7月26日。

私は、電話で彼に話している。



私が

「今日、何の日か憶えてる?」

って聞いたら、
当然かのように

「ああ。引っ越しの日、だろ」

って。


憶えててくれたことに満足して。
ちょっと寂しくもある記念日を、
嬉しい感情一杯で満たしてくれた。


このときは、まだ数時間後の出来事を予想していない。











  * Good night, girlish dream. *












「そうそう。これでドイツ歴2年だよ〜!」


自分でそう言って思わず笑った。
だって、それを日本で迎えるのもなんかなーって感じ。

そう思ってたら、シュウは何も言わなくて。
ちょっと考え込んでたのかも。


「…うち来るか?」


訊かれた。
そんなの、当然じゃないですか。
私は「行く!」と元気一杯に答えた。

だけど、向こうは私とは意見が違うのかなんなのか、
「えーっと…」とか、妙に追い詰まった様子です。
だったら呼ばなきゃいいのに、と思ったら。

「それで、もし良かったらなんだけど…」
「? なんじゃい、スパッと言ってくれぃ」

しどろもどろ加減に苛ついた…ってほどでもないけど、
ちょっぴりもどかしかったので、早く喋るように促した。
そうしたら、決心したように少し声色を変えて、
シュウは一気にパーッと早口になった。


「俺は部活の都合で残ったけど、実は家族は旅行で出かけてるんだ。
 それで、、泊まりに来ないかなー…とか」

「 ・ 」


えぇと、それは……。



「…二人きり?」
「いや、が良かったらの話だけど…」


質問の答えになってませんけど。
とまあ、事実だから否定しなかったんだろうけど。

しかし、つまり、これわ……。


プロポーズ?違。
でも遠からず、だよね。

………。


「じゃあ、あとで荷物纏めていくから」
「ああ」


ちょっと緊張した面持ちの私と、
妙にそわ付いた口振りで返事をしたシュウ。
そのまま会話は終了して、受話器を下ろした。

電話を切った時、心臓、バクバクいってた。







確かに。16歳以降は許可とか言ったよ。
その時点から更に一年以上経ってしまったよ。

私たちも、これでも、仮にも、二年以上付き合ってるわけでして。


「……がぁー!!」


叫んでみた。無意味。

この焦燥にも近い緊張は、
私の思い違いではないと思う。
明らかに向こうの様子も、完全に、
そういうことを意識しているわけでして。
そういうことっていうのは、つまり、
そういうことなわけでして。


…どうしましょ。





  **





「お母さん、今夜友達の家に泊まるから」
「あら、誰の家?」
「…ごめん嘘。大石家の厄介になってきます」

嘘が吐けない我。
正直者といえば一瞬聞こえはいいけど、
馬鹿なほど騙されやすいという一面も。

さあ、母よ、大石とは誰か憶えてるかな?
友達じゃなくて彼氏です、カレピ。

「大石…?ああ、大石くん。アンタ、まだ大石くんと付き合ってるの?」
「はあ、一応…」

まだ、って。
今すぐにも別れそうな発言はやめてくださいよお母様…。
まあとりあえず、深い意味には取られなかった。
そうだよね、二人きりってことも知らないしね。

「へぇ、まだ続いてたんだ。偉いねぇ」
「はぁ…」

上手く言い返せず、さっきから曖昧な生返事ばかり。
家族というのは、近いけど、近すぎるせいか、
会話はしやすくとも突っ込んだ事となるとどうも話しにくい。

「良い人だよね、大石くん。お母さんは好きだな」
「そりゃどうも」

お礼を言うのもなんかって感じですけど。
まあ、とりあえず、ね、うん。



バタバタと荷物を纏めた私は、
玄関へ駆け下りてきて靴を履き始める。
といっても夏用のサンダルだから、
マジックテープをバリっと貼り付けただけ。

しゃんと立ち上がると、後ろから母が一言。



「大事にしなよ」



その一言は、きっと、
離れた地に暮らしていても
お互いを思い続けられるような関係を、
思い続けてくれるような恋人を。
それに向けていったんだと思うけど。

なんとなく、他の意味に取れないこともない気がして、
私は曖昧な笑顔を見せたのが、家を出る前の最後の表情だったと思う。
背中を向けてから、行ってきます、と大きな声を出した。


