* 厳しいね。 *
菊丸君のこと見たって、辛くないのに。
その姿を思い出すと泣きそうになってしまうのは、
一体何故なのだろう。
下駄箱で、先日の二人を見た。
菊丸くんと、その彼女。
見ていても辛くない。
寧ろ、嬉しいくらいだ。
“好きな人が幸せならそれでいい”ってやつだ。
可笑しいね。
そんなの偽善だなんて言ってたのに。
実際その人の幸せそうな顔を見ると、私も幸せなんだ。
それとも吹っ切れたのかな。
らしくないとは思いつつも、まだウジウジ悩んでる自分が居た。
やたらと目に付くのは、まだ見るクセが残ってるから。
繰り返すけど、それだけなんだってば。
…で、本題はこれからよ。
見てても辛くないの。
嬉しそうな顔をして彼女に抱き付く菊丸君を見て、
自然と一緒に微笑んでいる自分に気付いた。
苦笑じゃない。
本当に、ああよかったな、と思う。
だけど今。
私はこうして。
屋上で泣いているわけです。
何故ならば。
いつも必ず。
現れる人がいるわけで。
…なんでだろうね。
「大石でしょ」
「…なんで分かったんだ」
足音、と私は言った。
本当かい、と驚いていた。
嘘だよ。さすがにそれじゃあ分かりません。
素直に信じちゃうような純真さに溜息。
背中から太陽に影が差し込んで人影が見えたんです。
それが見えたから反射のように涙が溢れてきたんです。
足音なんて、分かりません。
菊丸君の足音だったら分かるのにな。
だってあまりにドタバタとしてるんだもん。
それに…いつも探してたから。
それほどまでに好きだった自分に気付いて溜息。
「そっちこそ、なんで分かったの?」
私がここに居るってこと。
訊くと、大石は苦く笑って、
「教室に入ってきたとき、目が腫れてたし。すぐに教室から居なくなったから」
と言った。
目が腫れてる…?
ああ、そうか。
昨日の夜大泣きしたからかな。
今はそれ以上に、目も鼻も真っ赤だと思うけど。
隣に腰掛けながら、大石は問い掛けてくる。
「本当に大丈夫なのか?」
「平気なつもりなんだけどなぁ…」
ぽつりと。
独り言のように呟いた言葉。
青空に呑み込まれて消えた。
ちょっと鼻を啜った。
なんでだろうね。
その姿を見ても辛くないのに。
「思い出すと辛いだなんて…」
無意識に言葉が口に出ていた。
大石はこっちを向いた。
あ、いや、と慌てて誤魔化しながら。
「辛くて泣いてるわけじゃないよ」
これは本心。
泣いていると自然と気が塞いでいくのも事実だけど。
辛いから泣いてるわけじゃなくて、泣くから辛いのかな、なんて。
「なんていうか…思い出が、懐かしくてさ」
そう言葉を放った時。
また、込み上げてくるものがあった。
去年、一緒に体育祭で頑張った思い出とか。
文化祭で同じ部門を担当したこととか。
授業中に眠そうな背中を眺めたこととか。
些細なお喋りから、微かな視線や仕種まで、全部。
懐かしくってさ。
「好きだった…っ」
涙声で口から飛び出した言葉。
自然と過去形だったことに安心して、
だけどやっぱり胸が詰まるようで。
こんなに沢山思い出あるのに。
それは、所詮思い出でしかなくて。
「思い出し泣きだから。大丈夫」
「本当か?」
聞き返されたので、うんと頷いた。
それでも大石は、眉を顰めたままで。
「なに、疑ってるの」
「そういうわけじゃないけど…」
視線を逸らすと。
珍しいことに、ちょっとぶっきらぼうな口調で。
「ただ、心配なだけだ」
…怒ってる?
まさか、そんなはずないけど。
機嫌悪いのかな。
それでも心配してくれるのは、アナタらしいね、なんて。
いつも相談に乗ってもらってばっかだけど。
たまには私がアナタの相談に乗れないかしら?
涙は治まってきて、早速話を聞いてみようと見を乗り出した。
「大石く、……?」
はた。
自分の言葉に、膨大な違和感を感じた。
「ん、どうした?」
「ごめん、なんでもない…」
…アレ?
今、私、大石のこと、“大石くん”って呼ぼうとした?
そう。
それは私の昔からのクセ。
どんな男子だって呼び捨てにするくせに、
好きな人になった途端に無意識に敬称を付けたがる。
もしかして……。
何度も言われてたし。
もしかして、より。
やっぱり、って言葉が適切かもしれないけど。
私って、大石のこと好きなのかな?
「―――」
そう思った瞬間に、また流れそうになった涙があった。
人を好きになるのが怖い。
また、涙を流すことになってしまいそうだから。
でもそう思うのだったら、そう考えて今
涙を流している自分の行動は矛盾となる。
でも、矛盾ではない。
涙を流すのが怖いんじゃないんだ。
涙を流さなくてはいけないような状況になるのが怖いんだ。
人をまた好きになって。
そうしたら。
また傷付くんじゃないかって。
「…もうちょっと泣いていい?」
大石は何も言わず、私の肩を引いた。
ちょっとだけドキドキした。
だけど、これが恋だという確信は、まだ無い。
必ず幸せになれる方法なんて、どこにもないのカナ。
スパッと両想いになっちまえよ!(ぁ
ここまで来たらもうひたすら走れよ。ダー!
(誰に言ってるんだろう)(自分にかも)
恋愛恐怖症になり気味。
それはきっと菊丸のせいではなく大石の所為。
だけどそれを癒していくのもまた大石。
半リハビリ作。明後日は決着つけるぞー。
2004/06/05