『なーなー、俺の誕生日にさ、2年9組の同窓会やるわけ!
 こない、こない?ねーくるだろー!!!』


そんな電話が来たのは2ヶ月ほど前。

初めは「えー無理ー」とか、
「だけどなぁ…」とか言ってたけど。


「……行っちゃいましょう」


後に戻れない発言をしたのは、
私の中に、一つの決心が生まれてたから。

さあ、行きましょうよ。2泊1日の旅へ。











  * 存在地確認中 *












今、飛行機に乗っている私は、
明後日の今頃、反対方向の飛行機に乗っているのだろう。
もしくは、もう既に飛行機から降りているかもしれない。
それほどに、短い旅。

学校は早退したし。月曜日も休むし。
突然日本に帰りたいなんて言い出したら
危うく親と喧嘩になりかけたし。
(なりかけただけでならなかったけど)

あーあ何やってるんだろ…。


でもいいの。
やりたい放題はこれが最後だから。
こんな形で帰国するのなんて、最初で最後の。
この形で帰国するのも、今回で最後。

だからさ。いいの。


苦笑を零しつつも、後悔はしていない。





英二から電話があったのは、2ヶ月ぐらい前のことかな。
行きたいけど、親には迷惑掛けたくない。
行きたいけど、学校はなるべく休みたくない。
行きたいけど、お金掛かるし遠いし。

行きたいけど、色々と問題が多すぎる。
…色々と問題が多いけど、行きたい。

頭の中でそう変換して、私は親に相談をした。



自分でも無理を言ってることは分かってた、けど、
告げた瞬間の親の顰め面を見て…さすがに我儘すぎたかと身構えた。

だけど、口から出てきたのは否定的な言葉ではなかった。
ただ、はっきりとした理由がわからないと許可はできない、とも。

私だって分かってるもん。
国境を越えるっていうのが、どれほど大変なことか。
分かってるもん。
だから気持ちは分かったしとても苦しかった。


そして私は、親に手紙を書くことを決意した。
行かせてください、というお願いと、
今回のこの旅が、私のけじめになるであろう、という話。

もう少し勉強頑張ろう、とか、
身の回りのことをきちんとしよう、とか。

それに。
もう一回だけ、顔と会話を交わしたい。
この前断ち切ったはずだけど、もう一回だけ。


今度こそ、本当にけじめをつけるから。




手紙の内容は親によく伝わったみたいで、
私はその日、日本に帰れることになった。
2泊3日、ううん、2泊1日の旅。

本当に、その日のため、だけに。


だけど目的は1つじゃない。






  **






日本について。
タクシー代が勿体無いからでっかい荷物背負って電車に乗って。
ゴロゴロを引いたまま商店街を闊歩して。

明日はどうなるんだろうって。
そう思いながら。



久しぶりに帰った家では、ペットの猫の匂いがした。
あとどれくらい会えるんだろう、って、
その時はそれほど深く考えてなかったけど、
後から思えばこれが一番最後だったね。何もかもの。


夕ご飯にはお寿司を食べた。
帰国した一日目がお寿司じゃなかったことって、
アメリカからの帰国のときからでも記憶がない。
最低でも5回はこのテンポでやってきている。