走りにくいのに、少し高めのサンダルで、走った。







そして、やってきました大石家。
なるほど、今日は玄関に止まっている車が見当たらない。
本当に家族は出かけていて居ないらしい。
ということは、今家に居るのはシュウと、ペットの魚ちゃんたち、か。

「…お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」

何だろ。
何度も来た筈なのに、なんか、知らない場所みたい。


階段を上って辿り着いた部屋。
数日前に来た時となんら変わりはない。
それなのに 落ち着ける場所 だったはずが、
大好きなのに緊張する空間 に変わっている。

肩を並べて座って、
何をするでもなくぼーっとしているのも、
水槽の機械と水と泡の音を聞いているのも、
なんら変わりはないはずなのに。

口を開くだけで、とんだ緊張。



「えと…家族のみんな、どこ行ってるの?」
「沖縄だよ」
「へーいいなー。あたし海外は多いけど日本は本州以外行ったことないー」

あ、嘘。一回北海道に行ったわ。
とか、ちょっとずつ話しているうちに、
いつの間にか緊張も解けてきた。
いつも通り、いつも通り。

大体、当て外れかもしれないのにこんなに緊張してるってのも変だし。
意識するのやめよう、そうしよう。

というわけで、やめた。今度こそいつも通り!



「そういえばさ、英二に聞いたんだけどシュウってばこの前
 思いっきり電柱にぶつかったんだって?きしし…」
「ち、違っ!あれはただよそ見してて…」
「ぶつかったんじゃーん」


ケラケラと笑って。
水槽の音も忘れるくらいに喋って。
そうしていつの間にか時は流れていた。

放っておいても、時は流れるものですから。





「ところで、夕食どうしようか」


午後7時を回りました頃、時計を見上げたシュウはそう言った。
ふむ。確かに、私の腹の虫もそろそろ精力を増してくる頃。

「うむ、そろそろ食べる?」
「というよりか…実は何も準備してないんだ。
 コンビニのお弁当とか、やっぱ、ダメかな?」

ちょっと控えめにシュウはそう訊いてくる。
普段だったら、別にいいよーとか普通に言っちゃうところだけど。

「ダメ」
「…か、やっぱ?」
「シュウの手料理がいー」

でた。さんの我儘発動。
私の必殺技だ。喰らえ!!

「そうは言われても、俺あんまり料理は…」
「それじゃあ、こうしよう!二人で一緒に作ろう。やー、楽しいー!」
「相変わらず唐突だな…」

シュウは苦笑してた。
だけど、柔らかい笑みで大好きだ。


まあ、そんなこんなで作ることになった。
話し合った結果、お手軽だけどいい感じ、な
オムライスを作ることに決定!

「トマトケチャップでチャーハンを作るでしょ、
 それで卵でくるめば良いんだ。完璧!たまご、タマゴ!タマゴ3兄弟!」
「随分とご機嫌だけど…さり気なく何かを主張してないか?」
「あ、バレた?でももうタマゴじゃないーカッチョーカッチョ〜!」


なんだよそれは。
突っ込まれながらも、楽しいお料理教室は続いた。
得意ぶってる私に対して、シュウは苦手とかいいつつ
的確且つ鋭い指摘を沢山してきてくださる。(さすが…)

結局最後の方は私は見ているだけとなったオムライス作りが終了した。


喋って、食べて、笑って。
二人きりの食事は、全然緊張しなかった。








食べ終わった後は、部屋でまたゴロゴロしてた。
特に会話はなくて、それぞれで時間を潰してた。
私は数学の参考書を見せてもらって(変なヤツって言われますよ…)、
シュウは夏休みの宿題らしいものをやっていた。
たまに翻訳を確かめてくれと聞かれたから、英語の宿題だ。

…おおホントだ、いつの間にかいっちょ前に眼鏡なんぞ掛けるようになりやがって。
(ちなみに私はまだ眼鏡姿公開してないぞ)(けけけ)
(今日もお風呂に入るときコンタクト外すけど、そのまま裸眼でいよう…くそ、メクラだ)


なるへそー、これが噂のベクトルね。
は?三角指数対数関数?何語?

