* 最初で最後じゃない。 *












「え、エイジ…あっ、あっ…ぁ、やぁっ…っふ…!」
…っ、イク、よ…!」


苦しいほどの締め付けと、
全てを放り出す甘美。

一気に脱力する体に汗が流れる。


目の前の人は、息を荒くしながら
快楽に目を潜めている。


「ハァ…ハァ…っ…ハァ…」

「…、」


そっと。

瞳を伏せて、顔を近づける。


だけど。


「ぁ、ヤアっ!!」

「っ!」


あ……。


目の前には、両手を突き出したその人が居た。

恐怖と、恐らく申し訳なさに、眉を潜めて。



「…ぁ…英二、ゴメン…」

「いや、オレの方こそ…」



……。

くしゃ、っと髪に手を入れた。


なんとなくキスしたくなった。
だから顔を近づけた。

だけどそうだ。いけないんだった。



「ごめん、ね……?」

「大丈夫。気にしてない」


そんなこと言って。

本当は凄く気にしてること、自分で分かってるくせに。
向こうにも気付かれてることも承知だし。

だけどそんな言葉でしか場を取り繕えなかったんだって。


の上から体を動かして、
横にごろんと寝転んだ。


「本当に、ゴメン…ッ」

「…あのさ、



そっと、髪を指で梳く。

の髪は、細くって柔らかくって、好きだ。
硬くて癖の有るオレの髪とは全然違う。

そんなは、眉を潜めたまま、
自分の足元の方向へ目を向けている。


そっと顔を近づけたオレは、
今度はおでこへキスをした。

は何も言わなくて、ただ、余計に眉間の皺を深めた。



…あのね」

「ん、なあに」

「…別に、してくれっていうわけじゃないけどさ」



その言葉で、大体予想はできたみたいだった。

は大きく溜息をついた。


だけどオレも聞かないわけにはいかなかったんだって。




「どうして、キス、させてくれないのか…理由だけでも教えられない?」




は視線をこっちに向けて、天井に向けて、
もう一度足元に向けて、むくりと起き上がった。



「…いいよ。教えてあげる」

「大丈夫なの、ほんとに」

「うん」



心配するぐらいだったら、聞かなきゃいいのに。
だけど気になってしまうから、聞いてしまう。

本当は、心配した素振りだって場を通り抜けるためだけかもしれない。
相手がうんって応えるの知ってたから。

ずるいかな。そうかもな。




「あのね」

「うん」



ゆっくりと口を開いたは、
もう一度きゅっと噤むと天井を見据えて、
今度ははっきりとした口調で言った。



「英二の前にも、一人居たんだ。付き合ってた人が」

「―――」



凄い勢いで反応しそうだったけど、
の表情があまりにも真剣で、
まさか声を上げるなんてことできなかった。



ぽつりぽつりと、は唇から
思い出を紡ぎだしていった。








  ――――あれは3年前、私が15歳だったときの話。






「あーあ。家に着いちゃったー…」


自分の家の前に立って、
私は大きく溜息をついた。


「なに、もっと一緒に居たい?」

「んー、っていうかー……ウン」

「そうなんじゃないか」


そんなこと話して、笑い合って。

正面向き直っても繋がったままの手を、
ぶらぶらと揺らして。



「…秀」

「ん?」



特に理由はない。

あえていうなら、どうしてもしたかったから。





ちゅっ。






「…えへへ」




爪先立ちになっていた私は、
一歩後ろに下がって照れ笑いして見せた。

秀は、口を半開きにしてぽかんとしてた。



私はにかっと歯を剥いて言う。



「ファーストキス」

「…俺も」



驚いた表情だった秀も、
私の言葉で笑顔を綻ばせた。

私は手を離して、背中を向けると数歩前に進む。


「凄いよね」

「どうして?」


予測通りの展開で、呼び止められた。
私は、待ってましたと言わんばかりに振り返る。


そして、答え。


「だって、キスをすることはいくらだってできるけど、
 ファーストキスは一生でたったの一度だよ?」


なんか、凄いことした気がする。

そう思って、私はふふっと笑ってしまった。


最初で最後のファーストキス。

秀と一緒に居られたってことが、凄く嬉しくて。


「そうか…じゃあ、ここは俺の特等席だな」

「え?」


唇に、ぴとっと指を当てられた。



「前にも後にも、ここに触れられるのは俺だけ…だろ?」

「っ! もっちろん!」



満面の笑み。

腕の周りに自分の腕を回して、

そうしたらもう一本の腕を全身に回されて。



幸せ。

幸せだった。





「それじゃあ、また明日ね」


「ああ。またな」






まさかその日のうちに悪夢を見るだなんて

思うわけが無いじゃない。











「……え?」






その日の夜に掛かってきた電話は、
クラスの連絡網は、
信じるのも馬鹿らしいほどで。


なのに苗字で並んで私のひとつ前のその人は、
何故か、涙ながらに、そう、伝えてきて。




「死ん…だ?秀が?大石秀一郎が!?」




嘘だ。
本当であるはずがない。

だって、つい数時間前まで元気で。


…え、交通事故で即死?




「ふーん。分かった。じゃあね」




無感情でそう言って電話を切った。



よく分かった。

あなたが嘘つきだってことが。

…だよね?