目の前には買ってきたばかりのお寿司。
久方ぶりに生で日本語のテレビを見て、
バラエティーおもしろーとか思いながら、
おばあちゃんと思い出話がてらに食事を終える。


時が流れるのは、速いね。こういう時だけ気付く。



食べ終わった頃、電話。
本当はあと1時間半ぐらい早いはずだったんだけれど。

ダイアルする指の動きは、慣れたもの。
いつもよりずっと桁数は少ないもん。
頭に倍ぐらいくっついている数字は無視だ。


繋がった。

…出た。


「もしもし?」

「やっほ」


自分の声が普通に出たことに安心した。
向こうの声は、掛けたのが私だと分かっている風だった。



「ごめん予定より遅くなった」

「そろそろかなって思ってたよ」



いかにも普通の会話。
だけどその後ろには、3ヶ月分の哀愁も詰まってる。
そして、そのまた5倍以上の切望も乗せている。




「おかえり」


シュウはにこりと笑った時の声でそう言ったけど、
私はむっと口を突き出して否定する。

「違います!今回は遊びにきてるだけ。
 だから、『いらっしゃい』って言わなきゃダメだよシュウ」
「そ、そうなのか?」

うん。

首を上下に強く振った。
その姿は向こうには見えていないだろうけど
あまりに断固とした返事だったので、
シュウは少したじろいだ様子ながらも訂正した。

「じゃあ…いらっしゃい」
「お邪魔しまーっす!」

けろんと私は言ってみせる。
シュウは飽きれたような、
だけど楽しそうにも聞こえる。
私の勝手な解釈だけど。

いらっしゃい と お邪魔します 。

それは、自分への制御も入っていたのかもしれない。
本心を隠しておけば、傷付きは小さくて済むから。

まだ、ただいま と おかえり は取っておかなきゃ、って思い始めた。

それは、本当に使うときが見えてきたから?
まだ遠い。遠いけど、少なくとも位置は確認できてきた。


電話越しの会話はいつもと同じ。
私は相変わらず身振り手振りが加わっちゃうし、
シュウの表情が自然と浮かぶのも毎度のこと。

だけど、同じ時間に存在しているという、喜び。



会話は長く続いた。

ここ3ヶ月にあったことだとか。
明日は会える?何時に会える?とか、
一度はメールで確認したことも
喜びを実感した言って言う意味で聞き直してみたり。




「寝なくていいのか?明日は一日中遊び回るんだろ?」
「大丈夫だよ。時差ぼけの所為で眠くないし。飛行機で寝たし」

日本でしか出来ないことを、今のうちにしておこう。


「そうか。それならいいんだけど…」


と。
そう言ったシュウだけど、
電話の向こうからあくびを噛み殺す様子が伺えた。


しまった。

うっかり。


「そうだね、ごめん!」
「え?」
「私は全然眠くないけど、シュウは眠いよね!オヤスミ!」


唐突。
それが我。


数秒固まるシュウ。
向こうが再度口を開ける前に追い討ち。


「明日、またたくさんお話しようね」


すると、にこっと笑った声で聞こえた。
「ああ」って。

この返事の仕方が好き。



シュウが好き。




「それじゃあ、おやすみ。も無理するなよ」

「残念!無茶は私の専売特許です」



無理はしないけど無茶はする、ってやつ。
シュウは同じ意味でその言葉を言ったのだろうけど。

許してね。
いいじゃん、たまにくらい。

…いつもだけどっ。



「また明日な」

「うん。バイバ〜イ」



言葉についてはノーコメントで、
ただ、声色が笑顔だなって感じられただけ。

おやすみ。







その後は、ぐだぐだしてうるちに朝になってしまった。
恐るべし、時差ぼけ効果。
それに、私って昼寝すると夜寝られないタイプなんだよね。
飛行機の中で3時間でも寝ようものなら、ああ、無理無理!諦めなさい。

朝日が昇ってきた。
そろそろ活動開始だ。


持ってきた服は2着しかない。
飛行機の中なんぞジャージで充分。

今日は、ちょっとだけおしゃれをしていくよ。
といってもそんなに凝ったものじゃないけど、
普段の私から比べたら…ね!


ズボンを履いて、上からスカート履いて、
やっべー夏に比べて随分太ったな自分、と冷や汗を流して。
(一番軽いときと9キロ差がありましたよこの段階で)

鏡の前で姿を何度も確認して、
よっしゃーばっちりと思って家を出て。
だけど出かけるたびに忘れ物に気付いて引き返して。



「いってきます!」



都合4回目のその挨拶。
漸く、出陣に成功した我でした。



朝ご飯は例のドーナツさん(直訳)にいくはずだったのに、
忘れ物なんぞを繰り返してるうちに時間はぎりぎり。
結局直接向かうことになった。なんだこれ。

久しぶりに切符を買って。
改札通って。
電車に揺られて。
人の波を抜けて。

…居た。


「みんな、久しぶり〜!」

懐かしいメンバー。


「あっ、!」
「おーだ」
ちゃーん!やっほー!!」
「ドイツ人来襲だー」

「やー久しぶり久しぶり」



懐かしいメンバー。
中学を卒業したそのクラスとも、また別のクラスだもんね。
ダブルパンチで懐かしいぜぃ。

男子の一部では
「ドイツ人?」
「あいつ今ドイツに住んでんだぜ」
「げ、マジ!?」
なんて会話も繰り広げられていて、
そうか。知らない人もいたのか、と気付いた。
(そうですよね。青学広いですものね)



何をしたって、ぶっちゃけなんにも。笑。
ぐたぐた話をして、懐かしいメンバーと顔を合わせて。
それだけで充分だったんじゃないですかね。


メインイベントとして、ケーキを食べたよ。
英二の誕生日ってことで。
大きなデコレーションケーキを、
みんなでちょっとずつ分けて食べた。

そういえば、これがこの日初めての食べ物だ、
ということに気付いて不健康な自分に気付く。
そういえば半徹だしなー。



なんだかんだで、夕方5時ぐらいに解散となった。楽しかった。


解散した後は、一部はカラオケに行った。
その頃になって時差ぼけ効果か睡魔が襲ってきて、
歌いながら眠りそうになる私はみんなの笑い者だった。
(ありえない歌詞の噛み方をした…意識が遠かった)



