* baby.. *












「ごめん」

「………」


絶対、許さないもん。



「ねぇ、機嫌直して?」

「イ・ヤ!」

「そんな意固地にならなくても…」


キッ、と私は周助を睨む。


「何よ、約束破ったのはそっちのクセに!」

「本当にゴメン。だけど仕方がないことだから」


分かってくれるよね?って。


私は周助のこの言葉に弱い。

だから…たまには反発。


だって、一年に一度なんだよ?



「テニスと私、どっちが大事なの」

「それは…」

「どぉーせテニスって答えるんでしょ!!
 もういいよ周助なんてどこにでもいっちゃえ」

、それは違うよ」

「もういーってば!」


ぴしゃり。

そこで、会話は区切れた。


ちょっとだけ、まずったかな…という気はしたけど、
ここまで来たら引くわけにはいかない。

周助の言うとおり、私って意地っ張りだ。



ちょっと考えてた様子の周助は、立ち上がった。

そっか、帰るんだ。

……。



「ボクそろそろ、帰るね」

「……うん」


コートを着る周助は、無言。


なんか言ってくれないかな、
なんか言うべきかな。

そんなこと考えてるけど、何も言葉は出てこない。


もう知らない。

周助なんか…。


だって私、本当にショックだったんだからぁ…。



「…当日は無理だけど」



ピク、と。

自分の耳が動いてしまったのが、憎らしい。



「翌日でよかったら埋め合わせできるけど」

「…もういいもん」



素直になれない、自分。


だけど、大事な日なんだよ?

一年に一度なんだよ?


それを…周助も、分かってよ……。


玄関の扉を開けた周助は、振り返って。



「迎えにくるから」

「知らない!!」



押し出すようにして、扉を閉めた。


思いっきり啖呵切っちゃった…。

だけど、本当に知らないもん!!!






「―――」



ドアの向こう側から、くぐもった声が。




、そこに居る?」


「………」


「居るんだったら、聞いてね」




居ないのに聞くことなんて出来ないよ、
とか、そういう問題じゃないよね。




「本当はボクにとっても大事な日なんだよ」




………バカ。

ちょっと泣きそうになったよ、今。





「ごめん。これ以上は何もいえないや…それじゃあね」






そして、気配は遠ざかっていった。



……何よ。

周助の、バカ。






  **







そうしているうちに、明日は自分の誕生日。



私、15歳になるんだよ?

覚えてる、半年前の約束。

「15歳になる日は、一緒に迎えようね」って。

私の今年の誕生日は土曜日だったから丁度いいねって。


なのに…。

なによ、「試合の予定が入っちゃった」って。


テニスの試合が大事なのも分かるけどさ。

私よりもテニスが大事っていうのが、悔しいっていうか…。


私のことを一番に考えて欲しい、って、
これは私のワガママなのかなぁ…?



…今頃、本当だったら周助と一緒に居たのかな、って思うと、
とてつもなく寂しかった。



12時丁度「おめでとう」のメールが来て、

欲しいのはこんなものじゃないのに…って思った。


涙を流しながら始まった今年の誕生日は、
到底良いものになりそうな気配はない。





  **





寝て起きると、そこはいつもの朝だった。

だけど、ニュースでもカレンダーでも、
どこを見ても自分の誕生日を告げている。
そのたびに驚かされて、ちょっと嬉しくて、
だけど嫌なことを思い出させられて、ちょっと悲しくて。


ドタキャンされた〜、なんて言って友達にすがることも出来る。
だけど私は、家にいた。

虚しいばかりの誕生日。
だけど、家の外に出る気にはなれなかった。



周助、今頃どうしてる?

周助のことだから負けるなんてことないよね。

それともまだ遠征先にもついてないかな。

かなり遠いって行ってたもんね。

そうだよね、近かったら帰ってきてまだ会えたもんね。


いつ頃帰ってくるのかな。

周助……。



会いたい。

そう思った。


そう言えば私、どうしてあの時、素直に
「会いたい」って、言えなかったんだろう。

反発するばかりで。

周助の行動否定するばっかりで。


……嫌な子、だな。私。




家で雑誌を読んだりメールしたりゴロゴロしたり、
はっきりいって何もしないまま夜。

なんて虚しい誕生日なんだろう…。
これが、彼氏持ちの女の子の誕生日!?


……あーあ。

しゅうすけー…。



会いたい。

けど、会いたくない。



意地っ張りな自分が嫌で、

だけど素直に許すことも出来なくて。


矛盾。

もうイヤ……。








夜。

メールが。



周助…?

と思ったけど、着信音が違う。

携帯を明けてみると…菊ちゃんだった。


仲の良いクラスメイト。

周助の親友でもある。


…開封。



ー試合は(オレの活躍により)勝ったぞ!(^0^)/
 だけど不二の様子がオカシイ。。
 試合中集中力なかったし、今もみんなで打ち上げしてるのに
 ひとりだけ帰っちゃったよ。なんかあったのかな???
 もしどっかで会ったら元気ずけてあげて!!』


日本語間違ってるのはいつものこととして…。


周助の様子がオカシイ?

原因って…やっぱりワタシ?


だけど…そんなこと言われても、私に何をしろっていうの!

むしろ私は被害者よ!菊ちゃんのバカ!!!


まあ、菊ちゃんは悪気がなくて言ってるんだろうけど…。



はーぁ。

すっごい自己嫌悪…。





と。

メール…。


この着信音は……周助だ。




「………」




…シラナイ。


私は慰められる側なんだから。

だからといって張本人に同情かけられたくなんてない。

「ごめん」なんて言って欲しいわけないんだからね!



