「クリスマスイブはどこで過ごそうか」



「――――」





その言葉で、咄嗟に思い出してしまったのは

1年前の、あの、約束。











  * 約束破りな約束事 *












「オレさ、そんとき両親旅行に行ってんだ。
 だからうち来ても全然構わないし」

「マジ?」

「翌日は日曜日だしな」


つーか月曜日学校とかありえねーし。
なんで終業式だけのために登校とかすんだよ!

そんなことをいって彼は嘆いてた。
私は思わずクスクスと笑う。



「つーことで、うちで決定?オッケー?」

「泊まっても平気かは一応親に確認するけど…多分オッケー」

「やりっ!」



そして二人で笑顔合わせて、キスをして。

そんな、いつもの情事。



だけど頭の中には、ふとかすめた、あの約束があって。




ううん。

アレはもう破られた約束。


誰かが言ったよね。
「約束は破られるためにある」なんて。



約束は、必ず守られるものじゃないんだ。




暗黙の了解ってやつだよね。
あの約束は、もう時効。

だよね?






   **






いつの間にかクリスマスイブ。


彼の家に来た私だけど、
夜になって突然、


「街の広場のツリー、見に行きたい」


そんなことを行って、彼を連れ出した。



「わざわざ見に行くほど凄いのか?」

「うん!凄く大きいしね、デートスポットとしても有名みたい。
 他にもカップルが沢山いるかもね」



本当だよ。

真実の、だけど、たった一部だね。



下心があるだなんて。


まさか、いえない。



歩いて、電車に乗って、また歩いて。
広場までの道程は、意外と長い。

電車を降りてからずっと握っていた手。
彼の体温が私の手に移る頃、広場の前についた。

空はもう暗い。



ぎゅっと、手を強く握った。


「オイ、痛ぇよお前」

「……ダイスキ」

「は?」

「離さないでね?」


私の態度を不審に思った彼は、
だけど、特に何もせずに。


「離さねぇよ」

と、ただ一言。


安心して、手を握り直した。






クリスマスイブの広場は、いつも以上に賑わっていた。
普段はどこに潜んでいるかわからないカップルが、
一斉に集まっているかのような雑踏。



「うっわー凄いね人」

「だな。はぐれないように気を付けろよ」

「あー、また子ども扱いして!」

「子供だろ」

「あいてっ」


空いた手でコツンと額を小突かれた。
そこに手を当てて、
口を尖らせて頬を膨らましても、
どこか幸せだった。


……。


キョロキョロ、と辺りを見回す私。

フォローを焦ったわけじゃないけど、
なんとなく見られてる気がしたから、普通に言った。


「これだけ居たらどっかに知り合い居ないかな」

「さあ。居たとしても多すぎて逆に見つからないだろ」

「そっか…そうだよね」


自分から投げ掛けたくせに、
そんな返事にちょっと落ち込んだりして。



そうだよね。
見つからないよね。


そもそも、来ているかもわからないし。

否、来ているはずがない。

来ていたとしても、それは単に、
向こうも、私みたいに、

こうして、例えば手を繋いで。


……。



「もっとツリーの近く行きたい」

「よっしゃ、手離すなよ」

「そっちこそ!」


手に少し力を込めて、
人込みの中を私たちは通り抜けていった。



ぐいぐいと手を引っ張っていく彼を見て、
その背中を斜め後ろから見て、大きいなあって思いながら、
彼は今頃どうしているだろうって思っちゃったんだ。


一回も約束を破ったことのない彼。は。

今、どうしているだろう。って。



「やっぱ近くまで来るとデケーな」

「うわーすごーいすごーい!!」


首を垂直に傾けて。


視界に入るのは、ツリーと夜空と横の肩だけ。
今夜は生憎の曇り空で、
星も見えねば雪も降らない中途半端さ。


横にあるこの肩は、去年は違うものだったんだよね。

去年は一緒に居たんだよね。
まさか永遠の愛なんて信じてるわけじゃないけど、
だけどホントは信じていたかった。
明日も明後日もその次も好きなら、
一生続くものだって思いたかった。



だけどありえないこと。

ありえないこと。


人の想いは移ろうもの。
人は変わりゆくもの。

あの日の言葉だって、忘れ去られて。



だから、ありえないんだ。


まさかこんな人込みの中に、彼がいて、
しかも私の姿を見つけるなんて。

ありえないこと。



可能性なんて、ゼロに等しくて……




!」


「――――」




…………。

ここら辺が凄いよね、君。





「…秀一郎?」




ああ。

右手から熱が伝わってくる。




秀一郎は私の前まで歩いてくる。
その横には、一人の女の子も連れて。



「………」

「………」



向かい合わせになった私たちは、何も言わない。
横の二人も、何も言わない。


私が一番に口を開いた。



「すっごい偶然、久しぶりだね。そっちも来てたんだ」



…ありえないほどの棒読み。
自分の演技力のなさが恨めしい。



「そうだな。偶然だな。元気そうで良かったよ」



…向こうも同じでした。
なんだこのちぐはぐさは。
横の二人も絶対不審に思ってるって。



だけど…この、わざとらしさは何?



