確かにさ、サンタクロースなんてずっと昔に信じなくなっちゃったけど。

それでもさ、クリスマスの朝は、ちょっとドキドキして目を覚ましたりするんだ。











  * サンタクロースは明日の朝に *












「はぁ〜…」

大きく溜息。
それは白く変わった。

クリスマスイブ。

私は、ヒトリ。



「お姉ちゃん彼氏と待ち合わせ?」

「えっ?」



声を掛けられた。
振り返ってみた。

茶パツで固そうな髪。
前髪をアップにしてピンで留めてる。
レインコートのような
青いジャンパーコートを来て、
首からは看板をぶら下げている。


カラオケ、安いよ〜。


懐っこくにかにかと笑うと
胸元の看板を揺すった。
バイトのお兄さんだろうか。
今、稼ぎ時だから。


…ああ、キャッチか。
久しぶりに会ったな。

そんなことを思いながら、溜息。
再度白くなって飛んでった。


思い起こせば別に久しぶりじゃない。
だけど一人の時は随分ご無沙汰。

待ち合わせには時間前に来る。
帰りは家まで送る。
そんな人を彼氏にしたせいか。


「あ、ゴメン!もしかして彼氏じゃなくて、オンナトモ?
 まあどっちでもいいんだけどさ。寄ってかない?」

クリスマスイブは特別料金だから安いよ〜。

また少年のように笑う。


他の店と比べるとどうだとか
散々説明された。
他の店はどうでもいい。
これは私の価値観として
安いか高いかの問題。


「…ぶっちゃけ、今さっき彼氏と別れたとこなんだけどね」
「うっそ、最悪じゃん!イブの日にー?」
「そー」


突然自分が強い気になった。
知りもしない人に対して、タメ語。
知りもしないから、とも言える。

何故見ず知らずの人にこんなこと。
だけど吐き出せて少し気が楽。


そんなことを言ったら
向こうはそれ以上強要してこなかった。
それが余計に悔しかった、
のかもしれないけど分からない。


「…一時間だけね」
「毎度ありがとうございま〜す」


一瞬驚いたようだったけど、
恐らくマニュアルの通り、
私は店内へご案内された。


一人でカラオケに入るなんて。
…初めての試みだ。
音痴っぷりを世間に曝さずに済む。

二人の時もカラオケに入ったなんて。
…ほとんど記憶にないけどね。
初めての時に連れ込んだきりか。
思えば、あの頃は向こうが
私に一生懸命合わせてくれてた。
だけどあの人はカラオケ、
あんまり好きじゃないって知ってから、
私は友達としかカラオケには来てない。

…落ち目だったのかな。
思いたくないけど。


そこへ来てふと、
とある事実に気付いた。


…あれ、ワカレタ?

私たち、別れたの?


ぽかん、と。
口を開けて絡まる自分。

自ら口にしておきながら、
まだ理解していなかった。
脳と心がリンクしていない。

冷静に、なれ。
私、別れたんだ、秀と。




「うわぁぁぁぁーー!!!」




思いっきり叫べたのは、
きっとその場所を理解していたから。
無意識に頭は状況を把握している。
混乱していても、心の隅で。


「わかれた…別れたワカレタっ!!」


バラバラとページを捲りながら
知ってる曲を見つけると即行でぶち込んだ。
大して好きな曲でもないし
特別上手く歌える歌でもないし、
ただ、題名を知っていただけな事実。

イントロが流れ始める。
遅い気がする。
スピードを+4にした。

曲が始まった。
メロディーが分からない。
サビしか知らない予感。
早送りしてみる。

サビを歌ってみたけど、
全然気持ち良くない事実。
停止してみた。


……バカ秀。


机に突っ伏した。
目の端を掠めたメニューで
強制であったワンドリンクを
頼み損ねていたことに気付く。

なんでもいいや。
一番安いウーロン茶にした。



電話で作り声をしたら
不意に冷静になった。

落ち着こう。
まずはそれからだ。

そして頭の中を整理する。


それは1時間前。
いや、30分前。
それとも5分前?

本当に、ついさっき。
待ち合わせの場所に、
初めてアナタは居なかった。
間違えたかと思い
きょろりと辺りを見回すと
「ごめん!」と走りよってきて。

ほっと胸を撫で下ろしたけど、
安心するのには早すぎた。

数秒送れた程度でそんなに申し訳無さそうな顔しなくていいのに。
なんで眉が下がりっぱなしなの?
ねえ、笑ってよ。
笑顔を見せてよ。

…どうしたの?


「ごめん」
「や、謝んなくていいから全然」


私は手を横に振った。
秀は私の肩を掴む。

なんで。
何。
笑顔、は。

…どうして?




「もう、お前と一緒に居られない」




――――え?


