* 心配性だけど。 *












自分の誕生日を

そんなに特別視するような性格ではなかった。

いつも言われてから気付くぐらいで。


だけど。


少し意識するようになったのは、

二年前の今日から。



図られたものではないとしたら。

運命、とか。

…らしくない言葉を使うけれど。




「学校の行事で当日家に居ないかも!」と騒ぐ

あまりに慌しく捲し立てるもので、少し鎌をかけてみた。


「…何の当日だ?」


電話の向こう側には、数秒沈黙があった。

そして出てきた返事は。



 「誕生日だよぅ」



消え入りそうな、声。


そうか…誕生日、な。

やっぱりそうなんだよな。

俺は無意識に微笑を零す。

自分に対しての失笑も交じった、笑み。



意識するようになった、自分の誕生日。

その理由は、俺たちが付き合い始めた日だから。

そっちばかりを意識しているって言ったら、は笑うかな。


確かに、一緒に祝えればいいな、なんて思っていたけど。

無茶をさせることなんて、できないしな。


には、学校の行事を優先させるように促した。



「考えてくれてるってだけで嬉しかったから」

「ん…そっか」



返事の声色から、は完全には諦めきれていないことは分かっていた。


いや、頭が学校の行事の方向に向いているのに、

心の中では誕生日の方に意識がいっていたら?


のことだ、大いにありうる。


両方中途半端とかは、やめてくれよ…。

なんて、保護者のようなことを考えてしまった。



「じゃあ、当日にお祝いできなかったらごめんね」

「全然平気だよ。そっちこそ、楽しんでこいよ」

「ラジャっス!」



敬礼をするの姿が目に浮かんだ。

前にもこんなことがあった気がする。

気のせいだろうか?


前から、何も変わっちゃいない。

いや、変わってきてはいるのかもしれない。

表面からは気付かないほど微かに。

でも、少しずつ、強かに。






  **





そうしてやってきた誕生日と記念日。

もうすぐ明日になるその時刻、

俺はアルバムを開いている。


二人で取った写真は、そう多くはない。

どうしてだろうと考えてみた結果、

俺たちが一緒の場所に居られた期間なんて、

ほんの3ヶ月程度しかないということに気付いた。



二年前の今日、俺たちは付き合い始めた。

一年前の今日、電話でそれを確認した。

そして今日、連絡は繋がらずにいる。


一年後の今日は、どうしている?



…まさか、な。

嫌な考えが浮かびかけたのを頭を振って掻き消した。

口には出さなくとも、意識するだけで現実になってしまいそうな気がして。


心配しすぎだとは、思うけれど。


そんなに重要視することはないんじゃないかと言ったのは自分なのに、

実際はこれほどにまで執着している自分に気付いた。

また一つ、苦笑。


そろそろ布団に入ろうか、いや、もう少し余興を楽しもうか。



と、その時。



『プルルルル』

「!?」



心臓が跳ね上がった。

俺は携帯に手を伸ばす。


初期設定のままで飾り気の無い音を立てるそれ。

掴んで、ディスプレイを見る間もなく通話のボタンを押す。



もしかしたら…!

いや、無理だと言っていた。

でも、絶対にとは言っていない。

いや、だけど…。


一瞬のうちに考えを巡らす。

で、結論。



英二だ。きっと英二だろう。

学校では祝ってもらえたけど、また電話もしてくれたんだ。


電話の向こう側から声が聞こえる。





「もすもすー?」


「…もしもし」





奇怪な言葉。

英二はおどけた言葉を使うのが好きだからな、ははは。


って、違うだろう。



…?」



え、どうして。


俺の幻聴ではないだろうか。

本当に……?



するとは、少し申し訳なさそうに。

だけど楽しそうに、嬉しそうに。


「あたしの勘違いだったみたい!」

「……は?」


開いた口が塞がらなかった。

あまりに明るい声で言うものだから、

怒るどころか呆れる気すら起きない。


だけど、らしいな、と思った。


「勘違いって…どういう?」

「あのね、コンサートは一昨日と昨日と今日と明日で続いてるんだけど…」


言葉を止める。

一瞬沈黙があったから「で?」と促してみると、

「あのね、」と漸く続きを話し出した。


「泊まりの行事じゃなかった。普通に家に帰ってこられたよ!」


寧ろリハーサルの都合で早く帰ってこれた〜。

は嬉しそうにそう語った。


苦笑を通り越して微笑になった。


「さすがだな…」

「ちょっと、それどういうことよ」


本気で怒っているわけではないだろうけど、

ちょっとムッとした声で「そりゃデコピン」とは言った。

俺は咄嗟に「あいたっ」と返した。


何やってるんだ自分…。

少し虚しくなった。

そんな反応をする性格だったか?