わけもわからない数字やら記号を
飽きもせずにパラパラとめくってた。
退屈ではない、寧ろ楽しい。
それなのに、時間が経つのがやけに遅く感じられた。

独学では何も理解できなかった参考書が最後のページへ向かおうとしている頃、
ついに横から声が掛かった。



、そろそろお風呂入る?」



ドクン。

血液が心臓より激しく強く送り出されました。



…キタ。
そう思った。


「…それじゃあ、お先にお借りしちゃおっかな」
「ああ。ゆっくりでいいからな」


ど、どうしよう。
恐れ多いよ…ギクシャク。

右足と左足が一緒に出そう、じゃねぇ!
右足と左手が一緒に出そう…って普通だよ!


よし。平常心。



気付かれないように短く深呼吸して、
荷物の中からパジャマとタオルと下着を取り出して部屋を出た。


そういえば、お風呂場を使わせてもらうのは初めてかな?
えっと、手を洗うのに入ったことがあったか。うん。
でもお風呂は初めてだよね。ってそりゃそうか、そうだよ。



…ヤベェ。

まずいよ。

これ、酷く緊張する。



他人の家で裸になるのって、なんか変な感じ。
そりゃあ扉も閉じててここには一人だし
お風呂に入るんだから当たり前なんだけど。

…なんか落ち着かない。

そわそわとして、それなのに、
なんだか時間を稼ぎたくて長風呂した。
一回入って、出て、体を洗って、また入って、出かけて、戻って。



…はっ、しまった!
意識しないって決めたのに。
平常モードにととと突入してたのに。

うっかりしたよ…。
でも、意識しない方がおかしい。

後で肩透かしを喰らう羽目になるのかもしれないけど、
それでも、意識しちゃうと思うよ。



ごめんなさい。
今日はさん、乙女としての最後の日かもしれない…。

アーメン。



決心。

ざばっと湯船から上がった。
さっさと脱衣所に向かって、乾いたタオルに全身包んだ。
拭いた後も体から蒸気が上がってる。
わーぉ、なんだか素敵な光景。
しかも勝負下着…ってわけじゃないけど、
持ってる中で一番可愛いやつ着用。
やる気満々、っていうか、寧ろカタカナ変換みたいな。強制終了。


パジャマのボタンを一つずつ丁寧に留めて。
髪をバスタオルでまたガシガシと拭いて。

よっしゃ。ちゃん出陣。



階段を上る。
何回も通ったこの階段。
扉を開く。
自分で開けるのは珍しいこの扉。


「シュウ、出たよーお先。いい風呂じゃったー」
「そうか。それじゃあ俺も入ってこようかな」


…そうか。
シュウも入るんだよな、うん。
当たり前だ。何を先走っているんだ私!

「また参考書お借りしててもいいー?」
「ああ、適当に好きなもの見てていいぞ」

そう残してシュウは部屋から消えた。
私は変人っぷりを発揮してまた数学の参考書に手を伸ばす…が。


「…主が居ない隙に家捜しも良かろう…」


めっ。いけませんよ、さん。
だけど、気になるじゃん、気になるじゃん…。
何がって、ほら、まあ、色々と、ネ?
(詳しく突っ込んじゃいけません!)

