* 背比べ *












 貴方の背中を見ると、背伸びせずには居られない。




「152cm…今日も変わりなし、か」


そりゃあ、一日で劇的な変化があるとかは期待してないけど。
でも、測り始めて約3ヶ月、全く変化がないっていうのも問題ものだ。

「もう成長期終了かな…あーあ」

呟きながら、ぴしゃりと保健室の扉を閉めた。


保険委員の私は、毎朝“健康調査表”なる物を取りに保健室に来る。
そのついでに、身長を測っていくのも日課となっている。
それは今日のように、朝礼がある日だって同じだ。
カルテのようなそれを掴んだまま、私は体育館へと走る。
人の波を掻き分けて、自分の組の列の先頭まで走る。
少し飛び出た頭が目印になるから、迷うことはない。




――私の彼氏は、私より20cm以上背が高い。




元来、私は背の順でいって大きい方ではなかった。
区分けするなら小さい部類だ。というか小さい。
この方3年間、前から数えて2番目が定位置だった。
それどころか、背が一番低い子が生活委員であるがために、
その子は列の一番後ろに言ってしまう。私はまた一個前にずれる。

それに比べて。

私の彼氏は、部類でいうなら大きい方、否、大きい。
学級委員だからこそ列の先頭に来ることが多いものの、
普通の背の順でいったら、一番後ろか、2番目か、その辺だと思う。


朝礼の時なんか、私はいつも斜め前の頭を見上げている。
近くに来られるのは嬉しいけど、その分高く感じて、
足元ばかりを見回しては先生に睨みつけられることが増えた。




背が高くなりたい、っていうと、
小さくていいじゃない、とか、
はそのままの方が可愛いよ、とか、
そういうコメントが返ってくる。

私も、今まではそう思ってた。
表では「もっと身長ほしい」とか言ってても、
心の中ではこんな自分も結構気に入ってたりして。


だけど。

今は変わった。


大きくならなくてもいい。
少しでもいいから、近くなりたい。
近付くためには、大きくならなきゃいけない。


大きくなりたい。






「―――」




呼ばれた声に顔を上げれば、そこには


「大丈夫か、顔色良くないぞ」


心配そうな表情をした、その人が居て。


秀…。


私は慌てて笑顔を作る。
心配なんて、掛けたくないし。

「ううん、どうってことないよ!」
「そうか…ならいいんだけど」

「お、朝から妬けるねぇ」

横から、女子学級委員のちゃんの茶々が入った。
秀は、体調を心配するのは当然のことだろう、って反応する。
あー熱い熱い、とちゃんは手をパタパタ仰ぐ。

ちゃんも、背が高い。
秀と10cm変わらないと思う。

二人の身長差がバランスよく見えて、悔しい。
私、どうしてこんなに小さいんだろう。



「全員気を付け!」



涙が滲みそうになった瞬間、
生徒会の司会で朝礼が始まった。

足を揃えて姿勢を正す。
そうすると背筋が伸びた気がするけど、
斜め前を見ると、もっとピシッと伸びていて。

溜息。



生徒会長の話も校長先生の話も全部聞き流し。
耳から耳へ流れていく。
私はそっちに顔を向けることなく首を倒していた。
そこは全員同じ高さである靴の辺りに目を落として。
また生活担当の先生に睨まれてる気もする。
本当に、列の前の方って損なことばかり。


だけど、顔を上げると、自分の小ささが身に染みて。

……涙が出そうだよ。


やだ。
本当に体調悪くなってきたかも。
気持ち悪い…。
こんなこと考えるのがいけないのかな。
変だな。
毎週同じことを繰り返してたけど、こんなのは初めてだ。

私、変だ。



ちゃん、大丈夫?眠いの?」



後ろの子が腕を叩くと同時に小声で囁いてきた。
どうしてそんなことを聞くの?
私が今、吐きそうになってるって知ってて?
どうして知ってる?

あれ、世界が回ってる。
ヤダ。頭の位置が定まらない。

助けて……。



「わた、私…」



なんとか搾り出した自分の声は、
朝礼台に上って話している先生の話を拒むことなく、
普通に会話しているかのような大きめの声で。
周りの視線が一気にこっちに向かってきたした。

斜め前の人も、 見ちゃいけないものを見るように、
そーっと、ちらりと、こっちに視線だけを傾けて。

目が合った。と、大きく目を見開いた。


なんで?



いくら背伸びしたって、届くはず無いのに…。





「っ!?」











――――まっくら。








  **






…あれ?

ここ、どこだ。



そうか、保健室だ。
この独特の匂いには覚えがある。
問題は何故ここにいるかってことで、
それは勿論、私が保険委員だから…ってんなわけあるかい!


「のわぁ!?」


ガバッと体を起こす。
本物だ。ここは保健室だ!
朝礼中じゃなかったっけ!?

「あら、もう元気一杯のようねさん」
「せ、せせせ先生今何時間目ですか!?」

カーテンを開けて保険医の先生が覗き込んできた。
保険委員でよく通うお蔭で、先生は私の顔を憶えている様子。
くすくすと笑うと、柔らかい笑みでいった。

「そろそろ一時間目が終わるところよ」
「ひぇ、そんなに気を失ってたんですかぁ」

なんてことだ…。
一時間目は私の嫌いな国語だから被害は小さいけど。(寧ろラッキー)
どうせだったら社会が潰れればベストだった。(ごめんなさい先生)


「ところで…あなたを連れてきたの、保険委員の子?」
「いや、学級委員です」

あ。
根拠もないのに言い切っちゃったよ!

