* 目覚めて見つけた感情 *












「……ん?」


みんなが教室から出て行く。
キョロキョロとあたりを見回して、気付く。

そうか。休み時間か。


「ふわ〜…ぁ。よく寝たな」


腕を伸ばす。
後ろの黒板を見て時間割を確認する。

おっ、どうやら寝ている間に最大の苦痛である
国語の授業を乗り越えられたみたいだ。ラッキー!

それでも昼休みまであと3時間。
持つわけねぇっつーの!


「…さてと、弁当でも食うか」


今日はヤケに腹が減るなー。
朝練キツかったからなー、うんうん!
次の休み時間は学食行かなきゃダメかな…。


「もーもーしーろっ」


ん?
これはお馴染みの声。

!」
「今日も早弁してんの?まったく」

腰に手を当てるその動作も見慣れてる。
コイツはオレの幼馴染ってやつだ。
小学校からずっと一緒でな。
そんで…。


「ねえ聞いたよ、昨日のことお姫様抱っこしたんだって?」


そう。こいつ、
の親友なんだな。

ちなみにって、オレの好きなやつ…な。ここだけの話。

「突然倒れたんだよ。仕方ねーだろ」
「まーたそんな照れ隠ししちゃって!
 どうせのこと好きなくせぬぃぅわぁ!?」

ガバッと。
オレはの口を両手で塞いでいた。

キョロキョロと見回す。
誰も聞いてなかったようだ。セーフ。


「ぷはっ!ちょっと、苦しいな!」
「お前が大きな声出すからだろうが!」
「だ、だってまさか本当だとは…」

…はっ。
墓穴掘っちまった。

オレは固まる。

「……本当に本当なの?」
「うっせ」
「否定しないわけ、ねぇ…」

しねぇよ。
オレは正直で一本気な性格なんだ。
…自分でいうのもなんだけどよ。
やっぱ、こう、男だったら真っ向から勝負だろが!

「良かったら協力してあげよっか?」
「いらね」
「なぁーんでよー!」

オレはまた弁当へ戻る。
早くしないと休み時間が終わっちまう。

「自分でなんとかするからいいって」
「ぶー。ケチー!!」

ケチ、ってな…。
なんか、立場が普通逆じゃないか?
まあいいけどよ。
のお節介焼きは今に始まったことじゃねぇしな。

「ほらほら、弁当の邪魔するな」
「人が親切で言ってあげてるのにぃ!」
「あーりがとさん」

遠回しに、助けは要りません、てやつ。
英語で言うとノーセンキュー、ってやつだ。
オレって博学だな。

「さーて…げ、そんな傍から次の授業は英語かよ!
 っかーツイてねーなぁツイてねーよ」
「ケッ…バカが」
「ん!?」

ばっと振り返る。
この不機嫌そうな声は…。

「うっせぇなマムシ!大体なんでお前ここに居るんだよ」
「お前に用があって来たんじゃねぇ」
「そんなこと聞いてねぇ!早く帰れ」

しっし、と手で払ってみせる。
と、ちょっとしたことを思いついてその手を止める。

「そうだ!」
「んだよ…」
、アイツ今日ちゃんと学校来てるのか?もう体調悪くねぇの?」

聞くと、海堂は……ガンつけてきた!
今にも喰い付いてきそうに「ア゙ァ゙!?」って顔して。

「ちょっ、なんだよお前、怖ぇなあ聞いただけだ、ろ…」

と。

…そうか。
そういうことね〜…。

「………」
「…なんだよ」
「……ふーん。そういうことね〜…」
「なんだっつってんだろが!?」

キーンコーンカーンコーン。

海堂がオレの胸倉を掴んだ瞬間に、チャイム。
喧嘩が始まるより先に休み時間が終わっちまったってわけだ。
あ、オレ弁当食い終わってねぇよ…まあいいか。

ふと気付いたとき、海堂は既に教室の中に居なかった。
…逃げたな。

と、違ぇか。
アイツはああ見えて真面目な奴だからな〜。
チャイムが鳴ったらさっさと教室へ帰ったってわけか。
だけど、さっき海堂があんな表情をしたのは…。

どう考えても絡み、だ。

こりゃやべぇぞ。
アイツ、マジでのこと好きっぽい。
何がマズイって。

オレもだから、だ。





  **





寝こけてる間に授業は終わった。
一回教師に宛てられて焦ったけどな!
ま、そこはなんとかオレの実力で切り抜けたっつーか。
…本当のこというと、答えられなくてみんなに笑われて終わったんだけど。