よ、よし。
まずは定番のベッドの下から…何もない。チクショウ。
次は何だ?机の一番下の引き出しの奥か…。
む、鍵が掛かってる。怪しい…だけど為す術ナシ。ガッデム。
それじゃあ洋服ダンスの中か、それとも本棚に別カバーを掛けられて…。


『ガチャ』
「ぬわぁぁぁ!!」


扉が開いた。
口から心臓が出るかと思った。

「…どうしたんだ」
「そっちこそ、早かったねぇ」
「いや、タオルを忘れて取りに来たんだ」

なるほど。
ハンガーにタオルが掛かってた。

すぐ戻るから、とシュウは再度部屋から出て行った。
どうぞお構いなくごゆっくりー。本心です。笑。

良かったね、タンス開けてる瞬間とかじゃなくて…!
丁度机からそっちへ向かってる最中だったってわけ。
神は私の味方だ…ほらやっぱり、日頃の行いがいいし、うん。

というわけで、悪いことはやめよう。
大人しく待つことにする。うん。



一人で見る参考書は、つまらない。
さっきも一緒に見ていたわけでもないのだけれど、
半径数メートル以内の範囲に居るってだけでも
随分と意味が違うのだとそう思った。

さっきまで興味津々で見ていた意味不明な記号たちは、
面白そうだけど意味不明なだけの記号たちになっている。
微かな違いだけど、全然違う。


シュウ、早く帰ってこないかな…。
はぁ、分かりもしない参考書なんぞ見てたら
そのまま夢の世界に突入してしまうよ……。



「お待たせ」
「あ、お帰りー」


思っていたら、シュウは本当に帰ってきた。
凄い、テレパシーってやつかね!
そうでもなければこんなに早く出てこないよね。

それとも、ただ単に気を使ってるだけか。
そうだよね、だってシュウってそういう人だもん。
何故か微笑を浮かべてしまった。


「それじゃあ、もう寝るか?」
「い、イエッサー!」
「じゃあ、客間から布団持ってくるから…ちょっと待っててな」


ごめん。
言葉、聞き流し。

だって。


半乾きの髪の毛。

上気して火照った顔。

肌蹴た寝間着から覗く鎖骨。


なんだろ…私、変だ。
だって、いつもとシュウが違うから。
そうか。違うのは向こうなんだ。
それとも、私が意識しすぎなだけ?

例えばさ、パジャマのボタンの一番上が空いてるのとか。

私を待たせまいとして焦ってたから?
でも、歩きながらでもボタンなんか留められる。
寝るときはラフな格好をする人なの?
いや、シュウの性格上何事もぴちっと。
それじゃあ何故。

別にわざととか、ないよね。
ドキドキ。
また、意識しちゃって。
ドキドキ。

どきどきが溢れてくる。



改めて、私、シュウのこと好きだ。って思った。

好きだよ。



だけど、この“ドキドキ”、
今までのと、ちょっとだけ違う。

どきどき。



考えていたら、シュウが布団を抱えて部屋にやってきた。
なるほどお客さん専用らしく、ピシッと全てが畳まれている。
結構高いものなのかも知れない。

その布団を敷いていたシュウが、突然ピタっと手を止めた。

「…あ、今更思ったんだけど…同じ部屋って嫌かな?」
「は、へ?いや、やや、滅相もない!どうぞどーぞ…」


な、ななななな…!

NANANA〜NANANA♪ってなんの歌だよ!!

違くて。そうでなくて。

何この人、ここまで来て、またその気じゃない!?
私の空回り、それとも作戦?もしくは天然!?
どっち、今の気持ちはDotch!?


…はぁ〜。
溜息も出るわよネ…。


いいよ。
もしも、万が一、そっちがその気じゃないとしたら…

私が襲うから。覚悟してな、シュウ。
(本気。私本気です。相当本気です)
(やらなきゃ女じゃない/←ツッコミ自由)



時計を見た。11時ちょっと前。
2年前の今頃、私は初めてヨーロッパの上空を飛んでいた。

、いいか?床で」
「勿論ですよ!シュウはどうぞご自分のベッドでなんなりと…」

…とかいっちゃって。
暫くしたら同じ布団で眠ってても知らん。笑。
ああそうだよ、カッコわらいだよ!
ここまで来たらギャグだ!ダラァ!!


