唾液を絡め合わせながら、
いつからこの行為は普通になってしまったのかな、
なんて思いながら、触れるだけの軽いキスを懐かしんだ。

それでもやっぱり、初めての体験の記憶は、いつまでも鮮烈。



好きになった日。

告白された瞬間。

一回目のキス。

初体験。


そして、今。



体の中に侵入してくる痛みと幸せに合わせて、
頭の中で貴方の名前を何度も何度も呼んだ。


そこの中には懐かしさが沢山含まれていて、

今のこれも、数年後には思い出になっていることを知った。






















アンカー2人目でごぼう抜きするほど走るのが速いのに
テニス部ではレギュラーになれない桑原直哉@捏造。(笑)
いいじゃんかー。好きなんだよー。
どうせ大石はアンカーとか務められる類じゃねーよ。(ぁ

男の子だって恋するんだーい。

ちなみに、中2の時に大石が好きになったってのは
英二で構わないと思うギリギリのホモっぷり。(笑)
いいじゃんか。思春期に同性に恋するなんて普通じゃねぇの。(←?)

自分の18歳の誕生日記念に書き始めて、
書き終えるのが19歳の誕生日っていう。笑

思い出の為に、題名は仮でつけたのそのままにします。


2006/05/06