どうでもいいけど2時間目も終了…っと。
さて、じゃあ購買にでも行こうかな〜…っておーっとぉ!
次体育じゃねえか!!

「桃、行こうぜー」
「おう、今すぐ準備すっからちょっと待ってろ!」
「唯一の得意教科だからな」

なんだと林!!

言いながら、オレはロッカーを漁ってた手を止めそっちを振り返る。
マサやんが、やめろよ林、とか言いながら笑ってる。
荒井は早く行きたそうに体操服が入った袋を肩にかけてドアに凭れてる。

全くよー…。

お、あったあった。
袋を取り出して、教科書やら絵の具やら笛やらを元の位置に押し込む。

「よっしゃ、行くか」
「おお」

と、廊下に出たところで。

「お!」
「ン…」

海堂と鉢合わせになった。
だけどアイツは…「フン」とか言って視線を逸らすとそのまま行っちまった。

「なーんでぇ、アイツ」
「海堂なんていつもああだろ」
「そうそう!」

それもそうだな。
まあ、オレに関してはいつも以上に意識されてる気がするけどな…。

何しろ、オレは昨日海堂の弱味を掴んじまったわけだからな…きひひ。
向こうにも知れちまったかもしんねぇけど、
アイツは人に言いふらすような性格じゃねぇし、明らかにこっちの方が優勢。

と。


「あ、桃じゃん」
「よー


問題の元凶が目の前に。
噂をすればなんとやらっていうけど、
心の中で思ってるだけの場合もこれは有効なのかね。
ていうか、目的地が同じなんだから会うのも当たり前か。

「どうだ、あれ以来体調は平気なのか」
「あ、うん。おかげさまで…」

ん?
なんだ。
は視線をぱっと逸らした。
おまけに顔がちょっと赤い気がする。

なんだぁ〜…。


「よっ、お二人さん」
「わ、!何よその“お二人さん”って!」
「照れちゃって、このこのー」
「そういうわけじゃなくて!」


…なるほどな。
さては、に「桃城にお姫様抱っこされたの知ってるー?」
とかそんなことを言ったんだろ。
そうに違いねぇ。きっとそうだ。

他に理由があるとしたら…。
なんだ、オレ、何かを忘れてるよう、な……。

「ああーっ!!」
「うわっ、突然叫ばないでようるさいなぁ」

ヤッベ。
突然思い出しちまった。

そうだ。オレ昨日、保健室でに、キス…。

「(うっわあああ!!)」
「なにやってんだ桃ー、置いてくぞー!」
「あっ、ちょっと待て!今行く!!」

オレは女子二人を置いて、先を歩いていたマサやんたちに追い付くべく走った。
走り去り際、ちらっとの顔を見た。
いつも活発なが、少し遠慮がちな目でこっちを見ていた。

参ったなぁ、参ったよ。





  **





「あー!やっぱ体育は最高だな」

体操服を着替えながら、オレはそう叫ぶ。
汗掻いたもんで、体操服はもうびしょ濡れだ。

横から林がまた茶化してくる。

「唯一の得意教科だしな」
「うっせ!これでもオレは数学も得意なんだぜ!」
「うそ臭いって」

マサやんまで!
ちくしょー、みんなでオレのことバカにしやがって。

「そういえば、次の授業数学じゃねーの?」
「マジかよ荒井?」
「ああ」
「よーっしゃ、それじゃ、オレの実力見せてやるぜ」

そんなことを話しながら、オレたちは更衣室を後にする。
男子はぞろぞろと出てきているけど、
女子はまだ誰も出てくる様子はない。

なんで女子ってあんなに時間掛かるんだかな。
いつも授業に遅れてセンコーに怒られるのは分かってるくせにな。

わかんねぇな、わかんねぇよ。

本当に、女っていう生命体は、オレには理解しがたいんだ。
よくが「桃城は乙女心が分かってない!」とか言うけど、
仕方ねぇだろ。オレは男なんだ。
その点、ああ見えて海堂って結構女々しかったりするんだよな。
フシューとか言ってるくせに。笑わせてくれるぜ全く。