多分、とか小さく呟いて誤魔化してみる。


「そう。凄く優しい子なのね」
「そうですか?」
「時間ギリギリまでここに居たのよ。
 それなのに…ふふっ、真面目なのね。
 チャイムが鳴ると急いで教室に戻っていったわ」


秀…。

さっきは咄嗟にそう答えちゃっただけだけど、
今は確信を持って言える。
秀がここまで私を連れてきてくれたんだ。
ありがとう。

きっと、あの大きな胸に包まれて。
もしくは大きな背中に負ぶわれて。
私はここまで来られたんだ。


「…もしかして、あの子ってさんに気があるんじゃない」
「えっ?」


後ろで、チャイムが鳴る音がする。
だけど私は先生の話に集中していてあまり聞こえていない。

先生は楽しそうに笑うと、言う。


「本当に心配そうな様子だったわよ。じーっと顔を見つめちゃったりして」
「えぇ〜!?」


やだ…秀のバカ!恥ずかしい!!
だけど…ちょっと嬉しかったりもして、なんてね。

顔が火照るのを感じた。私は頬に両手を当てる。


と、コンコンと律儀にノックして、誰かが入ってきた。
それは。

!」
「秀っ!」

目が合うなり、焦った様子で秀は駆け寄ってきた。

「もう起き上がって平気なのか?
 顔が赤いぞ、もしかして熱があるんじゃなにのか!?」
「ちょ、ちょっと!大丈夫だから落ち着いて!」

ふと固まって冷静になると、
秀は私のすぐ横に居る保険医の先生の存在に気付いた。
微かに頬を赤らめると、小さく会釈した。

先生はきょとんとしていたけど、
すぐにまた柔らかい笑みに変えると言った。

「大丈夫、心配はないわ。軽い貧血みたいね」

すると、先生は私の顔をじっと見てくる。

さん…もしかして夜更かしとかダイエットとかしてる?」
「いえいえまさか!毎日モリモリ食べてますよ!
 昨日の夜もうっかり9時に床についてしまいました!」

それなのに縦じゃなくて横ばかりに伸びやがって!くそぅ!!
牛乳飲んでも背は伸びないし胸も小さいままなのに
お腹がどんどんたるんでいくのは何故ですか!?

頭の中で私が苦悩していると、先生は安心したような表情で言う。

「そう。それなら、ただ単に成長期かしらね」
「……は?」


成長期。


成長期!!


「ほ、本当ですか?」
「他に理由が考えられないから、きっとそうだと思うんだけど」
「でも…毎朝そこで測ってるのに何も変わりませんが?」


私は部屋の隅にある身長計測台を指差した。
すると先生は、あら毎朝測ってたの、と楽しそう。

「それじゃあ、これから一気に伸びるかもね」

ウィンクして、先生はそう言った。
私は思わず秀の方を見上げて、笑ってしまった。


と、その時チャイムが鳴る。


「ほらほら、二時間目が始まるわよ、教室に戻りなさい」
「はーい。お世話になりました」
「有り難うございました」


秀までご丁寧にお礼を言って、私たちは部屋を後にしようとする。
と、先生は「あっ」と何かを思いついたようで、
私だけに手招きをする。

耳元で小さく囁かれた。


「もしかして、もうデキちゃってるわけ?」
「やーだ先生!」

ケラケラ、と私は笑う。
だけど最後に、そうですよって答えた。

今度こそ二人で教室に帰ろうとすると、
先生は後ろから「お大事に」って言った。
私だけじゃなくて秀も、「はい!」なんて答えてた。


「なんで秀まで答えるの」
「ん、俺がを大事にするってこと」
「なるほど」

とか丸めこまれちゃったけど。
どうしてこの人はこうも爽やかに恥ずかしいことを言えるんだろうね…。


「ところで、最後に先生、なんて言ってたんだ?」
「えー、ナイショ!」
「…そうか」

ここで敢えて突っ込んでこないのが、秀らしい。
別に隠すことでもない、っていうか、
元々うちらにとっては隠れてない内容だけど、
敢えてここで秘密にしておいてみたり、なんてね。

「ところで、二時間目って何の授業だっけ?」
「社会だったかな」
「――」

私はぴたっと足を止める。

「…保健室に帰ろうかな」
「こらこら」

コン、と頭を小突かれる。
痛ーい、と言いながら私は斜め上を見上げる。



そうしたら、この距離感が丁度いいかも、とか思えてきた。

小さな私を、大きな貴方が包み込んでくれるとか。

私がいくら背伸びしたって届かないけど、
貴方がちょっとだけしゃがんでくれれば、いいことでしょ?



だけど、やっぱり私は大きくなりたい!

貴方の背中をどこまでも追いかけて、いつか、隣に並べるように。


これからどんどん大きくなる予定だから、待っててね。





 ほら、少しだけでも大きくなるために、胸を張って歩こう。






















175cmっていいよなぁ。(ぽわわん)
うちの中学校では一番大きい人がそれくらいでしたよ。
学級委員に背の高いのが前に来て、
一番小さい子が生活委員で後ろに行って、
私は前に詰めて…って全部私が中3の時の設定です。笑。

大石が好きです。書いてて泣きそうになった。
ダメだ最近。大石夢書くたびに叫ぶか泣くか。
痛いキャラですか。はい分かってます。

『倒れて生まれた衝動』とネタ被るかも。


2004/10/19