部屋の電気が消された。
私は布団の中に潜り込む。
シュウも自分のベッドに向かう。


「それじゃあ、お休み」
「オヤスミー」


私は床にある布団に寝ている。
シュウは横のベッドに入っている。
そして枕元の小さな電気を…消した。

…もしかして、このままチュンチュンとかないよね?やめてよ。
意識しすぎ?私、意識しすぎ?
でも、だって、17歳の男女っつーかラブラブカップルが
一つ屋根の下っつーか一つ部屋の中ですよ?

ありえん。このまま朝日が昇り始めるとかありえん。


だけど、もしも、この後すぐに
あんなことやこんなことが行われるとか。
……そんなことも思いつかん。ありえん。


ふぅ、と溜息を吐いた。

真っ暗だった部屋だけど、目が慣れてくると
カーテンの隙間から入り込んでくる街灯が嫌に明るい。


なんだか、突然、思い出した。
こんな光景、前にも夢で見た。

暗い部屋。
差し込んでくるのはカーテンの隙間からの微かな光り。
薄暗くて、周りはほとんど見えなくて。
目の前にいるその人だけ、見えて。

シュウが。そこに居た。
一年前に見た、そんな夢。


「…ねぇ、シュウ」
「ん?」
「あのね、去年の今日…あたし、変な夢を見たよ」
「へぇ、どんな?」

もう一度思い起こしてみて、
これを説明するのか?と思いつつ、
とりあえず適当にはぐらかせてしまえという結論に。

「シュウが出てきた。でも…いい夢じゃなかった」
「そうか。実は…俺も去年の今日、が夢に出た」
「ホント?」
「ああ、だけど…いい夢じゃ、なかった、かもな…」

シュウも、特に夢の詳しい内容については説明しなかった。
だから私も敢えて訊こうとはしないし、向こうも同じだ。

もしかして、同じ夢だったらどうだろう、なんて思ってみた。

私たちは一つに繋がっている。
だけど、何も感じない?向こうも感じないのかな。
そうしたら、私が、突然泣き出す。
うんともすんとも言わずに無表情で泣き続ける。
……相当嫌な夢だ。
いや、別にそれが本当だとは決まったわけじゃないけど。



・・・・・・。



沈黙だ。
え、何?このままチュンチュン?
もしやまさかシュウにその気がないとかないよねありえないよね…。


だけど…反応がない。
はて、どうしたものか。
…やはり襲うしかないですか?
(そうさ私は自己中攻)
(それは何かって?まあまあ)


「……くちゅんっ」


うぎゃぁ。


過去にはくさみとも言った。英語でスニーズ。ドイツ語不明。
ブレッシュー、センキュー。ゲズンハイ、ダンクシューン。

要するにくしゃみ。


「ごめん、寒い?」
「あー、湯冷めしたかな…」

何しろ、私ってば自分の家だとクーラーどころか
扇風機すらつけるの面倒くさがる人だからね。
なんか、暑さより音が気になって眠れないというか。

シュウがお風呂から上がるの待っている間に
冷気でやられてしまったのかもしれん。不覚。
舞い上がってて気付かなかったけど、そうだ、
そういえばなんか寒いなと思ってたんだよ。うん!