教室に入ると、いつも通り一番乗りだった。
自分の体操服をロッカーにぶち込むと、オレはなんとなく廊下に出た。
そうしたら、廊下の端の方に誰か見えた。

なんだ。
あれ、と海堂じゃねぇの。
しかもと海堂、すっげぇ親しそうに会話してるしよ。


ちぇっ。なんでぇ…。




  **




体育の後は、腹は減るし眠くなる。
体力温存モードに入るってわけだ。
いつもならここで、ばっちり睡眠体制に入る。

だけど、今日は起きてた。
教科書は机の中だし、ノートも取らねぇし、
それでもちゃんと起きてはいたんだよ。
後ろの席からマサやんが「今日は寝ないのな」って茶化してきたから、
「おう、いつセンコーに宛てられても答えられるぜ」って返したり。
(そうそう、オレの実力を見せてやる約束だったな)

でも実際はというと、ずっとぼーっとしてて。
窓の外を見たり、廊下の方を見たり、頭掻き毟ってみたり。
だけど、なーんかすっきりしねぇんだ。

なんでなんだろうな。
考えてみると、結論はさっきのことに辿り着く。


と海堂…仲良いんかな。
海堂の性格上、まさか自ら話し掛けるとは思えねぇ。
てことはの方から話し掛けたに違いない。

まさか…な。

ほら、って結構活発なタイプだし、男女気兼ねなく話すし。
特別な意味があるってわけじゃないよな!多分…。

本当にそうだったんだとしても、オレにはどうしようもないんだけどよ。
そしたら見届けるだけっていうか。
別に、奪い返そうとするとかそんなことしないからな!
第一、オレにはそんな権利ないし。

あーあ。やるせねぇな、やるせねぇよ。





  **





特に何もないまま、4時間目の授業も終了。昼休みだ。

他のクラスのやつも交じってガヤガヤと賑わう中、
オレの席の周りにも人が増えてくる。

マサやんがつまらなさそうな声で会話を始める。

「なーんだ、面白くねぇ。桃宛てられなかったじゃん」
「ははっ、こういう時に限ってな」
「命拾いしたな」
「なんだと林!?」

オレは拳を振り上げる。
別段殴るつもりなんてないことが分かってる林は、
ひょうひょうと笑いながらオレに寧ろ近付いてくる。

まったく。
抜け目がないっつーか。

……ん?

「さーて、飯メシ」
「あー、腹減ったー!」
「オレ学食行くけど、お前ら弁当?」
「あー、おれ今日弁当だけど、学食行っていいぜ。な、桃?」

なんか、が視線で訴えてるような…。
睨んでるように横目で、でも敵意は見えなくて。

間違いないな。なんだよなーアイツも。口で言えばいいのによ。
女々しい奴だよな…って女なのかアイツ。
これもまた“乙女心”とかいうのか?あーわっかんねー…。

とりあえず、何か言いたいことがあるのは間違いないらしい。

「…おい桃、聞いてたのかよ?」
「えっ?あ、悪ィ」
「おれら学食行くけど、お前も行くだろ」

マサやんのいう、おれらっていうのは、
勿論それに林と荒井を加えたメンバーのことだけど。
(オレがつるんでるのも大抵この3人だ)

「わり、オレ今日はパスな」
「あそ。なんかあんのか?」
「んー、ちょっと野暮用。遅れて行くかもしんねーけど」
「分かった。じゃあなー」

そうして、3人はぞろぞろと教室から出て行く。
ただし、林は一言「お前、気がある女以外には手ぇ出すなよ」って残していった。
「どういう意味だよ!?」って言ったら「ごゆっくり〜」だし。
まったく、アイツって本当に勘が鋭い上に抜け目がないよな…。

