「末長くお幸せに!」



そんな言葉を、卒業式の日に掛けられるなんて普通じゃない気もした。






桜吹雪が舞う中、私たちは、今。











  * 桜並木のアーチの向こう *












ざわついている玄関口、下駄箱前で、漫才を始める某数名が。



「どうしよう…泣ける、泣けるねっ!」

「ま、まあな…」

「メッチャ泣けるって!オレ今泣けって言われたら泣ける!」

「あたしなんて言われなくても泣けそうっ!!」

「オレなんて泣くなって言われても泣くし!」

「じゃあ泣けねぁ!」

「何それ命令形!?っていうか日本語!?」

「あの、お前たち…」



二人でボケ倒して、私が外して、英二が突っ込む。

そしてその後ろの白け気味なシュウが最後のまとめ役。

靴箱の前で、漫才になり損ねたド付き合い。


こんなことも最後なのかな。

と思うと泣けてくる。

だけど暗い気持ちにはならないから不思議。


「っていうかさっきまでボロ泣きだったし」

「マジで?まあ、は状況違うしなー」

「分かってくれる?分かってくれるのね英二!!」


にゃはは、って眉を垂らしながら笑う英二を見たら、
ギャグ抜きで本気で泣きたくなってきて焦った。

横を見たらシュウが、やっぱり曖昧な笑みを浮かべてた。


「寂しいね」

「そうだな…」


涙はさっき流したし。

泣き顔より、笑顔の方が可愛いし、でしょ?


「どうしよう、ここを潜ったらあたし、
 もう青学の生徒じゃないんだよ!?イヤー!!」

「うーるーさいなアンタは!」


ジタバタと私は暴れる。

後ろからがチョップを入れてきた。

頭を押さえて頬を膨らませて振り返ると、
呑気に靴を履き替えて、そのまま袋に入れてる。

こつこつと爪先を地面に当ててローファーを履いている。


うへぇ。これも最後だったりするのか。


「いやじゃ!私はあそこを通らん!!」


遠くには、後輩が作った花のアーチ。

そのまた向こうには、何度も通った見慣れた門が。


「なーに駄々こねてんの、

!だって卒業だよ!分かってるの!?」

「それぐらい私だって分かってるよ」


トン、と肩に卒業証書の入った筒を当てた。

私はというと、筒を掴んだ両手が胸の前で強張っている。


どうしてこうも違うのか。


英二は「あ、不二発見!タカさんと手塚も!」と声を上げる。

「大石も後で来いよ」と残すと走って行った。


その様子を見送ってから、私はの正面に向き直る。


「でもさ、はまた一ヶ月もしないうちに青学高等部の生徒じゃん」

「だけど中等部とはお別れだよ」

「あたしは青学自体とお別れだもん」


ワケの分からない意地の張り合いになってきた。

そこまで来ると、私の方が立場としては強い意味合いを持っている。


ふぅ、とが溜息を吐いた。勝った。


と思うのも、束の間。



「そうだね。はもう、青学の生徒じゃないんだ」

「―――」



さっきまで自分から主張してたくせに、
他の人に言われると、突然イタイ。

自ら言い出すことで、実は衝撃を和らげていたことに気付く。



「うるさい!そっちだってもうこの校舎に来ることは無いくせに!」

…アンタ一体なんなの」


不幸自慢したいワケ?
それとも私を不幸へ道連れにしたいワケ?

はそう言いながら腰に手を当てた。


「…どっちでしょう」

「もう!どうでもいいから、行くよ」

「はーい…」


渋々と私は歩き出す。

沢山の上履きが入っていた靴箱も、いつの間にやらカラッポ。

玄関を出て、アーチを潜って、門を出たら、私は卒業生。



「でも…そうだね」

「―――」



が玄関から外に出たところで立ち止まった。

私もそれに釣られて一歩前で立ち止まる。


振り返ると、もまた、振り返ってた。



「もう、この校舎には用ナシか。なんか寂しいかも」



…だよね。

みんな、寂しいんだよね。

私、自分は特別と思ってたけど、違うんだ。


みんな寂しーんだ。



クラスメイト、クラブの仲間、
知っている顔ぶれがどんどん流れていく。

名前も顔も知らないけど、胸元についた花で
同じ学年だって知らされるようなそんな人も。

みんな、みんな流れていく。

桜が舞うこの道を今、最後に、横切っていく。




「大石先輩!」




聞こえた声に、思わず振り返る。

「ああ、桃」とシュウは嬉しそうだ。

確か、テニス部の2年生だったと思う。


「一人っスか?てっきりエージ先輩と一緒に居ると思ったのに」

「いや、俺はコイツと…」


シュウは控えめに私の存在を促した。

桃と呼ばれたその人は、こっちを凄い勢いで向いた。

私は違うわよっ、とが焦った感じで否定した。


私と目が合うと、桃くんは、突然嬉しそうな顔になった。


「ああ、先輩ですね!」

「え、あっ、はぁ…」


なに、私って有名人?

