* いちご練乳。 *












 ねぇ、明日一緒に勉強会しよー。

 うん、いいよ。


テスト3日前の金曜日、親友のに声を掛けられた。

気軽に答えた私は、
気軽に待ち合わせ場所へ来た。
そして現在二人きりで待ちぼうけ。

私の隣に居るのは、じゃない。
待ち合わせ場所に居たのは男だ。
だけど、別に驚かない。

「おはよう」
「ああおはよう、

爽やかに答えたこの青年。
我がクラスの学級委員、大石秀一郎。
その実体は、の彼氏にありけり。

、まだ来てないの?」
「そうみたいだな」
「あの子って、絶対に遅れないでよって騒ぐくせに
 大抵来るのは自分が最後なんだよね」
「ははは、それは言えてるな」

とはいえ、待ち合わせ時間に遅れることも滅多にないっていうか。
そこがなんとも彼女らしいといいますか。

さぁ、待ち合わせ時刻1分前。
そろそろ来るんじゃないのかなー…?


ー!秀っ!」

「お、噂をすればなんとやら」
「だな」


遠くから手を振ってくる。
私もそれに手を軽く振り返した。
大石はというと、微笑んでるだけだった。
それだけで挨拶としては充分ってやつですか。

「このメンバーってことは…行くのは菊丸家?」
「鋭いね、
「って…まだ教えてなかったのか?」

一般から掛け離れた常識を持つ
大石はちょっと戸惑い気味だったけど、
その子がアナタの彼女ですよ。分かってるの。

まあ、私はのそんなところが好きだし。
大石もそうなのかもしれないね。なんて思ってみた。



ところで解説。

私と大石は、3年2組。
と菊丸は、3年6組。
私とは女テニで部長と副部長をやってて親友。
大石と菊丸はテニス部でダブルスペアを組んでて親友。
ひょんな繋がりが重なって、と大石は恋人同士。

そして私は、恋人どころか好きな人も居ない廃れた女。


おかしい。思えば、中一の時の部活を決めているとき
「スコートがカワイイ!」と騒いで二人で女テニに入部を決めた。
それが今や、身なりも忘れてテニスだけに精を入れ
すっかり都内でも五指に数えられるような存在になってしまった。私だけ。
(女テニは男子のテニス部に比べて弱いのです)

…こんなんだから彼氏できないのかな。
まあいいや。何も恋愛だけが青春ではない。
スポーツだって青春だろ。汗と涙!
勉強については何も触れない方向で。

大石はというと、勉強も出来るし人望も厚いし
これまたしっかりした人でテニスも全国区だし。
あーあー。なんかずるいよキミ!


話がずれた。
まあとにかく、私たち4人は仲が良いわけです、よ。


「それじゃあ行きますか」


3人揃ったところで、菊丸家へ向けて歩き出す。
別に現地集合でも良かったんじゃないかね、って話だけど、
そういえば私って菊丸の家に行くのは初めてだわ。

考えてみる。
私が菊丸と付き合えば、それは素敵な4人組が出来上がるのでなくて?
ダブルデートもなんのそのだよ。わーぉ素敵!

とは考えてみたけど。
別に、特別視するほど菊丸のこと好きじゃないなぁ。

…ま、いっか。





  **





いつの間にやら菊丸家。
うわぁ、聞いてたように人口密度高いわけね!
何だこの部屋の狭さは!

いや、部屋自体は小さくないんだけど、
二段ベッドの圧迫感とか二つの学習机とか
巨大なクマのぬいぐるみ(!?)とかとか。


「くつろいでけろ」

「はぁ…」


私だけが返事をした。
大石とは言われる前から床に座る体勢に入ってた。

もう慣れてるってことかね。
思いながら、私も腰を下ろした。



菊丸は床中に転がっている雑誌をベッドに放り投げ、
散らばっているゲームetc.を机の下に押し込んだ。(…)
そして、どこからだか大きめのテーブルを持ってきた。

「よっしゃ、勉強会開始ぃ!」
「あ、そうだ今日勉強に来てたんだった」
…何しに来たんだ?」

そんな感じで、和気藹々の勉強会の始まり。
ちゃんと勉強になるのか、という不安もあるけど、
家に居てもどちらにしろ勉強しないんだったら
ちょっとしかやらないにしろ形だけでもやるこっちの方がまとも。
さぁて、何の教科から始めましょうかね。


「よっしゃ、オレ数学から始めよ」
「あ、数学だったらが教えられるよ、ね?」
「えっ、あーうん。数学得意」
「じゃあ後で教えてけろー」

とりあえず自分で出来るとこまでやってみる、
と言うと菊丸は問題集を開いた。
オイオイ、それは随分前に宿題だったでしょ。
クラスが違えどそれは変わらないと思うのですが…。

…あーあ。
やっぱ、菊丸はダメだ。
友達としてはいいんだけど、
彼氏、とかとなるとなんか違うんだよな。


私、もし彼氏にするんだったら、
優しくて、しっかりしてて、頼れるような人がいいなぁ。

…高望みしすぎですか?



