* 週末の知振犯 *












今週最後の練習の時だった。


集合が掛かって集まるテニス部メンバー。
俺はいつものように前に立って全体を見渡していた。

しかし、ちょっとした違和感。
俺は言い出そうとした、が、
手塚の方が先に口に出た。


「越前はどうした」

「越前なら風邪で休みっスよ」


前に並ぶ背の高いレギュラーたちの間から顔を覗かせ、
越前と同じクラスである1年の堀尾が言った。


……。
そうか、風邪。

…どうってことないことだよな。

いや、どうってことないといえば酷だけど、
起こっても別段おかしくはない、
至って日常的な出来事…なはずだ。

しかし…。


「(越前が…風邪?)」


それは実に日常的に見え、
実に非日常的な出来事であった。






  **





「あーあ。今日も疲れたっ。ね、大石!」

「え?あ、うん。そうだな…」


練習が終わって、いつものように
無邪気な顔で話し掛けてくる英二に対して、
俺は曖昧な答えをするしか出来なかった。


「…お疲れを通り越してヒロウコンパイって感じ?」


ひとり言のように呟いた英二は、
まともな対応すら取らない俺には興味を示さなくなり、
その場から姿を消した。
遠くから「不二〜!大石がヘーン!」と聞こえた。
不二がどんな対応を取ったかは分からないけど、
英二が再度俺のところに戻ってくることはなかった。

水呑場に着くと、独りで居ることの安堵と空虚に
溜息が洩れていた。





  **





「大石先輩ー!」


俺が日誌を書き始めると、
後ろから声を掛けてきたのは、桃城だった。
学年は違うものの、部内で越前と一番仲が良い(…恐らく)
と思われる人物だ。

「どうした、桃?」

「オレ帰るとき越前の家の前通るんスけど、
 何か伝えておくこととかありますか?」

そういえば、桃城と越前はいつも
一緒に登校していたな…。

俺は少し考えた末、一つの結論を出した。


「その必要はない。けど」

「けど?なんかあるんスか」


俺は桃城の質問を一時的に無視して
日誌に視線を下ろすと、数秒でパパッと
必要最低限のことだけを書き上げそれを閉じた。

桃城は黙ってそこに立っていた。
俺は立ち上がって視線を合わせた。


「俺も越前の家に行く。一緒に行こう」


強引かもしれないけれど、
実は俺は越前の家を知らないのだから仕方がない。

桃城は、本音からか気を使っているのか分からないけれど、
「分かった。了解っス!」と言うと笑顔を見せた。

日誌は手塚にお願いして、
俺は桃城と早々と帰ることとなった。





  **





桃城は自転車置き場で
チェーンを着けていないまま(…盗まれないのか?)
の自転車を掴むと、
上にまたがって軽く漕ぎながら
「後ろ乗りますかー?」と聞いてきた。
俺が「二人乗りは良くないぞ」というと、
たははと笑って「そうっスね」と言って降りた。

そんなことは言っても、月曜日の朝には
また二人乗りで登校してくるのだろうな、
と思って苦笑した。
それは分かっているけど何も言わない。


「しかし…大石先輩じきじきに出向くなんて、
 そんな重大な用事でもあるんスか?」

「んー、まあな」


曖昧にはぐらかした。
ふーんなどといって、桃城は追求してこなかったけど、
微かに疑問を抱いている様子はわかった。

重要であるといえば凄く重要。
野暮用であるといえば全くの野暮用。

また苦笑。


他愛のない会話をしながらの学校帰り。
いつもこんな感じなのかな、と思うと、
自分の中でなんとも表しがたい感情が生まれるのが分かった。
人はこれを嫉妬と呼ぶのかもしれないし、
自分に対しての幻滅とも言えると思った。



「ここっスここっス、越前の家」

「へえ。大きいんだな。お寺か?」

「みたいっスね。生意気なことにテニスコートまであるんスよ」


へー…。

思えば、俺って越前のこと、何も知らないわけだ。
向こうは自分から話すタイプじゃないし、
俺も必要以上は人の私情に踏み込まないようにしているから、
当然といえば当然だけれど。


「それじゃ、オレはこの辺で失礼するっス」

「ああ。ありがとうな、桃」


どうってことないっス!
あ、でもバーガーの奢りならいつでも受け付けてます!