気付かぬうちに感化されてきているのだろうか。



なんだか、一緒の空間に居られたみたいで。



嬉しかった。




微笑交じりに会話は続く。


「あのね、これからケーキ食べるの」

「へぇ。それはいいな」


そういえば、この前そんなことを言っていたな…と思い出した。

「2個買ったから、シュウの分も食べといてあげる!」と、

あまりに楽しそうに話すものだから、

「太るぞ」と冗談半分で言ったら、

気にしていたのかは黙り込んでしまった。


嬉しさからくる、照れ隠しだったんだけどな。

苦笑して、「ありがとう」と言った。

は嬉しそうに笑った。



日記でも読み返そうかな、とは言った。

そこへ来て、俺も日記をつけていればよかったな、と思った。

つけているものといえば、手帳に軽くその日の予定が書き込んである程度で。

詳しいことや思ったことはなく、ただ単に事実が並んでいるだけ。



だけど。

二年前の手帳の、丁度今頃のページを開いてみると。

文字で書く自信がなくて星印を付けたデートの日とか。

夏の真ん中に書かれた、自分宛ではない「引っ越し」の文字とか。

過ぎてから赤で印をつけられた、記念日とか。


そうか、それが今日なんだ。



「…もうすぐ、次の日になっちゃうだろうけどさ」



気持ちを読まれたみたいで、どきんと心臓が鳴った。

時計を見た。

残された時間は、あと5分。


すると、は様子を窺うように。



「たまには…ドイツ時間にも付き合ってくれる?」



時差。

煩わしさを感じることもあるけど、

感謝することにもなるなんてな。


「もちろん。明日は休日だし、いくらでも」


寧ろ、こちらから願いたいぐらいだった。

なんでだろう。こんなに感傷的になるなんてな。



は途端に元気になった。

そして、「あ、でも両方が今日のうちに言っておこ」と言う。


伝えられた言葉は、ハッピーバースデー。

その時俺は、どんな顔をしていただろう。


やっぱり、笑顔だったのだろうか。



「最後まで一緒だよ」



がそう言った直後。

まるでそれがスイッチだったかのように。

時計の短針が、動いた。

一歩手前で止まっていたそれが、頂上に二つ並んだ。



「さようなら。また来年…」



のその声が。

涙声であることは。

勿論察していた。


だけど。



「…ふっ…!ふえぇぇ〜〜…」

「お、おい、!?」

「ありがとうございましたぁー!!!」



ここまで泣け叫ばれるとは思わなかった。

思わず一瞬電話を少し耳から離してしまった。

だけどすぐに元の位置に戻すと、俺は慰めに徹した。


、この前言っただろ?だから…今日、じゃない昨日…。
 は、特別…だけど特別じゃないというか…つまり…」


上手く言葉が出てこない自分を呪った。

思わず釣られて泣きそうになった自分に、苦笑した。



ああ。

もし俺が、すぐ傍に居てやれたら。

泣き震えるその肩を、抱き締めてやれるのに。


だけど、涙に濡れるその瞳を見て、理性を保てるだろうか。


とにかく、今願うのは、傍に居てやりたいということ。

それとも、傍に居たい、という俺の希望だろうか?



今は遠い。

その小さな体を。

抱き締めてやらないと。

更に離れていってしまいそうで。


俺の気にしすぎか?

心配性だとは昔から言われるけれど。

この多大な不安は、何?



「…前が見えん」

「大丈夫か?」


ズズっと鼻をすする

口振りから、少し落ち着いてきた様子が感じられた。


は、「余裕ですぜ隊長」と言った。

「大丈夫なんだな?」ともう一度問い掛けると、

「大丈夫です」と答えた。


漸く安心した。



「…そうだ。手紙読まなきゃ」

「ああ、この前言ってたやつか?」

「うん。頑張って書いたんだよ、恋文」


恋文…。

今時なんて古風な言葉を使うんだろう。

と、そういう問題じゃないか。


がさごそと紙を漁る音がする。

今の家でも、前のように部屋は散らかっていたりするのだろうか。

初めての家に行った頃のことが懐かしくなって、なんだか笑った。


「んじゃ、読みますよ」

「はいどうぞ」


は一回深呼吸をして、読み始めた。




『大石秀一郎くんへ。


 こんなに改めてお手紙を書くのは久しぶりなので緊張しています。

 ヘンなところがあったら笑ってください。』


許してくださいじゃないんだな…。

らしいな、と思い、俺は声を立てずに笑った。


『まず、お誕生日おめでとうございます』


過ぎちゃったけどね、とは加える。


『一緒に居られないのは寂しいけど、私は元気にやってます。

 今年の夏には一時帰国しますので、どうぞ宜しく。

 沢山遊ぼうね!』


そこでは一旦区切ると、声の調子を変えた。



「さて、今日ーってか昨日だけど、は
 あたしたちが付き合い始めた日でもあるんだよね!」

「ん?あ、ああ。そうだな」


もう手紙は終わっているようだった。

その唐突さに俺は一瞬戸惑う。


「まだ2年か…とも思えるけどさ、思い返してみれば色々あったよね」

「ああ……確かにな」


思い起こせば、一杯。

振り返ることは簡単だった。

だけどその思い出一つ一つを紡ぎだすのは、難しい。


今しか見れないそれを。

できる限り、視界に収めておきたい。

そのためにも、一緒に、その時を、過ごしていたい。


「これからもずっと一緒に居てね!」

「勿論だ」


即答している自分が居た。

だって、それこそが自分が望んでいることなのだから。

こちらから願いもう上げたいほど、なのだ。


「毎日が違って、毎日が特別だけど…」


は、俺の言葉に倣ってそう言った。

だけど、ふふっと笑うと。



「今日は、その中でも一番大切な日!」





 HAPPY BIRTHDAY! I LOVE YOU FOR EVER!





滑らかなネイティブそのものの発音でそう言った。

すると直後、「ピーエス!」と加える。


P.S.…ってことは、

まだ手紙は続いていたのか?

もうわけがわからなかった。

この意味不明さがなのだと思った。


そして、追伸として付け加えられた、その一言。


その言葉を聞いた瞬間、俺は笑った。

そして、俺も同じだよ、と伝えた。






心配することはないのかもしれない。


気持ちが繋がっていれば。


何も、恐れることはないと知った。




  P.S. だ い す き !





















書きながら何回泣きそうになっただろ…。(遠目)
(寧ろ数回泣きました)(このヤロウ大石め女泣かせ)
ダメだ大石好きすぎる。大稲万歳。(言いやがった…!)

『甘えん坊ですが。』と対になってます。いちお。
それぞれ色々考えてるんだよーってことさ。
両方読んで切って繋げて漸く会話文が全て繋がる。

大石だいすき。大稲フォーエバー。


2004/05/03