と。それより今は目の前のコイツだ。
手は出さないにしても話の決着はつけなきゃいけない。

「なんなんだよ、。言いたいことあるんだろ」
「大有りデス」

そういうと、はオレの手を掴んで「こっち来て」と引いた。
そのまま、ずんずんとオレたちは階段を上って屋上の隅へ。
女子ってこういうの好きだよなー。“いかにも秘密作ってます”みたいなの。
これも乙女心なのか?意識し始めたら女の行動全てがオレには理解不能だ…。

「…で、愛の告白ってか?」
「バカにしないでよ!」

あらら。怒られちった。
ま、オレも違うと分かってたから言えたんだけどよ。

は言う。

「…のこと、好きなんだよね」
「そ、そうだよ。悪いかよ」
「悪いなんて言ってない!」

おうおう、気の強いこと。怒ることねぇじゃんか、なあ?

しかし、こんなに感情的になるなんて、なんか理由があるってことだよな。
まあ、だからこうしてここに呼び出されているわけなんだろうけど。

「私、の好きな人知らないんだけどさ」
「へー、そんなもんなんだ。女子って何でも話したがるもんじゃねぇんだ」
「でもさ、きっとアンタのことが好きだと思ってた」

オレの言葉を遮って、はそう言った。

つーか…え?
なんだって…?

「なんだって、お前。が、オレを…?」
「私の推測だけど!でも、朝礼の後アンタといっつも話してる様子とか、
 休み時間に私に会いに来たと見せかけて視線はそっちに行ってるし。
 これは怪しいなー、ってずっと思ってたんだ」

ちなみに私、勘は働くタイプだよ。だそうで。
……マジっスか。

「で、それを伝えるっていう意図は?オレへの励まし?早く告白しろって催促?」
「あーもう、落ち着きないなぁ!最後まで聞きなさいよ」

ハイ。

勢いに押されて妙に改まった返事のオレ。
は人に「落ち着きない」とか言いながら、
自分がヒステリー起こしかけてることはとりあえず流すとして。

「ていうか、一つ聞きたいんだけど…海堂っていんじゃん。アンタと同じテニス部の」
「ああ、居るな。うん。居るよな」
「あの人、のこと好き、とか…知ってたりしない?」

ム。
それはオレが聞きたいところだ寧ろ。
でも、まあ、あれは間違いないだろ。

「多分な」
「やっぱり?」
「おぅ。ほぼ間違いねぇ」

そう答える。
そうすると、は「アンタ危ないかもよ」って言った。

「オイ、それどういう意味だよ」
「…今日さ、体育の帰りにと海堂が話してたの。
 本当に些細なことで、どうってことない会話だったんだけど」

そこでオレは、自分が普段とどんな会話をしていたか思い描こうとした。
だけどこれが、何も浮かばないんだな。
どんなこと話してたっけか。

「そうしたらさ、海堂がすごい優しそうな顔してるんだ」
「げっ、アイツが?」
「そうよ。あの人、アンタなんかよりずーっと優しそうな顔するよ。
 ガサツでデリカシーの欠片もないア・ン・タなんかより!」

ずい、とオレの鼻に人差し指を差し向けながらは言った。
ちっくしょ〜…。

「わ、悪かったな!ガサツでデリカシーの欠片もなくて」
「そんなことはいいんだけどさ。そしたらさ、
 まで、すごく良い顔するんだー…生き生きしてるっていうか」
「………」

オレと話してるときはどんな顔してたかな、
…思い出せねぇ。

は声を張り上げる。


「私さっ、アンタがいい奴なの…知ってるしさ。
 もしかしてと上手くいったらいいかなー、とか思ってた。
 別に海堂と上手く行って欲しくないってわけでもないんだけど、
 ていうか、てっきりはアンタのこと好きだと思ってたから…」