「どういうこ…」
「行かなきゃいけないんだ」
「秀!!」


私の声は届いたのだろうか。
瞬きをする間に、
秀は私の前から姿を消した。


冷静に思い起こしてみる。

別れるとは言ってない。
一緒に居られない、
と言われたんだから、
そう言われたも同然だけど。

誤解かもしれない…。
自分を必死に説得。

まさか…引っ越しとか。
いや、それはない。
あったとしても
それはそれで最悪。
結局別れるかもしれない。
私は、遠距離でも続けたいけど。
だけど続く自信も無い。

私の秀への気持ちって
その程度だったのかな…。


あーあ……。

どちらにしろ、
クリスマスイブを
恋人と一緒に過ごせないって、
一体どんな用事よ。


…よしっ。
こういう時は歌い明かそう!
開き直ると人は強い。




大声で歌った。
音を外そうが誰も気にすまい。
歌詞が違ったって構わない。

吹き飛ばすように、大声で。


聖なる夜も何もないと思った。




一時間が過ぎ去るのは
意外に速かった。
一人で来たから確認してくれる人は居ない。
忘れ物をしていないかと、
何回も後ろを振り返った。
部屋を出た後も、何度も。
落し物でもしていないかとか。

だけど、何も後ろには残していなかった。




外はキンとする寒さだった。
雨が降れば雪に変わって
ホワイトクリスマスになる、
とか夢のようなことを考えたけど
流れる雲は薄くて速くて
ちょっとだけ痩せた満月を
覆っていたけど隠し切れずに
冬の寒空ってやつだなって思った。

一人での帰り道。
月をずっと見ながら歩いた。


クリスマスイブは
恋人たちのイベントっていうけど
今年は随分寂しいものとなった。








サンタさん。


もしもプレゼントをくれるなら

あの人を

私の元へ連れてきてください。


私は良い子じゃないからダメですか?








  **








―――朝だ。
何か夢を見た気がする。
はっきりと思い出せない。

部屋のカーテンを開けた。
スカッとするほどの快晴。
雲ひとつ無い。
雪なんて積もっちゃいない。


勿論、枕元にプレゼントなんてありもしない。
ちょっとだけ、心の端で、
期待していた自分は余りに虚しくて咎め様も無い。


今日って新聞あったっけ。
寝ぼけ眼のまま玄関に出た。

と。



「……秀っ!?」



焦点を合わせるのに数秒掛かった。
自分の服装などに気を回すのに更に数秒掛かった。
起きてそのまま出てきたもので、
髪はボサボサ
顔は寝ぼけてる
パジャマ
スリッパ
おまけに眼鏡。
(普段はコンタクト)


「わ、私今凄い格好してる!!」


慌てふためく私に対し、
目の前のその人は、
鋭い表情でこっちを見てくる。

そうだ。
装いなんて気にしてる暇はないよ。
髪型を直すべく伸ばした腕が宙に浮く。


「…ごめん」


溜息交じりの声で。
目は伏せられて、
申し訳無さそうに。

謝るのは、もういいんだってば。


「なに、また謝りにきたの?」


毒舌。
嫌味。
本心じゃないのに。
だけどちょっと本気も篭ってる。

謝ってほしいんじゃ、ないの。
ねぇ、笑顔――。





「遅くなって、ごめんな」





――――――――――。


……え?





「秀、これ…」
「昨日のうちに渡したかったんだけど…ごめん」


赤と緑でラッピングされた小箱。
秀の手の上では小さく見えたけど、
私の両手に丁度のサイズ。

秀の顔を見上げた。
やっぱり少し申し訳無さそう。
口の端だけは、微かに上げて。
だけど眉は、少し下がって。


私は両手で掴んだまま両手を下に。



「昨日…どうした、の?」
「…待ち合わせ時間の15分ぐらい前に、近くで交通事故があったんだ」



え……。

そういえば確かに
遠くでサイレンの音が
耳に届いたのを思い出す。


「救急車を呼んだり家族の方に連絡をつけようとしたり
 走り回ってるうちに…あんな……」


秀はぎゅっと目を瞑った。
潤んでたのが直前に見えた。


馬鹿が付くほどお節介。
だけど優しさの延長線。

そんな秀が
私は
大好きなんだよ。


「いいの」

ぎゅっと、秀の体の周りに腕を伸ばした。


「昨日はイブだもん。本番は今日、ってことで許す」


くすぐったい笑みを洩らしてしまった。
ふふって、軽い笑い声で。

秀らしくていいなと思っちゃったの。


「その人…どうなったの」
「あ、ああ。助かったよ」


そう。良かった。

と、言葉は自然に口から出た。



「聖誕祭の前夜に人が死ぬとこなんて目撃したくないよねぇ」



こてんと胸に頭当てて言った。

秀は何も言わず抱き返してくれた。
そっと包むように。
軽く。


温かい胸の中で、初めて秀の笑顔が見えた気がした。




 確かにさ、サンタクロースなんてずっと昔に信じなくなっちゃったけど。

 それでもさ、クリスマスの朝は、ちょっとドキドキして目を覚ましたりするんだ。


   だって、信じる限りは心の中に。








  Merry Christmas...*






















イラストの挿文(挿絵の逆/笑)その1。
「遅れてごめんな」でした。
大石に限って待ち合わせ時間に遅れて、
ってことはないと思ったわけよ。
というわけで、一晩も遅らせてみた。あは。

脳と心は繋がってないって話。
頭では理解してても感情に走ってみる。サンタは居る!(力)

眼鏡っ子。大石夢だし、現実込みだし。笑。


2004/12/25