「クーラー止めるな」
「ごめんねー…ぇへぶくしょい!」

なんだそのくしゃみは。笑。
可愛げのカケラもない…。


と、はた。

薄暗い中で微かに見える。
シュウは、布団を開くようにして持ち上げてる。
つまり、なんだ、これは。あれか。


「…入る?」


とりあえず首を上下させた。
そのまま借りていた布団から体を出して、
構えられていた、その場へ転がり込んだ。

温かい。
夏だから当たり前なほどに暑いはずが、
クーラーによって冷やされたこの空間の中で、ここは、温かい。

それでもくしゃみが一回出そうになって
顔を変な感じにしながら堪えてみたりして
ってそんなことはもうどうでもいいよ!治まったし。


…うへぇ。

どうしよう。


心臓がバクバクいってる。
きっと、シュウにモロに伝わってる。

同じように、私にも届いてる。
シュウの心臓が、私と同じぐらいのテンポで、
ドキンドキンって、さっきからずっと言ってる。



こ、これからどうなるわけよ!?
ここまできたら今度こそ後には引けないよね?
さあ、どうでるどうでる…。
こっちから行動を起こすかそれともシュウが何か言うのを待つか…。


「――――」


きたのは、言葉じゃなかった。

熱い抱擁。
思いっきり、ぎゅっと抱き締められて。

呼吸も出来ない。


「…、好きだ」


ドキン。
また、心臓が強くうねる。


「ごめん。でももう、我慢できないんだ」
「シュウ…」


背中へ回された腕に力が篭る。
胸の中で喋った言葉は、少しくぐもってる。
布と体に跳ね返された言葉を乗せた息は、熱い。



「こんなことばっかり考えてるって思われるのは嫌だけど…でも、
 もう、ずっと、に触れたくて…仕方がなかった」

「シュウ…あた、し……」

「好きだ。、好きだ…っ」



転がるようにして、体制が変えられた。
私の位置からは、シュウの後ろに天井が見える。
シュウの目には、私の後ろにシーツの皺が写っているはず。

俗に言う、乙女憧れの体勢ってやつだ。
だけど今の私には、その状態を面白おかしく説明する気も
そうする余裕も、何もない。単に、そういう状況なんだ。



薄明かりの中で、シュウの顔だけに焦点を合わせる。

特に、目が、まっすぐな瞳が、微かな光りでもよく見えて。


悲しくもない。辛くもない。

だけど私は無表情で涙を流している。



あれ?


…同じ?






「――…大丈夫か?」






心配そうな、顔。

私の目からは、更に涙が溢れて、溢れて。
苦しすぎるよだけど違うよ。
心地好い苦しさが、胸を、ぎゅって押してる。




私は、腕を伸ばす。
シュウの首にそれを巻く。
思いっきり引き付ける。


「―――」
「あたしも、ずっとシュウのこと捜してた!」


涙のせいで、ヒクッと引付を起こしたようになった。
思いっきり肺の中身を吐き出して叫ぶ。


「欲しかった!触りたかった抱き付きたかった!
 お話もしたかったしデートもしたかったしキスもしたかったし…」


言葉が終わるや否や。
熱い熱いキスが、そこにはあった。

深く交わった唇。
舌まで絡まりあうのは、初めてで。
ああ、ここまで、熱いものなんだって。

初めて知った。



…俺、どうするか分からない…どうなるか分からない」
「大丈夫。どうなっても平気。覚悟できてる」
「うん…アリガトウ」



お礼をいうなんて変だけど。
さすが、シュウらしいなって思って。

これから例えばあんなことやこんなことやそんなこと。
色々起こり得るんだろうけど。


だって、シュウと一緒だもん。

なんだって平気だよ。



…」

「シュウ…」



なんとも甘い雰囲気が流れた。


その時。




『プルルルル……』

「「!!!」」




グレートタイミーン……。

てなわけあるかい!
バッドタイミングの極みもいいところだよ!!



「シュウ、電話…」
「あ、ああ…」


いや、いいよ。あんなの無視しよう。
もし俺以外の家族宛てだったら出るだけ無駄なだけだ。
そんなことより、さあ、続けよう。

…なんて、大石秀一郎という男は言うはずがない!(きぱっ)


「ちょっと、ごめんな」
「うん……」


情けないほどの礼儀正しさ。
シュウは部屋から出て行った。

…なんてこったい!!