そうしたら、右手で髪の毛に触れて、

「ゴメン。何言いたいのかワカンナイ」

と言った。


だけど何故か、このときのオレには分かったんだな。分かったんだよ。
何故だか分かんねぇ。でも分かったんだ。


「分かる、お前の言いたいこと」
「本当に?」
「なんとなくな」

そう答える。
は、

「うさんくさっ」

と言って笑った。

良い顔だと思った。
なるほど、も海堂の前だとこんな顔して話すのか。

さっきの授業中に考えた通りだな。
だけど、オレには奪い返そうとかいう気も権利も無い。

が良いんだったら、それでいいんだよ。
なんて、偽善っぽいかもしんねぇけどよ。

「ま、言いたいことはそれだけなんだ。ごめんね、教室戻ろ」
「ああ…」

なんとなく、スッゲーもやもやしてた。気持ちが。


屋上から降りていく。
さっきマサやんたちに誘われていたことを思い出した。

「あー…、オレこのまま学食行くわ」
「そっか、分かった。じゃあね」

ひらひらと手を振られて。
そのままさっさと教室へ向けて歩いていくを見送って、
オレは階段をたんたんと降りて学食へ向かった。

すると。



「…!?」

「っ!」


オレの目の前を走りすぎて行ったのは、
間違いなく、だった。

目に一杯の涙を溜めて。


オレはが走ってきた方向を向く。
すると、そこには立ち尽くしている海堂が。

なんなんだよ、一体。

どうなってんだよ。
ワケわかんねー、よ。


「オレ…バカだからよ。今どんな状況とか、
 何が原因だとかは知んねぇけどよ」


海堂の眼前まで迫って、オレは叫んでいた。


のこと泣かしたってのは許せねーんだよ!!」


廊下には他に人も居たかもしれない。
だけど気にしている余裕もなかった。

少し息を荒げるオレ。
対して、海堂は…無言。


「なんか言えよ!」
「………」


…チッ。

顔を海堂から背けた。


なんなんだよ、ホント。


「卑怯だぞ、テメェ」
「……」
「せめてなんか言ってもらわなきゃ、
 ぶっ飛ばすこともできねーじゃねーか」


オレはそのまま、その場を去ろうとした。
どこへ行こうとしてたのかわかんねぇけど。
学食へ行くつもりだったのか、教室へ戻るつもりだったのか、
はたまたを探しに行くつもりだったのか。

はっきり分かってなかったぐらいだから、
海堂に呼び止められて、逆に助かったのかもしんねぇ。

だからといって、内容は納得のいくものでもなかったけれど。


「キサマのせいだ」
「―――」

ふー、と長い溜息をついて。


「アイツが…が泣いてんのは」


海堂はそう言った。


「…は?何言ってんだお前、オレは今まで屋上に…」
「知るか」
「知るか、じゃねんだよ!どう考えたってお前が原因としか思えないんだよ!」

オレはもう一度叫んだ。
顔が熱くなっているのを感じた。

すると、観念したのかなんなのか、海堂はゆっくりと話し出した。

「さっき、俺がに…とあることを言った」
「そうしたら泣き出した、のか?」

海堂は…下を向いて何も言わない。

「やっぱりテメェじゃねえか!」
「ウルセェ。何も知らないくせに偉い口叩くんじゃねぇ…!」
「っんだと!?」

オレは海堂の胸倉を掴んで、殴りかかる体制に入っていた。
だけど、ちょっと一瞬おかしいと思ったんだ。
海堂が殴り返そうとするどころか、抵抗する様子が見られなかったんだ。
危うく、オレは無抵抗の海堂を渾身の力でぶっ飛ばすところだったんだ。

だけど、その瞬間に

「やめて!」

って声が聞こえて。

それでオレの手はぴたっと止まった。
海堂の顔から3cmもなかったと思う。


「やめて…私のために、喧嘩なんて…」
…」
「お願い…ヤメテ…」


ぽたりと。
滴が頬を伝って落ちた。

オレは海堂を掴んでいた手を離した。
一気に全身脱力した気がした。

海堂は何も言わず、視線すら向けず、の横を通りすぎていった。
は一瞬その海堂の背中を目で追いかけたけど、
実際に後を追うことはなくて、代わりに、オレの方に向かってきた。

