いつも通りの放課後だった。
「それじゃあまたな、英二」
「うんにゃまた明日、大石っ!」
分かれ道で手を振って。
あっと軽く声を上げると足を止めて。
「そうだ!明日は休みだからさ、一緒にどっか出掛けよー」
「ああ、それはいいな」
「やった、デートだデート〜」
にししと笑うオレ。
大石は一歩近付いてきて
オレの額にキスをして。
「にゃっ!?不意打ちだにゃ!バカー!」
「嫌だったのか?」
「嫌じゃ、にゃいけど……とにかく反則!死刑!!」
「ごめんごめん」
笑顔を交し合って。
もう一度、また明日と手を振って。
だけどそれが別れ道だなんて気付いてなかった。
* 今もまだ宙を漂うその言葉 *
―――英二……エイジ。
「ん?」
―――英二、起きてくれ。
「んー、なんだよ夜中じゃん」
辺りは真っ暗。
オレは目を擦りながら身を起こした。
寝ぼけた頭でぼーっと考える。
今の声、誰だ?
兄ちゃんは下で寝てるぞ。
まさか夢の中だったなんてこと、ないよな。
「……どこー、だれー?」
『英二……』
「!」
今の声。
大石じゃんっ。
「大石、どこ?外??」
少なくとも部屋の中には居ない。
オレは二段ベッドのはしごを下りた。
ドアを開けたら大吾郎が転んだからそれを直してから部屋を出た。
遠くから聞こえた感じはしなかった。
多分、丁度窓の下辺りから呼んだんだと思った。
オレはぺたぺたと階段を下りる。
誰のか分からない靴を履いて外に出た。
居た。大石だ。
「大石!どしたのこんな夜中に」
「英二……」
?
ヘンな反応…。
よっぽど大変なことがあったらしい。
「おーいし、一体何が…」
「明日になったら、俺は消えてる」
「え?」
突然の言葉。
理解するのに時間が掛かった。
いや、時間が経っても理解できなかった。
消える?
そんな。
ゲームのセーブしたデータじゃあるまいし。
ましてや消しゴムで擦ったってキミは消えません。
だけどふざけているとも思えない。
「信じる信じないはお前の自由だ」
「どういうこと…?」
大石はふぅと溜息を吐いた。
「……交通事故だ。俺はもうこの世に居ない」
ドキン。
心臓が強く動いた。
待って…ちょっと待ってよ。
それってつまり。
大石が、死………?
「そんなの…信じない!」
「だから、それはお前の自由だ」
…これが。
夢であったらどんなにいいか。
もしかしたらまだ寝ぼけてるだけだとか。
だけど痛みを感じる。
痛い。
これは夢じゃない。
「大石ィ!」
「英二……」
体にそっと腕を回された。
温かさが全く感じられなかった。
だからやっぱりこれは夢なんじゃないかと思った。
でもそれは違う。
夢じゃないから。
大石が死んだっていうのが本当だから。
だからこんなにも冷たいんだ。
「大石…そこに、居るの?」
「居るぞ、英二」
「いつまで?」
「朝日が出るまで」
だったら。
永遠に夜でいいと思った。
太陽なんて昇ってこなくていい。
朝なんて一生来なくていい。
そうすれば俺はいつまでも大石と一緒だ。
飛行機に乗って。
太陽と同じスピードで西に逃げたら。
そうしたらずっと一緒に居られるかな。
だけど。
そんなの無理。
これは夢じゃないから。
「…ウソ吐いたの?」
「何が?」
「明日…一緒に出かけようって」
一瞬の間の後、大石は呟く。
「ごめんな。約束守れなくて」
謝るなよ。
否定しろよ。
バカオオイシ。
「…じゃあ、今から出かけようか」
「へ?」
「時間的には“明日”になってるだろう?」
そうして。
オレたちは歩き出した。
オレはパジャマのまま。
大石は学生服だった。
事故がいつだったかは聞かされていないけど。
あそこで手を振ったすぐ後だったのかもしれない。
それまで大石はいつも通りだったのだから。
「どこに行こうか」
「さあ」
宛もなく、ぶらりと歩き出した。
空には満月が浮かんでいた。
少し西に傾き始めていた。
オレはそれを追うようにして歩いた。
大石はオレの横に付いて歩いた。
月だけが。
いつまでも空を照らしていてくれればいいのに。
太陽は隠れていて。
月がずっと輝きつづけられるように。
それだけでいいのに。
だけど、空は回る。
地球は廻っている。
住宅街の屋根の方を見上げた大石が言った。
「英二、そろそろ…」
「やだ…待って」
しがみ付こうとしたけど。
振りほどかれた。
「さよならの時間だ」
さよなら、なんて。
大石の口から滅多に聞ける言葉じゃなかった。
大石はいつも必ず、「またな」って言うから。
さよならなんて。
聞いたの、いつ以来だろう。
「それじゃあ…」
「やだ…待ってよ大石!」
「ごめん……そうもいかないんだ」
大石の、声が。
ちょっとずつ薄れていって。
視界の端を掠めているその姿も。
少し背景と交じり合ってきて。
東の空の明るみが、どんどん増してきて。
『さよなら、英二』
「待って…待ってってば…」
必死に手を掴もうとする。
絡めたはずの指は、擦り抜けて空を切った。
オレの言葉も伝わらず。
無に還っていく大石は宙に浮いた。
『さようなら…』
「ヤダ……そんなのやだ…バカオオイシ!死んじゃえっ!!」
思い切り叫んだ言葉。
それはきっと、彼には届いていなくて。
辺りには静寂しか残っていなくて。
届きもせず、取り消すことも出来ず。
その言葉は、ずっと宙に浮いていた。
「バカ……オオイシのバカ」
自分の過ちに、気付いた。
「……死ぬんじゃねー」
だけど、もう届かなかった。
その言葉は、行き先を無くして、ずっと宙を漂っていた。
ずっと、ずっと。
ずっと。
突然閃いたのが死にネタってどうよ?(滝汗)
大石が死ぬ小説多過ぎー。どうしようー。
死ぬだけネタってあんまり好きじゃないんだけどな。
簡単に殺しちゃってる感じがしてさ。
(やるなら『月の終わり』ぐらい徹底的に…/ぉゎ)
だけど閃いちゃったから書いちゃった。てへ。
意外と気に入っちゃったりしてえへへのへ。
書いたものは消すことができるけど、
言ってしまった言葉は取り消せないと。
そんな言葉が印象的だったので。
2004/04/25