あーあ。なんか緊張感も一気に削がれたよ。
今の状態を面白おかしく説明すると、
仕込まれた芸をちゃんとこなして
ご褒美のおやつがもらえると思ったのに
犬用ビーフジャーキーが切れてることに気付き
飼い主さんはどこかへ走っていってしまい
そんなことを理解していない犬は虚しさの極みに立たされているという…
まあ、要するにそんな心境。

くそぅ、誰だ、電話!!


耳を済ませてみる。


 …大丈夫大丈夫。ちゃんと確かめた。
 ……ああ、食べたよ。オムライス。うん。
 いや、ちょっと……まあ、たまには料理もいいかなって。
 …そういうわけじゃないけど…うん。


そんな感じ。どうやら、家族からの電話っぽい。
これは、母だな。予想。そして多分当たり。


 替わる?いや、いいよ。わざわざ。美登里も眠いだろ?
 え?あ、そうか…分かった………もしもし、美登里か?


ああ、妹さんに替わってしまった…。
シュウがまわされていく…!
しかも、今日あったこととかご丁寧に訊いてる。
いいお兄ちゃんだよ…アンタ。
だけど彼女が待ってることも忘れるな…シスコンもほどほどにナ。


…ふぅ〜う。
溜息吐いてみる。

そうだよね。あの優しいシュウだもんね…。
まさか私が待ってることを忘れてるはずもないけど、
だからといって家族が一生懸命話していることを
邪険に扱うことも出来なければ後回しにすることも出来ない。
器用そうに見えて意外と不器用なところもあるわけだ。


…好きだな。

シュウ、大好き、ダイスキ、だいすき……。





  **






ふわふわいいきもち。

だけど ちょっと いたいかも。



「…んん…っ………え、はぁ!?」
「おはよう、



おはよう。

んー……。


ん!?




「げ、マジで、あたし寝てた!?」
「みたいだな」


そう。気付いたら、私はそのままシュウのベッドでグッドスリープ。
シュウはというと、さっきまで私が寝ていた布団に入っていた。

「わ、わわ、今何時?」
「12時ちょっと過ぎたところ」

おぉ、なるほど。
確かに時計は0:17を差してます。
なんだ、じゃあ私30分ぐらいしか寝てないのね。
シュウも、電話の様子からしてそんなに待ってないだろう。うん。
ビックリした…本気でチュンチュンかと思った。


「なんだか中断が入ってしまったけど、再開と行きますか…?」
「そ、そうするか…」


ああ、緊張感がない。
くそぅ、志気を削がれたぜってやつだ…。

と。

さっきから気になるのが、
この痛みなんですが…。


「ごめんシュウ、その前に、トイレ…」


立ち上がる…と。


うげふぉっっ!!!
今、キタ!絶対キタ!
嫌な予感ですよ嫌な予感…。

いえね、確かに、そろそろ来るかなと思って準備はしてきたよ。
だけどまさか今!?ジャストフィット!?


とりあえず、用意周到に…トイレへ。

確認。
ああ、マジもんだ…。


階段を上る間が虚しい。
できるだけ足音を立てないように上った。


「シュウ……」
「ん、どうした?」
「ごめん。マジごめん」
「どうした、言ってみろ」


もじもじしてみる。
だって、こんなこと、言いにくい。

だけど言うしかない。



「…流血開始。乙女ウィークです」

「はぁ?」




始めシュウは理解してなかったみたいだったけど、
事情を説明すると漸く飲み込んだようで。
随分と動揺した感じで、ああ、そうか、ああ、そうか…と、
何度も繰り返すように呟いていた。

ご、ごめんなさ…!
でも、不可抗力なの、許して!