まあ確かに卒業式のためだけに海外からやってくるなんて普通じゃないけど…。


「話は大石先輩から兼ねがね聞いてますよー」

「んっ、話したか?」

「そりゃーもう惚気っぱなしでどうしようかと思うほど!」


そんなつもりはないぞ、とシュウが少し眉を顰めて言うと、
冗談っスよ、とバツが悪そうに桃くんは頭を掻いた。

「でもそんなこと言って、大石先輩ってば2週間ぐらい前…」

「コラ、桃!」

「冗談っスよ」


くくく、と思い出し笑いをしていた。

何があったんだろう…。


は、クラスの他の友達を捕まえたらしく、
「先行ってるから、校門の外で落ち合おう」と残して去った。

シュウが「悪いな」って言ったけど「ううん」って返した。

だって、シュウと一緒に居たいのは私だから。



「実は俺、初め先輩のこと同い年だと思ってたんス」



自分が話し掛けられているとは気付かなくて一瞬うっかりしたけど、
そっちに顔を向けると目が合ったので、「え、そうなんだ」と言った。

よく話す子だな、桃くん。面白いや。


「俺が中1の終わり頃からテニス部見にきてましたよね?」

「つまり去年の今頃?んー、そうだね。その頃から通いだした」


そうそう、それそれ、と。

意味もなく言葉を繰り返す喋り口調が、なんだか可笑しい。


「毎日見に来てるから、なんなんだろうなーって気になってたんス。
 まさか大石先輩狙いだったなんて…って、あ、別に悪い意味じゃないっスよ!」


慌ててフォローする。

別に気にしてないぞ、とシュウ。

本当に気にしてない雰囲気だったけど、
焦って言葉を付け足したのが逆効果だった様子で眉を顰めた。

まだまだ青い青いっ。


「正体突き止めようとしてるうちに大石先輩と付き合い始めたんスよねー。
 しかも、体育祭で先輩だって気付いて」

「む、それってあたしが背が低いから同い年と思った?」

「えっ、いや、まあ…正直そうっス」


なにそれー!と私は拳を振り上げる。

まあまあ、過去のことっスから!とそれを必死で宥める。


なんだろ。話しやすくていい子だ、この子。ホントに。

寧ろ、シュウの方が黙りっ放しでかわいそう。

なんて、同情しちゃう私もなんだけどね。


いくら英二との方が話は盛り上がっても、

と一緒の時の方が気楽でも、

最終的に辿り着く行きたい場所って、シュウなんだ、ってこと。


桃くんは、私のことをちらりと見ると、
シュウの耳元で何かを囁いていた。


『可愛い恋人でいいっスね。惚気たくなる気持ちも分かりますよ』

「だから惚気てなんて…っ」


ノロケ?

桃くん、一体何を囁いたのか…。

あはは、シュウのほっぺ赤いーなんかカワイイー。


「羨ましいっスよ、大石先輩!」


そんなシュウのことを、桃くんは肘で小突いた。

わっと、とか言ってるシュウがなんからしい。


「オレがいつも気にしてた先輩の視線は、
 大石先輩に向いてたわけっスね」



そう言った桃くんは、こっちを見て。

寂しげな表情を、見せた…?



自惚れかもしれないから、何も言わないけど…。


ありがとう、桃くん。





あっ、これテニス部1,2年からの選別っス。

と、何か袋をシュウに手渡していた。

ありがとう、と微笑んだシュウは心からの笑顔のようだった。


うん。あんな子が居るなら、青学テニス部も安泰だね!



それじゃー俺はこの辺で、と走り出した桃くん。

前を留めてない所為で、学ランがマントみたいにばっと開いた。


ところが、ぴたっと足を止めると、こっちを振り返って。

満面の笑みで大きくてを振りながら、叫ぶ。





 「末長くお幸せに!」






私たちは一瞬固まって 同時にお互いの方を見て

目を合わして笑うと 手を振り返した。




「さ、行こっか」

「そうだな」



もう一度、校舎を振り返った。

そして、大きく一歩を踏み出す。


下級生たちが作っているアーチを潜る。

薄紅色の桜の花びらが散ってくる。

まるで私たちを祝福しているかのように。


最後、門を通り抜ける瞬間だけ、手を掴んだ。


右にはの他、クラスメイトたちが居た。

左には、英二とか手塚くんとか、テニス部のメンバーが居た。

私は右に、シュウは左にそれる。打ち合わせもなしに。



桜吹雪が舞う中、私たちは、今。






  青春学園中等部 卒業。






















246000HITリクの大稲小説(桃城友情出演)でしたー。
凄く時期はずれだけど、大稲に桃を出すと考えた時、
一番初めに「お幸せに!」って言う桃の姿が浮かんで。
それで、おぉ、卒業ネタ使ってしまえ…と。(安易)

なんや、桃ってええ性格しとるなぁ…。(今更)
純粋に好きです、桃。結局本名知られないままの桃クン。(笑)

いかがでした?私はとっても楽しかったです。
凄く書きやすかったし。どうしよう。楽しかったです。(しつこい)
暁しをりさん、リクしてくださりありがとうございました!


2004/09/28