…」

は何も言わない。
ただ、足だけをこっちに向けて。

手を掴まれた。



「…好きデス」



時が、一瞬止まったかと思った。





「……は!?」
「な、なによそのリアクション!」
「えっ、えぇ!?」

だって、さっき、…はぁ?!
オレはてっきり、は海堂のことが、と…。

「またのお節介かよ…」
「え、がなんか言ったの!?」
「あー、いやこっちの話。くっそーアイツ後で憶えてろよ…」

オレは無意味に2−8の教室がある方向に首を向けた。
そっちを向いたことで実際見えるわけでもないんだけど、なんとなくな。

「…に酷いことしないでね?」
「は?いや、別にそんな酷い目にあわせるつもりはないけどよ…」

オレはそう答えたものの、の表情は浮かない。

「な、なんかあんのか…?」
「私さ、あの子の好きな人とか知らないんだけど…」

なるほど、一方が知らなきゃもう一方も知らないわけね。

「……多分、今たくさん悩んでると思う」
「…そっか」
「うん。だから」

アイツも色々あるんだなー。
人の恋路にばっかお節介焼いてるわけじゃないんだ。

…と。


「あ。」
「え?」

そこに来て、オレはとあることに気付いた。

手。
てか両手…。

そこに視線を宛てると、は「あ、ごめん!」とパッと離した。
オレも焦って「いやいや、こちらこそ!」とか言っちまうし。

意味分かんねー!!


俯き加減でいたは、ちょっと躊躇いつつも、

「返事は…?」

と言った。
そこで漸くオレは、先ほど告白されていたことに気付いた。


一瞬海堂の顔がちらついたけど、オレは

「オレも好きだ」

って言って、のことを抱き締めていた。


は、えへへ、と笑って。

すごく良い顔をしていた。


「あ、ところでよ…なんで泣いてたんだ?」
「ん……秘密」
「あーなんだよそれ!」

「おーい、何やってんだお前ら」
「あ、マサやんに林に荒井!」

ぎゃーぎゃーと話しているところで、例の3人組がやってきた。
昼飯を食べ終わったらしい。

……はっ!

「やべ!オレまだ昼飯食ってねぇ!」
「今まで何やってたんだ、お前」
「…ってオイ、が泣いてんじゃん」

あ。
そういえばそうだった!

もう既に涙は止まっているとはいえ、
目は赤いし鼻は赤いし、が泣いていたのは丸分かりだ。

「おいおい桃、お前が泣かしたのか?」
「違ぇよ!…と、は言い切れないのかもしれない…けどとりあえず違ぇ!」
「なんだよそれ怪しいな。さては押し倒そうとして失敗したな?」
「だーかーら違ぇって!そんなんじゃねぇーっつーの!」

…まったくよ。
こういう時は見て見ぬふりするのが常識だろ!

「ったく、お前らにはデリカシーっつーもんが足りてねぇ!」
「桃、お前に言われたくねぇよ」

…うん。
確かにその通りかもしんねぇ。
オレはデリカシーなんて持ってねぇ。

だけどよ。


「ま、オレは乙女心の理解者だから…な?」


そう言って、ちらっとを見た。
はにやっと笑った。
すると、みんなの方を向き直って。

「みんな、この変人のことは無視していいよ」
「あ、おい!なんだよそれ!」

そうして、ケラケラと笑っていた。
オレは、始めはなんだか虚しくて、
だけどいつの間にか、本心から一緒に笑っていた。






















3年前の今日に書いた『倒れて生まれた衝動』の続編。
すげぇよ。3年経って、今更続編書くか普通?(笑)
そして海堂と友人が出張りまくってます。
明らか主人公より出てます。笑。桃ちゃん視点だし。

海堂に友人ちゃんに、フォローしたいこと多過ぎ。
続くかもしれない。ていうか脳内では続いてる。
読者様から反応があったら書きます。(卑怯)

あーあ、本当にデリカシーがねぇな、桃ちゃん。漢!
何はともあれハピバ記念でした。


2005/07/23