まあ、シュウも怒れないよね。
…それが辛いのか。ごめん。ホントごめん。あああ。


む、待てよ。
私は無理でも、向こうは可だ。
つまり、これは……。


「いいこと思いついた」
「…え?」


まだショックを受けている様子のシュウ。
だけど私は向かう。シュウの元へ歩み寄る。


「いいことっていうかぁ…。
 ねぇシュウ、“オモシロイ”こと、しよ?」
「え?それって…うわ、!ちょっと待て!落ち付け!!」
「いいからいいから!どうせ不完全燃焼でしょ!
 あたしに任せなさいって!さあ、出すもん出しやがれ!」
「出すもっ…て、!!待て、落ち付くんだ!う、わぁぁああ!!!」


長い戦いの末。

……結局未遂に終わった。(チーン)


「なにさぁなにさぁ」
「なにさぁ、じゃないだろう…」

シュウは溜息を吐いた。
額に手を当てている。


「……寝るか」
「そうしますか」


シュウは私の布団に潜ったままだったので、
いいのかな、と思いつつ私はシュウのベッドに寝転んだ。
そうしたら、少し間が空いた後にシュウはこっちにやってきた。
「よっこいしょ」とかなんとかいいながら布団に入ってくる。
ジジィかよ!と突っ込みそうになったけど、
照れ隠しというか、気恥ずかしいというか、
それでも一緒に居たいって。
そういうことなんだろうなと思って何も言わなかった。


私は男になったことが一度もないから、
こういう時に男の人がどんな気持ちでいるのか分からないけど。
数多く聞いた話を統合すると…今の状況というのは、
これはまさに、まな板の上のタイ、だっけ、ブリ、だっけ、マグロ、だっけ?
ああそうか、マグロか。ぷっ。て笑えないよ!
私は別に何もしたくないわけじゃなくてできないっていうか
寧ろさっきこっちが自己中攻の体勢に入ったら拒否られたっていうか!
まあ、要するに何がいいたいのかっていうと。

鋼のような理性の持ち主だ、大石秀一郎…!


ご苦労様です…。



ああ…本当に、眠くなってきた。
瞼が下りていく…待って……。
もう一言二言三言話したいことが…。

「……神様は、味方してくれなかったね…」
「ん?どういうことだ」
「それとも…まだ早すぎるってことかなぁ……」

返事になってたか不明。
もう、シュウの喋ってる言葉が音としてしか認識されてない。

ただ、心に浮かんだ言葉を
そっと口から零しているだけ。
温かさに身を委ね。


ぎゅ、っと。

抱き締められた。


温かい。
ちょっと熱いぐらい。
どうやらこのまま朝まで何もしないつもりらしい、本当に。


…何はともあれ、こうして、チュンチュンでもないのに、
私たちの初夜は発生せずに幕を下ろすのでした。


だけど、まだ『完』とは進まない。

ただ、ひとたびの休息へ向かうだけ。




…ああ、完全に意識が遠退いてきた。

水槽の、ポコポコって音が、子守唄に聞こえる。


その遠ざかっていく微かな意識の糸を辿って、

一年前の今頃私はどうしていただろうと考えるわけです。

そして、気付くんだ。去年とは違うねって。



淋しくないよ。

私、幸せだよ。


大好きでダイスキでだいすきなアナタと二人なら。






 とりあえず私は、明日も変わらず恋する乙女みたいです。







…オヤスミ、シュウ。また明日。






















だって17歳でしょ?なめんなよ。(何)
だけど結局はこういう結末かよ。あはは。
エンディングは元々決まってたの。夢のお告げもあったし。
でもね、書きながら路線変更しちゃおうかと思ったよ。
あまりにもこの子たちがお互い愛しちゃってるもんで…!(倒)
大石が可哀想になってきたともいう。笑。
ここまで来たら普通やるだろ。でもごめ。今回はここまで。

ドイツ1周年記念で書いた話と絡めて見た。
微妙に隠してあるけど今も読めますので
頑張って捜して比べてみると楽しいかも。
(でも見つけるの難しいだろうなぁヒントもないし)
(あえていうなら当時の日記)

そんな感じの大稲記念日。引っ越しから2年目のお話でした。


2004/09/14