そう叫びながら、遠ざかっていく桃城。
歩く速さの何倍ものスピードで進む自転車に
理由のない悔しさを感じながら、
見る見る小さくなっていく背中に笑った。


俺は前を向き直ると、大きな深呼吸して一歩を踏み出した。





  **





扉から出てきて出迎えてくれたのは、
大学生くらいと思われる、
ストレートの長い髪が印象的な女性だった。


「リョーマさんなら部屋に居るわ。
 起きてるか分からないけど…どうぞ上がって」

「すみません、お邪魔します」


どう考えても母という年齢ではない。
お姉さんいたのか、越前…。
本当に、何も知らないことばかりだ。

階段を上がって、コンコンとノックして
「リョーマさん、開けるわよ?」という
その言葉には返事が来ないままだったが、
俺は「どうぞ」という言葉と一緒に
扉を開けられて、部屋に入った。

お姉さん(らしき人物)はそのままその場から去って、
部屋には俺と越前の二人だけになった。


お互いに目が合ったまま固まって、
会話が始まるまでに優に30秒の間が合ったと思う。



「勝手に来ないでくんない」

「じゃあ、勝手に休まないでくれないかな」


「風邪ひいたんだから仕方ないじゃん」

「心配してやってるのにその言い種はないだろう」


「勝手に心配してるのはそっちじゃん」

「…かもな」


こっちから先に折れた。
屁理屈の言い合いで越前に勝てる自信はない。
それ以上に。



「…苦しいっス」

「お互いさま」


崩れ去りそうな小さな肩を抱き締めずには居られなかった。


皮肉を精一杯込めたつもりの一言だった。
越前にはその皮肉が通じなかったのか、
それとも照れ隠しも交じっているのか、
「…ワケわかんない」と耳の近くで聞こえた。

その吐息混じりの声が、熱くて、
今起き上がっていることさえ
無理をしていることを感じた。
だからこそ余計に腕の力を強めてしまって
その体制のまま暫く動かないでいた。


「熱、高いのか」

「…測ってない」


「ちゃんと食べてるのか」

「…別に」


「何か言いたいことは」

「質問多過ぎ。離して。苦しい」


…ごめんなー。
また皮肉交じりにそう言いつつ、体を離した。

越前は一つ咳をして、今度は向こうから質問してくる。


「…で、何しに来たの?」


確かに。
それは疑問であるかもしれない。

俺自身もはっきりと分かっていない。
だけど、敢えていうとしたら。



「会いたかったから」

「…それだけ?」


「それだけ、ってことはないだろう…」

「じゃあなんて言えばいいの」



最もな質問だと思った。
越前の性格上、
「ありがとう」は愚か
「オレも会いたかったよ」
なんて熱が40度以上になっても言うはずがなく。

それでこそ越前だな、とも思うのだけれど。
微笑交じりの溜息が出た。


「それぐらいの元気があれば大丈夫そうだな」

「……」


何も言ってこなかった。


「ゆっくり休めよ」


俺は部屋の外へ向けて歩を進めて、
体を半分廊下に出してから、振り返った。


「月曜日は、学校来るよな?」

「多分」


これでこそ、だよな。
そう思って小さく笑ってから「じゃあまた来週」
と残して扉を閉めた。


いつもと変わらないはずの週末を
どう過ごそうかと考えているうちも
微かな喜びを伝えてくる心の振動を
俺は隠せずに居た。


本当は何も知らない。
知らないのに知った気になっている。
だけどそれぐらいの距離感が丁度良い。


また月曜日。

そう心の中で唱えながら、家へ向けて歩いた。






















「大リョムズイ〜リョ大しか書けない〜」
とか騒いでいたのはいつのことやら、
予想外に楽しくてウハウハしちゃいました。(笑)
大石が母だよお節介だよおまけに黒いよ。
リョーマは生意気受でもいいじゃんね。
そして勝手に桃に嫉妬してる大石最高。笑。

「知振犯」って言葉は過去に作った造語…です。
知らん振りから取った。しかしなんだこのタイトルは。(笑)

反則的に一日過ぎてますが真ん中BDおめでとう。
リクエストしてくださった小笹さん、ありがとう。


2005/02/27