* 遅れちゃいやんなの! *












絶対に遅刻してやる。

…そのつもりで家を出たのに。



待ち合わせ場所について、
見上げた時計は指定の時刻の15分前。

いや、しかし街角の時計などは狂っていることが良くあるから。

そう思って見てみた秒単位までピッタリの自分の時計は、
やっぱり15分前を示していて、肩が重くなった。


遅くに家を出たつもりだったのに。
あれだけゆっくり歩いてきたというのに。
…待ち合わせ時刻に遅れるなど、どうしたら出来るんだ。



自分は怒っていて。
今度はこっちが遅刻してやるつもりだったのに。
これでは、結局いつもと同じじゃないか。
5分前だろうが1時間前だろうが、
いや、例え待ち合わせ時刻より遅れていようと、
相手が居ないのでは話はどれも同じだ。

ここは…意地でも向こうが来る瞬間にこの場から離れていなければならない。

そう思って、俺は一度は辿り着いた目的地から逸れ、
少し外れた場所から様子を観察することにした。


そして、相手の登場を待つ。

…結局待っているのだけれど。


俺がこんなことをしているというのも、
先日あんなことがあったからだ。




  **




「秀ちゃーん!」


俺が腕時計を確認した時。
待ち合わせの時刻より30分ほど遅れて、
手を振りながらにやってきた少女が。

俺の彼女のだ。

「ごめん、遅くなっちゃった…」
「オイオイ、家を何時に出たんだ?」
「違うの!あのね、全速力で走れば、間に合うはずだったの!」

全速力、って…。
いったいどういう計算なんだ。

息も絶え絶えには続ける。

「だけど…ね、あのね、このカッコだと、走れなくって……」

足元を見る。
レースが揺れるロングスカート。
加えて、底の厚いブーツ。10cm近くあるだとうか。

そんな靴を履いていても、身長差がまだ
15cmほどあることに微妙な愛しさを感じ…
ている場合じゃない!
俺はいつもこうして丸め込まれてしまうんだ。

「次からは走らなくても間に合う時間に出るようにしろよ」
「えっへへ、ごめぇーん」

本当に、反省しているのだろうか…。
俺は溜息交じり。

でもぉ、とは続ける。


「いくら遅れても、秀ちゃんは待っててくれるもんね!」


無邪気な笑みから、俺は顔を逸らした。

「次はいないかもしれないぞ」
「ダーイジョウブだもーん」

…こっちの胸中は完璧に読まれている。
図星を指されて、悔しい思いをしたのは確かである。




  **




と、まあそんなわけなんだ。

の遅刻癖は厄介なもので、
休日だけならぬ平日に学校へ行く時も
時間通りにやってきた試しがない。
それを計算して待ち合わせ時刻を早めに設定すると、
「どうせ秀ちゃんは時間を余裕持って取ってるんでしょ?」
などと言われてしまう始末。
確かにそのとおりで、
は待ち合わせには10分遅れたものの
俺たちは学校の始業のベルには5分早く入り込んだ。


しかし、いつまでもそんなでは良くないと思った。
のためにも、俺のためにも。

そこで、俺は敢えて待ち合わせ時刻に遅れることにしよう…としたのだが、
まあ、結果は先ほどのとおりだ。

そんなわけで、今、少し離れた喫茶店に入っている。
入り口に近い窓際の席が空いていたんだ。
そこからなら、待ち合わせ場所の花壇がよく見える。
光の関係で、向こうからこっちは見難いだろう。