信じてなかったから、それ以上受話器を持ち上げなかった。

だから、どうやらクラスの一端には
その事項は伝わらないまま、翌日になった。




いつも通りに学校に来た。

下駄箱を見た。



なんだ、ちゃんと上履きがあるじゃん。
今日も元気に朝練やってる証拠だって。
秀は、いつも朝が早いんだ。


自信満々に階段を上った。
あと15分ぐらいでチャイムが鳴るから、
その頃には出席簿を持ってやってくるって。いつもみたいに。


言い聞かせたいわけでもなかったのに、
心の中でそう何度も呟いていた。
騙されないために。


だけど。


教室に入ってみたら、たくさんの人が泣いていて。
いつもは賑わっている教室が、
鼻を啜る音と咽び泣きで埋め尽くされていて。



ねぇ。
やめようよ。
縁起でもない嘘は。



その

白い  花 とか。


小学生のやるイジメじゃあるまいし。

おもしろくないよ。


面白くないってば。




、ちゃん……ッ」




クラスメイトが。


私が 付き合ってたのを知って

そんな わざとらしく

涙で濡れた目 で


こっちを見て。


何。


何がしたいの。




「っふざけないでよ!」




私は思いっきり叫んで秀の机に駆け寄ると、
周りを取り囲んでいる数名を押しのけて
上に乗っている花瓶へ迫った。

それを掴むと廊下へ出て、
思いっきり叩き割ってやった。



「こんなことしていいと思ってるの!?何が面白くて…っ」



教室を振り返る。

みんなは眉を潜めたまま。


何よ。



こんな…縁起でもない。

縁起じゃない。


…エンギじゃ、ない。



立ち尽くす私。

親友であるクラスメイトが歩み寄ってきて、
私の背中に腕を回して、
片手を頭の後ろに当てて、
ぎゅっと抱きしめてきて。



…嘘だ。


うそだ。






「うそだァ…」


「ごめん、……ホントだよ」



「ウソだぁっっ!!」




びしょ濡れの床に座り込んだ。

思いっきり泣き叫んだ。

他の教室から見に来る人もたくさん居て、
だけど見世物になんかなってないと自分で思ってた。




暫くしたらチャイムが鳴り始めた。
だから余計に声を張り上げた。

そのチャイムの音を耳に収めてしまったら、
鳴り終わることを認めてしまったら、
それでも現れない人物は
存在しないと証明することになってしまうから。


暫くして、ぽんと肩を叩いてきたのは担任で、
希望に見捨てられた気のした私は
驚かれるほどすんなりと教室に戻って、
結局そのまま早退した。









数日後の告別式には大勢の人が居て、
私は何番目なんだろって思った。

式は淡々と進んで、
私の髪にお線香の香りを絡ませた。



棺に御花を入れるとき、
思わずその唇に触れそうになった。

だけどあまりに色が白かったから、自分の唇を噛み締めた。




そして、真っ白になった。







  ―――だけど未だに、ここは彼の特等席なんだ。









「本当はね、何度も思ったんだよ」

「……」



「英二にキスしたい、って。英二、と……」



そこまで言うと、は下を向いた。
俯いたまま、顔を上げなくなった。

オレはどうすればいいのか分からなかったけど、
とりあえず、肩に腕を回して引き付けた。

心臓がありえないぐらいドクンドクンいってた。
それもきっと伝わってた。


「だけどその度に…」


腕の中から篭った声がする。


「あの時の、白くて冷たそうな…」


心なしか震えている気がした。


「………」


一瞬、静寂。





「…えへへ」




照れ隠しも交えてそう笑ったは、
鼻を啜ったけれど、涙は零れていなくて。
目がちょっと赤かったけど、笑顔で。


そしては、オレの腕からそっと逃れた。

すると。









 ちゅっ。









「………?」


唇に触れた温かい物。

その感触に驚いていると、
目の前に見えた人は、
ぽろぽろと涙を零していて。



「私とのキスを、最後にしてね」


それはつまり、
自分以外の人とはしないで、と。



「だけど…」



言葉は、
涙よりも遅い速度で生み出される。

その分重みを乗せて。



「最初で最後じゃないよね」


…」







「違うよねっ!?」



「……っ!」





だから。


オレは震える肩を抱き寄せた。

そのまま顔を近づけて、唇同士を合わせた。




「エイ、ジ……」

「大丈夫。これでダイジョウブだよ」



それでも心配そうに眉を潜めている。

オレは言い切る。



「最初で最後なんかで終わらせない」



そう誓うと、
背中に腕を回して、
片手を頭の後ろに当てて、
ぎゅっと抱きしめてた。



「ホントウに…?」

「本当だよ」



暫し見詰め合って、
頬を伝った滴を指で掬って。



顔を重ね合わせるその瞬間まで、
目は細められずに開いていた。









―――彼とのキスは最初で最後ではなかった。



濡れた瞳が、そう語っていた。

安堵に震えながら。






















突然閃いたんですよ。学校帰りに。
これはパラレルですよね。黄金がお互い知らないし。
ていうか死にネタって時点でパラレル決定。
時代も流れてるしねー。18歳かー。

“彼とのキスは最初で、最後ではなかった。”
↑正しい句読点の打ち方。
ちなみに、彼ってのは大石ですよもちろん。
わざと英二でも取れるようにしたんですけどね。
彼氏とのキスが最初で最後ではない、って。ははん。

題名は、イントネーションの違いで色々。


2005/04/15