* 侘しいね。 *












あそこであんなことしなきゃ良かったのに。

そう思うことは、誰だって有ると思う。


しかも、一度に有らず、何度も繰り返してしまう。


人間って愚かだ。




「どうした」


こつん。

何かが頭に当たった。

その部分を押さえながら顔を上げる。


…大石。


「別に……大したことある」

「なんだそれは」


大石は笑っていた。

そして「良かったら相談に乗るぞ」と言った。

その前に見せた微笑は、私を和ますためだと思った。



「んー、どうってことないんだけどね」



さっきは大したことあるとか言ってたくせに。

自分の矛盾に苦笑する。

多分、大石に相談に乗ってほしかったんだろうなとずるい自分に気付く。


「ちょっと、失敗したなー…ってことがあって」

「…そうか」


敢えて詳しくは説明しない。

だって、誰にだって秘密はあるものでしょ?

相談に乗るとはいっても、大石はプライバシーは守る人だし。



「時間が戻らないかな、なんて。ちょっと思っちゃっただけ」



えへへと笑って見せた。

こつんと自分の頭を自分で小突いてみせた。


だけど作り笑いは

だんだん虚しくなってきて

私は次第に無表情になると

また顔を机に伏せた。



「…結構重症、か?」

「かーもね」



重症かも。

そう言えるってことは…

そこまでじゃないのかも。

今までの経験上、そう思った。


経験っていっても、大したものじゃないけどサ。



「あんまり無理はするなよ」

「無茶は私の専売特許です」


コラ、と怒られた。

ごめんち、と謝った。


ふぅ、と溜息を吐くと、大石は話を再開する。



「…俺は、こう思う」

「なに、聞かせて」



私は顔を起こす。

肘を突いて手を組んで、その上に顎を乗せる。


大石は話し始める。


「過去っていうのは、一番遠いんだ」

「遠いって、どういうこと?」

「うん、だからな」


大石はちょっと座り直して体勢を整えた。

そして、いつものように優しく、でもはっきりと話す。



「未来は何年先だっていつかは届くけれど、
 過ぎてしまったことは1秒前だったとしても取り返せない」



…真実だと思った。


それは非の打ち所のない事実で、
私は口を噤んで何も言うことは出来なかった。


元に戻すことは出来ない。

だから、人は後悔というものをするんだ。



「だけど…」

「?」


大石は苦笑いをして。



「その過去から導き出される行動によって、
 未来もまた一生手が届かないものになってしまうこともあるけどな」



これもやっぱり、真実だと思った。



「つまり…現在を精一杯生きろってことね」

「まあ、そういうことかな」



そんな大石の言葉も、私の一言によって簡単に括られてしまったけれど。

でも、つまりはそういうことでしょ?




現在は過去によって導き出され。

未来は現在の延長線上にある。

一本に繋がっているんだ。



後悔はしたっていいと思う。

だって、その一瞬によって未来が崩されることもあるんだから。

だけど、それに捕らわれているのはよくないと思う。

しがみ付いていたら、新しい未来を作り出せなくなるから。



「私…後悔してないよ」

「ん?ああ、そうか」



百パーセント分かったわけじゃないだろうけど。

大石は無理に聞き出そうとしないで、納得の声を上げた。



優しい、けど、優しすぎ。

そっちこそ、無理してるんじゃない?




過去は引き摺りたくない。

でも忘れたくもない。

後悔することだってあるけど。

あの時の私が居てこそ、今の私が作り出された。


後悔して悩んでいたことを後悔しないように。

過去を観念に入れつつ、未来を目指して、現在に生きる。


…そういうことでしょ?




「大石もさー、なんか後悔したことあるー?」


訊いてみた。

勿論、誰にだってあるんだろうけどさ。


そしたら。


「後悔…というよりかは、今、かな」

「今?」

「うん。やりたいことがあるのに…踏み出せないんだ」


そう言って苦笑した。


現在に動かないとなると、

未来はついてこない。

そう言ったのは大石なのに。


頭では分かっていても、心が受け付けないってことも、ある。



辛いとか。

淋しいとか。

それも一理はあるけれど。


どれもしっくりとこない。



やるせない。


その言葉が、一番ピッタリだと思った。



「……大石」

「ん?」



こんな言葉が、アナタの心を癒せるとは思わないけど。



「頑張ろうね」

「…ああ」



頑張ってね、とか、そんな他人行儀より。

共に頑張る仲間が居る方が、心強いでしょ?



少しでもいい。

心の隙間を埋められたら、と思った。






















大石が切ない人だよ…!(涙)(号泣)
この微悲恋シリーズの大石はこうなんです。
語り屋、そんでもって溜め込む。
人の悩みばっか聞いてて話さないからさー。

主人公が頑張れば頑張るほど、
大石は切なくなるんです。
だけど気付かずに、頑張っちゃうんだよ。

…なんで両想いじゃないんだろ、この人たち。(苦笑)


2004/04/30