無事家付近に辿り着いたときは既に暗くて、
11月といえば秋って思ってたけど、
冬なんだな、って思った。


暗い夜道は危険。
公園なんてもっと危険。

だけどブランコは安全なの。



「お待たせ」

「お疲れ」


それだけ言葉を交わして、
私は予約されていた隣の席に座った。

「楽しかったか?」
「うん、とっても!」

私は笑顔を見せる。
足をぶらぶらと揺すりながら。


「それは良かった」


シュウもまた、笑顔。
その笑顔を見て、私は満面の笑みを、微笑に変えて、苦笑へと。

その様子に疑問を持ったらしいシュウが、
こっちを覗き込むように軽く首を傾げかけた。

私は口を開く。心を開ける。


「シュウの誕生日にも帰ってきたい」


と、ここで間を空けたら相手に期待を持たすことになる。
早く次の言葉を、繰り出す。

「…でも多分無理」
「だろうな」

返事があまりに速いもんで、
微かながらも動揺していることを知った。
傷付いてるのを隠すのに、向こうも必死だ。

私だって。
帰ってきたいよ。

だけど、無理なものは無理なんだ。

「あたしね、親と約束したんだ」
「…なんて?」

訊いてくるときは、アナタが私に一番注目してくれている瞬間。
だから私は、もったいぶってみたりする。

一瞬視線を合わせたのに、
今度は前の方向の斜め上を見上げてみたりして。
アナタの目線が、自分の横顔に当たっているのを心地好く感じて。

私のこと、もっと見て。
私もアナタのこと、もっと見ていたい。


みて いたいんだ。



「一時帰国は、これで最後」



強がってみせたけど、私はきっと今泣きたがっている。
視線を合わさないのがその証拠。

傷付いてるのを隠すのに、私だって必死だよ。


「今回も相当ワガママ言って飛行機取ってもらったんだ」

私は微笑で誤魔化している。
向こうは返事もせずに固まっている。
もう、隠せない感情が表に出てきている。


「その条件でね、これが終わったら、もうちょっと真面目に勉強するって」

別に今までが真面目じゃなかったってわけじゃないけど!

そうフォローした、結局は言い訳がましい冗談は、
アナタの耳には届いているんだか。
こっちに向けていた視線は、今、
右斜め下の方向に向かっていて。

私もその方向を見下ろしたい。
だけど、そんなことをしたら、
堪えている物が零れそうだ。

上を向こう。


「次に帰ってくるのは…本帰国のとき」


上、向いてるのに。



「シュウ、もう大学生なのかなぁ。浪人してくれれば一緒だけど」



置いていかないで。

置いていかないで。


泣きそうなのを隠すのに、私、今、一生懸命になっている。


置いていかないで。

置いていきたくないよ。


こんな大切なモノがあるのに、アタシ、どこに行くの?






「…置いていかないで」






―――――。

無意識に口から飛び出していた言葉に、驚いた。

視線を持ち上げてきた相手と目が合って、
そうしたら向こうの表情も驚愕に溢れていて、
両方の視線が近い位置で重なってしまってまた驚いた。


「……
「ゴメン、忘れて」


「言い間違えだって、忘れて!」

!」
「忘れてよ!!」


張り上げた声と。

張り裂けた胸と。

優しく塞がれた唇。


頬を伝った涙は、もう隠す意味をなくしていた。



「たったの一年半だろ?」

「―――」



そっと唇を離したアナタは、
まだ私たちの口が近い位置にあるうちにそう言った。

それ正に口移しであるというように、
私は聞こえた言葉をそのまま繰り返す。


「たったの…一年半」
「そう。一年半」


その通り。

一年半だよ。

たったの。


…とは私には言えない。



「シュウ、分かってるの?」
「なにが…だ?」

潤んだ瞳で見上げれば、アナタはきっとたじろぐでしょう。
だけどそうしたところで事実は何も変わらない。
アナタにいくら甘えてもどうしようもない。
だけど私は見上げずには居られない。


