金曜日の夜のことだった。


特別な日でもなんでもない、

ただ、不思議な気持ちがした夜だった。











  * 気付かないフリしてたけど。 *












携帯電話から、慣れたメロディーが流れる。
既にパターン化している動作で、
着信メールをチェックする。

毎日のことなのに、
その名前を見ると嬉しくなってしまうのは、
なんでだろうと考えながら、開封。


『はやく会いたい』


素っ気の無いように感じられる、短い本文。
俺は苦笑を零しながら、手短に返事を返す。


『明日、駅前に10時だったよな?
 遅れないように行くから、お前も遅れるなよ』


返事が来るのには、30秒も掛からなかった。



『いま、会いたい』



―――――……。




なんでだろう。
普段ならば、『もう遅いから』なんて言って
宥めるような言葉を並べて、明日な、って。

しかし、今日は…。


気付いたら体が動いていた感じだった。




コートを掴んで階段駆け下りて、
居間でくつろいでいる両親に「ちょっと出る」とだけ告げ、
足を突っ込んだだけのスニーカーで玄関を飛び出した。

腕をコートに通しながら、走り出してから数十秒後。
紐を結んでいない靴では余計に走りにくいことに気付いた。

足を止める。
しゃがんで、靴紐を結ぶ。


ほぼ全速力で走っていたために
息が切れていることに気付いた。
結びながら呼吸を整えていると、
ふと、冷静になった。




なんで?


なんで俺は、ここに居るのだろう。

ここに来たのだろう。




今すぐに会いたい、だなんて、
そんなののいつものわがままじゃないか。

いつもみたいに。

『いい夢見ろよ。おやすみ』なんて言えない。

『また明日な』では終われない。


嫌な予感?

胸騒ぎ?




……違う。

嫌な予感なんかじゃ、ない。




俺、が……。





「秀」


「―――」





顔を上げた。


月明かりを背景にして。
そこには。
この寒いのに。
コートも着ずに。

が立っていた。



丁度結び終えた俺は、立ち上がる。
パーカーのポケットに手を入れているの息が、
白く、風に流されていった。


静かだ。



「何やってんの」

「それはこっちのセリフだろ」


……。



「…風邪ひくぞ」

「アリガト」



俺のコートを羽織らせると、
は、随分と小さく見えた。
俺の腰辺りまでのコートは、
小柄なの膝近くまで包んでしまう。


なんだろう、この感情。


「…うちに向かってたわけ?」

「ああ」

「擦れ違ったらどうするの」

「ごめん…居ても立っても居られなくて」

「別に謝らなくてもいいんだけどさぁ」


私も、会いたいから来たんだし。

顔を斜めに伏せながら、
少しはにかんでは言った。


風が、一筋。

空いた胸元が、なんだか涼しくて。



「寒くないか」

「うん」



そう答えるのは、知ってたのに。



俺は。




のことを、抱きしめていて。





「………しゅ、う?」

…寒くないか」

「だから寒くないって…」

「……よかった」

「…どうしちゃったの、秀」




わからない。

だけどそうせずには居られなかった。



腕を解くことが出来ない。
そのまま溶け込みたいとすら思った。

なんだろう、この感情は。
どうしてしまったのだろう。



体を離した。

りんごのように赤いの頬は、
この外気の所為だろうか。
それとも俺の突然の行動ゆえだろうか。


「ごめん…」

「いや、そんな別に!!」


焦った様子では手を顔の前で振った。



俺はの両手を掴んで、
俺たちは、視線と視線を結び合わせていて。


バイクが一台通り過ぎた。



「会えてよかった」

「秀…どうかしたの?」

「ん?おかしいか、俺がこんなこと言っちゃ」

「そんなことないけどぉ…」


言葉を途中で濁すと、
は俺の手を解いて、
そして胸元に転がり込んできた。


「そろそろ寒いから帰る」

「そうするか」


俺はの左手を掴んで、
は俺の右手を掴んで。

真正面に見える月に向かって歩くのは、
スポットライトに道を誘導されているようで、
だけど銀色の光は優しくて、街灯のほうが眩しくて。


歩いて2分の道程は、
無言のまま、あっという間にすぎ。



玄関についた。

はコートを脱ぐと、俺に差し出した。


「これ、ありがと」

「ああ」


受け取って、俺は何か言葉を考えていたが、
なぜだかうまく浮かばなかった。


「月、綺麗だね」

「そうだな」


「秀、寒くないの?着たら」

「ああ、そうするか」


コートに袖を通す俺を、が凝視しているのは知っていた。
さり気なく、会話が引き伸ばされているのも気付いていた。

だけど。



「もうちょっと一緒に居たい」



猫撫で声で、がそう言った。

だから俺は笑顔を見せて、
一言返してやった。



「もう遅いから、おやすみ。また明日な」




そうして、帰路へついた。






















ふと会いたくなる夜もあるのさ。
相手に言われてその感情に気付いたりね。
そこで初めて、こんなに愛しいものだってわかる。

・「着ろ」でも「着て」でもなくて「風邪ひくぞ」
・大石はスニーカーの紐は毎回丁寧に解くタイプ
・天然黒!!

あーやっぱり私大石好きだわ…。(笑)


2005/10/25