何も頼まずにそこにいるわけにもいかないので、
コーヒーだけを頼んで、あとはずっと窓の外を見ていた。


そうすること、約15分。

待ち合わせ時刻に5分弱遅れてやってきた。



キョロキョロと辺りを見回している。
もちろん、俺の存在には気付くはずもなく。

斜め上にある時計を確認する。
そして自分の腕時計と見比べる。
さっきの俺はこんな感じだったのだろうか…と苦笑。

今度は鞄から手帳を取り出すと、
どうやらスケジュールを確認しているみたいだった。
勿論、時間と場所はここで間違いはない。

数歩右に駆け出して、止まって。
今度は元の位置に戻ってきて、後ろを振り返って。

左右前後に加え、上下に斜めもキョロキョロと目を張らす。


くっくっく、と自然と笑みが洩れた。

には悪いけど…非常に面白かった。
いつもは、こんな姿見られないから。


どうせならこのままもう暫く、
待つ側の気持ちを味わってもらおう。

そう思って、背凭れに寄りかかり気味になって
コーヒーを一口すすった、時。




 「!?」




俺は、凄い勢いで立ち上がるとその場を駆け出した。





オイオイ
いくらなんでもそれはないだろう。







「……っ!!」


「あああああっ!ふっ、えっ……ぅ?しゅ、秀ぢゃああん!!」






なんていうことか。



はその場で、啜り泣く…なんてことはなく。

大声を張り上げて泣き出したのだ。



俺がそこに辿り着いた時には、
まるで小さな子どものように、
斜め上を向くと目も閉じたまま
口を全開にして泣き叫んでいた。


走り寄ると、はそのまま胸に飛び込んできた。


「秀ちゃあぁぁん!!うわあああん!!」
、落ち着け、な?」


いくら宥めても、無駄。
寧ろ、自分も相当動揺していて
他の人を落ち着かせている余裕などほとんどなかった。

は暫く俺の胸の中で泣いていた。
しゃくり上げる声がひっきりなしに聞こえる。


の泣き声が弱まってくる頃に漸く気付いたが。

あ、辺りの視線が痛い…。
一挙に注目独占してしまった。


そんな中、は涙ながらに喋り出す。


「あたっ、あたしがいつも…遅刻するから。
 もう来てくれなくなっちゃったのかと思ったー!!」


喋りながら、また感情が昂ぶってしまったのか、
治まってきていたはずの涙を更に溢れさせながら
また大声で叫び出していた。

俺にできることは…謝って宥めるしかない。


「ご、ごめん!俺が悪かったよ!」
「違うの、私が遅刻するからいけないのー!!」


そう言って、はわんわんと泣き喚いていた。
だけど暫くすると泣き疲れたのか、声は少しずつ弱まってきた。
目元から零れた滴を指で掬うと、声は完全に止まった。

俺は一つ溜息。


全く。

結局は、こうなってしまうのだろうか、と思いながら。


そろそろ意地の張り合いは無しにして、
仲直りの時間、かな。



…」

「―――」



俺が声を掛けると、は顔を上げた。
少し目は赤く腫れていたけど、
一度ふるふると顔を横に振ると、
にこりと無邪気な笑顔を見せた。

そっと開いた口は、謝罪の言葉を小さく零す。
決心の表れを、それと同時に写しながら。



「ゴメン。これからは…ちゃんと待ち合わせ通りに来るから」



そう言うと、は笑った。
「お互いにね」と後から付け加えて。

濡れた目が、綺麗で。
だけど赤さが、痛々しくて。
はじける笑顔が、可愛らしくて。


…待ち合わせ時刻に遅れるなど、どうしたら出来るんだ。

心にそう痛く感じだ。




と、その時。


「お客さーん!!」


走ってきた、その人は見覚えが。
………あ。

「お支払いがまだですよ!」

そうだった…!


そういえば、俺は喫茶店に入っていたことを思い出した。
泣きそうになるの姿を見て、思わず駆け出してしまったけれど。

俺は店員さんの顔を見、の顔を見。
どちらへの弁解を先にするか戸惑ったが、
とりあえず、料金は支払わなければ…と判断。


「え、えっといくらですか」
「待って!」


俺が財布を出そうとした時、からのストップが。

もしかして、遅れたお詫びで奢る気…とか?
いやいや、喫茶店なんかで優雅に待っていたことを
怒っているのかもしれない…。

は、顔を上げると。


「ホットチョコレート追加で!」


…そうだ。
は、こんなやつだ。

くるりと振り返って。



「秀ちゃんが遅れてきたんだから、奢りでいいよねぇ?」



……全く。

俺は微笑を零さずにはいられなかった。



これからは、ちゃんと待ち合わせ通りに来よう。

もう一度、心にそう強く感じだ。






















意地の張り合い。ガキですよガキ。(繰り返さんでよい)
こんな大石も、たまにはいーじょん。
結局、折れちゃうのは大石なんだけどね。(笑)

謝るところ、どっちの台詞でもOKなようにしてた仕組み。
皆さんはどちらとして受け取りましたか??教えてくださいねv

食い逃げしそうになる大石万歳。

題名についてのツッコミはなしの方向で…。(爆)
ファイル保存するために仮で付けてたんだけど、
新しいの考えるのも面倒でコレで定着。ぁ


2005/01/10