「一年半だよ?」
「……」

「あたしたちが今までで会わなかったのの最長、一年と3ヶ月だよ」

その間に、私は、二つも歳を取った。


「それだけでもあんなに苦しかったのに…それより長い」

想像すら出来ない、未開の時。


「寂しくて淋しくて、押し潰されちゃうよっ!」

服の裾を掴んで、思いの丈を吐き出す。
アナタはそっと、私の肩に手を乗せる。


「また会えるの…楽しみにしてるから」
「―――っ!」


ドンと胸を突き放した。

聞きたいのはそんな言葉じゃない。
そんな言葉じゃ、ないのに。



「……バカッ!!!」




思いっきり叫んだ。
涙で滲んだ声で。

私は思い切り拒絶したのに、
アナタは一歩ずつ、
近づいてきて、近付いてきて。

そのまま私の目の前に立つと、
ぎゅっと抱き締めてきた。


私は眉を潜めたまま、目を閉じる。


あんな態度を取ってたって。

拒めるわけ、ないじゃん。

もっと近付いてきてほしいから、わざと、距離を置く。



ねぇ。

もっと。

アナタから近付いてきてよ。



「苦しいな」

「―――」



胸の中で、私はそんな声を聞いた。

体を少し離して、顔を見上げる。
眉が顰められてた。
心なしか、瞳が濡れている気がする。


「ごめん、うまいこと言えなくて」

「シュ、ウ…」

「はは…俺も、結構必死みたいだ」



涙が止まらなかった。

だけど私はシュウの胸の中に顔を埋めたから、
お互いの泣き顔は全く見られないままだったのが救いだった。



私が落ち着いた頃にはシュウはすっかり平常に戻ってて、
それとも元々泣いてなんていなかったのかなって思ったけど、
暗がりだから分からなかっただけだと思うんだよ、たぶん。



特別言葉を交わさないまま、歩き始めた。
目的地は、私の自宅。

3年ばかし付き合ってると、言葉がなくとも
相手の考えてることが手に取るように分かるってやつだ。

なんて、偉そうなこといってても、
私たちが一緒に居た期間って、
全部繋げ合わせても半年に満たないってやつだ。
付き合ってる時間が3年間として、なんだそりゃ、
一緒に居たのなんてほんの指先程度じゃん。


そっか、こっちがスタンダードなわけ?


思えば、この環境を、凄く楽しんでいる自分に気付く。



そうだ。
あと一年半経ったら、なくなっちゃうんだ。
時間差超えた会話とか、
たまに会うときの嬉しさとか。



そんなことに気付いたのは、
公園から家へ向けて歩いて半分ぐらいの道のりを来たとき。

私は声を出す。ほとんど鼻声じゃなかった。


「シュウの誕生日、私はドイツに居るよ」


一瞬間があってから、シュウは「うん」って答えた。
もしかしたら、向こうこそ乗り越えられてないのかもしれない。

だったら、支えあわなきゃ。


暗がりで見えないかもしれないけど、私は笑顔です。


「ドイツでしかできない祝い方、してあげるよ」

折角の環境を、利用しない手はないよ。


「例えばさ、来年のシュウの誕生日って土曜日なんだ。
 日本時間の0時からドイツ時間の12時までってどう?」
「それってつまり…32時間か?」
「ぶぶー!4月は夏時間だから31時間です。惜しい!」

そうか。

そう言いながら、シュウは笑ってた。


良かった。
笑顔、作れてるや。




「だーいじょうぶだって!」


ね?



問い掛けると、シュウは安心したように笑った。



「行ってらっしゃい」



だから、私は首を横に振って、こう答えた。





「お邪魔しました!」





シュウは、声を出して少し笑って、
「またいらしてください」って社交辞令っぽくいった。


大好き。




「また一年半後に厄介になります」

「いつでもどうぞ。お待ちしています」



また、社交辞令っぽく。



思わず、噴き出して笑った。





「あーあ。馬鹿みたい」

「だな」



次第に自分の笑いはわざとらしくなっていった。
それは、もう自分の家が近付いていることに気付いていたから。
そこまでに別の話題を思いつく自信はなくて、
だからとって今沈黙を作ったらボロが出そうな気がする。

家の前に着いた。


「あーもう。笑いすぎて涙出ちゃったよ」


そういって、私は目の端の雫を指で拭った。
シュウは、その部分にそっと唇を落とした。

また零れてきそうで。


シュウは分かっててそうしたんじゃないかと思う。



「またな」

「うん、またね」



私はさっさと家の中に入った。

おばあちゃんと「ただいま」「おかえり」
とか言葉を普通に交わしながら、靴を脱いだ。


玄関の横の窓の外を見た。


目が合った。

数秒沈黙。



手を振った。

表情は憶えてない。


窓閉めた。





一年半後も変わっていない関係を祈る。

そのために、私は明日、空を飛び立つ。






















書くのにどんだけ掛かってるんだ、って話。
5ヶ月か。そうか5ヶ月か。…長ぇな。笑。
最後のほうとか忘れかけてたよ。

色々と詰め込みすぎて自分で混乱。
設定とか無理があるよ。英二のBDおまけっぽ。笑。
何はともあれ最後までかけてよかったな。うん。

ぶっちゃけ大石は泣き虫だ。笑。良い意味でな。
原作でやりやがるからつられちったよ。なろ。


2005/04/29