電源を消して、
ぽい、っと携帯を放り出してしまった。


もうイヤ。何もかも。




ふて寝することにした。




しかし私は、後からこの行動を後悔することになる。






  **





寝て起きると、そこはいつもの朝。

ニュースもカレンダーも、何もかも、
ただ単に今日の日付を告げるだけで、
特別なことなんてどこにも一つもない。

そんな事実が、必要以上に悲しくて。


携帯の電源を入れた。

いつの間にか、何通もメールが来ていることに気付いた。


昨晩私が無視したメールを筆頭に、
全部で…15通。



短い本文。

それなのに、泣きそうになった。




“試合終わった。これから帰る。”


“遅れてごめん。今から行くよ。”


“怒ってる?”


“返事待ってる”


…?”



こんなに必死になってる周助なんて、久しぶりに見て。

自分が大きな過ちを犯していることに気付いた。


一言だけのメールは、まだ続く。



“もう寝ちゃったの?”


“電源切ってるのかな…?”


“まだ怒ってるのかな…本当にゴメン。”


“今、家の前着いた”


“もしこれを読んでて、ボクのことを許してくれるなら、
 家の外に出てきてほしい。ずっと待ってるから”


“出てきてくれそうにないから…

 約束守れなくて本当にごめん。


 お誕生日おめでとう。”



それが、昨日の日付の最後のメールで。

だけどまだ続く、未開封メールの束。



一つずつ、開いていく。



“夜って、静かだね。
 本当だったら、昨日の今頃は二人で居たのかな。”


“どうりで冷えると思ったら、雪が降り始めたよ”


“久しぶりに日の出見ちゃったよ(笑)”


“そろそろ起きる頃かな…?”




まさか…とは、思ったけど。



 『迎えにいくよ』



あのときの、


周助の言葉が




 『本当はボクにとっても大事な日なんだよ』




イヤに、鮮明に浮かび上がってきて。




窓の外を、見た。

この冬一番の、初雪だった。




もしか、して。


変な期待はしない方がいいと思いながらも、
それでも嫌な予感のようなモヤモヤがあって。

玄関の扉を、開け放った。



少し明るめの細い髪。

薄茶のダッフルコート。

深緑のマフラー。


白い世界。



……周助。





「しゅうすけ…?」


「……?」




う、そ。



ちょっと待って。

もし、メールが本当だとしたら、

周助は、いつから、

ここに、

ずっと。


本当に……?




「周助…唇真っ青」

…」



顔に手を伸ばす私を遮って。



「過ぎちゃったけど…お誕生日おめでとう」


当日に言えなくてゴメンネ。



そう言って俯く。




バカ…周助。

本当にバカだよぉ…!!



絶対に冷え切ってるであろう体を抱きしめた。



「ごめん…私こそゴメン!」

「謝らないで。は悪くないよ」

「しゅうすけぇ……っ!」



体を離して、私は周助の手を握る。



……あれ?

周助の手、あったかい…?

まさか熱が…っ!


私が…私がいけないんだ。

私がバカな意地張ったから。

ごめん……ゴメンね…。



「しゅうすけ…っ」


…」



私の名前を 呟くように呼んで

私の顔を 虚ろな目で見上げて


周助は……倒れこむように私の胸へ。



「ちょっ、大丈夫!?」

「ゴメン…もう」



ずるり。

私の肩に手を掛けた周助の手が、力を失った。



え……?



そんなにマズイ状態なの!?

そんな…やだよぉ…っがんばって!!


焦って額に手を当てる。

熱い。確実に熱い。

そんな…なんとかしないと…っ!!



私の焦った時のクセ。

額に手を持ってくる。

そう、今みたいに。


……アレ?




「…熱い」




周助の額にもう一度、手を。

自分の額にも、もう一度。


……同じ、じゃん。



「驚かさないでよ〜…」



ただ単に、この低い気温の中に居た所為で
自分の手が冷たくなっているだけだった。

びっくりした〜…。



そして冷静になって、気付いた。

周助からは…心地好さそうな寝息が。



そっか。

徹夜で待っててくれたんだもんね……。


安心して気が抜けちゃったのかな?


それにしても、眠くて手がポカポカになっちゃうんて。

まるで赤ちゃんみたい。


クスって。笑っちゃった。



「ごめんね……アリガト」



本人には聞こえてないかもしれないけど、
やさしい寝顔に向けて、ぽつりと、呟いた。




だけど、こんなところで寝たら、本当に風邪ひいちゃうよね。



「…うちに入ろっか」



私に倒れかかるようにしている体を、
そのまま抱えるようにした。


ん、ちょっとこれは重いな…。

だけど、起こしたら可哀想だし。


肩の上に乗せた顔の、
きめ細やかな肌と赤い頬を見たら、
本当に赤ちゃんみたいだな、って、
そんなことを考えながら玄関を上がった。



そのとき、気のせいかもしれないし、

寝言だったのか実は起きてたのか、分からないけど、


小さく


「おめでとう」


って聞こえて、


私が欲しかったのはこれだったんだなー、って、思った。



温かい重みが、妙なほど幸せだった。






















不二周助の手が温かいという奇怪現象を描いてみた。(ぉ

温かくあっちゃいけないんです。
冷たくなくちゃダメなんです。
だけどこういうこともあるよなー、
という可愛い一面を表現してみました。

散々長い文章書いておいて、主旨はそれだけ。爆。

私の誕生日は春なんだけどなぁあはは。まあいいか。
冬だったら引退してるだろうなぁあはは。もういいや。


2005/11/19