「あー、飽きた」
「早っ!!」


思わず突っ込みを入れる私。
だって、溜息を吐いたはまだノートを開いて30秒程度。

「それは飽きたんじゃなくて好きじゃないだけだろ」
「違うよ。やる気が出ないの」
「同じじゃないか…」

ちょっと違うよー、と。
はぶーぶー口を突き出していた。
その様子がちょっとおかしくて私は小さく噴き出す。
それを横目に、化学のお勉強。

「ねーっち、英語得意だよね?教えて」
「秀の方が得意だよ」
「ダメー。アイツもう頭が完全に数学に入ってる」

菊丸とのそんな会話に釣られて、私も大石を見てみる。
なるほど。数学の参考書を睨みつけて微動だにしない。
私たちの会話も耳に入っていない様子。

素晴らしい集中力だ。ある意味尊敬。
それに比べて、菊丸オイ。

「菊丸」
「はにゃ?」
「君こそさっき数学勉強し始めてたでしょ」
「あー、飽きた」

そう言うと声を立てて笑った。
にゃははじゃないよ全く…。
がくぅと肩をうな垂れる。

とりあえず、と菊丸は英語の勉強を始めた。
あーあ。私も英語やらなきゃ…。
文法は平気だけど単語を憶えるのが苦手でねぇ。
と、それより先に化学式。レッツゴー。




「へ?」


ノートに目を落とした途端に横から呼ばれた。
おぉ…ちょっと待ってくれよ。
大石の顔が酸素の化学記号と混じる…ってそうじゃなくて。

「あ、悪いな邪魔して…」
「いやいや」

私は頭の中の想像を掻き消した。
(大石原子同士が手を繋いで一つの大石分子を作るだなんてそんな!)

「数学で分からないところがあるんだ」
「よっしゃ、数学なら任せて」

妙に気合を入れてみせる。
大石は軽く微笑むと問題を見せてきた。


「この問題、関数の応用なんだけど…」
「ふむふむ」


問題に目を落とす。

考える。

……。


「わからん」
「得意じゃないのか?」
「だって、こんなの応用の応用だよ!」

私はお手上げ。
開き直るといっそ清々しい。
こんな難しい問題、出す方が悪い!

「絶ーっ対テストになんて出ないって!」
「でも、分かってないと不安じゃないか…」
「なにその女々しい発言!」

ぎゃーぎゃーと口喧嘩を始める。
本気ではない、笑顔の喧嘩とはいえ、お互い結構熱くなったりして。


なんだろ。
心地好いな、このカンジ。
大石って、結構喋りやすくて好きかも。

「…そろそろ勉強に戻るか」
「だね。もう少しまじめに考えよう」

さっきは真面目じゃなかったのか?と訊かれたので、
私が本気を出せば解けない問題はない!と言い返事とした。


別にそれが好き…てわけでもないけど、
勉強するということに普段からそれなりに
免疫をつけてるこちら二人、に対し。

机の反対側では。


っち、Henryなんて単語習ってない!」
「バカ!人の名前だよ」
「え、マジ…ってか、今バカってゆったな!?」

…こちらもまた喧嘩。
やっぱり本気で怒ってるわけでもないんだけど。
テスト勉強でそれぞれ少なからずとストレス溜まってるというか、
新手の現実逃避ってやつですよ。


「よし、ここは休憩タイムと行こう!」


菊丸の提案でそう決定した。
時計を見る。

…勉強開始から、30分弱。
いいんですか、こんなんで…。


「イエーイ!ポッキーにプリッツにポテチ!」
「わー!英二凄い凄い!」
「オマケに加えてイチゴもドン!練乳もつけちゃう!」
「キャー!!」


参考書を手に掴んだ大石が固まっている。
私もちょっとしらけた、けど、
イチゴとか、とってもときめくんだけど…?


「菊丸、私にも器回してくれぃ」
「ほいほーい」
「こらっ、!?」

真面目に考えるんじゃなかったのか?と喚きたてる大石。
私はにこりと笑って、糖分摂取しなきゃ頭働かないよ、と言った。
と菊丸は、このポッキーは期間限定だとか
新発売のお菓子がどうだとか、会話に華を咲かせている。

ふぅ、と溜息を吐くと大石は漸く諦めた感じだった。
といっても、それはあくまでも私たちに勉強するよう促すことを諦めただけで、
本人は顔を落とすと相変わらず硬い表情で参考書と睨めっこしてた。


私はフォークを口に咥えて、
なんとなーくその様子を気にかけていたり。

横では、と英二が相変わらずお菓子のことで盛り上がってる。

机の上には開きっぱなしのノートや教科書。

……。


やる時はやる、食べる時は食べる!