わかるよ、
元カレ元カノなんて、確かにやりづらいものだ。
しかも横に今の恋人連れて。
気まずさ極まりないよね。


それでも、今の言葉は、
気まずさから生まれるわざとらしさとは違った、
何かを隠しているような、
お互い何かを探り合っているような、
だけどヘタクソで上手くいかなくて。
そんなわざとらしさに思えた。

なんでそんな必要があるの、って、
やっぱり………



「…なんてな。嘘だよ」

「―――」



…ホントウに?



「約束を破るのは、俺の主義じゃないんだ」



そう言って、肩越しに仰いだ。

あのツリーを。





私だって、憶えてるよ。




あの約束も。

あの日の言葉も。

君が約束を破るような人じゃないってことも。


全部全部憶えてるよ。




『来年も絶対一緒に見ようね。約束だよ!』



去年の今、ここで、手を握り合っていた私たちは、
どれだけ幸せだったっけ。

一方的にけしかけたような約束だったけど、
まさか指きりげんまんなんてしなかったけど、
君の右手から伝わってくる温もりと
「ああ」っていうただその一言で、成立していたんだ。





どうしよう。

困ったな。



…涙が。


ダメ。

泣いたらダメ。



だけど、頭をかすめてしまったんだ。

あの日の言葉が。



『お互いのために、もう会うの…やめよ』って。



ああ、これ、私の言葉じゃん。


これも、一方的な約束だったかな。
だけど秀一郎も頷いたよね。
声は出さなかったけど、首をうな垂れるように。

少しでも声を出したら涙が出そうなあの状況で、
私はよく喋ったと思うし、秀一郎も堪えてたんだよね?


それでだよね?



中途半端な想いだったわけじゃ、ないんだよ。
私たちだって必死に恋愛してたんだ、子供なりに。

結局一回しかキスできなかったし、
エッチなんてしなかったし、
あのまま二人一緒に居たって、どうなってたんだろうね。

時間の問題じゃなかったね。
こうなるまでが、時間の問題だったんだよね。

そうだよね。


そうだよね?




「秀一郎」

「ん?」

「一つ忘れてるよ」


声がほんの少し震えてる。
気付かれない程度の、変化。

息を吸って。


「最後の日にも、約束したでしょ」


目を広げて固まった君は、
きっと、今、あの日の状況を思い起こしているんだろうね。

言動の一つ一つを。


思い出したのかどうなのか、
苦い苦い微笑みで、


「初めて約束破ったかな」


って言ったから


「ウソツキ」


って返してやった。



クスクス笑って、
ああ、涙が零れた。



それに気付いたのか、
繋がれて居た手は離されて、
頭を抱えるようにぎゅっとされた。

秀一郎、今、睨まれてるだろな、
なんて考えながら胸に目を押し当てた。

吸われていく涙が、淋しい。


だからそっと、体を離して手を握る。




「…行こう」


「いいのか?」


「うん。行こう」




行かなきゃ、ダメ。



そんな言葉を口にしたら、
無理に離れているように聞こえるから
言ったらダメだと思った。

だけどあながち嘘でもなかった。




「帰ろう」





私から手を引いて、歩き出した。



明日の朝まで、

ピッタリ寄り添って。



そうしたらきっとこの涙の理由は、忘れられるから。






















微悲恋万歳ー!!

大石が3人目。珍しく3人目。久しぶりに3人目。
お蔭で2人目であるべきの彼氏くんはAnonymous。笑
だけど、実は彼氏君は三人称で大石は二人称である事実。気付いた?

どんだけ込んでるんだよ広場。笑。
イメージとしては元旦の明治神宮の10分の1くらいで。
(↑とっても解り難い解説をありがとう)

大石は後に現彼女にフられるといいさ。(苛虐)
いつか主人公は現彼氏をフるといいさ。(加虐)
これでこそロマン。微悲恋万歳三角関係うぇー。
だからといって元鞘に戻るかといったらご想像にお任せ。


2005/12/17