そう決め込んで、私は練乳の入った器を手に取る。

スプーン目一杯に掬って、自分が取ったイチゴの上に掛け…。



「あ……ごめん」


咄嗟に独り言のように呟いていた。

見事に練乳を零した私。
机に10円大のタレが出来ている。


私の呟きに、騒いでいる菊丸は気付いていない。
ちょっと。君の家の家具がべたべたになりますよいいんですか。


…えーい。舐めちゃえ。


人差し指で掬って、舐めた。甘い。
と、横で立ち上がった人が。


「ん」

「…え?」


大石は、布巾を差し出してきた。


「あ、ありがとー…」


言いながら、私は手を拭く。
そして考える。

位置的に、私の方が布巾の位置に近かったのに。
ただ、存在を知らなかっただけで。
言ってくれれば自分で取れたのに。
わざわざ立ち上がってまで渡してくれるなんて…。

「へー…大石って優しいんだね。気配りさんだ」
「ははっ、そうかな」

笑ってた、けど。

本気でそう思ってるよ。
思いながら、私は机を拭いた。


いい人だなぁ、大石。
、君はとてもいい彼氏を手に入れたよ。
それを自覚しているのかい?



「……」



イチゴにぱく付きながら、ふと考えてみる。




 もしかして私、彼氏にするなら大石みたいな人がいいんじゃない?




いや寧ろ。

大石がいいんじゃない?って。


自分に問い掛けてみた。



でもね、不思議。
こんなにいい人って分かるのに、
付き合いたいとかそういう感情は芽生えない。
近くに居てくれたら嬉しいな、でも今のままが一番だよ、っていう。

どうしてだろう。
と付き合ってるからって、
心の奥底どこか、潜在的に感じてるからかな。
いや、でも二人が付き合ってるから我慢してるんじゃなくて、
本当にそう思わないんだもん。


それでも。

考えてしまう。


“もしも”って。

“例えば”って。




  大石とが付き合ってなかったら、どうだっただろ?






…私、大石のこと好きになってたかもな、なんちゃって。
練乳の掛かった苺を食べながら思ったのですよ。



だけど、大石とは付き合ってるので、
このままで良いって、そう思うのです。
押し留めてるわけじゃなくて、
このままで良い、としか、浮かばないのです。

“もしも”“例えば”の話だから、
何が真実かは、分からないし。



、食べ終わったらでいいからもう一回この問題見てくれるか?」

「がってん。ちょい待っててね」



そう返事をすると、大石は別の問題に取り掛かり始めた様子だった。
ならちょっとぐらい時間喰ってもいいかな、って、
イチゴをもう四つお皿に取り寄せて、
零さないように器を近づけてから、練乳をそこに掛けた。

甘い練乳を掛けると、全体は甘くなるのに
甘酸っぱいイチゴは酸っぱいだけのものになる。

イチゴの味がしないくらいに、沢山練乳掛けてみた。
甘いだけの味。だけど、イチゴの味もする。

そういうこと。



と英二はまだ喋ってる。
二人が勉強を再開する前に、私がしよう。
そう決め込んで、私はイチゴを口に掻き込んだ。

実は、練乳食べたの、今日が初めてだったんだ。
そう気付いて、フォークに付いたそれを舌で舐めとった。


「はいはい大石どれだっけ?今度こそは真面目に考えるから」
「あ、悪いな」
「ううん、ゼーンゼンっ」


もう少し、真面目に考えよう。

甘さに誤魔化される前に。




「…あ、分かったかもしれない」

「本当か!?」

「……ごめん、ウソ」




いいでしょ、こんなやりとり続けても。


少しぐらい時間を稼いでも。


いいでしょ。





確か君は甘いものはあんまり好きじゃないって言ってたけどね。


だけど私は、今日食べたあのいちご練乳の味はきっと忘れない。






















意味不明になってしまった…!(ガビン)
一シーンを現実込みで使いたかっただけなのに。
おまけに終わり方が微ダークになりかけだし。

友人の彼氏(当時)(苦笑)が大石似だったって話。
その事実を一緒に勉強会して気付いたのさ。
その時練乳を金時以外で初めて食べたさ。美味いなあれ。

友人の彼氏だから身を引いてたわけじゃないけど、
実は潜在的には働いてたのかなーとか思ったわけ。


2004/10/02